あの子

双町マチノスケ

怪談「あの子」

 村というか田舎の方では割とありがちなんじゃないかなあと思うんですけど、「入っちゃいけない場所」ってありませんでした?「禁足地」とまではいかなくても、子どもの頃に親や周りの人から「神隠しに遭う」とか「化け物に攫われる」とか色々理由をつけられて行かせてもらえなかった場所。まぁ子どもに言い聞かせて怖がらせるためにそういう言い方をしていたのであって、実際は野生動物や落石などが危険だからって事なんでしょうけど。もしかしたら本当によくない謂れや言い伝えがあるのかもしれませんけどね。いずれにせよ「危ないから入っちゃダメ」って言われた場所って大抵はあったと思います。

 私の地元にもあったんですよ、そういう場所。私の地元も例に漏れず、周囲を田んぼと山に囲まれたド田舎でして。子どもが遊ぶ場所っていったら森とか川くらいなものだったんです。だから虫取りとか釣りとかで、そういう所に子どもだけで行くなんてことは当たり前だったわけです。でも、そんな中で「ここだけは入っちゃダメ」だと言われてた場所が一つだけあったんですよ。「ここの森に入ったらお化けに取り憑かれちゃうよ」って聞かされていました。たしかに立ち入り禁止の看板はあるんですけど、ぱっと見の雰囲気はその辺の森と変わらない。別に不気味な感じでもなければ、厳かな感じでもない。「お化けってどんなの?」とか聞いても適当にはぐらかされてしまって教えてくれない。「なんでココだけダメなんだろう」と子どもながらに不思議に思ってましたね。


 でまぁ、そういう「入っちゃいけない場所」っていうのは田舎あるあるだと思うんですけど……




 そこに「入っちゃう」っていうのもまた、あるあるですよね。






 1年くらい前に実家に帰った時、両親と喋ってて偶然その話題になったんですよ。「結局あそこってなんで入ったらダメだったの?」と聞いたら両親も詳しくは知らなかったようでした。両親も両親で子どもの時に「この森に入ったらお化けに取り憑かれちゃう」と聞かされていて、それを私にそのまま言っていたんだと。だから入ったらダメな理由も知らないし、当然その森に何があるのかも知らなかったんです。「まあ、そんなもんだよね」って話はそこで終わって、あとは別の話題になりました。たぶん仕事とか結婚がどうとか、そんなありきたりな内容だったと思います。森の話はそこから広がることはなかったんですけど……


 なんか、妙に気になっちゃって。

 入ってみたくなったんです、その森に。


 実家から戻る日の明け方に行ってみることにしました。両親には前日に「明日は早朝に出ないといけない」と嘘をついておいたので、怪しまれることはありませんでした。誰も居ない道を歩いて、例の森に着きました。様子は相変わらずと言いますか、立ち入り禁止の看板が立ててあるだけ。だから普通に入れましたし、変な空気感というか寒気みたいなものも感じませんでした。たしかに整備された道はありませんでしたが、別に荒れ放題というわけでもなく「本当は普通に人が出入りしてたんじゃないの?」なんて呑気なことを考えながら私は木々の間を進んでいきました。

 途中までは本当に何もありませんでした。いくら歩いても同じような景色。もう引き返そうかなと思っていたところ、急に少し開けた場所が見えました。おっ、と思って覗き込みました。




 お地蔵さんが立ってたんです。一体だけ、ポツンと。




 大きさは、50㎝くらいだったと思います。ちょうど赤ん坊くらいでしょうか。もう長いこと誰も手入れなどしていないのか苔だらけでした。でも、その下から覗くお地蔵さんの穏やかな微笑みには惹かれるものがありました。この光景だけでも十分に不思議というか奇妙なんですけど、おかしいのはここからです。私はそのお地蔵さんを見て、なぜか無性に触りたくなったんです。今でも何故なのか分かりません。とにかく「触りたい」って思ったんです。私は半ば吸い寄せられるようにしてお地蔵さんのもとへ駆け寄っていき、かがみ込み、お地蔵さんの頭にそっと手を置きました。


 目を閉じました。


 そうしたら──











 いつの間にか、森の入り口に戻ってきていました。


 そう、記憶がないんです。お地蔵さんに触れたあとどうしたのか、どう戻ったのか。なんにも覚えてなくて、気がついたら立ち入り禁止の看板の前で立ち尽くしていました。……変な感覚でした。すごく長い時間が経ったような気がするし、一瞬だったような気がする。私は恐怖というよりも、とにかく訳が分からなくて。でも確かめに戻る気も起こらずに、訳が分からなくなったまま私はその場を後にしました。

 結局、何だったんでしょうね。私はただ帰り道の記憶を無くしたのか、それとも私はお地蔵さんに森の入り口まで瞬間移動させられてしまったのか、それともあの光景がそもそも幻というか白昼夢のようなものだったのか。他にも疑問を挙げればキリがありません。あの場所に入っちゃいけない理由は、あのお地蔵さんだったのか。なんであの子は、あんな場所にいたのか。なんであの子に触れたくなったのか。子どもの時に聞かされた「お化けに取り憑かれる」ってのも何だったんだよって話ですし。いくら考えても埒が開かないので最近はこう思うようにしてるんです。


 あのお地蔵さんは、私を助けてくれたんじゃないかって。


 あの森で本当に「入っちゃいけなかった」のは実はもっと奥の方で、そこに入ってしまわないようにあの子は私を森の入り口まで連れ出してくれたんじゃないかなって。もちろん只の想像です、もしそうだったら良いなってだけですよ。確かめようがありませんからね。あの日の出来事から今まで、私の身の回りにも私自身にも特に何も起きていませんし。もちろんあれ以来、その森には入っていません。え?教えませんよ、場所は。なんか秘密にしておきたくて。それに私が言えたことじゃありませんが、興味本位でホイホイ行かない方がいいですよ。変なことが起こったのは確かなんですから。




 ……まぁ何にせよ、不思議な体験でした。

 この子が大きくなったら、聞かせてあげたいですね。


 そう、今抱っこしてる子。つい最近産まれましてね。まだ赤ちゃんなんで聞かせるのは当分先になりそうですけど。どんな反応するんだろうなぁ。子供らしく真に受けて怖がるのか、意外と冷静に「不思議だねぇ」なんて言ってくるのか。なんとなく後者な気がしますね。とっても静かなんですよ、この子。全然泣かなくて、おとなしいんです。まぁ今は寝ていますけど、寝顔も穏やかで癒されるんですよね。あぁ、ごめんなさい。関係ない話をしてしまって。話はこれで終わりです。この子の成長を見守りながら、温めておこうかなと思います。ふふふ……
















 ──そう穏やかに語る彼女が腕に抱いていたのは











 不気味な笑みを浮かべた、一体の苔むした地蔵でありました。

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