34 彼は美しき首斬役人の死神
「
赤紫の服を血潮にそめ、胡乱な眼をした
月を映して、彼の眼は微かに紅を帯びていた。
転がってきた刺客の
「そうか、きみは――
宮廷には処刑人の一族がいる。
連綿と官職を相続させるほうが技能をつがせるのに都合がよく、死の
「軽蔑しましたか」
「僕がそんなことくらいで軽蔑すると想われていたのならば、それこそ軽蔑するよ?」
「ふふ、そうですね。あなたならば、そういってくださるとおもっていました」
紫蓮の疑念を察したのか、絳がいった。
「先帝陛下ですよ」
絳は眸を細める。
「宮廷はあらゆることが権力によってまわっています。なかでも最も強い権力とはなにか、あなたならばわかりますよね」
「産まれ、だね」
もっとも強いのは氏素姓による階級だ。由緒ある家柄のものは特別な能がなくとも昇進を約束され、卑賎に産まれついたものは官職にもつけない。死ぬまで嘲られ、搾取されるだけだ。
「先帝陛下はそれを覆そうとしたひとでした」
先帝の話を聴くとき、紫蓮はなぜか、胸さわぎをおぼえる。
逢ったこともない父親の姿は想像しようにも輪郭がさだまらず、水鏡に映る月をつかむような心許なさが拡がった。
「私が先帝陛下の御眼にとまったのは八年前です」
「
「左様です。宮廷に賊が侵入してきたとき、謀反をはかったのが有能な武官だったというのもあり、逃げだしたり寝がえったりする
「先帝を
「なんでも賊が、後宮に侵入せぬよう、重臣の制止を振り切って剣を取り、橋にむかわれたとか。よほどに
戸惑う紫蓮をよそに、絳は続けた。
「先帝陛下は武芸に秀でておられましたが、敵は大勢おり、窮地であることは疑いようもありませんでした。私は分をわきまえず、陛下のもとに馳せ参じました。敵の
「後から御呼びがかかり、私はてっきり罰せられるのだとおもいました」
「陛下を助けたのに、かい」
「助けた、というのは私の都合です。陛下は恥をかかされた、あるいは
「ですが、陛下はその功績を称え、
その後は
「恩があるのです」
その声は、異様なほどに重かった。
「だから、きみは先帝の死の真実を知りたいのかな」
絳はわずかに視線を傾けて、続けた。
「……なぜ、あれほど素晴らしい
「僕に嘘はつかないほうがいいよ」
絳が息をのむ。
「恩があるというくせに、きみは先帝について語るとき、きまって眼のなかに濁った
恩義を感じている。それは事実だろうとおもった。
だが、それだけでは、ない。
彼の先帝にたいする想いはゆがんで、もつれている。
「は、はは……あいかわらず、
絳は唇の端をゆがめ、乾いた嗤いをこぼした。
「私はね、終わらせたいのですよ」
強い風が吹き、花の
「陛下が崩御しても、終わらせることのできなかったものがある。それを怨嗟というならば、そうなのでしょう」
死は、終わりではない。
葬ってこそ、終わらせることもできる。
「あなただって、終わっていないくせに」
紫蓮は動かない。
動けなかった。
「僕、は」
暗雲を裂き、雷が落ちる。
凄まじい地響きが押し寄せてきて、
ひとつ、瞬きを経て、絳がいつもどおりに微笑を投げかけてきた。
「こちらの後始末はまかせてください」
刺客のことだとすぐにわかった。張りつめていた緊張の糸が、弛められる。紫蓮は刺客の
「
「刺客ですよ。あなたを殺すつもりだった」
「だとしても、だよ」
誰かに命令されただけだ。刺客に罪があるわけではない。
「ふふ、あなたらしいですね。残念ですが、
絳が背をむける。いま、声を掛けなければ、今度逢ったときには彼はこの晩のことなどなかったように振る舞うだろう。
終わらせたい、といった絳の言葉が、鼓膜の底で繰りかえされる。
ああ、そうか。終わっていなかったのだ。
だから、
葬らないかぎり、永遠に。
死は、葬られるべきだ。
紫蓮は
「――先帝の死が暗殺だったと証明する、だったかな。いいよ、きみからの依頼を受けよう」
雷鳴が
「先帝の死なんかは、僕にとってはどうでもいいことだよ。でも、ひとつだけ、不可解なことがある」
皇帝を愛した母親。紫の
愛していた。愛されていたのだ。
だが、母親は殺された。
「先代の
宮廷の裏には底のない闇がある。真実を
紫の眼が、嵐のなかでひらめいた。
「一緒に暴いて、葬ろう――
…………
……
弾ける雷雲のかなた、誰にも知られず、
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お読みいただきましてありがとうございます。
カクヨムでの連載はひとまず、ここまでとなります。続き(第四部第五部)は「小説家になろう」もしくはアース・スタールナより出版の「書籍」にてお楽しみいただければ幸甚でございます。
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重ね重ねになりますが、応援、ありがとうございます。
後宮の死化粧妃 ワケあり妖妃と奇人官吏の暗黒検視事件簿 夢見里 龍 @yumeariki
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