33 妖妃、刺客に襲われる
その晩のことだ。
昔のことを想いだしたせいか、
母親と一緒に彼女は、後宮の橋を渡っていた。背後から侮蔑の声が追いかけてくる。
「死の
「皇帝陛下に愛されているつもりなの」
紫蓮は涙ぐみ、泣きだしそうになった。
だが、そのとき、母親は紫蓮を振りむかずにいった。
「泣いてはだめよ、おまえは男の子なんだから」
紫蓮は唇をかみ締めて、涙をとめた。
橋を渡り終えてから、母親は振りかえる。
「偉かったわね」
「ああ、おまえは、ほんとうに綺麗な眼をしているのね。皇帝陛下に瓜ふたつだわ」
微かに潤んだ
紫の眼とは皇族の正統な血脈を証明するものだ。母親は
「眼というものは呼吸がとまって魂魄が剥がれたその時から、濁っていくものなのよ。意志は胸でも頭でもなく、眼に宿る――」
母親はいかなる
そんな母親のことを、紫蓮は敬愛していた。
「だから、生きながらに眼を濁らせてはだめよ。みずからを哀れんで、こぼす涙はいつかかならず、おまえの眼を
ひとつだけ、こぼれてしまった涙を母親の指がさらっていく。
これは死化粧を施す指だ。
「その眼を護りなさい。おまえは、皇帝陛下の御子なのだから」
母親を愛していたからこそ、そう繰りかえされるたびに紫蓮は胸が締めつけられた。
「わかっております。でも、ぼくはかあさまの――」
幼かったせいもあってか、
認めては、もらえないのか。
「かあさま、ぼくは」
ふせめがちに
悲鳴をあげる
夢が、破れる。
…………
……
「っ……は」
眠りからさめた
髪を伸ばした
幼かったせいもあってか、紫蓮は男として育てられることに抵抗はなかった。それは母親が死に、紫蓮が後宮の
「女は微笑んでいなくては」「男なのに、涙をみせてはいけない」
そこにどんな違いがあるだろうか。
女も、男も、強いられるものではない。紫蓮はただ、紫蓮として――
「いまさらだね」
母親は死んだ。
夢は毎度、母親の顔が崩れるところで、終わる。いつかは崩れた顔しか想いだせなくなるのではないかと怖かった。
心細くて身を縮めていると暗がりでなにかが、きらりとひかる。
「ああ」
猫の眼だ。正確には猫の
「心配してくれるのかい。だいじょうぶだよ、なんでもないさ」
誰にも哀しまれることなく、後宮の
「ちょっとだけ、風にあたってくるよ」
月が満ちているが、風は強く微かに遠雷が聴こえる。まだ遠いが、嵐がやってくるのではないかと
月明かりの
拾いあげようと背をかがめたのがさきか。
背後から人の息が聴こえた。同時に殺意を感じ、総毛だつ。紫蓮が振りかえろうとする。だが、間にあわない。
見知らぬ男だ。宦官ではない。かといって、後宮の客でもなかった。
刺客、という言葉が頭をよぎる。
「っ――ふふ、僕が、耳障りなのかな。僕の語る、死者の、声が」
衝撃に息をつまらせたが、紫蓮は無理して声をしぼりだした。
想いあたることはいくらでもある。紫蓮は死化粧を通じて、権力が葬ったはずの罪をあばき、真実をさらしてきた。
いつかは殺されると理解していた。
母親と同様に。
紫蓮が落ちついていたせいか、刺客がわずかに戸惑った。だが、刺客はすぐに紫蓮の顎をつかみ、口に指を挿しこんできた。舌をつかまれ、紫蓮はこれからなにをされるのか、咄嗟に察する。
刺客は紫蓮の命を奪おうとしているのではない。
舌を、斬り落とそうとしているのだ。
ぞっとした。紫蓮は刺客の指をかみ、あばれたが、
紫蓮の眼に絶望がよぎる。
風が吹きつけた。
刺客の
「
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