暗数

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第1話

 


<目次>


1.序

2.事件現場

3.実行犯の謎の言葉

4.マンション理事会

5.除草剤散布事件

6.犯罪動機の遠因

7.犯罪の手口

8.被害遭遇

9.動かない警察




1.序


暗数(あんすう)』とは、現実に発生した犯罪のうち警察の犯罪統計では把握されておらず、闇に葬られている犯罪若しくは犯罪件数を指す。


それら暗数の事件は、犯罪実態があっても捜査機関が証拠を得られないことなどから立件不能を理由に対応せず、または通報や被害届け出を申して出ても、煩わしさや繁忙などを理由に事件捜査の優先順位によって着手されないこともあり、犯罪件数にはカウントされずに闇に葬られてしまう実態もある。

しかし「暗数」の多くは、警察庁、警視庁及び警察署などに全く事件認識がないままに、その犯罪が闇に紛れている。いわゆる「事件化」されずに放置されているともいえる。


その一方で、被害者側でもそもそも犯罪事件に遭遇していても被害者意識がない場合がほとんど全てになっているのも現実である。

例え殺人による死亡があっても、医師や警察などによって不慮の病死や事故死と断定されれば、被害者の関係者に疑念が生じていてもそれ以上の深堀の詮索はできないのも現実だろう。


その結果、近親者や関係者に謎の死亡や行方不明があっても、事故、病気、家出による失踪などと思い込んでしまう、あるいは思い込みさせられてしまう。

さらに事件化されて公になることを嫌い、または報復を恐れるために、無関心を装って通報や被害届を行使せずに放置してしまうことも少なくない。

そうしたことで、例え殺人事件が現実的に事実として存在していても、闇に葬られてしまい社会の中では事件化されなくなっている。

それらは全て「暗数」に該当するものだ。


従って、暗数の事件の内容や件数は社会の闇の中に潜んでしまい、今現在もなお脈々と被害者を産み続けているのが暗数に関する社会実態である。


以上の事により、一般的には警察が認知した犯罪件数を「犯罪発生件数」と公表している。だが、それらは「犯罪」と認知・認識された氷山の一角の事件の数値にすぎない。

つまり、被害者や関係者に認識されずに終わっている実際の犯罪、誰かに気づかれても警察に届け出がなされておらず、闇に葬られたままの犯罪も現実には相当程度多いものと認識できる。


これらの要因は、我が国の治安力や警察力の脆弱性を露呈している一面だと指摘もされている。


海外の暗数

しかし、こうした暗数となっている殺人事件などは諸外国でも古くから多発している。

そうしたことから、海外では『暗数』に関する調査・研究が歴史的かつ精力的に行われてきた。

海外論文によれば「犯罪統計は犯罪の実数を反映するものではなく,公的な犯罪統制機関の活動を記録するものにすぎないと断じ、暗数の事件の発生件数は、公表されている事件件数の数百倍以上にものぼる・・・」と、一般社会にその警戒を呼びかけている。

それでも真実の犯罪発生数を統計的かつ正確に把握することは、ほぼ不可能と言われている。


翻って、こうした現実の闇の中で暗数事件の真犯人である殺人鬼などは、平素は温厚な素顔を晒しつつも、内実の凶悪な鬼畜の本性をひた隠しにして、息を潜めて次の殺人の機会を常に待っているのだ。

暗数事件の犯人は、今も貴方のすぐそばで薄笑いを浮かべて何気なく日常生活に溶け込んでいる。


塩素ガス中毒に関する注意喚起

さて、当小説の「暗数」となっている殺人事件の凶器は「塩素ガス」である。

真犯人は、その塩素ガス中毒の特性を熟知しており、闇に紛れてその凶悪な犯行を繰り返している。


その一方で、塩素ガスによる中毒症状と致死については、厚労省の外郭団体である『公益財団法人日本中毒情報センター』が注意喚起を行っている。

塩素ガス中毒の症状やその治療方法は非常に特殊かつ特異であり、一般の医師や総合病院でも現実的には把握されていないのが現実である。

それ故に、病院や医師に向けて同センターのホームページではその注意点や留意すべき内容を啓発している。


塩素ガスの毒性

同・日本中毒情報センターによれば、

『その毒性は、強い粘膜刺激作用とし、濃度と中毒作用については、0.2~3.5ppmで、臭いを感じて耐性が生ずる・・・』としている。

そして1~3ppmでは、軽度の粘膜刺激性があり1時間内に耐性が生ずる。

5~15ppmでは、上気道、中程度の刺激性がある。

さらに30ppmでは、直後より胸の痛み、嘔吐、呼吸困難、咳が生ずる。

40ppm~60ppmでは、肺炎、肺水腫をきたす。

430ppmでは、30分以上で致死する。

1,000ppmでは、『数分内に致死』としている。


致死量

『吸入430ppm/30分で致死、34~51ppm、1~1.5時間以上曝露された場合も致死する。500ppmでは5分で致死、2530ppmで致死、25030mg/n30分で気管支の構造変化、機能変化、肺気腫、慢性肺水腫れ』としている。


さらに薬理的作用については、

①吸入、経口摂取による粘膜刺激作用、粘膜腐食作用を生ずる。

②体の水分と触れると、活性酸素と塩酸を生じる。

③酸性酸素には強い酸化作用があり、組織障害を引き起こす。

④吸入によって刺激を引き起こす。


中毒症状

①呼吸器系症状は曝露直後~数時間以内に発現する。

②刺激が強い場合、肺水腫、24~27時間後に発症する。

③家庭用洗浄剤により発生した塩素ガス急性曝露でも、咳、流涙、胸部灼熱感、結膜炎、頻脈を引き起こす。

④塩素ガス曝露により、眼、鼻、口の灼熱感、流涙、鼻漏れ、悪心、嘔吐、頭痛、めまい、失神、皮膚炎を生ずる。

⑤また、咳、窒息、胸骨下痛、低酸素血症、肺炎、気管支痙攣、肺水腫、気管支痙攣、肺水腫、気管支肺炎及び呼吸器系虚脱は致死的合併症を引き起こす。

⑥呼吸器系虚脱、気管支肺炎は致死的合併症を引き起こす。

⑦中等度重度の曝露は、肺機能障害、低酸素血症が続く場合には致死率が高い。

⑧軽度の曝露では、肺の異常をきたすことはないが、中程度・重度の曝露では、しばしば後遺症として長期的な肺機能障害が残る。


業務用洗浄剤の恐ろしさ

一般的な家庭用の洗浄剤では、そのメーカーなどによって危険性が唱えられており、対処方法や医師に駆け込むことを商品などに知らしめられている。

業者用の洗浄剤に比べて濃度が低く、よほどのことがない限り命の危険に晒される可能性は低い。


しかし、上記のように「水道業者など」が取り扱う業務用の『洗浄剤』や『除去剤』は、一般に販売されている洗浄剤に比べその濃度が高く危険な毒物である。

そのため、取り扱い方法などが法律で定められている。


即ち、その取り扱いを間違えると直接的に死に至るたる危険物になる。

特に、その治療方法は一般的な医療機関では広く浸透していないため「日本中毒情報センター」では、医師を対象にした専門知識の『塩素ガス中毒』に関する対処法や治療方法などをホームページで掲載し、国民の命を守るための広報・啓発を広く行っている。



2.事件現場


暗数事件となっている「連続・塩素ガス中毒死の事件」の現場は、千葉県F市にある『スカイパラダイス・マンション』内にある青空型の駐車場である。

61台が収容できるその駐車場は4列に区分けされ、北側の1列目が1~21、2列目22~38、3列目39~51、4列目が52~61と各番号が付されている。


住人や外来者の車両の出入り口は、市道に繋がる北側に2カ所あり、東側の一方が入り口専用で、西側の一方は出口専用となっていた。

この2つの出入り口があることにより、車両(車やバイクなど)の流れはスムーズに流れていた。


しかし半年も経過すると、やがて車両の出入り口は東側だけの1カ所になってしまう。

これは当「連続・塩素ガス中毒死の事件」の遠因の一つになってゆく。

つまり東側出入り口の近辺の住居者にとっては、車の出入りによる騒音と排気ガスが一か所に集中することにより一層その苦悩が高まることに繋がっていった。


新築マンションの販売

その「スカイパラダイス・マンション」が販売されたのは、1984年(昭和59年)の2月のこと。

当時当該マンションはまだ建築途上にあり、11階建ての高層マンションが完成したのは翌々月の4月末のことだった。


滝川哲夫一家の3人は、その新築マンションに東京都内から移転してきた。

ただ、当初に希望した1階が抽選で外れてしまった。

その1階はA棟、B棟、C棟ともに、個別の専用庭が付帯され人気を博していた。

その結果、一家は空きのあった最上階の11階の3LDKに入居することになった。


移転当時、滝川哲夫は千代田区大手町にある総合商社に勤める30歳であった。

社内恋愛で結婚した妻の百合子は、妊娠と同時に28歳で専業主婦になった。

一人娘の悦子が幼稚園児になるため、それを機会に都心の手狭な賃貸マンションから移転することになったもの。


F市は、哲夫が勤務する都心界隈からドアtoドアで通勤時間が1時間ほどの圏内にある。

ただその新築のマンションの周辺は、未だに畑地や緑地の自然環境が残り都会のマンションとは異なった開放的な住環境にあった。

排気ガスが蔓延する都会に比べ、そこに新築された大手デベロッパーが販売するマンションは、家族3人が生活するには健康的な住環境に恵まれているはずだった。


敢えて難を言えば、最寄りのJR駅からは徒歩30分近くもかかり、近辺には商店街や金融機関もないため、買い物などの日常生活の利便性は決して良いとは言えなかったこと。

東京から移住してきた当初、彼の妻子は不平不満を口に出すほどであった。

そうしたことから、買い物は新たに購入した自家用車で所要時間30分もかかる近郊の大型ショッピングセンターに毎週のように出かけることになった。


翻って、哲夫が入居する予定の新築のファミリー向けの大型高層マンションは、その総戸数150戸ほどが大々的に売り出された。

それらの間取りはほとんどが3LDKと4LDKの2タイプで、11階建ての高層マンションであった。

当時としては、数少ない県内有数の大型のファミリー向けの高層マンションとして注目されていた。

ただ当該物件は、最寄りJR駅から遠いこともあり販売価格が安価に設定されていた。

そのため購入希望者が殺到し、上記の様に購入に当たっては抽選が行われるほど人気があった。


緩いセキリュティ

大型高層マンションとして大々的に宣伝されていたものの、その内実の設備は高級感に乏しく、庶民的な共同住宅と見間違えるほど地味なものであった。

例えば、エレベーターは2基あるものの、エントランスホール、管理人室、各戸の玄関ドア、マンション出入り口などのほとんど全てが「開放状態」であり、いわゆるオートロック・システムが完備されてはいなかったのである。

つまり外部からの出入りが自由にできる、セキリュティの低いオープンなマンションといえた。


エントランスホールには各戸の郵便受けのボックスが整備されていたが、新聞や宅急便などを配達する外部の人々は誰にも咎められることもなく、自由に各戸の玄関まで往来できる構造にあった。


エントランスホールの横には管理人室があって管理人夫婦二人が定住している。

それでも外来者は管理人室で受付をすることもなく、各戸に通ずる駐車場側にある階段やエントランスの先にあるエレベーターを利用して直接的に住居へ往来できる造りであった。


全戸には眺望の良いバルコニーがあり、1階の各戸には専用庭もある。

専用庭の木々の植栽は禁止されてはいたが、次第にルール無視の自由な植栽が行なわれるように変化してゆく。


このように11階建てに150戸あまりが入居する高層の大型マンションのビッグ・コミュニティでありながらも、セキリュティシ・システムはいわゆる「下駄履きマンション」の範疇にあっといえる。

従って、オートロック・システムが装備されたマンションと比べ、その販売価格は2割から3割ほども安価であった。

繰り返しになるが、そのため購入希望者が多く、上記の様に販売当時は抽選によって入居者が確定するほどの賑わいがあった。


雁行型の建物

建物の形は雁行型である。

上空から見れば「凹型」であり、各3棟が簡単な渡り廊下で連結して繋がっている。

管理上A棟、B棟、C棟と区別され、凹の右手に当たる東側がA棟、下手の南側がB棟、左手の西側がC棟となっている。


そして、凹の中心にある窪んだスペースが「事件現場」になる青空型の駐車場であり、やがて起きる「塩素ガス中毒による殺人事件」の舞台である。

そこは各棟に囲まれており各戸のバルコニーや開放廊下からは、夜間を除きその駐車場の出入りなどを眺め見る事ができる。

なお各棟の前には、屋根付きの自転車置き場があり、一戸あたり2台まで置くことができる決まりだった。


北側(凹の上部)は市の公道に面しているが、マンションの四方は全て柵と塀が設置されている。

但し、東側のエントランスホールや管理人室に通ずる主要出入り口は、昼間でも夜間でも出入りが自由にできるオープンな造りである。

つまり、門扉などもないことから昼夜ともに開放すぎる設計とシステムであった。

この主因は、建築施工業者のコスト・ダウンにあったのは明らかな事であろう。


さて繰り返しになるが、駐車場の出入り口は東側(凹の右部)と西側(凹の左部)に2カ所あり、当初は東側が入り口専用、西側は出口専用として決められていた。

ここに駐車できる数は61台であったから、当然のことながら入居者の駐車希望よりも許容量が少なく、抽選に漏れた希望者は近隣の空き駐車場を利用せざるを得なかった。


プレイロット

マンションの外観を見ると、凹の階下にある三面の外側スペースは開放された庭になっており「プレイロット」と名付けられていた。


右側のプレイロット(東側)は子供の遊び場、左側(西側)のプレイロットには幼児向けの砂場と樹木が植えられた散策路になっている。

下のプレイロット(南側)は、様々な四季の樹木が植えられ、そこには石畳みが施されなど大人の散策路といった趣向が施されていた。


各プレイロットに行くには、中央の駐車場スペースの左右にある北側の通路(A棟とC棟)を通行するか、若しくはエントランスの外にある東側の横道(A棟、B棟)を通行する。

1階の居住宅からは直行することができない(自宅の柵を乗り越えればできるが)。


こうしたことで各プレイロットには、多種多様の樹木が植栽されている。

春には大木となった桜の木が満開の花を咲かせるとともに、秋には紅葉の木が鮮やかな紅色に染まる。

そして、それらの落ち葉は山のように山積される。

その大量の落ち葉を集積するのは管理人だけではなかった。

その多くの枝木や落ち葉は、やがて「連続・塩素ガス中毒死の事件」のツールとして、殺人鬼の小道具に使われることになる・



3.実行犯の謎の言葉


滝川一家3人が都内から移転し「スカイパラダイス・マンション」に入居してから、31年の歳月が流れていた。


この間、彼は引き続き真面目に仕事に励み、商社マンらしく日々多忙な日々を送ってきた。

その出張先は国内のみならず、海外では米国、台湾、中国、オーストリア、アフリカなどを飛び回り、総合商社のビジネスマンとしてパワフルな日々を送ってきた。

その結果、子育ては妻に任せきりになり、ゆっくりと家庭を顧みる余裕はあまりなかった。


こうしたことから、ほとんどの休日は「日曜ドライバー」となって、ショッピングセンターに出かけて買い物に追われた。

それでも一人娘が大学に進学しやがて就職すると、ようやく夫婦水入らずで一泊二日の温泉旅行に出かける余裕も出てきた。

彼の妻子はともに運転免許証を取得していたが、やはり買い物のドライバーは夫の役割であった。


翻って、総合商社に長年勤めてきた滝川は60歳で定年を迎えている。

そして、最後の部長職を解かれるとともに「参与」という責任が軽く、主に後進の指導をするという教育係の立場にあった。


マンションの生活

これまでビジネスマンとして仕事人間だった彼は、家事や子供の教育などは妻の百合子に任せきりであった。

そのため、居住するマンション内では妻の百合子が子供の学校関係の繋がりから、その友人や知人との絡みによって数人のママ友との交流ができていた。


一人娘の悦子は、母親の教育方針に従順で、母のアドバイスに従い地域の公立高校から東京の私立大学に入っている。

大学を無事に卒業すると、彼女は新宿にあるアスレチック・ジムなどを経営するスポーツ系の新進企業に就職することができた。


その一方、滝川自身のマンション内の生活では、この約30年の間に輪番制で2回ほど管理組合の理事を務めていた。

この管理組合の規則により、10年に一度ほどの頻度で理事という役員の順番が回ってくる。

理事には役割分担があり、ほとんどがクジ引きで担当する業務が決定する。

彼は最初に「防災担当理事」に選任されると、その後も防災担当理事を歴任している。

滝川はその真面目な性格もあって「防火管理者」の公的な資格を取るなどして、与えられた任務には責任をもって誠実にこなしていた。


タイヤのパンク事件

滝川がマンションの住民となってから31年の月日が経過していた。

それは、2015年(平成27年)6月26日(金)の小雨降る朝の事であった。

滝川が外出のため駐車場に行くと、自分が所有する四駆車のタイヤの前輪がパンクさせられているのに気が付いた。

よく見ると、左側前輪と後輪のサイドウォールにピンホールの穴が認められた。

毎週休日には買い物予定があることから、急ぎ最寄りのJR駅前にある派出所(交番)に被害届を提出して、早めのパンク修理を依頼することにした。


派出所はパワハラの真っ最中

滝川は早速、徒歩30分をかけてJR駅前の派出所に駆け込んだ。

その交番内では、若い警官の4,5人が奥の方で直立不動の姿勢で整列していた。

そして、鬼の形相をした上司らしい中年の警官に激しい説教を食らっていた。

その上司の警官は顔を赤らめ、パイプ椅子に腰かけたまま語気を荒げて何やら若い警官達を怒鳴っている。


若い警官らは直立不動の姿勢で聞き入っている。

しかし、彼等の顔色には不満な様子も伺える雰囲気があった。

いわゆる上官による説教中であり、今では明らかな「パワハラ」に当たる行為であった。


そうした交番内の状況にあっても、市民の被害届が優先だろうと考えた滝川は、

「車がパンクさせられたので、被害届を提出したい」

と、はっきりとした口調で申し出た。

しかし、誰もすぐにはその声に反応しない。

しばらくの沈黙が続くも、パイプ椅子に腰かけていた中年警官は、滝川の方をやおら振り返ると鋭い目つきで睨んできた。

「説教中だから黙っていろ!」と言わんばかりの眼光の鋭さで滝川の顔を睨んでいる。


再びの沈黙。

その後しばらくすると、長身の柔和な表情をした別の中年警察官がどこからとなく出て来た。

どうやら二番手の古参警官らしいが、穏やかな性格の人物にみえる。

彼は「今、手が忙しいので後ほど現場に行くから、そこに貴方の住所と電話番号、それに車種と車の置き場所をメモして下さい」などと言われた。

滝川は文句の一つも言いたかったが、抗議してもしかたないので彼はメモを残してすごすごと交番を退出した。


そして次には、交番から1キロほど離れた先にある馴染みの「ディラー(車販売店)」に向かった。

そこは、修理工場と洗車設備も有している大手自動車メーカーの直系の販売店である。

この30年ほどの間、彼はこのディラー店から新車を購入していた。

滝川は新しい物好きだったので、車の乗り換えは常に新車であるとともに、定期点検も欠かさずに実施していた。

従って、ディラー店にとって滝川は上得意の顧客といえた。


ディラー店の修理担当者は、

「警察の現場検証が終わったら電話連絡して下さい。すぐにレッカー車を出します。修理期間は同質タイヤの在庫次第なので、判明次第改めてご連絡致します・・・」

などとテキパキと対応してくれた。


雨中の現場検証

その日は、午後からさらに激しい雨模様になった。

そして夕刻の大雨の中、派出所の警察官によって現場検証がマンションの駐車場で行われた。


一般的に警察官は、二人一組で検証などを行うと考えていたが、駆けつけてくたれ警官は1人だけであった。

それは、派出所で応対してくれた背の高い中年の温厚な警察官だった。

雨の中を「白雨合羽」を着て、真面目かつ黙々と巻尺などを使って何やら計測をしている。


そんな現場検証が淡々と行われている中、雨の中をひょこりと1階に住む表山陽三が自宅から出てきた。

ブツブツと聞こえるような声で独りごとを喋り出していた。

但し、その言葉の内容は意味不明で何やら不気味で不信感が漂っていた。

警察官も不審の目でとらえて見ていたが、特に何の職質もお咎めもしなかった。

滝川自身も当時はその老人が表山陽三とは認識することができず、雨の中で傘を差さずに戸外に飛び出して来た不可思議な老人としか印象がなかった。

ただ少なくとも、この現場検証が行われている事を見知っており、意識的に家から出て来たものと推察することはできた。

滝川は、老人がパンク事件と知って冷やかしに出て来たようにも思えた。


だがこの事件以降には、タイヤ交換の終わった滝川の四駆車のタイヤのそばには、空き缶やゴミなどが捨てられるなどのことが度々起こるようになった。

彼は、これは故意による嫌がらせだと直感もしたが、雨の日に出て来たあの老人の仕業とは思えなかった。

何故ならば、それでは自分がパンクさせた真犯人だと名乗るようなものだから、そんな馬鹿な真似はしないだろうと推察していた。


但し、後に表山陽三が居住する場所は、1階の車が出入りするすぐそばにあることが分かったのだ。

つまり、表山の居宅と滝川の車が置かれた駐車場所は、目と鼻先にある近距離だったのである。

その居宅の窓からは、滝川の四駆車が出入りする様子が常に監視できるような状態にあった。

この事実を知ってからは、滝川は少しずつ表山老人に対して疑惑の目を向けるようになる。しかしそれが色濃くなるのは、このパンク事件から3年後のことになる。


接近する二人

滝川哲夫が『暗数事件』となる「塩素ガス中毒殺人事件」の真犯人と確信する「表山陽三」と初めて会話を交わしたのは、2018年(平成30年)5月のことであった。

既に「スカイパラダイス・マンション」に入居してから、34年の年月が経過していた。


従って、表山老人との出会いは「初めて会った」と言う訳ではない。

既にマンションなどにおいてすれ違っている可能性は十分にあるとともに、車がパンクさせられた夕刻の雨の中で忽然と現れた事も記憶として脳裏に残されていた。

しかし、これまで記憶に強く焼き付くような存在ではなかった。


既に滝川自身も商社の参与を卒業して、初老といえる64歳になっていた。

今は近くの私立大学にある教授らの「研究館」の受付係として、週3日ほど勤務する臨時職員として働いている。


この年滝川は、表山老人と5月から6月にかけて2,3回ほど駐車場の出入り口付近で偶然に会って、初めて会話を交わしている。

さらに、彼が東側A棟の1階101号室に単身住む「表山陽三」と確認できたのは、その年の6月下旬に行われた「マンション総会」後の時からであった。

この頃から滝川には、表山老人の顔や名前と、言動などが記憶にインプットされていく。

それは偶然にも、マンション総会において「滝川」と「表山」の2人が管理組合の理事に共に選任されたことによる。

繰り返しになるが、マンションの管理組合は各戸の所有者が輪番制で理事になる仕組みであり、滝川は3度目の理事就任であった。


表山が居住するA棟の101号室は、マンションの出入り口に最も近い場所で車が頻繁に出入りする。

その出入りによる、騒音や排気ガスの影響を最も受けやすい環境にあった。


不気味な言動

この年の5月、記憶が薄く面識がなかった表山老人から、初老になった滝川が一方的に話しかけられた。

だが、その内容は真に不可思議で謎に包まれたものであった。


これまで会話がなかった表山老人から、初老になった滝川がマンションの出入り口付近で突然呼び止められた。

表山は、駐車場の花壇に動物(犬か猫)の糞が捨てられていることに困った様子で話しかけてきた。

確かに、表山が指を指す地面には動物の糞が放置され置かれていた。

これまで確信的な面識もなく記憶の薄い人の声掛けに、

滝川はその糞を見届けると「そうですか・・・」とさり気なく応えた。


否定や興味を示さなかったのは、当時マンション内では「ペットの飼育問題」が取り沙汰されていたからである。

滝川自身は、ペット擁護派や規則の順守派にもなりたくなかった。

入居前には管理規則で「ペットの飼育は禁止」とされていた。

だが、高齢者の慰みに小型動物の飼育を認めようとする動きが出て来て、賛否両論がマンション内に沸騰していた。

そういった問題の渦中に、巻き込まれるのを本能的に避けたのであった。


さらに、その翌日のことである。

当該動物の糞は、滝川の自家用車の裏側に捨てられていたのである。

さすがに滝川は、表山老人が糞を移動させ自分の車の裏側に嫌がらせのために放置したものと疑った。


続いて、その翌月の6月のことであった。

滝川がマンション前(北側)の市営の小公園で子供が遊んでいるのを何気なく眺めていると、表山老人が近づいて来て呼び止められた。


「子供の遊ぶ声と親のお喋りがうるさいよね・・・」と声をかけられた。

再び、前回と同様に暗示的な言動であった。

何か問題提起をしているようにも思えた。

(何を言いたいのであろうか?)


この小公園に最も近いマンションの居室は表山老人宅である。

ただ子供の少人数の遊ぶ声が騒音とは思えないので、その真意が読めない。


すると、その後に行われた理事会の席で<子供が遊ぶ騒音を問題視する>のではなく、

「マンション前の小公園で子供達が遊んでいるので、マンションに出入りの車は注意するように・・・」と理事になった表山が車を運転するマンション住民に向けた「運転の注意喚起」を呼びかける発言をしたのだった。

それは意見でも主張でもなければ、単なる老婆心からの注意喚起だと理事の間では受け止められた。

つまり、それ以上の問題提起も議論も行われることはなかった。


後に滝川は、表山老人の犯罪の可能性を探る中で、これらの表山の一人事に似た囁きのような発言の意図は「マンションに出入りする車両に対する騒音問題などを示唆していたのではないか?」と悟るようになる。


暗示

さらに、その後の表山との立ち話での言動は驚愕するものであった。

例えば①「いずれマンションで車に乗る人はいなくなる・・・」

②「年のせいか、人を殺害する衝動を抑えられない・・・」などである。

独り事のように話しかけてくるのである。

親しくもない赤の他人である滝川にそんな物騒な話しを自虐的に吐露してくる。

当初は、その物騒な言動を何故自分に問いかける理由が全く分からなかった。

確かに、滝川自身もマンションで車に乗る一人ではあったが?


これまでもそれらの真意が滝川に伝わらなかったので、心底の本音が思わず飛び出した感はあった。

それでも滝川は、まだ老人の意図や真意が判らず疑心暗鬼になるのであった。

しかし、表山に対してはただ恐ろしく、異常性があると感じるとともに強い警戒心を持つようになっていった。


それらの発言は、まるで自分の過去と未来の犯行を告白しており「殺人予告」にも聞こえるようなものであった。

その一方で、彼は犯罪の衝動を抑えきれないので「早く止めてくれ」と懇願しているようにも聞こえるのであった。


しかし、初めて会う親しくもない自分にそのような物騒で異様な発言をする事に違和感を覚えたものの、反発や否定する言葉を返すほどの論理的な根拠や警察沙汰にする勇気はなかった。

何故にそのような独白めいた言葉を吐くのかと疑念はあっても、それをただちに制御させるような行動に移せる現実的な問題レベルにはないと判断していた。

従って、誰にも相談できずに黙することしかできなかった。


後に、滝川自身がその塩素ガス中毒の被害者になった時に改めて振り返れば、あの発言は「殺人予告」だったのではないかと推理することができるものであった。



4.マンション理事会


「スカイパラダイス・マンション」の管理組合の定時総会は、毎年6月に行われている。

定時総会の主な議題は「役員の改選」である。

と言っても投票は行われず、マンション全所有者による輪番制で、毎期参加者の挙手によって役員16名が決定していた。

挙手によって選任された新任理事は、会議室で起立して名前を名乗って、異口同音に名前を改めて名乗り「・・・よろしくお願いいたします」と挨拶する。

こうして2018年(平成30年)の6月3日(日曜日)に開催された定時総会では、滝川哲夫は表山陽三らとともに3度目の理事に選任された。


主婦の涙

その総会が終了すると、狭い会議室の中は帰宅を急ぐ人や知り合いの人との束の間の談笑をする人々でごった返す。

滝川は混雑していたので、ゆっくりと退出しようとパイプ椅子に腰かけていた。

その時、混雑する人々の中を割り込む様に彼に駆け寄ってくる一人の主婦があった。

彼女は西側C棟の11階に住む高柳民洋の妻である。

滝川に面識はあったが、彼女と直接言葉を交わした記憶はなかった。

そのため、少しばかり狼狽気味であった。


高柳一家は、夫婦と子供2人の4人世帯。

その下の子供(男子)と滝川の娘が同学年であり、親同士の年齢もほぼ同年代でもあったことから、両一家はマンション内では顔馴染みがある数少ない知人ではあった。

要するに高柳の妻は、滝川の妻・百合子のママ友のひとりだった。


翻って、高柳の駐車場の場所は最も北側の列(1列目)で、出入り口からは2番目に近い場所になり、滝川の駐車スペースの真ん前に位置する。

その駐車場所のナンバーは2番である。

滝川の駐車スペースは、北側から数えて2列目で駐車場所のナンバーは23番になる。

そうした位置関係もあって、滝川は高柳民洋が駐車している軽自動車の中で、競馬新聞を真剣に読んでいる姿を度々目撃していた。

夏や冬になればエンジンをかけ、カー・エアコンを作動させ夢中で競馬新聞を広げて馬券検討を行っていた。


そうしたことから滝川は、どうやら高柳の妻子は競馬に夢中になっている民洋を良しとしていなかったのではと感じていた。

そんな家庭内の事情もあって、自宅ではなく駐車場の車の中で競馬新聞を広げていた。

勿論のこと、そんな高柳の行動はマンション出入り口の傍近くに居室がある表山老人からは様子が手に取る様に見て取れる。

検討が長時間になれば、排出される二酸化炭素の量は多くなる。

さぞかし表山老人は苛立っていたことだろう。


話は戻り総会後のこと。

滝川は高柳の妻とはマンション内などで会えば挨拶を交わす程度であり、当然二人きりで話し込んだ事はなかったので少し躊躇していた。

しかし、高柳の妻はそういった事を無視して滝川の横に無造作に座る。

そして切羽詰まった様子で、周りにも聞こえるような遠慮のない大声で捲し立てた。


「滝川さん、実は主人が亡くなったの。突然の事だったの・・・」

その突然の予期せぬ言葉に、滝川は返す言葉がすぐに出てこなかった。

驚きのあまり、いつどこであるいは病気や事故などと詳細を聞き返す余裕もなかった。

車中で競馬新聞を読み漁っている高柳氏を見かけたのは、つい最近の事だったのではないかと記憶を探った。


彼女は続けて、

「外出から戻ってシャワーを浴びていたら、急に気持ちが悪いと言いだしてふらついていたの・・・」

そこまで一気に喋ると、おいおいと泣き出ししまった。

その後は、嗚咽を繰り返しながら断片的に一部始終を吐露するのであった。


それら夫の急死に関する内容は次のようなものであった。

①御主人の高柳氏は突然の急死であったこと。

②外から帰宅した高柳氏は、すぐにシャワーを浴びていたが急に吐き気に襲われたこと。

③歩行も困難なため、救急車を呼んで救急病院に搬送されたこと。

④しかし、その日のうちに死亡して帰らぬ人となってしまったこと。

⑤常日頃から、飲酒、喫煙、甘い物などの偏食をすることもないことから、基礎疾患もなく健康診断でも悪いところはなかったこと。


これらの話を断片的に続けた後、彼女は人目も憚らずおいおいと声をあげて泣き出してしまった。

それは無理のないことだった。

つい最近まで健康体で元気だった夫が、ある日突然に死亡したのだから・・。

滝川は直感的に「シャワーを浴びた直後に容体が悪化した」ことを急死の因果として頭の中に深くとどめた。


自宅に戻った彼は、総会の結果報告も忘れて妻の百合子に高柳氏の急死の件を伝えるのであった。

それを聞いた妻も動揺と驚きを隠せなかった。

重病で入院などしていれば、ママ友の間ではすぐに情報が入る。

しかし、今回は何の連絡もなかった。

それだけ突発的で緊急の事態だったのであろう。

最近は両家の子供達がともに成人していたから交流が遠のいていたことは事実だった。

だが元気な高柳夫婦の両人を見かけたのは、妻もつい最近だったような気がすると振り返っていた。


ジキルとハイド

ジキルとハイドとは、二重人格をテーマにした有名な殺人鬼の外国小説である。

この作品は「解離性同一性障害」を持つ人間が科学的にも存在する事実を明らかにした名作であり、ハイドとは「隠れる」と言う意味が秘められている。


さて滝川と表山は初めてともに理事になった。

だが理事会における表山老人の言動は、まさにその二重人格者そのもの言動が続いたのである。

そうしたことから「スカイパラダイス・マンション」内での表山老人に対する住民の評価は真二つに分かれる。

彼は人にやさしい好人物だと思い込む人もあれば、意地の悪い偏屈男と考えている人もいる。

滝川は彼を意識できたのが最近の事ではあったが、その際には乱暴な言葉は吐かなかったものの、その言動には気味が悪く要警戒人物と認識していた。

ただ、この後の理事会における彼の言動からは、少なくとも彼に良い評価を与えて善人と見ているのは少数であり、ほとんどの人は彼に批判的であった。


自作のスロープ板

それを表徴するような出来事がある日の理事会でのひと悶着だった。

理事長が開催宣言して予定した議題に入ろうとすると、いきなり表山老人が手を挙げて一方的に発言を行った。

こうした彼の奇異な行動は度々あった。

そうしたことから理事長もそう驚く様子もなく、他の理事らもまた何を言い出すのかと反感を示すも冷ややかな目で成行きを見守っていた。


「・・・エレベーターから降りて駐車場やその通路に出るには、一段差の階段でも障害者や高齢者の車椅子を使う人にとっては危険だから、段差をなくす『スロープ板』を自前で作ったので、是非今すぐに理事の皆で検分してもらいたい・・・」と述べた。


このスロープ板の設置は、修繕担当理事から既に業者に見積もりを提出させていた。

それにも拘わらず、表山老人が手製のスロープを手作りした理由は、管理組合の経費節減のためだと主張したのである。

確かに彼の提案は一理ある考え方ではあった。

但し、そのハンドメイドのスロープ板は、如何にも素人作りの物でマンションの備品としては外見的にも見すぼらしく貧弱なものだった。

むしろ数回も利用すれば、すぐに壊れそうなあくまでも素人作りの物だった。


この表山老人の提案を受けた温厚な理事長は、百閒のために理事会を中断して手作りスロープ板を検分することを宣言した。

すると、俄かにゾロゾロと理事らが会議室を退出して、当該段差のある場所に向かったのである。


だが、この理事会の動きに拒絶反応を示した理事が2名いた。

一人は当小説の主人公の滝川哲夫、もう一人は環境・美化担当理事の松尾美恵子だった。

二人は、他の理事らが退出して静まり返っていた部屋で、無言のまま各々の席で待機していた。

但し、二人はともに声をかけ合うこともなく、凝視し合うこともなく憮然とした態度で離れていた各々の席に留まっていた。

お互いに表山老人の議事進行を妨げる節操のない態度と行動に義憤を感じていた。

さらに、まんまと表山老人の言動に乗ってしまう、理事長や他の理事に対する苛立ちもあった。


そしてこの直後に理事会が再開されると、スロープ検分結果は裁定を図られることもなく、表山老人の自作スロープ板を試験的に利用することに仮決定されたのである。

但し、その使用が長く続くことはなかった。

3カ月も経過するとほどなく撤去されたのである。

一時的に表山老人の評価は、心やさしい善良な人間と評判になった。

だがその反面、彼の意地の悪い行為などが目撃されるに至り、その悪評判が流布されるようになっていく。

それが決定的になるのは、次章の「除草剤散布事件」からである。


配達車両の妨害

表山陽三は、高齢になった今も水道業者に勤務している。

彼は毎朝、原付バイクに乗って通勤していると管理人から聞いた。

二輪車は、数台が自転車置き場の横に駐輪することができた。

夕方になって帰って来るが、単身なので夕食は帰宅中にどこかで済ませているようだった。


ある日滝川は、外出のためエレベーターホールから駐車場に出ようとしていた。

すると表山がバイクでマンション内に入ってきた。

ところが駐輪場に向かわず、そのまま走り抜けて駐車していた配達貨物車の後方にバイクを置いたのである。

そこにバイクを放置されたら、配達を終えて戻った運転者は貨物車をすぐに発車させることができない(後部扉の開閉などができない)。

配達の車の出入りを妨害する明かで辛辣な行為である。

外来者の無断駐車はできないが、配達などの車やトラックは駐車場内の走行路の指定場所に駐停車することが許可されている。

滝川が表山の動向を目視していることに気が付いた彼は、強張った表情から間抜けな表情に一変させて苦笑いを作った。それは、さもつい間違って貨物車の真後ろにバイクを置いてしまった、という言い逃れの作り笑いだった。

滝川の直視が続いていたので、すごすごとバイクを指定の場所に移した。

このように表山老人は、駐車場に出入りする車両を常に敵視し続けていた。

こうした表山の行為はマンション住人に目撃され、彼は善良な人間ではなくむしろ悪質な人間だと評価され警戒されてもいた。


未亡人だった松尾理事

さて、問題の理事会を終えて帰宅した滝川は、いつものようにマンション理事会の様子を妻の百合子に報告した。

特に表山老人の言動に反抗して会議室に居残った松尾理事の話をした時だった。

すると、妻の言葉からは意外な驚きの事実が判明したのである。


妻が言うには、松尾理事は未亡人で一人娘と二人暮らしとのことだった。

ただ驚愕したのは、彼女の夫が死亡したのは2,3年前のことであり、当時夫婦で通っていたテニス教室のシャワールームで突然倒れたことだった。

そんな高柳氏と同じような死因が偶然にも重なるものであろうか?


松尾夫婦は、滝川よりも2歳ほど年上だったので妻はママ友でもなかった。

しかし、何故か顔と名前は憶えていた。

その理由は松尾夫婦が「おしどり夫婦」であり、ともに美男・美女だったのでマンション内では評判の夫婦だったからである。

夫の松尾氏は背が高く、如何にも温厚な紳士風の男性であった。

従って、ママ友の間では羨望の眼差しで見られていた夫婦だった。


そのお二人は、仲良く毎週のようにテニス教室に車で通っていた。

車は外車ではなかったが国産の大型高級車であり、マンション住民の中では明らかに富裕層に見える存在だった。

それらを妻が語ったので、そう言われると滝川自身も車で出かけるお二人を見かけたことがあったような気がした。

いずれにしても、テニス教室のシャワールームで急死されたと聞かされ、滝川は前に聞かされてやはり未亡人となってしまった高柳の妻からも聞かされた『シャワー後の急死』の共通点に驚愕するのであった。


その後、疑問を持った滝川は密かにマンション内の事情を調べることにした。

その松尾夫婦はB棟の601号室に棲み、駐車場の番号は36番と分かった。

妻の情報では、ご主人が亡くなった後も奥様の松尾美恵子さんが娘さんと孫を同乗させて大型車を運転しているとのことだった。

偶然にもその駐車場所は滝川と同列であり、どちらかと言うと西側に近い位置にある。

それでも高柳や滝川の駐車場所と同様に、表山老人の101号室からはその動向が十分に見渡せる位置にあった。


急死した3人の男性

その後、滝川は二人の不審の急死に疑問を持って、常駐している管理人夫婦からマンション住民の急死情報を密かに収集した。

当然、個人情報には神経過敏になっている時であるから、思うように管理人から情報は得られなかった。

それは、マンション完成後の管理人がすでに4代目のご夫婦になっていることもあった。

それでも一件だけ、マンション住民で急死した男性があって「マンション集会室」で葬儀が行われていた事が判明した。


それを含めると滝川が知る限りでは、ここ数年内に当マンション内で3人の男性が不審な急死をしていることになる。

ただ、素人の耳学問なので警察による捜査が実施されれば、さらに犠牲者が増えるのではないかと考えていた。


マンション内の集会室で葬儀を行い亡くなった方は「中田」と言う60代の男性であった。

住まいはB棟の706号室で駐車場は北側3列目で番号は59番だったと聞いた。

長身で日焼けした顔は野性的でサーフィン好きのスポーツマンだったそうだ。

ただ、勤務先は市役所とお堅い職業だった。

かつては外車の四輪駆動のジープ車に乗るなど、ワイルドなタイプで奥様と2人のお子さんがいる。

ただ、今は娘さんが結婚して横浜に住み、息子さんはマンション近くのアパートで一人暮らしをしている。


以上の3名の方は、いずれも突然死だが病院で死亡している。

そのため死亡診断書(急性心不全など)があるため、家族も殺人事件とは露も知らず、突然死として受け止め被害届は提出していない。

そのため事件化はされずに今日に至っている。


*死亡診断書には心不全などと記載されることがあるが、医学的にはかなり曖昧で抽象的な死因である。例えば、心臓麻痺、心筋梗塞、心臓停止、心不全などとの相違点はどこにあるのであろうか。


さて、中田氏の未亡人は「サーフィンに出かけて海で急に亡くなった、信じられない突然の死だった」とマンションの草刈りの日に漏らしていたそうだ。

夫の中田氏は、泳ぎも達者のベテラン・サーファーで酒もたばこもやらない健康な体だった。

海岸のシャワールームを利用したのか、あるいは波間のサーフィン中だったのか、そこまでは確認することができなかった。


しかし、3人の男性の死亡には共通点があるのは確かなことだった。

①水に触れるという行為後に体調が急変していること。

②急に気持ちが悪くなり、体の具合が悪くなったこと。

③妻は異口同音に突然死を語っていること。

④運転していた後にシャワーなどの水に触れていたこと。

⑤車は3台ともスカイパラダイス・マンションの青空駐車場に置かれていたこと。


だが、このお三方は氷山の一角かもしれない。

この方々の死については、未亡人からたまたま情報が漏れ伝わっただけであり、滝川が知らいないところではたくさんの方が被害者になっている可能性もある。

であれば、証拠を集め犯行現場で私人逮捕してもいいのではないか・・・。



5.除草剤散布事件


2018年(平成30年)7月21日(土)の午後5時から「スカイパラダイス・マンション」の定例理事会が開催された。

主な議題は「木々の剪定や草取り」であった。

特に、庭苑における巨木に成長した「桜の木」の伐採と、根が縦横無尽に張ってしまった「笹」の刈り取りが重要なテーマであった。


除草を巡る議論沸騰

本来ならば、これらについては専門の「剪定業者」に依頼するのが通例である。

だが、管理組合の経費節減問題が絡んでいる背景があった。

つまり、通常はマンション管理を委託している『パラダイス管理会社』に拠出している費用内で、庭木の剪定や手入れなどが定期的に行われてきた。

しかし、今回は剪定などの規模が大きく、通常計上している予算では費用が不足する事態にあった。


当初、管理会社は別建ての「剪定等の見積書」を提出していたが、あまりの巨額に拒否されてしまった。

その一方、積立金は10年に1度行う「大規模修繕」に充当するためのもので、転用することは現実的にかなり困難であった。

こうしたことから、当管理会社より①予備費から充当する、若しくは②マンション住民が毎年実施している「草取り」に合わせて、管理組合員による自力剪定を行うか、の選択を迫られていた。


従って、理事会の趨勢は②のマンション住民が毎年実施している「草取り」に合わせて、管理組合員自身による自力剪定を行う方向に傾いていた。

そのことから今回の理事会の議題は、管理組合員自ら行う剪定と草取りの方法を検討して具体化することにあった。


除草剤による枯葉作戦を強調

これらの問題については、意見が百出して活発な議論が行われていた。

それは表山陽三などの土木建築や現場作業などに通じている高齢者と、かたや健康問題を大切にする幼児などを抱える主婦層との間で、意見が真二つに分かれ紛糾していた。


その中で、得意顔になって表山老人はかなり強硬的な意見を連発していた。

「・・・笹は素手で根から引き抜くことは困難であり、枯葉剤や除草剤で根絶やしにする必要がある」と強硬な意見を主張した。

さらに「笹を枯らすことができる除草剤を在庫してある(個人的に)・・・」として、費用はかからないと主張する。


一方、市の緑化運動にも協力的な姿勢である主婦らを代表する環境・美化担当の理事である松尾美恵子は、

「庭苑に植栽されたマンション環境の美化のための笹をそもそも根絶やしにする必要性があるのか、それに枯葉剤や除草剤を使用することは健康被害のリスクが大きい・・・」などと反論し、除草剤散布などによる草木の駆除には猛烈に反対した。

そうしたことから、意見は真二つに分かれて中々結論が得られなかった。


その喧々諤々の議論の結果、この日の理事会は紛糾したまま暗礁に乗り上げたため、植栽の管理方法と草取りに関する決議は持ち越された。

但し、マンションの管理運営を委嘱されている管理会社(大手デベロッパーの系列会社)、理事長及び副理事長による緊急会議を別途に設け、そこで基本方針案を打ち出すことで理事会はようやく閉幕した。


洗浄剤・除去剤による大量散布

しかしその緊急会議が行われる前に、突如何者かによる洗浄剤又は除去剤による大量の散布事件が勃発した。

それは、理事会開催から4日後の7月25日(水)に発覚した。

マンションの植栽場所や駐車場に植栽されていた垣根の木々と芝生に、洗浄剤又は除去剤による無断・無差別の大量散布が行われるという前代未聞の事件が発生したのである。

早朝からマンションの内外は騒然となった。


おそらく散布された日は、理事会のあった7/21~7/24頃の間と当初は噂されていた。

しかし、散布しても直ちに草木は枯れないことから、その大量散布は7月21日の深夜から早朝の間に散布されたもので間違いがないという結論に達した。


先の理事会での議論で、薬品散布を反対され憤懣を押さえられなかった犯人が当日の深夜に実行した可能性が濃厚とされた。

ただ散布された場所の周りには、高木の木々も茂っているため数台設置されている監視カメラからは死角になっていた。

また犯行が夜中のため、誰も散布する行為を目撃している人はいなかった。


その日、滝川は休暇をとり妻と「大型ショッピングセンター」に買物に行くため駐車場に向かった。

車に乗る際、トランクを開けるために車の裏手に回ると、車の裏手側にある雑草や芝生が大きく枯れている異変に気付く。

よく見ると、その枯れている状態は東側から西側に向けて続いているのを発見する。

東端の駐車場NO,21から散布を始めて、西側に向けて連続して散布したものとみられる。

具体的には、駐車場NO,21~NO,39の車置場の裏側の植え込みのスペースに、数10メートルにおよび洗浄剤又は除去剤が散布されたようだった。


その時、彼の隣で(最も東に位置する)軽自動車を駐車している女性が現れ、「これは間違いなく薬品の散布で枯れた芝を見たときは驚いたわ・・・」と話しかけてきた。

その中年の女性は「犯人はマンション内にいる」と明言し、目くばりで1階の101号室の表山宅を指した。


滝川はその話を聞くと、後々の証拠品として散布された芝生、草木及び土壌を回収してビニール袋に詰め込んだ。

そして、この日は休暇をとって買い物に行く予定だったので、滝川は愛車に妻を乗せて大型ショッピングセンターに向かった。

猛暑だったため、いつものようにカーエアコンを外気循環にした。


監視カメラは増設されず

この危険薬品による散布事件については、当然の事だがマンション理事会の理事長や環境美化担当理事及び管理人が確認し、多く住民もその痕跡を目の当たりにしている。


それは環境美化担当理事から、8月の理事会においても具体的に報告されている。

そしてすぐに対応策を検討した結果、「監視カメラ」を増設し監視を強化する結論に達した。

さらに後日、管理人と理事全員が監視カメラの設置場所を実地検分する。

既存の監視カメラは数台が設置されていた。

それらは、盗難対策のために盗難にあった居宅の近辺などに設置されていた。


今回はマンション内住民による犯行の可能性が高いことから、新たなカメラの設置場所案は駐車場、車の出入り口及び1階の各階段の出入り口に設置する方向が確認された。

だが、何故か監視カメラ増設の措置は実施されずに終っている。

理由は予算問題もあったが、その真意は住民の行動が監視される事を嫌った人々の反対があったからだった。


なお以上の事件については、同一犯によって滝川一家3人が「塩素ガス中毒」による被害にも遭遇していたと考えられたこともあり、滝川は両事件の被害者として市警と県警に通報して被害届の提出を試みている。


具体的には、2018年9月13日の市警の殺人担当刑事と、2018年9月19日の県警の総合相談窓口に赴き直訴を行った。

面談の上、両事件についてのあらましと捜査のお願いを申し出て、被害の届出の提出などを試みている。

だが、その結果は両警察ともに『事件性に乏しく事件として扱えない』旨を通告されてしまった。

おそらく、捜査の専門家から見れば滝川の申し出が信憑性の低いものだと判断されたのであろう。

しかし、事件に関する証拠収集作業などは、市民や国民が負うものではなく警察や検察当局が担うもの。

例え殺人事件、あるいは殺人未遂事件だと即断できなくとも、過去の事例では被害者の届け出により殺人容疑者でなくとも、関係者の事情聴取などを実施した事例は一般的にあり得るはずであった。

だが、警察は全く門前払いの体であった。

それは、事件に関する被害者感情と警察や役人の問題意識のズレかも知れなかった。

これらの警察対応の子細ついては「9.動かない警察」で記述する。



6.犯罪動機の遠因


表山陽三が「スカイパラダイス・マンション」の青空駐車場を利用する人々を塩素ガス中毒によって殺害した動機の遠因は、駐車場に出入りする際の騒音と排気ガスにあった。

ただ遠因としたのは、

①事件が警察によって捜査されておらず、未だに解決されていないことから、客観的な動機が解明されていないこと。

②表山老人はジキルとハイドのような二重人格者で、通常の人間では計り知れない面があること。

③一方で快楽殺人の要素も含まれることから、その動機が直因になるとは必ずしも断定できないこと。


車の出入り口が1カ所に

現在の車両の出入り口は1カ所だけだが、マンション完成時には北側の公道に沿って、東と西に2カ所の出入口があった。

表山老人の101号室は、まさにその東側の出入り口に最も近い場所にある。


東側は車両の進入専用、西側は出口専用とされていた。

要するに、この方式は駐車場内の通路を一方通行にする機能を有している。

これによって、駐車場内の車同士のトラブル防止や歩行者の安全についても役立つものであった。


ところが、入居後半年が経過する頃、その西側出口の前に住む一戸建ての住民からクレームが管理会社に寄せられたのである。

車両の出口になっていることから、その騒音が騒がしくまた排気ガスの異臭問題もあって、車両の出入りを東側の1カ所にすべきだと強くクレームを行った。


その住民の住宅は和風造りの豪邸で、武家屋敷のような大きく高い木製の門がある。

広い庭園には、巨木と草花が生い茂っている。

居宅は道路から相当離れた北側の奥側にあった。

そのことで誰の目にも、車両の出口となっている場所から居宅までは相当程度の距離が認められた。

従って、クレームするほどの騒音と排気ガスが悪影響を与えているとは考えにくいといえた。


しかし、マンション販売会社とその系列である管理会社は、

「近隣住民とのトラブルは避けてもらいたい・・・」

先方の要求を受け入れるよう、既に入居していたマンション購入者を前に説得するのであった(まだ管理組合は設立されていない)。


その豪邸の主は、噂では東京で病院を経営する医者だとか、あるいは暴力団幹部だとか風聞されていた。

確かに、その豪邸に一人住むという中年の男は、恰幅の良い紳士風にもヤクザの幹部にも見てとれるような風貌があった。

ただその豪邸には、男性以外の出入りの形跡がないほど閑居な住まいであった。

滝川は、公道を黒いベンツに乗って一心に突っ走るその人物を見かけたことがあった。

その運転は粗暴なもので、狭い公道を常識外れのスピードで走行していた。


ともあれ、この強く傲慢なクレームによって、スカイパラダイス・マンションの車両の出入り口は1カ所へと集約を余儀なくされた。

入居後間もない事もありマンション所有者である住民は、販売会社や管理会社の指導にただ従うばかりであった。

その背景には、入居後の最初の1年間はマンション購入者による管理組合の設立は認められず、販売会社の系列の管理会社が直接的に管理運営をすることが売買時に取り決められていた事があった。


騒音による怨念

こうして東側にある従来の車両入り口は、出入り双方の出入り口となった。

そのために、一挙に車両の通過量が倍増したのは自明のことだった。

これに伴って、騒音頻度と排気ガスの噴出量も倍増することとなった。


この突然の措置で、最も影響を受けたのは101号室の表山陽三であった。

まだ所有者による管理組合も設立されていない中、表山老人はさぞかしい腹腸が煮えくり返ったことであろう。

これには同情の余地もある。

管理組合の設立後にでも、管理組合と管理会社は車の出入り口を元に戻す努力をするべきだったと思料される。


ただ残念なことに、表山陽三自身もマンション販売会社やその系列会社の管理会社に対して、契約違反の主張や販売時の条件変更違反で、マンションの返還・引き取りなどの法的措置を講ずることをしなかった。

法律知識に疎いのであれば、弁護士にその交渉を委託する道はあった。

彼は、1年後に設立された管理組合に対しても、苦情申し立てや意見の具申を行うことはしなかったのである。


彼は心の中で別の打開策を考えた。

表山老人の憤怒と復讐の怨念は、牙となってマンション駐車場の使用者に向けられたのだ。


騒音と側溝の蓋

こうして車の出入り量が倍増したことによる、東側出入り口の通行頻度、騒音量及び排気ガスの科学的計測は調査されることもなく推移してしまう。

ただ一般的には、駐車場の出入りは昼夜ともに行われることから、その悪影響は24時間に及ぶ。

それは、今後半永久的に続くことを意味していた。


さらに、その出入り口には公道との境に路面の排出用「側溝(U字溝)」が設置されていたのである。

側溝には、グレーチングと呼ばれる「溝の蓋」がかぶせられている。

そこを車が通過する度に、一般的には「ガタン」とかなりの音が発生する。

これが夜間も続くとなると、睡眠の妨げになることは避けられない。


その意味では、表山老人は一人ぼっちの孤独な被害者でもあった。

だからと言って、駐車場を利用する人々を「塩素ガス中毒」で殺人などを行って良いという理由にはならない。



7.犯罪の手口


塩素と酸性が混じり合うと化学反応を起こし、有毒な「塩素ガス」が発生する。

家庭用のトイレの洗浄剤でも水に混ざると、有毒ガスが発生するため危険なので『混ぜると危険』などと、製品には製造会社の注意書きが付されている。


こうした家庭用の低濃度の洗浄剤でも、その有毒ガスを浴びたり吸い込んだりすると、目、鼻、喉などに刺激を与える。

特に、吸い込んだ場合には「肺水腫」などを起因することにも繋がる。


だが、水道業者などが業務用に使用する洗浄剤の塩素成分は、家庭用とは比べ物にならないほどに濃度が高い。

殺人することを目的としている水道業に従事する表山陽三は、その業務用の洗浄剤の危険性など化学的性質については十分熟知している。


水道業者と洗浄剤

水道業者などが使う洗浄剤は、特段に洗浄成分が強い。

ところが、こうした業務用洗浄剤はネットなどで簡単に購入することもできる。

水道業に従事する表山老人は、ネットで買わずとも難なくこうした危険物を入手して保有することができる立場にある。


さて一般的に洗浄剤は、「家庭用」と「工業用」に大別できる。

さらに、その成分内容によって「アルカリ性」「中性」「酸性」の種類がある。

洗浄剤は化学的な分類が専門的で多岐にわたっているのが現状。

特に、業務用洗浄剤の化学的成分、毒性の特徴、身体に与える影響やその治療方法などに関する知識は、一般の医療機関、大学病院、あるいは警察でも掌握されてはいないのが現実。


このため、洗浄剤などを使った殺人事件が発生し、刑事事件として初めて捜査される場合には、先ず犯罪に使われた洗浄剤を具体的に特定する必要がある。

その対応は警察における刑事部鑑識課で分析調査などを行い、まず犯罪ツールとなった洗浄剤を具体的に特定する必要がある。

さらに、鑑識課で特定が困難な場合には、警視庁、刑事部、付属機関(科学捜査研究所)で詳細な鑑定を行うことになる。

この他にも、より精緻で専門的な化学分析や専門知見が必要であれば、国の専門機関である「日本中毒センター」などへの鑑定を委嘱することもある。


翻って、我が国の水道業者は民間企業だが、業務が公共的な側面もあり県や市などの行政機関とも強い結びつきがある。

飲み水や下水などは、住民や企業にとっても必要不可欠な生活インフラになっているからである。

これらにより「各自治体の水道局」→「水道センター(民間団体)」→各水道業者と連結している。


さらに、この水道業者の業務範疇は予想に反して幅広いものがある。

家庭の蛇口の水漏れやトイレ・タンクの不具合に始まり、水道管、排水管、貯水槽などの公共インフラの点検や修理など多岐・多様にわたっている。

従って、各種洗浄剤、小道具のフライヤ、モンキレンチに始まり、コーンや容器などの備品も多種類所有し管理している。


業務用洗浄剤は凶器になる

業務用の「強アルカリ性洗浄剤」は、降雨などによる「酸性雨」や水と混合すると、酸性反応し『塩素ガス』を発生させる危険物でもある。


これを知らずに吸引した者は徐々に体調を崩し、後日原因不明のままに死亡又は吐き気や嘔吐するなどの体調異変を来した後に重症化する。

特に、吸引後に入浴、サウナ、水泳などで水蒸気や水分に触れると、それらが体内に入ることによって顕著に発症する。

具体的には、塩素ガスを吸引又は触れるとその症状は、息苦しさ、眼の刺激、咳、窒息感、呼吸困難、窒息感、脈拍減少、チアノーゼ、咽頭痙攣を引き起こすことになる。

さらに、重症になるとショック死する。


犯行ツールは洗浄剤と枯葉や草木

散布量にもよるが、洗浄剤を散布しても好天が続き成分が蒸発してしまえば、洗浄剤による殺人目的は確実に達成することができない可能性もある。

そのため、確実に死に至らしめるためには、振り注いだ高濃度の塩素液が「降雨」によって確実に酸性反応を起こさせる必要があった。


そこで実行犯は、枯葉や草木を用意しそこに洗浄剤を注ぐことにする。

それは如何にも、風雨で枯葉や草木が自然に車輌の下に飛んだようにカモフラージュする事もできる仕掛けであった。


枯葉(落葉)や枯れ草などに洗浄剤を塗し、それらはやがて始まる降雨によって水分を含み、確実に酸性反応を引き起こすことになる。

車のフロント部分や車両の下に隠れるように、洗浄剤を散布された枯葉や枯れ草が置かれる。

その犯罪の意図を知らない運転手は、エンジンやエアコンを始動する。

これによって、車内には確実に塩素ガスが静かに流れ込むことになる。

注意深くその臭いを探る事をしなければ、その僅かな異臭はエアコンの匂いや排気ガスと混じり、乗車する人間は塩素ガスの僅かな異臭には気が付くことはまずできない。


凶器の製造場所

犯罪に使用していた業務用の洗浄剤はどこに保管していたのであろうか。

滝川哲夫は、表山老人によって家族や自分も洗浄剤による塩素ガス中毒に冒されていたと疑うようになっていた。

そのため、彼の行動にはでき得る限り注視するようになっていた。


その契機となったのは、先のマンション駐車における除草剤による「無差別散布事件」だった。

その事件の数年前から、滝川の家族全員は原因不明の急病に襲われていた。

そこで滝川は表山の理事会における言動や駐車場での立ち話なども踏まえ、数年前から自分の家族が救急搬送されるほどの突然の病魔に襲われたのは、表山陽三による犯罪ではなかったのかと疑うようになっていた。


翻って、凶器の主道具の「洗浄剤」は人目に触れないようにするため、当然の如く自宅内若しくは専用庭に置いてあるロッカーに蔵置されていると思料された。

一方、洗浄剤を塗ったり、まぶしたりする枯葉、枯れ草、小枝などの草木は、常にビニールのゴミ袋に詰め込んでストックしてあった(自宅の出窓の下にある共用部分)。


滝川は、市指定のゴミ袋に詰め込んであった枯葉などを発見すると、危険な毒物媒介の道具になることから、殺人予防のためにその袋をゴミ出しの日に勝手に捨てている。

そのことがあって、市指定ゴミ袋だと誰かに捨てられると察知した滝川は、その後は捨てられないように一般的な白いビニール袋に変更して、媒介物の草木を懸命に詰め込んでいる。


これら媒介物を詰め込んだビニール袋は、表山宅の横の共用部分の通路に置いてある。

この通路は、駐車スペースからAプレイロットに通ずる小路である。

つまり、この通路は裏庭への往来道になる。

そのAプレイロットの庭には、桜の木や紅葉の木が植栽されており、秋から冬にかけては落ち葉が豊富に落ちている。

勿論、雑草も生えて冬には枯草になるとともに小枝なども落ちている。


ある日の夕刻、滝川は外から<ざあざあ>と何やら11階まで大きく響く雑音がするので、バルコニーに飛び出しその物音がする方向に眼を向けた。

すると薄暗い中で、表山が老人とは思えないほどのエネルギッシュな勢いで、猛然と枯葉をかき集めている姿を目撃する。

かき集められた枯葉は大きなビニール袋に詰められていた。

既に2袋ばかりに枯葉が詰め込まれている。

この様子は、はたから見ると異様なものであった。

お人好しから見れば、管理人でもないのに落ち葉を拾い集める善行の老人に見えただろう。

だが滝川は、殺人者としてのその執念ぶりに驚愕するのであった。


さらに最近では、この滝川宅の横の通路にはレッドコーンを勝手に設置し、実質的に立ち入り禁止状態にされていた。

そしてその通路には、白い溶液を入れたバケツが二つも置いてある。

滝川は、これは消毒液ではないかと推測した。

犯行当日、枯れ葉に洗浄剤を塗した作業の後に、自身の汚れた両手を消毒するための消毒用バケツではないか!?

従って、殺人凶器の製造場所は、この立ち入り禁止状態になった表山宅横の通路になる。


つまり、犯行日の深夜や未明に自宅から洗浄剤を持ち出し、ストックしてある媒介用の葉っぱや枝をビニール袋から取り出し、この場所で洗浄剤をまぶして標的の駐車場所に移動して犯行に及ぶものと推測できる。

こうして、枯葉などをまぶしてターゲットの車のフロントや車の床下にまいているのだ。


車への毒物散布の犯行が終えると通路に戻り、手を消毒して洗浄剤を持って自宅へ戻る。

なお、滝川老人が白昼や夕方に、自宅裏のプレイロットの庭で堂々と枯葉などを詰め込んでいる姿は、管理人やマンション住民に度々目撃されている。


突然の体調変化

繰り返しになるが、ほぼ無色透明の洗浄剤をたっぷりと塗した枯葉や小枝を、駐車しているターゲットの車両の下やフロントのバンバーの溝などに置く。

その後、天気予報通りに降雨や降雪になると、そこから無臭で透明な塩素ガスが緩やかに発生する。

さらに運転手がエンジン始動を行うと、暖冷房のエアコンの気流などとともに、車内に匂いのないまま塩素ガスが流れ込み、知らぬ間にその塩素ガスが混ざった空気を体内に吸いこむ。


従って、遅効性はあるものの中毒死又は中毒症を起因する。

この塩素ガスの車内流入時でも、当塩素ガスはほぼ無臭・透明であることから、運転手は、車に置かれた数枚の枯葉や小枝は台風や降雪あるいは風によるものと思ってしまい、特に疑念には思わない。

枯葉などを取り払っても、すでに車にはアルカリ性洗浄剤成分が十分に付着した状態になっている。

それらの結果、犯行日は間違いなく雨や雪予報の前日の深夜又は早朝に行われている。


救急搬送

救急搬送されてきた病院の担当医師は「塩素ガス中毒」だと聞かされない限り、その異変の直因を解明できず、盲腸とか、肺炎などと様様に予想するも、確実な真因不明のまま、疑心暗鬼でその病状に首を傾げる。

しかし、その多くは持病の基礎疾患が原因だとしか判定できない。

仮に、これまで死亡した人を「事件」として解剖されていたならば、明確な死因が判明したことであろう。

残念ながら一般病院での死亡では、犯罪の疑念が惹起されず解剖されることもない。

そもそも遺族も被害意識がないので、ただ急死や突然死を受け止めるしかないのだ。


なお、繰り返しになるが塩素ガス中毒は、塩素ガスを吸引又は触れると、息苦しさ、眼の刺激、咳、窒息感、呼吸困難、窒息感、脈拍減少、チアノーゼ、咽頭痙攣を引き起こし、重症になるとショック死する。

それほど「業務用洗浄剤」は恐ろしい殺人のツールにもなるのだ。



8.被害遭遇


殺人事件の約90%は「顔見知りによる怨恨」というデータがある。

この塩素ガス中毒殺人事件は、果たしてこれに該当するのであろうか。

少なくとも、基本的には被害者にとって犯人は顔見知りではない。

総戸数151戸ほどの11階建てのマンションに450人余りが生活している。

そこに住む多くの人々は、住人同士の名前と顔が一致しない。

従って、交流があるのはごく一部である。

一般的には、一戸建て住宅の居住者よりも、マンション居住者の方が隣近所との交流が希薄と言われている。


こうした住民同士の交流や情報交換などが希薄な中で、大それた連続殺人事件と未遂事件は、30年以上もの間事件として表面化されずに続けられてきた。

それは殺傷などの暴力的な殺人事件でもなく、ましてや強盗殺人事件でもない。

まともな人間ならば陥ることがない、身勝手で独りよがりの逆恨みによる闇の復讐劇である。


そのため、被害を受けた者も全く心当たりがない。

故に警戒心もなく、防御策も講ずることができないのだ。

たまたま、同一マンションに住んでいるだけの因果関係の中で、殺人などの被害を受けてしまっている。

そして、それは被害を受けているという被害者意識や被害感情すらない。


ただ一つ共通して言える事は、殺人のターゲットになったのは、自家用車をマンション内の駐車場に置き、マンションの北にある出入口を通行していることだけだ。

その車両の出入り口に最も近くにあるのは、真犯人である表山陽三が住む1階の101号室だった。


ともあれ、殺人による死亡者が出ても未だに殺人事件として表面化されることもなく、塩素ガス中毒によって体が蝕まれたままに、今もなおその生死に晒されている人々がいる。

それは例え一命を摂り止めたとしても、その後の後遺症などに喘ぎ苦しむことにもなる。

最も辛いのは、幼い子供が「塩素ガス中毒」によって、脳障害を誘引して発達障害になっている被害例もある事だ。


翻って、滝川一家が都内から移転し「スカイパラダイス・マンション」に入居してから、31年の歳月が流れていた2018年。

周知の通り、この年は『塩素ガス中毒連続殺人事件』の真犯人である「表山陽三」が、初めて表舞台に登場する。

繰り返しになるが、滝川哲夫はこの年にマンション内で初めて表山陽三から声をかけられた。


そして、偶然にも滝川哲夫と表山陽三は共に管理組合の理事になった。

その管理組合の総会後、滝川はマンション内に居住する中高年の健康体であった3人の男性が突然死していた事実を知る。

それはシャワーの水を浴びた直後に、体に異変が生じて病院に行き、あるいは緊急搬送された病院で急死するという共通点があった。


滝川は、これらの相次ぐ奇妙な急死情報と表山老人の異常な言動をその傍近くで知ることによって、彼に対する猜疑心を募らせてゆく。

それが決定的になったのは2018年に起きた「除草剤の無差別・大量散布事件」であった。

この事件では、マンション住民の多くが無断散布したのは『表山陽三』だと認識して囁き合っていた。


だが、何故か管理組合では事件として警察署、消防署、市役所に通報しなかった。

あくまでも、管理組合内で処理する道を選んでしまった。

さらに、その後の予防策であった「監視カメラの増設案」もすぐに霧散してしまう。

それは管理組合費用の予算削減が背景にあった。


ただ、この除草剤の無差別散布事件の後には、表山陽三の職業が水道業であり、除草剤や洗浄剤などの取り扱いに長けており、その使用や危険性などに熟知していることがマンション内では密やかに流布されていた。

しかし、滝川以外の多くの人々は誰もが老人の表山がそんな連続殺人までは実行しないだろうと疑うことをしない。

敢えて疑う人がいるとすれば、先に急死した男性らの未亡人ぐらいであろう。

だが、その除草剤散布事件のかなり以前から、滝川一家には殺人犯の魔の手が迫っていたのだ。


被害の時期は二つに大別

そうしたことから、滝川一家の家族3人が表山陽三から受けた被害は、概ね以下の二つの期間に分けられる。


一つは「除草剤の無差別・大量散布事件」の以前。

即ち、マンション入居した1984年(昭和59年)の4月~2018年9月前までの期間。

但し、この第一段階では、滝川一家はまだ表山陽三の存在すら知らない。

ましてやその殺人の凶器が、水道業者が使用する「洗浄剤」であり、そこから発生する『塩素ガス』による中毒症にあったとは全く気が付かない状況が続いていた。


そして二つ目は、その後の警察署(市警と県警)への被害届の申請後(被害届は受理されず)の2018年9月から現在に至るまでの期間である。

この期間にも司直の手が入らないため、殺人鬼は今もなお野放しで放置されたままである。

それでもこの第二段階では、少なくとも滝川にとっては要警戒人物として表山老人が浮上し、その殺人ツールが「塩素ガス中毒」によるものと推測できた。

ただ用心と警戒をする中にあっても、すでに被曝による肉体的な後遺症(病魔)が発症する時期でもあった。


周知の通り、滝川哲夫は2018年9月13日に市警察署、19日には県警本部に被害届を提出し捜査を懇願するとともにその依頼をしている。

その際には、噴霧された除草剤の土壌と、洗浄剤が振りかけられて変色していた草木を証拠品としてその提出を試みている。

だが、一切受理される事はなかった。

その被害届が受理されない理由も不明のまま、事件としての被害届が受理されないことがあって、今もって塩素ガス中毒による連続事件が表面化することはなかった。

その後にも、さらに多くの人間の生命が奪われ、健康な肉体が有毒ガスによって蝕められていったのである。


2018年9月以前の被害

滝川自身が振り返れば、滝川の家族3人にも不審な体調異変が度々起きていた事が分かった。

それが判明したのは、商社マンである滝川自身が比較的小まめに行動記録を黒革手帳に記していた事による。


さて、塩素ガスを同程度量体内に吸い込んでも、その中毒症状には個人差がある。

体力や内臓器官の強さによって、症状には時間的な遅効性や個別症状の違いが認められた。

つまり、塩素ガスの吸引量、そのシチュエーションである条件・状況及び被害者の体力や内臓などのポテンシャルによる個人差である。


黒革手帳の記録によると、滝川の妻子は度々その塩素ガス中毒の症状が表れていた。

しかし、滝川自身はそれほどの症状がすぐには表れていなかった。

滝川は、顔面を殴打した際に左の鼻孔に骨が出てしまい、激しく顔を揺らすとすぐに鼻血を出していた。

つまり、彼は鼻孔に突出していた小骨により、気道が狭くなって若干だが空気を吸い込む量が人よりも少なかった。

それは僅かな入酸素量でも体力を維持できる特質があった。

さらに、滝川は学生時代に長距離走をしており、肺などの内臓と足腰が強靭だと自負もしているぐらいだった。


だが、この彼のこの私的見解による自己判断は過ちであった。

塩素ガス中毒の症状には、個体によって時間的遅効性がある事だけだった。

むしろその遅効性によって、より長い期間に及んで内臓や心臓などの器官が塩素ガス中毒に蝕まれてしまうものになってもいた。

従って、第一段階の期間ではまだ滝川自身の躰には、中毒症状が明確に表面化はしていなかった。


彼が塩素ガス中毒に冒されて、内臓疾患や心臓疾患が発生するのは第二段階以降になる。

だが彼の妻子は、その第一段階の期間から病院に救急搬送されるなど塩素ガスに毒されている。

それでも、医師からは「塩素ガス中毒」と判断される事はなく、対処療法だけに留まっていた。

医師は、患者が塩素ガス中毒だと申告、または塩素ガスを浴びたなどと申告しない限り、症状だけで塩素ガス中毒における処方を施すことは現実的に困難なのである。

ここにも、表山陽三が誰にも怪しまれずに、殺人犯として野放しになっている要因がある。

こうして滝川一家3人は、以前から「塩素ガス中毒」によって、その体を蝕まれていたのである。


黒革手帳の記録

滝川は総合商社のビジネスマンである。

彼は自分の黒革手帳に、社用記録や自分の行動記録及び家族の出来事などを記録していた。

それは、商社に勤務して以来ずっと続けられていた。

そして、警察に被害届を提出するに当たり、各年の手帳を読み直してみるのであった。

但しあまりにも膨大な量になるため、小説としては1984年(昭和59年)の4月の移転当時から2009年までの間は省略させていただく。


従って、本章の出来事は2010年以降から2018年までの滝川自身の手帳の記録による要約になる。

但し、手帳の記録が膨大であるため、第二段階の2018年以降については、最終章の「動かない警察」の章で綴ることにさせていただく。


執拗な悪魔の所業

滝川メモによる共通の「キーワード」は、


①降雨や降雪。

②被害者は吐き気や腹痛などの症状。

③被害者本人には症状の原因に心当たりがない。

④医師は病名を特定できない。

⑤One切りの怪電話。


<2010年>

1/9(金):雨後に雪が降る。滝川は後頭部に沁みるような痛みを覚える。

1/30(金):中旬に行われた会社の健康診断で問診を受けると、MRI検査を受けるよう指導される。そのため、東京八重洲のクリニックでMRI検査を受ける。

しかし、頭部の痛みとの因果関係は認められなかった。

4/11(土):滝川の妻の百合子が突然腹痛を訴える。

4/14(火):再び、百合子は腹痛が起き下血する。

同日、千葉県習志野市の「Y健保病院」で精密検査を受ける。

4/22(水):同病院に入院する。検査後に腹部手術が行われるもその原因は不明。


この年、滝川哲夫は「スカイパラダイス・マンション」の居室をリフォームする事を決断している。

千葉県F市に支社がある「大手S不動産」にそのリフォームを委託している。


前後するが、その頃の事。

滝川は前年の2009年の秋、その大手S不動産に徒歩で向かっていた。

快晴の中を歩いていると、突如、記憶を失った。

心の中で「あれは、ここはどこだ?」と、立っている時刻も場所も分からなくなった。

一瞬の短い時間だったが、自分の存在もその場所も全く分からない。

まるで、高齢者の記憶喪失のような状態に陥っていた。

これは初めての体験。

滝川はその後の数日間、記憶が途切れたことに対する恐怖感に襲われた。

これも後に思慮すると「塩素ガス中毒」による障害だったのではないかと推測できた。

ともあれ、一瞬の立ち眩みのような「記憶喪失」は、暫く立ち尽くしていると現実に戻った。


マンション居室のリフォーム

この頃「スカイパラダイス・マンション」では、リフォームする居住者が散見されていた。

既に竣工からおよそ26年が経過しており、子供の成長などに伴って改装するニーズがあった。


滝川家も改装工事を決意して施行を発注していた。

そのため、2010年3月24日から6月4日までの期間、東京・六本木の 「六本木ザ・クラインスィートマンション」に仮住まいをしている。

そのマンションは、都会の一等地にあり、全てオートロックの精度の高いセキュリティーが整っていた。

これはS不動産の仲介によるもので、基本的な費用は同不動産が負担していた。

1301号室だったので、その13階の高層から眺める眺望はすばらしいものがあった。

特に、都会のネオンに煌めくその夜景は魅惑的だった。


家具などのほとんどの荷物は、引っ越し屋の運送に託した。

但し、身の回りの荷物などはマイカーに積んで自ら運搬した。

そのため、数回ほど東京と千葉県F市を往復している。

従って、この時期は再入居も含めて引っ越しのトラックとマイカーによる出入りが多かったといえる。

従って、その度にマンション出入り口では、ガタン、ガタンと通行の度に側溝の響く音がしていたはず。

こうして滝川は、日頃よりもかなり頻繁且つ長時間の車の運転を行っていた。


広尾のN医療センター

大都会に仮住まいしていた2010年の5月の事。

滝川哲夫は、何度か突然の「吐き気」と「胸や腹の痛み」に苦しむことが起きていた。

自分では、その原因に全く心当たりがなかった。

急遽、六本木に近い渋谷区広尾にある「N医療センター」に駆け込んでいる。

5月3日の休日の朝、滝川は36.7度、37.7度、38度と高熱になってゆく。

彼は元々低体温のため、平熱は35度台と低体温の体質にあった。

彼としては、意識が朦朧とするほどの高熱レベルだった。

しかし、夜になっても回復の兆候が表れない。

そのため、すぐに同病院を受診した。


「N医療センター」の夜間の緊急医療室にタクシーで向かった。

担当されたのは、消化器系内科のR医師。

すぐにレントゲン撮影、採血などが行われた後「クラリスマイシン」と「ピソナジン」が処方された。


勿論、塩素ガスを吸い込んだなど「塩素ガス中毒」を訴える事はなかったので、医師は一般的な対処療法で真摯な医療に努めてくれている。

さらに翌々日の5日には、滝川は夜中に下痢になるとともに胃物を吐いている。

そのことから、6日と7日に連続して勤務先を欠勤し、7日の午前中に再び「N医療センター」を受診している。


今回は内科の若いK女医に診察を受けている。

この先生は、丁寧かつ詳しく問診をされた。

その度に、首を傾げていたのが滝川には印象的であった。

その先生は、当初「肺炎」を疑っていたが、血液検査やレントゲン検査では肺炎が該当しなかった。

その結果、原因や病名は特定できずに因果関係は不明のままであった。

但し、症状を和らげるための飲み薬を処方されている。

その後、何度か入浴後の吐き気に苦しみ、耐えられずにタクシーを呼んで再び同病院の夜間診療室に駆け込んでいる。


さらにその後の滝川は、仕事で社内の会議室において夕方から講演会があって、彼は講師として登壇していた。

しかし、その登壇中に突然の眩暈(めまい)と呼吸困難に陥った。

立ったまま、マイクを置いて暫時講話を中断してしまった。

おそらく、立ち尽くしていた時間は5分ほどであった。

しばらくして正常の状態に戻ったので、何とか講話を続けてその役割を果たした。

司会進行役の若手社員も驚いていた。

しかし、彼は慌てる素振りも示さず、臨機に落ち着いた態度で聴衆に謝罪するとともに上手に講演会を進行させていた。


仮住まい中には、このような幾つかのアクシデントがあった。

それでも、ようやく滝川一家は東京・六本木から自家用車とともに、改装がなった「スカイパラダイス・マンション」の新居室に6月4日の金曜日に戻っている。


娘の緊急搬送と入院

この年の12月13日は、雨模様であった。

娘の悦子は、既に東京・新宿の「大手スポーツ・ジム」に就職していた。

その深夜、滝川家の固定電話はけたたましく通信音が鳴り響いた。

それは、東京都の消防局の救急車からであった。


「JR新宿駅構内のトイレ内に娘さんが倒れている。本人と駅員さんからの通報があった。今からタンカーに乗せて、これから緊急搬送します。受け入れ病院が確定したらもう一度連絡をします・・・」とのことだった。


やがて、24時をすぎる頃に再び連絡が入った。

「新宿・大久保の東京都立病院に搬送しました・・・」などと、娘の症状と病院転送の経緯などを含めて丁寧に教えてもらった。


この日の天候は、午前中は曇りだったが午後からは雨になっていた。

滝川夫婦は、急ぎ車で連れ立って新宿・大久保にあるその病院に向かった。

その都立病院は歌舞伎町にあった。

滝川は、繁華街の歌舞伎町に都立の総合病院があることに驚いた。


娘の症状は、主に激しい腹痛と吐き気であった。

娘は、遅番の勤務先の仕事を終えて新宿駅に着くと、急に腹痛を起こし駅のトイレに駆け込んだそうだ。

しばらく、便器に座ったままそこで回復を待ったが、腹痛と吐き気は治らなかった。

あまりの苦しみのため、ついに自ら119番通報した。

駅員とともに、緊急隊員がその女子トイレに駆けつけた。

その後、救急搬送される中で受け入れ病院を探し、ようやく大久保の東京都立の総合病院での受け入れが可能になったとの事であった。


その病院の若い男性の担当医は「おそらく急性の盲腸炎と思料されるが、ただ盲腸炎と断定できない面があり、他の疾患の可能性もある。そのため容態次第ですが、しばらくは観察し確実に盲腸炎と断定できれば、盲腸の摘出手術を行います。よって、この応急措置の後は経過観察といくつかの検査を行います。従って、3日ばかりは検査入院していただきます。ご両親はそれで良いですか?」

滝川夫婦は、了承するとともに「よろしくお願いいたします」と答えて病院を去った。


12月16日の木曜日、前述の都立病院の先生から自宅に電話があった。

それは「まだ盲腸とは断定できないのですが、容体の回復も顕著でないため、また盲腸は摘出しても健康に問題がないので、摘出手術を行いたいのですがご了解いただけますか?」との事だった。

つまり、担当医は盲腸については半信半疑であり、病名の確定に苦悩していたようだった。

それでも滝川も妻も顔を見合わせて「宜しくお願い致します」と答えた。

その盲腸の手術は当日に施術された。

そして、娘の悦子が退院できたのは12月20日のことだった。


後に滝川は、娘に搬送当日の状況を聞き出している。

その当日の娘は、遅番の勤務でジムの客が帰った後にプール清掃を行っていたそうだ。

プールの清掃は、大量の水分がある中での作業であった。

雨、プールの水、そして洗い水との触れ合いが、塩素ガス中毒を誘引していたと考えられるケースだった。

だがその因果関係については、この時点ではまだ知る由もなかった。


<2011年>

この年、滝川は「狭心症」を発症する。

いわゆる心臓病である。

2011年8月11日と10月21日、通勤途上の道で突如の心臓発作が2度起きた。

2回とも歩行中だった。

急な胸の痛みに、立ち尽くしてしまい歩けない。

暫くしてからようやく歩行が可能になったので、いつものように出勤し勤務を続けた。


すぐに回復していたので滝川は心臓発作の件を軽視し、10月5日から9日までの5日間休暇をとって、軽井沢と石和温泉に妻とドライブ旅行をしている。

軽井沢から石和温泉に向かう高速道路の途中で急に夕立に遭遇した。

直後に珍しく滝川が吐き気を感じたが、石和温泉までがまんした。

到着すると、二人は先ず温泉に入浴する。

風呂後の食事では、珍しく滝川が吐き気に襲われた。


10月28日、勤務先の健保組合の診療室を訪れた。

通勤時の心臓発作を報告した。

但し、軽井沢と石和温泉へのドライブ旅行のことは言わなかった。

通勤中の二度の心臓発作の件を報告すると、医師は開口一番

「何故すぐに来診しなかったのか・・・」と滝川は叱られた。

それほど迅速な措置が必要な危険な疾患であった。


結果、その東大出の医師の指示により、御茶ノ水駅近くの「メディカルスキャン・クリニック」で心臓の撮影をしている。

その結果は、心臓と冠動脈の血管2カ所の血管が細くなっており「カテーテル治療」が必要との所見だった(11月30日)。


続いて12月9日。

滝川はJR秋葉原駅近くの「M記念病院」(神田南泉町)の循環器内科に入院する。

すぐに「カテーテル検査」を受けた。

その結果「狭心症を発症している。既に血管が細くなりすぎており、心臓血管の手術はリスクが高すぎる」と言われた。

その結果、主治医のW女医は「同手術を実施せずに、死ぬまで心臓発作を予防する薬を服用してもらいます・・・」と結論づけられた。

要するに、いつ何時心臓発作によって、突然死する危険もあるという過酷な結論だった。


だが、心臓の血管が細くなった根本原因については、克明に追究されることはなかった。

一般的な運動不足と脂肪分の摂りすぎや飲酒が、その原因だろうと推測された。

12月12日からは「シグマート」と「リバロ」の心臓の薬を服用するようになった。

さらに、実際に心臓発作が起きた時のための措置薬として「ニトロペン」を常に携帯するよう指示を受けている。

そして、12月13日には同病院を退院している。


<2012年>

2012年1月20日の降雪の日と翌日の降雨の日、滝川と妻はデパートとショッピングセンターに車で買い物をしている。

その後の1月23日、妻の百合子が突然に吐き気を模様し2度ほど吐瀉していた。

さらに、その直後には激しい胃痛が起こり、妻は「浦安の大学病院」に行き、点滴などの治療を受けている。


翌月の2月4日には、夫婦で幕張の「T外資系ショッピングモール」に続いて、F市の大型ドラツグ・ストアの京葉店にも車で買い物に行っている。

翌日の2月5日には、滝川は妻とともに東京まで所用により車で出かけている。

夕方に帰宅すると、突然妻の百合子が吐き気で異物を吐く。

発熱もあって38度以上の熱があった。

翌日の2月6日には、再び「浦安の大学病院」に通院している。


さらに、7月7日の七夕の日は降雨であった。

その翌日の7月8日は、F市の大型電機店、デパート、大型-パーに車で妻と買い物に出かけていた。

すると、翌日の7月9日に妻の百合子が吐き気とめまいに襲われた。

そのため、3度目になるが浦安の大学病院に行く。

その後同病院の指示により、妻は東京・八重洲のクリニックで精密検査を受けている。


One切り

この頃から、滝川宅の固定電話には「One切り」が掛かってくるようになる。

後で考えれば、これは犯行予告又は犯行声明であり、薄笑いを浮かべる悪魔の囁きでもあった。


9月23日は降雨だった。

その日は、滝川は昼間の12時と深夜の24時に車で娘の悦子を送迎していた。

すると、翌日の9月24日の19時46分に滝川家の固定電話にone切りがあった。

おそらく、塩素ガス中毒殺人犯からの犠牲者死亡の確認のためのものか、あるいは犯行通告にも思えた。

だがこの時点では、滝川一家は表山陽三の存在を知る由もなかった。


10月22日、妻の百合子と車でF市のデパートと大型スーパーに買い物に出かける。

翌日の10月23日は強風と降雨となる。

次の日の10月24日には、隣の市にある大型ショッピング・プラザに車で妻と買い物に出かけている。

その当日の夜、20:12に再び one切りがあった。

そして翌々日の10月26日には、妻は再度の吐き気に襲われていた。

そのため、浦安の大学病院から紹介を受けたJR御茶ノ水駅近くにある同系列の本部でもある「J大学付属病院」を受診した。

そこでは、脳神経外科のY医師が対応してくれた。

しかし、さしもの一流大学の病院でも妻・百合子の病名が明確になる事はなかった。

その後、その姉妹病院で同じく御茶ノ水駅近辺にあった「○○堂病院」に長期入院することになった。


翌日の10月27日、18時13分には再度のone切りがあった。

11月8日になると、今度は滝川自身が頭痛と顔の強張り症状があった。

とうとう滝川の体重も47.8gに落ちていた。

その25日の19時10分には、滝川に心臓発作の痛みが出て初めて「ニトロペン」を服用している(発作防止の薬)。

さらに、年末になって12月24日のクリスマスイヴの夜にも 「one切り」があった。


さて、犯罪者の執拗な行動録には枚挙にいとまがないほどであり、紙面の限りも考慮して以降の2013年~2017年の間の不可思議な出来事については省略させていただく(深謝)。

ただ、明らかにこの間でもこれまでと同様の執拗な手口が繰り返されてはいた。


こうして滝川家の3人の家族は、その個々の病状や症状には軽重の違いがあっても、度々原因不明の病魔に襲われ続けていたのは事実。

特に、妻の百合子は複数の大学病院の入退院と通院を余儀なくされていた。

そして、最後には現代医学において<不治の難病>と言われる「膠原病(こうげんびょう)」と診断されるに至っている。

膠原病は、現代医学をもってしてもその原因が不明の病気である

原因不明の病の場合には、難病である膠原病と診断されることも多いと聞き及んでいる。

彼女は、今もなお長期の入院と療養を強いられて闘病生活を続けている。


一方、滝川自身の心臓病は、一般的には「狭心症」と呼ばれている。

正式の病名は「労作性狭心症」である。

彼は、今もなお数種類の飲み薬を服用し続けている。

その狭心症が完治することはなく、突然死の命のリスクを抱えながらも生き続けている。

しかし、やがてどこかの時点で心臓が停止するリスクに晒され続けているのだ。

おそらく、その死はある日突然にやってくることだろう。


さらに、娘の悦子も度々吐き気と腹痛に襲われ続けていた。

様々な病院の診察と治療を受けたが、最後まで病名は不明のままであった。

最期には彼女の子宮が腫れ、止む無く子宮摘出の手術を受けるに至っている。


このように2018年以前でも、滝川家では滝川自身をはじめ妻や娘が度々体調を崩し、入院や治療を余儀なくされていた。

ただ、これらの真因は不明のままであり、且つ人為的な殺人未遂だとは全く気が付かないままに推移していた。



9.動かない警察


(1)洗浄剤の危険性

水道業者が取り扱う洗浄剤は、排水管などを洗浄するためその成分が強く製造されている。

一般的には「強アルカリ性」の洗浄剤である。


改めて、洗浄剤の危険性について述べる。

洗浄剤は、アマゾンなどのネットで一般人でも購入することができる。

家庭用洗浄剤(除去剤)でも、塩素系洗浄剤と酸性タイプの洗浄剤が混合されると、新たな塩素ガスが発生することが知られている。

慎重な対応が求められる所以。


この「塩素ガス」を吸引したり触れたりした場合、人間は息苦しさ、眼の刺激、咳、窒息感、呼吸困難、窒息感、脈拍減少、チアノーゼ、咽頭痙攣などを引き起こし、重症になるとショック死する。


それでは「除去剤」と「洗浄剤」の違いについて述べる。

一般的には家庭用や園芸用の物を「除去剤」と呼び事が多い。

それに対して、業務用では「洗浄剤」と呼んでいる。

水道業者が扱う洗浄剤は、主に排水管用の洗浄剤になる。


以下はその商品名になる(数が多くて全て掲載することはできない)。


・アズマジック

・サラヤ

・ルーキーパイプ

・エスコの塩素系パイプ洗浄剤

・オーバークリーン(S)

・E-COSO

・イチネンTASC

・アイメディアE-COSO、他


洗浄剤の使用に当たっては、ゴム手袋、マスク、メガネなどを着用する必要がある。

それほどの超劇薬なのだ。

直接人体に触れたり吸引したりすれば、皮膚の薬傷、消化器系粘膜や食道などが変性して、痛みが伴って死亡する場合がある。


少量でも、直接触れてしまうと発熱を生じる。

さらに多量に水を飲むと、失明、皮膚の薬傷、消化器官を侵して死亡する可能性がある。

そして先ず食道口内が変性し、その健康体が一気に悪化する。

つまり、酸性な物に反応して塩素ガスを発生するのだ。

症状としては、咳、流涙、胸部灼熱感、結膜炎、悪心、嘔吐、発汗、頭痛、眩暈、失神などがある。


(2) 塩素ガス被曝による申告の重要性

塩素ガス被害を受けたと患者などが申告しない限り、ほとんど全ての医師は適切な治療ができない。

塩素ガス中毒と申告されずに、その症状の状態だけでは「塩素ガス中毒」と判断することは困難なのである。


従って、その場合には容体の根源的原因が分からずに、患者の症状によって一般的な対処療法が行われることになる。

ここに「塩素ガス中毒連続殺人事件」の犯人が逮捕されずに、次々と犯罪を繰り返して行えるロジックが隠されている。


塩素ガス中毒に遭遇した患者に対する治療は、患者が塩素ガスを吸引した事実や触れてしまった事を申告しない限り、基本的には一般のクリニック、大学病院及び総合病院でも適切な治療を行うことは困難になっているのだ。

それだけ塩素ガス中毒は特殊であり、そのための治療方法は一般化されておらず普及していないのが現実である。


一方、塩素ガス中毒患者だと認識されていた場合でも、消防局の救急隊員、看護師及び一般の善意の救助者などにあっては、塩素ガス中毒に関する事前の根源的な予備知識がなければ、迅速かつ適切な緊急措置は困難な場合が多い。


(3) 「日本中毒情報センター」の役割

こうしたことから、厚労省の外郭団体である「日本中毒情報センター」のホームページでは、医師向けに塩素ガス中毒の治療方法について詳説している。

以下にその概要を付記するが、当小説の「1.序」と重複する部分もある。


ホームページの冒頭では、先ず水道業者が業務用に使用する洗浄剤は濃度が高く「塩素ガス30ppmレベルで、胸痛、嘔吐、呼吸困難、咳などを引き起こす」などと注意喚起がなされている。


そして、医師向け専用の治療方法のページを開設し、網羅的且つ具体的に説明している。

このことによって、医師に塩素ガス中毒の患者が搬送された場合には、先ず医師は「日本中毒情報センター」のホームページに掲げられた塩素ガス中毒の治療方法をベースにして、治療を実践することができる。

それは一度でもその治療を経験すれば、その知見の裾野が広がっていくものになっている。


(4) 一般的な初期対応

それでは、救急隊員向けなどの一般的な初期対応の措置について簡単に触れておく。


・先ずは被曝場所を離れる。

・新鮮な空気下に患者を移動する。

・呼吸不全の措置。

・体を保温するとともに、安静を保つ。

・気道を確保し、100%の酸素投与、人工呼吸を行う。

・胸部と呼吸器の機能検査を行う。

・熱傷がある場合には、熱傷治療を行う。

・気管支痙攣の場合には、交感神経の賦活薬を吸入し気管支を拡張させる。

・経口の場合における胃の洗浄。

・活性炭や下剤の投与など。


つまり、洗浄剤は除草剤同様に植物に散布すれば、当該植物が枯れて変色もする。

特に重要な点は、この強アルカリ性洗浄剤が酸性なものと反応すると「塩素ガス」を発生させることだ。

従って、酸性雨(特に、最近の台風や大雨には酸性分が含まれている)と、散布された強アルカリ性洗浄剤が反応して「塩素ガス」を発生することになる。


真犯人は、これをトリックにして犯罪を重ねている。

降雨予想の前夜などに、意図的に草木や木の葉に洗浄剤を塗して、標的の車輛やその周辺に置いておく。

そして予報どおり降雨となれば、なお確実に「塩素ガス」が車体の周辺で発生する仕掛け。

その無色透明の塩素ガスは、エアコンや通気口などを通じて静かに車内に流れ込んでいく。その塩素ガスを人間が吸い込んでしまえば、吸引量などによって軽重はあるが死亡や重篤の病気に繋がってしまう。


こうした人命の危急の事態に備えて「日本中毒情報センター」では、地道な積み重ねの努力を続けている。

この奮闘・努力によって、塩素ガス中毒患者の治療方法の知見が我が国全体に広く浸透してゆくものになっている。

ただ残念ながら、一般人は同ホームページの医師向けのページは閲覧できない。


(5)消防訓練

話は戻って、2018年10月7日の日曜日のこと。

スカイパラダイス・マンションでは、午前10時から50分間ほど消防訓練が行われていた。

この訓練は、近隣の消防局から消防士の派遣を得て、防災担当2名の理事が運営するもの。

既に防火管理者の資格を持つ滝川は、経験を積んでもらうための意図があって資格のなかった一方の相棒に、その進行役を任せて自分は写真撮影に徹していた。


その訓練では最後に集会室に集まって、緊急の救命措置などを実施訓練する。

そこで滝川は表山老人に悟られぬように、彼の顔写真や等身大の姿などをカメラに収めた。

それを知ってか、表山陽三は逃げるようにカメラ目線から身を隠していた。

既に滝川哲夫は、この9月に市警と県警に被害届の提出を試みていた。

だが受理されなかったため、新たな証拠集めのために地道な努力を重ねていたのである。


勿論の事、更なる被害に遭遇しない予防策として、


①駐車場に置かれた車の周辺の異変に気遣っていた。

②車の走行中には全て窓を開け放つ。

③洗車は、マメに有料洗車場を利用する(マンションには専用洗車場がない)。

④車周辺で殺人ツールになっている草木と葉などの不審な置かれ方に留意する。

⑤表山宅の横道に置かれた草と葉が詰まったゴミ袋を監視する。

⑥同場所を通行止めにして、表山が作業を行っていたバケツや板も監視する。

こうして滝川は、後々の証拠のためにこれらを写真撮影している。


10月1日には、滝川は「カーセンサー」を取り付けている。

車は定期点検の他に、都度任意に点検を行うようにもしている。

10月18日には、K警察庁長官宛てに「塩素ガス中毒殺人事件」解明の要望書を提出している。


(6)草取り

同月の消防訓練の後は、有志による駐車場とその周辺の草取り、さらには各プレイロットの整理と草取りも実施している。

その担当責任者は「環境美化担当」の理事である松尾美恵子(未亡人)さんであった。


先述の通り、おしどり夫婦ともてはやされた当時、つまりこの年の2年前(2016年)に突然彼女の夫は不審な急死をしている。

他方、滝川の妻のママ友の夫である高柳氏の急死も、この2018年若しくは2017年だったのではないか、と類推できるものであった。


さて夫を失った後の松尾理事は徐々に精気を失い、テニスで鍛えた健康的な体と持ち前の明るい性格さえも消えつつあった。

そうした事もあって、その後の彼女は人との交わりを避けるように、一人寂しくマンション生活を送っていた。

なお、その娘さんは結婚して今はマンションを出ている。

たまに娘さんが訪れて、共に買い物をする姿が散見されていた。


この日の晴天の下で、彼女は一人寂し気に黙々と草むしりに勤しんでいた。

ただ、時々咳き込んでは手を口に当てていた。

その姿を見つけた滝川は(彼女は今なお悪魔の標的になっているのではないか)と心配する。

そこで、滝川は急ぎ彼女に近寄った。


「大丈夫ですか?・・・咳がとまらないようですが・・・」

気丈夫な彼女は、きっぱりと「大丈夫です」と答えてくれた。

しかし、その後も咳は止まなかった。


滝川は、彼女の体の具合の悪さと悪魔の手が再び忍び寄っていることを心配して、ささやかではあったがやさしい助言の言葉をかけた。


「最近はお車の運転はされているのですか?とにかく車には気を付けて乗って下さい」

「あっ、はい気を付けてはいますが・・・ありがとうございます。何分にも大きな車なので、たまにしか運転はしないようにしています」


「そうですか、そうした方がよろしいかと・・・ではお大事に」

と言って、滝川はその場を離れた。

その後滝川は一人になると、

「・・・医者に行って、塩素ガス中毒かも知れないと言ってみてはどうですか?」

と助言した方がよかったかなと後悔した。

その後、滝川は彼女の姿をマンション内で見かけることはなかった。


(7)2018年の被害

さて8月以降、自宅において娘の悦子は体調が悪くなり、吐き気、咳、喉の痛みと高熱が続いていた。

こうして滝川の妻子はともに8月20日頃まで体調不良が続き、娘は度々勤務先を欠勤していた。


その後に、娘は勤務先の近くにある病院を受診している。

だが、その結果は「夏風邪、熱中症の症状ではないか?」と問診だけで診たてられた。

但し「実際のところ原因は不明・・・」だとも、その医師から付け加えられていたと述べている。


2018年10月1日(月)。

台風24号が到来し降雨となるが、午後には晴れ模様になっている。

ショッピングモールへ買い物に行くため、滝川は妻とともに駐車場の車に向かう。

この頃には、表山老人による「塩素ガス中毒殺人事件」と確信できていたので、乗車前には愛車を念入りに目視点検するようにしていた。


同日の午後1時すぎの事である。

マンションの駐車場に行くと、車の後輪タイヤの左側に1メートルほどの折れた青々と葉が茂る木の枝が差し込まれていた。

ただ、この木はマンションには植栽されていない低木で、軟らかな弾力性がある緑色の葉が多いものであった。

後日に近隣を散策すると、あちこちの住宅の塀代わりに多く植栽されている木であることが分かった。

おそらく、近隣から盗んできたのであろう。


こうしたことは過去に度々あったことでもあり、また台風24号通過の後でもあったことから、用心して直接的には素手で触らずに手袋をして取り払った。

ただ今回はいつもとは異なり、執拗にタイヤ等にしっかりと絡まりつけられて、簡単には取れなかった。

いつもと異なった脅威と違和感を覚えたのであった。

その後は、車の窓を開け放ち買物に出かけた。

そして午後6時すぎに家に戻った。


すると夜になって、急に舌がピリピリとし、喉がヒリヒリするようになった。

やがて吐き気にも襲われた。

しかし幸いにも、何とか翌朝には回復した。


7月の除去剤の無差別散布と異なり、此度は明らかに<滝川個人>を狙った殺人未遂事件ではなかったのか、と滝川は直感した。

おそらく人気のない台風通過の深夜に、木々に洗浄剤などをまぶして、タイヤや車の下に押し込んだものである。

過去にマンションに駐車していた3人の男性らの死亡の際の手口と、同じものではなかったかと推理した。


10月17日(水)

東側のプレイロットでは、表山老人が桜の落ち葉などをゴミ袋に回収する姿が目撃されている。

その2つのゴミ袋は、表山老人の居室横の路地に置かれて洗濯挟みで口が止められていた。


10月19(金)

雨の日であった。

予想通り、上記の桜の落ち葉が滝川の車のフロントに撒かれていた。

但し、両隣の車両には全く桜の葉が撒かれていなかった。

それもあって、滝川の車だけに桜の葉がかなり目立って撒かれていた。


11月12日(月)

夜中から小雨が降り出し、この日も午前中は雨模様だった。

滝川の車の周辺には、再び大量の桜の葉と枯れ木が散乱していた。

(当時、妻の百合子は浦安の「J大学病院」に入院している)


11月19(月)。

夜中から翌夕方にかけて降雨となる。

夜勤から帰宅した滝川が車の様子を見に行くと、車のフロントに大量に落ち葉が散乱していた。


表山陽三による会費の使い込み

表山老人は「自治会の会計」を担当していた。

だが事もあろうに、各戸から集金した会費を自治会長に渡していなかった事が発覚した。

理事会でそれを追及された表山老人は、詫びる素振りもなく居直った。

黙秘を決め込んだのである。


その事態に窮した理事長と自治会長が、表山に対して異口同音に指示をする。

「できるだけ早期に、集金した自治会費を自治会長に手渡す様に・・・」

と命じた。

表山老人は、口を開かずに黙って頷いていた。

自治会費が無事に自治会長に手渡されたのか、滝川はその顛末までは知らない。


犯人の動機は明白

滝川は10月の管理組合の理事会において、個人として市警察署などに被害届の提出を試みたが、受理されなかった事を報告している。

これには、出席一同の理事が感嘆の声を異口同音に放っていた。

そして、その中には真犯人である表山陽三も当然出席していたである。

この後、表山老人の滝川に対する殺意は以下の様に一層強まるものがあった。


その理事会では、被害届の件については正式の議題にはならなかった。

しかし、理事会が終了すると半数以上の理事らが自主的に滝川の周りに集まっていた。

それは異口同音に「よくやってくれた」「勇気がある」など賛同と感嘆の声を上げている。


だがマンション住民の中には、同マンションの建築や販売に携わったゼネコンやデベロッパーに勤務する社員も紛れている。

それらの者は、管理組合員や理事にもなって系列の管理会社側の意向に沿う発言や意見を繰り返していた。

これを知った当初の理事会では、当該社員を組合員から排除する事を訴えていた。

だが、退けられてしまった。

その理由は、勤務先がどこであれマンションを所有している以上、管理組合員からは排除できないとする主張であった。

しかし、本来は利害者関係者を除するのが常識でもあった。

そのため理事会では、管理会社、当該ゼネコンや当該デベロッパーに不利益になるような案件は否定され続けてきたのである。


そのようなことから、今回の理事会で騒ぎになれば管理会社などが不利になるため、被害届の再提出などは議論されず議題になる事もなかった。

僻んで勘ぐれば、それらゼネコンやデベロッパーの社員らは、管理会社と事前に擦り合わせをして、警察署に被害届の不受理を依頼していた可能性すら想像できるものだった。


以前、滝川は防火管理責任者兼理事として、管理会社に当マンションにおけるパトカーや消防車の出動、さらに救急車による搬送に関する「業務日誌の開陳」を求めた事があった。

だが、とうとうその資料が提出されて開示されることはなかった。


さてデベロッパーとは、不動産や建築業界における土地や街の開発を行う事業者。

一方ゼネコンとは、建築を総合的かつ全体的に担う建築関係企業の統括企業体。

当「スカイパラダイス・マンション」も同系列のゼネコンやデベロッパーが主体となって施工・販売されていたもの。


翻って、除去剤散布の後の理事会では、有志の提案よって「監視カメラの増設」が検討された。

こうした事もあって、表山陽三による「滝川憎しの殺意」はさらに高まるのだった。


理事会での滝川の発言の恨みからの仕返しに、口封じの挙に出たものと思料できた。

根本的な動機は既に開陳したとおり、表山宅は車の出入り口に最も近く、車の騒音や排気ガスに苛立っていたことも事実。

そのため車で出入りする住民のみならず、マンションに搬入する業者にも敵意を見せていた。

なお、上述の木々は2,3日経過すると焼け焦げたように真っ黒に変色している。

滝川は、証拠としてそれを写真撮影している。


(8)エスカレートする犯行(2019年の被害)

2019年の犯行は、相次ぐ怪電話(無言電話)から始まった。


1/6→14:26  0120238●76

1/7→15:37  0120238●76

1/8→16:21  012092940●

さらに0120656●59からも架電されているが、これは「松戸市川水道サービス」の所有の電話番号であった。

これらの架電時刻を深慮すると、表山陽三の仕事上の立ち回り先からの架電であろう。


滝川の緊急搬送

2019年1月9日(水)午前10時05分

滝川の意識が急に希薄になり、咳と吐き気が生じて床に倒れ込んだ。

1月6日頃から、発熱、咳、嘔吐、めまい、腹痛、耳鳴り(パタパタと羽ばたく音)がしていた。

この日は、朝から家族は出かけており彼一人が在宅していた。

急に、体が硬直したような状態になってしまった。


この年の正月は親類の家族が東京から来訪することなどがあり、車で最寄り駅まで送迎するとともに、1月4日にはF市のショッピングセンターに買い物に妻と出かけていた。

その際には、車の前面フロント下の溝に洗浄剤が直接的に撒かれたような跡があった。

いつもは黒い金属板だけに点々と噴霧されていたが、薄く白色の液体の後が30センチほど帯状に連なっていた。

不審に思い、滝川は妻にもマスクの着用を指示して運転した。

エアコンの始動については慎重に行い、しばらく走行してからエアコンの暖房を始動している。


それでも1月6日の午前10時15分。

滝川は一人で留守居をしている。

滝川は、突然激しい咳と呼吸困難に見舞われた。

これは「塩素ガス中毒」による症状だと自覚する。

その死を覚悟するほどの呼吸困難であった。


何とか生き延びようと必死になって、自ら110番通報した。

すると通報を受けた者は、状況などを瞬時に判断して「それでは、先ず119番要請します」と回答し救急車の手配をしてくれた。


何とか立ち上がり、ヨロ付きながら玄関のロックを解除する。

その後、自宅で寝ころんで苦しんでいるとF市の救急車がスカイパラダイス・マンションに到着するサイレンが11階まで聞こえてきた。

すぐに、救急隊員2名がタンカーを持って部屋に入ってきた。


救急隊員

少し詳細に、緊急搬送時の状況を振り返る。

これまでの経緯から、滝川は塩素ガス中毒による影響と即断した。

その結果、殺人未遂事件と判断して躊躇なく110番通報をしている。

すぐに事情を説明していると、担当官が息切れしながら通報する滝川を察知して「体は大丈夫ですか?お一人なら救急車を呼びますか」と尋ねられた。

すぐに「お願いします」と返答する。


その後30分ぐらい経過すると救急車で救急隊員が2名到着する。

と同時に、JR駅前の派出所の警官2名も到着した。

滝川は寝ころびながら、警察官と救急隊員双方に事情説明を行った。


しかし一人の救助隊員は、突然彼の耳元で大きな声で「インフルエンゼの予防接種をしたのか!」などと大声で詰問した。

「していない」と答えると、「何故、予防者接種をしないのか!」と怒鳴り始めた。

どうやらこの隊員は、彼が風邪や仮病又はブラフで救急車を呼んだと思い込み、息絶え絶えの患者を前に怒りだしたのだ。

さらに、滝川が教えた妻の百合子の携帯に電話し、

「ご主人は精神科に行った方がいい・・・」などと言い放ち緊急搬送を拒んでいた。

彼は警察官にも、さも仮病のように話しかけていた。

その後も何度も滝川本人にも「精神科で診察された方がいい」と怒り顔で怒鳴り続けた。

しかし、あまりの彼の異常な発言に驚愕した警察官に説得されると、渋々F市の「IK病院」に搬送されることになった。

警察官からいくつかの質問があった後、何とか回答すると市内の「IK病院」に搬送すると言われ、ようやく救急車はマンションを出発した。

この病院は、地域を代表する緊急病院としてその名を知られている。

こうしたひと悶着があったため、同病院に到着したのは午後になっていた。

この遅れで助かる命が助からなかったら、消防局はどう責任をとるのであろうか。


緊急病棟で診察を受けた結果は、左肺の「急性肺炎」と診断された。

左肺が真白になっており、滝川は「塩素ガス中毒事件」のことを担当医師に説明した。

だが「ここでは、それとの因果関係は分からない・・・」とその医師に言われている。 

その後一週間ほどの入院を余儀なくされ、点滴、注射、飲み薬などによる治療や検査を受けている。


退院後も通院し、飲み薬とリハビリ治療などを受けている。

滝川の躰は衰弱したまま、1カ月ぐらいは食欲不振が続くのであった。

しかし、肺炎の原因が「塩素ガス中毒」によるものとの診断は、最後までなされることはなかった。


IK病院での状況と推移

・呼吸困難などにより緊急搬送。

・医師による病名は「急性肺炎」。

・高熱、咳、痰が続く。

・点滴と薬による治療。

・レントゲン検査では、左肺が白濁化していた。

・右肺は結核による石灰化しており、両肺とも白い影がある。

・すぐさま入院の加療が必要と判断され、個室に隔離入院させられる。

・病院側から妻の百合子に連絡が取られる。

・夕方には、衣類などを持って妻がやって来る。

・そして1月15日に退院する。


病院側では、引き続きの入院加療が必要と判断していた。

しかし滝川は留守にしている間に、表山陽三による家族への加害が心配で、自らの判断で強引に退院を決断した。

妻も娘も運転免許を持っており、滝川が不在となれば彼女らが自ら運転することになる。

特に彼女達は、表山の執拗な犯罪の数々を実感として捉えていない。

その油断と心の隙は、命の危険に直結すると判断したからである。


他方、警察、マンション理事会、管理会社、管理人も表山に対する警戒感は希薄のままである。

滝川家族を始めとするマンション住民の命と健康を守ろうとする気配も気概もない。

こうして滝川は、現実的に殺人者から身を守るのは、自分自身だけだと強く決意する。


翻って、これまで「スカイパラダイス・マンション」では、突然容体が悪化して歩行もままならず、呼吸困難などで緊急搬送された老若男女が数十名以上にのぼっている。

しかし、彼等住民やマンション関係者らには全く被害意識や問題意識がない。

さらに治療を施す病院側では、患者が塩素ガス中毒の自覚がないままに治療を受けている。従ってこれが殺人未遂事件であり、特異で稀な事例だと察知することができていない。

そのため、その死亡の真因や容体悪化の原因が特定されず、死亡の場合には死亡診断書に「急性心不全」などと書かれ、警察にも報告されずに事件性が露呈されることなく今日に至っている。


滝川自身が知り得た限りでも、ここ数年内に3人の男性が急死(不審死)している。

それは、その未亡人らから直接聞いただけの範囲内であり、ほんの一角の犯罪にすぎない可能性が高い。

このように殺人者は、故意かつ意図的に業務用の濃度の高い洗浄剤を使って、他人を死に追い込もうとする行為を実行し続けている。


他方で、一般の病院、医師、緊急病院、総合病院に当該患者が搬送された場合、中毒症状を起こしていても、その患者や家族が塩素ガスによる中毒として泣訴しない限り、治療に当たった医師は根本的で適切な治療を行うことができない。

せいぜい点滴を打って一般的な検査を行い、安静化を図るしか術がないのである。

その容体が重たくても、決して真実の病名や真因を特定することはできない現実が続く。


即ち「塩素ガス中毒殺人事件」においては、被害者自身や家族が塩素ガス中毒であることに気が付かず治療を受けていたため、殺人行為によるものだと自覚することはできない。

さらに死に至っても、死因が特定されずに解剖もされず、その多くが急性心不全などと急死扱いにされているのが現状だ。

その結果、病院で息を引き取り医師の診断書のままの病死とされ、刑事事件扱いされることはないのである。

その結果、犯人が野放しのままになっているのだ。


さて繰り返しになるが、搬送先のIK病院の担当医師は内科のF先生。

滝川は「塩素ガス中毒ではないかと思う」などと伝えていた。

その後、緊急の対処療法がすぐに行われた。

そして滝川は、そのまま緊急入院となった。

その午後からの事はあまり覚えてはいない。

ぐったりと深い眠りに入っていた。


翌日は、妻の百合子と娘の悦子の二人が病院に見舞いも兼ねて着替えなどを持ってきてくれた。

家族を前にして、F先生は「塩素ガス中毒だとはすぐに断定できない。今、明らかな事は左側の『肺炎』だということです」と言った。

F先生はレントゲン検査で、滝川の右の肺は結核の治療で白く凝固していることを承知していた。

つまり、健康な左肺が何らかの理由で炎症を起こし、レントゲン撮影では肺の半分以上が白く染まっていた。

即ち、右肺の「肺炎症」であった。

こうして滝川は1月15日まで入院した。

その後は通院ということになった。

「・・・やはり、緊急搬送される前の連続した怪電話は犯罪の予告だったのか!」

そう思いつつ病院を後にした。


1月31日(木)

その日は朝から雨が降っていたが、夕方からは降雪になった。

午前11時15分頃に、滝川は妻とショッピングモールに買い物に出かる。

すると案の定、車のフロントに枯葉が散りばめられていた。

手袋をしていたので、それらの枯葉を車体から落とした。

二人は車内の換気に気を付け、寒い中でも窓を開けたまま走行するのであった。


2月6日(水)

雨の日だった。

再び、車のフロントに枯葉が散りばめられているのを発見した。

この日は、用心のため車には乗らなかった。


2月24日(日)

翌日の25日は雨予報であった。

22時に車の様子を見行くと、案の定、すでに車のフロントの上には枯葉がこんもりと撒かれていた。

こうして、表山陽三による塩素ガス中毒を引き起こすための犯罪は、3月が来ても執拗に続けられていた。

このように表山による執拗な殺人未遂の犯罪は、留まることがなく繰り返され続けられた。


さて、ようやく翌年の5月末の管理組合の総会において滝川の理事任期は終了した。

勿論、殺人犯の表山老人もその任期を終了している。

たが、彼は今もなお元気にバイク通勤をして水道業に従事している。

従って、彼の鬼畜の犯罪は止まることを知らない。



(9)警察署への被害届

話は再び2018年に戻る。

秋晴れの9月13日の午前のこと。

滝川は車を運転して被害届を提出するために「F市警察署」に向かった。


警察に提出するために持参した物は、

①当該塩素ガス中毒の殺人事件又は殺人未遂事件のあらましについて書き綴った資料。

②マンション駐車場に無差別に除草剤が散布されていた土壌。

③駐車場の自分の車に洗浄剤が振り付けられていた草木とその下にあった土壌。


警察署の駐車場に車を置き、持参した物を携帯して警察署の受付に向かった。

1階にある受付では、婦人警官が用件を聞くと担当部署に連絡をとってくれた。

すると、すぐに「2階の殺人担当」を尋ねて下さいと言われた。


階段を登り2階に着くと、一室から背の高い若い刑事が出て来た。

おそらく20代後半から30代前半のハンサムな青年刑事だった。

広いスペースにテーブルとイスがある簡素な応接に案内された。

二人はすぐに着席した。


開口一番、滝川が用件を説明すると、家族構成なども含めて身上書のようなものに記述して提出させられた。

すると、その書類を受け取った刑事はすぐに執務室に戻った。

しばらくすると、再び現れて「指紋を採取させてもらう」と突然に言い出した。

問答無用の半強制的な指示だった。


犯人側でもない被害者に、何故指紋採取までするのかと不思議に思った。

だが、被害届に必要と思い止む無く指紋採取に応じた。

その指紋の付いた資料を持って、再び刑事は執務室に戻っていった。

今度は、30分ほど時間がかかっている。

前科者であるのかの有無を調べているのであろうか。


ようやく出て来た若い刑事は、上司の命令なのか敢えて厳格な顔つきで言い放った。

「被害届は受理しません」と強くはっきりと言われた。

その険しい顔つきから、滝川は止む無く事件のあらましを綴った資料と証拠の品を持って、警察署を退出するのであった。

予想にしなかった結末に腹が立った。

同時に、警察署に不信感を募らせるとともに、大きな失望感に襲われるのだった。


千葉県警察本部へ

こうして被害届を受理しない理由を聞かされなかったこともあって、滝川哲三は9月19日に千葉県警の本部へと向かった。


千葉県警察本部は千葉市長洲にある。

滝川は車による道のりが不案内なので、今回は徒歩で県警に出向いた。

大きなビルの警察署の一階にある「総合相談窓口」の受付で、用件の書類に記入して応対されるのを待った。


多忙なのか、長時間待たされ続けた。

その挙句、出て来た婦人警官からは門前払いのように被害届の受理を断られた。

滝川は県民や市民の味方であるはずの警察署の対応に、愕然とさせられるとともに被害者としての悔しさに腹腸が煮えくり返っていた。

だが、これ以上どうすることもできない。


県警のホームページでは、

「事件などについて目撃された方、あるいは心当たりのある方は、どんな情報でも構いません・・・」と通報をアピールする告知がなされている。

これは、ただのポーズなのであろうか。

滝川はガックリと肩を落とすのであった。


こうして結果的に、両警察署とも事件扱いせずに刑事事件にも繋がらない。

千葉県の警察署は、全く当該事件の捜査を開始せずに放置するのであった。

関係者の事情聴取も行わず、塩素ガスを塗された植物などを警察に提出を試みても、化学分析するなど何も調べもせずに、重要な証拠物の受け取りさえ拒否するのだった。


特にF市警察署では、被害届出を受理するとみせかけて、被害者の滝川を騙して指紋採取まで行っている。

それも親戚・家族の身上書を作成するなどさせ、その挙句には被害届は受理できないと断言しているのだ。


一体警察とは何なのか。

助けを求める善良な市民を騙し討ちにする。

これが日本警察の実態なのか。

担当刑事が指紋採取によって、警察における自分のポストや昇進に拘り、その実績確保に走る呆れた行為なのか!?


確かに、公僕にも人権侵害などの闇の実態があるとは噂に聞いていた。

大きいものに巻かれる実態はあるとしても、何か特異で不自然さの臭いがする。

滝川も総合商社の百戦錬磨の企業戦士の一人ではある。


その後も、あれこれと警察署の今回の隠蔽体質の原因を探ってみる。

そこで、事件捜査手順や警察・検察庁などの法務関係などを調べるのであった。


事件捜査などの手順は(刑事事件)、

①事件発覚

②被害届(又は警察による代書)

③捜査

④逮捕令状(通常逮捕と緊急逮捕がある)

⑤逮捕・勾留

⑥容疑者の供述書など

⑦起訴・公判若しくは不起訴・釈放となっている。


捜査が開始されれば、

①目撃者や利害関係者からの聴取

②現場検証

③防犯カメラの映像確認

④DNA鑑定

⑤カードなどの再利用の履歴など


逮捕令状の請求は、

①裁判所に請求

②疑うに足る理由や背景

③逃亡、証拠隠滅の可能性などがある


以上のように、ある程度の疑いで『逮捕』はできるのだ。

そのため「私人逮捕」も可能になっている。

さらには被害届がなくとも、目撃者の通報、情報提供、利害関係者の密告、医師や自治体の通報及び防犯カメラの映像などによって捜査開始されるものになっている。


従って、F市警察署が判断した被害届の不受理は、常識としては考えられない異例の措置になる。


警察が捜査を拒否する理由

拒否する理由は、一般的には下記のような事が挙げられる。

①事件解決が困難だと判断。

②他の事件などで繁忙で手が回らない。

③現場はやる気だが、内部の上層部がその気にならない。

④警察庁や検察庁から圧力的な抑止があった。

⑤政治的な圧力がかかった。


上記の⑤の政治的な圧力には、滝川には思い当たる節があった。

ただ、その可能性はほとんどないものと考えている。

しかし、僅かながらもその可能性は残ってもいた。


逮捕後の処置は、

①検察官送致

②拘留請求(在宅もある)

③刑事裁判(有罪又は無罪の判決)


宗教問題の傷跡

繰り返すと、政治的な圧力には、僅かな可能性として滝川には思い当たる節があった。


滝川は、数年前にあった「宗教団体」との確執を思い出していた。

それは、その宗教信者を親に持つ部下の女子社員から、集団結婚などによって無理やり結婚させられる苦悩を相談されたことがあった。

すでに結婚相手が具体的に決まりつつあり、かなり深刻な心理状態にあって自殺さえ仄めかすほど彼女は苦しみの窮地にあった。


正義感が強い滝川は、その親の地元である行政の相談所や人権相談窓口に彼女を同道させて解決の道を探っていた。

するとその後、俄かにビジネスの取引関係者や宗教団体の弁護士が表れて、滝川に対して当該結婚を妨害する事はするなという強迫めいた行為が現出した。

それは会社や家庭にも、架電による脅かしや嫌がらせが続いた。


しかし様々な葛藤があった末に、滝川に相談を持ち掛けてきた女子社員は親などに因果を含めさせられて、自分の意思ではない結婚に嫌々ながら受託する結末になった。

その過程の中で、宗教団体の弁護士は滝川に対して法的措置を講ずるとともに、あらぬ事を捏造して警察に結婚妨害を図ったとして「被害届」までを出していたようである。

だが結末は、その先鋒役を務めていた弁護士による「和解案の提出」によって一件落着した。

この一件が、今回の警察署の被害届拒否に繋がっているとは思えない。

だが、警察と宗教団体の癒着の陰に政治家や官僚などの介入でも暗躍したのであろうか。

こうしてみると警察が事件化を拒む姿勢には、何らかの複雑な圧力があった可能性も完全否定はできないだろう。


いずれにしても最後の望みの綱であった千葉県警から、結果として「証拠に乏しく事件として扱えない・・・」と婦人警官から小声で教えられた。

おそらく捜査の専門家から見れば、滝川哲夫の申し出が信憑性の低いものだと判断されたのであろうが・・・?


しかし、それにしても事件としての証拠収集の作業などは、市民・県民や国民が負うものではなく、警察や検察当局が担うものである。

事件に関係する被害者と、公僕との間にはその感覚や認識のズレがあるのかも知れない。


特にF市警察署では、相談当初は被害届を受理するとみせかけ、突然に関係者の指紋が必要となり、滝川は指紋採取を強制させられている。

警察官の成績アップのために、国民の指紋の採取や交通違反切符の発券が行われている事は国民が常識としてとらえてはいる。

そのうえ、滝川家族全員の身上書まで詰問されて、細かに調べられたのも腑に落ちない。

どちらが被害者で、どちらが犯罪者なのか混同しているとしか思えない有様だった。

その挙句に、最後になって被害届も受理せずに捜査もしないと告げられた。

市警察による、善良な市民で被害者でもある者を冒涜する隠れた実態があった。

滝川の心底には、地獄絵図が燃え上がっていた。


例え、殺人事件あるいは殺人未遂事件だと断定できなくとも、被害者の届け出の提出があれば、すぐさまの殺人容疑でなくとも関係者への事情聴取などを実施した事例はあるはず。

せめて加害者や被害者などの複数の関係者には、事情聴取などは行うべきである。


人権や個人情報問題もあり、軽々には不審者や関係者に職質や事情聴取ができないのは理解できる。

だが死亡した者を含め、複数の人間の命にかかわる重大な事件であることは素人ですら十分に認識できるもの。


F市の不誠実な対応

不誠実な対応は、何も警察署ばかりではなかった。

2018年7月25日(水)に発覚した「除去剤による大量散布事件」でも、F市役所は全く以て不誠実で市民の声には耳を傾けないひどいものだった。


マンション住民がその健康被害に慄く中にあって、滝川は管理組合の理事として、電話で散布による健康被害などについて市役所に質問などを行っていた。

それは適切な処理方法や行政の支援などがあれば、教示してもらうためのものであった。

そのホームページには、担当部署である「環境保全部の環境保全課」の業務は、大気汚染、騒音、振動、悪臭の防止や土壌汚染対策等と明記されている。


それにも拘わらず、その担当者は部署の仕事の範疇に入らないと主張するばかりで誠実な回答を拒むだけであった。

それでは担当部署に改めて聞くので「その担当部署を教えてくれ」と頼むと、そういった部署は市役所にはないと明言する有様だった。

さらに市役所では「そういったマンション内の出来事などには関与しない」と断じて、質問に対する回答を拒んだのである。


何も土壌調査までも依頼している訳ではなく「除去剤」散布による土壌汚染などについて、環境保全課の知見や参考意見を聞くだけであったが、頭ごなしの回答拒否だった。

これが、市民に寄り添うべき行政の無責任な真実の姿である。

市トップのM市長は事務方上がりらしく、おそらく何事にも慎重で事務処理だけが得意らしいご仁。

まさに行政の器にないのだろう。


このようにして、警察などの公僕が無関心を装う事に落胆した商社マンの滝川は、その「塩素ガス中毒連続殺人事件」の犯罪について、止む無く自ら立ち上がる事を決意するのであった。

それには、人間の真理として認められる確かさがあった。

必然の度合いの可能性の高さによる『蓋然性』が認められる。

間接の証拠群を明らかにすることである『傍証』を明らかにすることもできる。

こうしたことで、滝川は鬼畜の真犯人のペルソナ(仮面)を剥がすことに傾注する。


翻って、当「塩素ガス中毒連続殺人事件」などの被害症状には軽重がある。

その中で滝川一家の家族3人は、塩素ガス中毒の症状を最も長期間余儀なくされ、その身体は様々な病魔に襲われていた。

それは生きているのが奇跡にも思えるほど、容赦ない悪魔の連続的な攻撃であった。

繰り返しになるが、滝川は殺人、殺人未遂、器物損壊及び迷惑防止条例違反の犯罪事件と考えて、F市警察署、千葉県警本署及び駅前派出所に急訴・相談を行ってきた。

だが全く以て、取り上げてもらえなかったのである。

確かに、人間を逮捕することは簡単なことではない。


逮捕の種類

逮捕時では、まだ罪人ではない事は周知の通り。

逮捕する目的は、証拠隠滅や逃亡を防止すること。

逮捕には、現行犯逮捕、緊急逮捕、令状による通常逮捕がある。


ただ現実問題としては、逮捕にはその後の起訴できる<可能性>に影響を受けている。

こうして犯人と思しき者は、その逮捕や起訴を視野に入れて容疑者、被疑者、被告人と変化して都度その名称が変わるもの。

さらに通常、我が国の警察が捜査するには、被害届、通報、告訴、告発が不可欠と言える。

そして刑事事件となっても、示談が成立する可能性すらあるのが現実。


翻って、その後の滝川哲夫は、妻の百合子や娘の悦子、あるいは自分自身の健康体が急変した時の「吐き気、めまい、腹痛、高熱、呼吸困難」を訴えた諸症状とその原因について、素人ながらも文献やネットで懸命に調べるのであった。


特に、先に表山老人が除草剤を無差別に噴霧したことや、彼が水道業者であることを想起して、危険薬品などについてもその調査に神経を集中させていた。

すると、上述の「日本中毒情報センター」が指摘する塩素ガスによる「中毒症状」の解説と、妻らの症状が似通る又は合致していることに辿り着くのだった。

滝川は驚愕した。

これが我が家族の躰を蝕んできた主因であり、実行犯は表山陽三だと強く確信できた。


だが警察は動かない。

残る道は、現行犯逮捕による警察への緊急通報だけだと決心する。

いわゆる「私人逮捕」である。

そのためには、マンションの駐車場において洗浄剤を直接又は洗浄剤を塗した草木などをターゲットの車に振りかけるかける、あるいは接触させている現場を押さえ込むしかない。

それには、雨予報の前夜に粘り強く張り込む必要性がある。

こうして滝川は、深夜の張り込みを続けるのであった。


(10)犯行手口などを振り返る

最後にもう一度、しつこいようだが表山陽三が行っていた犯行手口などを振り返る。


水道業者が使用している洗浄剤(無色透明)をたっぷりと塗した枯葉や小枝を、駐車しているターゲットの車の床下やフロントのバンバーの溝に置く。

その後、天気予報通りに降雨や降雪になると、そこから無臭で透明な塩素ガスが緩やかに発生する。


さらに、運転手がエンジン始動を行うと、暖冷房のエアコンの気流などとともに、車内には匂いのないまま塩素ガスが流れ込み、知らぬ間にその塩素ガスが混ざった空気を体内に吸いこむことによって、遅効性はあるが中毒死又は中毒症を起因する。


この枯葉自体にも車内流入時でも、塩素ガスは無臭・透明であることから、運転手は車に置かれた数枚の枯葉や小枝は、台風や降雪あるいは風によるものと思ってしまう。

従って、特に疑念には思わない。

枯葉などを発見時に取り払っても、すでに車にはアルカリ性洗浄剤成分が十分に付着した状態になっている。

従って、犯行日は雨や雪予報の前日の深夜又は早朝に行われていると推理できた。


前述の通り、救急搬送後の病院の担当医師は、その直因が解明できず盲腸とか、肺炎とか予想するも、根本原因が不明で分からないまま病状に首を傾げるものの、結局、持病の基礎疾患が原因だとしか判定できない。


仮に、これまで死亡した人の解剖をしていたら明確な死因が判明する。

しかし、病院死亡では犯罪の疑念がなく解剖されることもない。

そもそも遺族も被害意識がないので、ただ急死・突然死を受け止めるしかない。


毒殺のロジック

水道業者などが扱う洗浄剤は、排水管などを洗浄する成分が強く製造されており、一般的には「強アルカリ性」の洗浄剤である。

アマゾンなどで一般人でも購入することもできる。

家庭用洗浄剤でも、塩素系洗浄剤と酸性タイプの洗浄剤が混合されると、新たな塩素ガスが発生することが流布されている。

この塩素ガスを吸引したり触れたりすると、息苦しい、眼の刺激、咳、窒息感、呼吸困難、窒息感、脈拍減少、チアノーゼ、咽頭痙攣を引き起こし、重症になるとショック死することもある。


その使用に当たっては、ゴム手袋、マスク、メガネなどを着用する必要があるほどの劇薬。直接人体に触れたり吸引したりすると、皮膚の薬傷、消化器系粘膜や食道などが変性し、痛みも伴い、死亡する場合もある。

つまり、除草剤同様に植物に散布すれば、当該植物が枯れて変色もするもの。


特に重要な点は、除去剤とは異なり「強アルカリ性洗浄剤」は、酸性なものと反応すると「塩素ガス」を発生させることだ。

つまり、酸性雨(特に、最近の台風や大雨には酸性分が含まれている)と散布された強アルカリ性洗浄剤が反応すると「塩素ガス」を発生することになる。

つまり、それを車のエアコンを通じて、車内で塩素ガスを吸い込んで、死亡や重篤の病気に繋がってしまうということになる。


こうした洗浄剤の毒性の特性を熟知している水道業者である滝川老人は、台風や大雨が予報される以前の日に、洗浄剤を直接的あるいは枯葉(落葉)や枯れ草などに洗浄剤を塗し、車のフロント(窓ガラス、溝やワイパー)又は車の床下などに散布・ばら撒きし、その後の塩素ガスの発生を目論みるのだ。


その後エンジン始動やエアコン始動によって、運転手や同乗者がそれらの洗浄剤成分を含んだ空気を吸引すると、直後や後日、特に降雨などがあった場合、車内や入浴時、加湿器利用時などで酸性反応が起こり、体内に塩素ガスを醸し出していたといえる。


滝川の妻の百合子が緊急搬送された前日にも、台風12号が関東を襲って大雨が降っていた。

さらに、下記の個別散布事件では、滝川の車の下に1メートル大の枝がタイヤに人為的に強く絡まれていた。

この事件でも、前日から当日の午前中までは台風24号が関東を襲い大雨が降っていた。


このように殺人者が故意に、業務用の濃度の高い洗浄剤を使って他人を死に追い込もうとする行為を実行し、一般の病院、医師、緊急病院、総合病院に当該患者が搬送された場合、中毒症状を起こしていても、その患者や家族が塩素ガスによる中毒として泣訴しない限り、治療に当たった医師は適切な治療を行うことができない。

せいぜい点滴を打って安静化を図るしか術がないのである。

その容体が重たくても、病名や真因を特定することはできないのが現実。


即ち、当塩素ガス中毒殺人事件においては、被害者自身や家族が塩素ガス中毒であることに気が付かずに治療を受けていたため、殺人行為によるものだと自覚できない。

さらに、死に至っても死因が特定されず解剖もされず、その多くが急性心不全などと急死扱いにされている。


その結果、病院で息を引き取り、医師の診断書のままの病死とされ、刑事事件扱いはされない。

その結果、犯人が野放しのままになっている。

このようにして殺人者は、故意に業務用の濃度の高い洗浄剤を使って、他人を死に追い込もうとする行為を実行してきた。


一般の病院、医師、緊急病院、総合病院に当該患者が搬送された場合、中毒症状を起こしていても、その患者や家族が塩素ガスによる中毒として泣訴しない限り、治療に当たった医師は適切な治療を行うことができない。

せいぜい点滴を打って安静化を図るしか術がないのである。

その容体が重たくても、病名や真因を特定することはできないのが現実だ。


即ち、当「塩素ガス中毒殺人事件」においては、被害者自身や家族が塩素ガス中毒であることに気が付かず治療を受けている。

そのため殺人行為によるものだと自覚できず、さらに死に至っても死因が特定されず、解剖もされず、その多くが急性心不全などと急死扱いされている。

その結果、病院で息を引き取り、医師の診断書のままの病死とされ、刑事事件扱いはされず、その結果犯人が野放しのままになっている。


特にF市警察では、証拠品として散布された植物や土を提出したが「受け取れない」と拒否している。

相談当初では被害届を受理するとみせかけ、関係者の指紋が必要とのことで指紋採取を強制させられた。

さらに、家族全員の身上書まで調べられた。

その挙句に、最後になって被害届も受理せず捜査もしないと告げられた。


犯人の居室は1階の最も北側の東口にあり、車両の出入り口に最も近く、昼間も夜間も車の出入りが頻繁な場所にある。

従って、騒音、振動、排気ガスも最も受ける居宅である。

以前は西側にも車の出口があって、入退出車両は一方通行で流れていた。

しかし近隣住民のクレームにより、車の出入り口は1カ所になり、犯人宅は一層騒音などが集中してしまう事態となった。

そのため、駐車場を利用する者を無差別に憎むとともに、出入りの宅配業者や運送業者にも嫌がらせをするようになった(業者の車の真後ろに自分のオートバイを置いて、車が出られないように邪魔をするなど)。


滝川は、せめて加害者や被害者などの複数の関係者に事情聴取などは行っていただきたいと願っている。

人権や個人情報問題もあり、軽々には不審者や関係者に職質や事情聴取できないのは理解できるが、死亡した者を含め複数の人間の命にかかわる重大な事件だと認識できる。


何度も繰り返すが、殺人、殺人未遂、器物損壊及び迷惑防止条例違反の犯罪事件と考え、滝川哲夫はこれまで、F市警察署、千葉県警察署本部及び駅前派出所に急訴・相談してきたが、遂に全くもって応じてもらえることは一度もなかったのである。

           (終わり)



<あとがき>


この「塩素ガス中毒」による連続殺人事件は、我が国犯罪史上、最大の犠牲者を出している凶悪な事件といえる。

当作品では、推定35人以上の死者が出ていると推量されている。


その事件的特徴は、

被害者の身体が塩素ガス毒に冒されていても、本人とその家族は塩素ガス中毒によるものとは自覚できない(そもそも「塩素ガス中毒」そのものを知らない)。


塩素ガス中毒に冒されて様々な症状で病院に駆け込んでも、塩素ガス中毒に冒されたと申告しない限り、ほとんど全ての当該医師は塩素ガス中毒患者だと診立てることはできない。

そのことから、例えその患者が死亡したとしても、病院の医師による死亡診断書又は死体検案書でも「塩素ガス中毒死」と記載されることはない。

その死亡は真実の死亡原因が特定されないまま、一般的な病気が素因と判断され病死として扱われる。

従って「死体解剖」されることもない。


このように殺人事件にも事故死にもならないことから、警察署、消防局、報道関係者らにも事件死だと疑われることもない。

よって、この殺人事件は止まることがなく、深い闇の中で深く今もなお継続し続けている。


翻って、そのご遺体は火葬されることによって、ますます真実の死因を特定することが困難になっている(火葬されたご遺体でも死因の特定ができる可能性はある)。

但し、このような「塩素ガス中毒殺人事件」の特殊な事情を警察や検察は察知している可能性も僅かにはある。


しかし、それを殺人事件として立件することの困難さもよく知っているからこそ、警察や検察による捜査や調査が始動されていないのかも知れない。

例え死亡しなくとも、塩素ガス中毒になった患者はスカイパラダイス・マンション内では多数存在すると考えられること。

それは車の運転手のみならず、同乗者である家族、親戚知古にも及ぶものと推測できる。つまり、多くの老若男女が何らかの人体的かつ精神的な被害を受けているといえる。


そして塩素ガス中毒による死者は、先述のお三方の死亡例を参考にするとおよそ3年間で3人死亡していたとする仮説が成り立つ。

これは1年間に少なくとも、お一人は死亡していると推量できることになる。


当該マンションの出入り口が1カ所に集約された1985年から既に35年強の年月が経過している。

即ちこれらの事に鑑みれば、繰り返しにはなるが、既に約35人もの死亡の犠牲者が出ていると類推することができる。


表山老人が滝川に近寄って語っていた

「そのうちにこのマンションでは、駐車する人が居なくなる・・・」

と発言した事は、まさにその隠された内実を如実に語っていたものだった。


主人公への助言

当小説の主人公である「滝川哲三氏」は、家族の躰を蝕んできたのは「塩素ガス中毒」であり、その実行犯は表山陽三だと強く確信するようになっていった。

ところが、警察に被害届などを提出しても警察は動かないどころか、その届け出書や塩素ガスが付着している証拠品の木の葉や土壌も受け取らない。

そのため彼に残された道は、真犯人の現行犯逮捕によって警察への緊急通報をする道しかないと決心している。

窮余の策としての、所謂「私人逮捕」である。

それは、彼には強い正義感と家族愛があるからだと思う。


だが、それだけでは現実の厚い壁を打ち破ることはできないのが世の常である。

筆者としては、この滝川氏の考え方とその行動には相当程度のリスクがあるとともに、現実的には殺人立件は困難なものだとも考えている。


おそらく「器物損壊事件」程度の罪状にしか問えないものと思料する。

上手くいったとしても「殺人未遂事件」に留まる可能性がある。

むしろ私人逮捕によって、幸いに表山老人がその罪状により懲役刑が確定したとしても、その刑期が終えれば、殺人鬼の逆襲が起こる可能性がある。


つまり、釈放後に起こる滝川哲三氏の殺害の可能性が高い。

何故ならば、殺人犯人からすると滝川氏が生きていれば、後に殺人事件の犯人として再逮捕される可能性もある。

真犯人からすれば、それは是が非でも避けたい本音が心底に潜んでいる。

だからこそ再逮捕されるまでには、重要証人で被害者でもある滝川氏を葬って「塩素ガス中毒殺人事件」の検察立件を防止したいものになる。

それは滝川氏の家族も、その殺意の渦に巻き込まれる可能性が十分考えられるもの。


事件解決への私見

では、どうしたら事件の現実的かつ全面的な解決への道が開けるのであろうか。

それは「検察庁」を如何にして動かすかにかかっていると考える。


検察庁を始動させるためには、報道関係者のサポートを受けて大きく当該事件を報道してもらう(報道→検察庁の動意)、あるいは検察庁自身、自ら動意してもらうしかないと深慮する。


他方、超現実的な事を申し上げれば、事件解決への方途は時の検察庁長官の英断にかかっている極限される。

だが、官僚の道にはキャリアとしての立身出世の定めを背負っている。

それでも筆者は官僚トップの方々には、政治経済や社会秩序における正義のための十字架を背負っていると信じている。


釈迦に説法ではあるが、我が国の三権分立の『要』を背負う「検察庁」には、報道関係者や一般民間人などからの任意の通報を受けて、事件解決へ向けて自ら動くことができるメカニズムがある。

即ち、警察などからの送致の他、告訴、告発、投書などによって事件処理を行い、最後には裁判所の裁定を仰ぐ仕組みになっている。

それは『検察』が国家の治安機構である事を本分としているからである。

つまり、警察庁、警視庁、県警などの要請がなくとも、自ら進んで事件解決をすることができるものであり、その権力には何者にも優る威容があるはず。


なお検察には、最高検察、高等検察、地方検察、区検察の四つの検察がある。

その仕事の命は、必ずしも最高検察から他の検察に命令されるものではないらしい。

それでも、かつての厚労省官僚のように、時の政権に対する「忖度は」あり得るのだろう。


主人公・滝川哲三氏の正義感と家族愛からくる義憤は、真に人間らしく尊敬の念に値する。

ただ、マンション内の同士志や被害者間の絆が結集できなかったことは、アピール行動に関する個人のパワー不足に限界があったもの。

おそらく、商社マンの超多忙な仕事に追われる日々がそうさせていたのだろう。


だが、それにしても千葉県警やF市のように、県民や市民に寄り添うべき公僕の消極的かつ正義感のなさには驚くばかりである。

こうした地域の風土が「塩素ガス中毒連続殺人事件」や「暗数」を産んでいる土壌に繋がっている事は間違いがないであろう。


真犯人が老衰して静かに死界へ旅立つ前に、家宅捜査などの事件解決のための第一歩を踏み出していただきたいと願うばかりである。

その最大の理由は、逮捕して拘留しない限り殺人鬼は、死亡した者や駐車場から退避した者に替わって、新たな駐車場の借主になった者に対しても殺人の刃を向け続けるのである。

そのため、犯人の殺人行為は連続して半永久的に続けられるのだ。

だからこそ、この事件を「暗数」にしてはならない。


最後に、このドキュメンタリー小説が平穏な社会のために、微力ながらもお役に立てれば望外の喜びです。

そして、我が国に平和な日々が訪れる事を心からお祈り申し上げます。


       2023年7月

                   作者 ガンリィ・ジョンジー


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