頁弐拾漆__真実

(以下の文は、彼から見せていただいた手紙を現代語訳して写したものである)


──────


 拝啓 この屋敷に訪れ、全てを知った人へ


 貴方──あるいは貴方がたが屋敷に訪れた時、私は既に死去している事でしょう。

 なにせ、半年の余命宣告を受けたその日に、私はこれを書いているのですから。


 私は屋敷の本来の主人であった、青瑞友知と申します。

 屋敷の管理役である機械人形の女中・紗凪の主人であり、貴方が出会ったであろうホムンクルスの友であります。


 この手紙を入れる予定の、引き出しの南京錠の数字を知っているのは、私を除けばホムンクルスただ一人であり、その引き出しは当てずっぽうじゃ開けられない仕組みですから、きっと貴方は彼にも会っているはずです。


 故に、私はここで全てを明かします。

 おそらく、この手紙を読んでいる人は、ホムンクルスにも認められるような善人でありましょうから。

 少々長くなりますが、最後まで目を通していただけると幸いです。


 紗凪はおそらく、私以外の人間を──つまり貴方を、主人と扱っていたのではないでしょうか?

 他の者やホムンクルスは故障だと判断するでしょうが、実のところは私が意図して仕組んだものです。


 態々このようなものを仕組んだ理由ですが、私が亡き後も、紗凪がその行動原理を果たせるようにするためです。

 本来であればより柔軟に『困っている旅人をもてなす』とする予定だったものの、病に侵されたせいで震える私の手ではこれが限界でした。


 この手紙も大変読みづらいものとなっているでしょう。申し訳ございません。

 しかしこれを書き上げなければ、私は死んでも死にきれぬのです。


 私が望むのはただ一点。

 紗凪の術式陣を、最初に意図した形に書き直していただきたいのです。

 ご安心ください。術式陣そのものは、一般的な錬金術師であれば簡単に書けるものとなっています。

 術式陣を構成する要素と記すべき記号の一覧は、この手紙と共に同封いたします。

 陣の内容は先程記した新たな行動原理と、もう一つ。

 ホムンクルスがいる部屋の在処と行き方です。


 実は、紗凪にはホムンクルスの存在は刻まれておりません。

 ホムンクルスは我が一族の奇跡にして、秘するべき誇りでありましたから。

 弟子や妻子にすら気付かれぬよう、その存在は青瑞の歴代当主にのみ受け継がれたのです。


 それを承知の上で私はホムンクルスを持ち出し、屋敷の窓越しにですが外の世界を見せました。

 理由は単純。我が唯一の友に、外の世界の素晴らしさを見せたかったからです。

 父の弟子が独立し、家族が先に世を去った中、私が孤独に狂わずにいられたのは、ホムンクルスのおかげですから。

 故に、私は友に少しでも恩返しがしたかったのです。


 ホムンクルスは、日頃から己には感情がないと言い張っておりました。

 ですが、私には確かにその萌芽のようなものがあるように見えたのです。

 そして同時に、ホムンクルス自身がそれを芽吹かせたいと──もしくは、芽吹かせつつあると感じました。

 何故ならば、ホムンクルスはしきりに紗凪の存在を気にしていたからです。


 もしかすると、一族に造られた同胞としての興味だったのかもしれません。

 あるいは、全知からしても物珍しいはずの存在への感心だったのかもしれません。

 あらゆる可能性の中で、私はそこに恋心を見出しました。


 分かっています。これもまた、私の思い込みに過ぎないのでしょう。

 けれど、こうも思うのです。


 もしも、二人が──青瑞が人の限界に挑み生み出した二人が、その出会いの果てに結ばれたのならば。

 それは我が一族にとって最大の成功にして、私が成しえる中で一番の彼への恩返しなのではないか、と。


 最期まで錬金術師としての、一族としての性を捨てきれぬ愚か者の愚かな願いだと思われるかもしれません。

 だとしても、僅かにでも私の思いに共感を──あるいは憐れみを抱いてくださるのならば。

 どうか、この願いを聞き届けてください。


 敬具 青瑞友知



──────


「──以上です」


 手紙を読み上げ、僕は白咲さんを見ました。

 白咲さんは長いため息を吐くと、「これで全ての謎は解けたわね」と言いました。


「ところで、手紙に書いてあった術式陣じゅつしきじんに関する紙はある?」


「はい。おそらくこれ……ですよね?」


 同封されていた紙を手渡すと、彼女はそれにざっと目を通した後に


「……これなら、貴方でも出来るんじゃないかしら?」


 と、思ってもみなかった提案をしたのです。


「えっ!? ぼ、僕が……ですか!?」


 もちろん心の底から驚きましたし、まだ錬金術師でもない僕が出来るはずがないと反論しました。

 万が一失敗したら本当に取り返しがつかなくなるかもしれませんし……荷が重いと感じたのです。


「正直に言うと、私はどちらでもいいのよ。むしろ、これ以上時間を取られたくないとすら思っているわ。……でも、貴方は違うのでしょう?」


「それは……そうですけど……。でも、だからって僕がこんな重大な事を……!」


「春君は気負いすぎ。この術式陣じゅつしきじんは銅板刻印式だけれど、これは失敗の取り返しがつきやすい物だし……。何より、素の銅板は実験室にいくらでも用意されていたわ。分からない所があれば私がその都度教えるし、実践だと思ってやってみなさいな。──立派な錬金術師に、なりたいのでしょう?」


 今思えば、白咲さんは言葉通り僕に実践を積ませたいだけだったのでしょうね。

 当時の僕は理論ばっかり頭に詰め込んで、当の実践は中々出来ずにいましたから。

 だけど、突然ぶっつけ本番みたいな形でやらせようとするのは、流石に……。

 まあ、やったんですけどね。結局。


 そんなこんなで、彼女に教えてもらいながら僕は銅板に術式陣じゅつしきじんを刻み込んで、一時停止させた紗凪さんに銅板をセットしました。


 ……セットするまでの仕組み、ですか?

 紗凪さんの仕様は、歯車を主とする彼女の心臓部──文字通り、胸部の蓋を開いた先にいくつかの銅板が並んでありまして。

 その中の銅板一枚一枚に刻まれた術式陣じゅつしきじんが、彼女の動きを制御しているのです。

 白咲さん曰く、この様式はどちらかと言えば旧式のもので、この様式であそこまで細やかな動きをさせるのは、最早神業に等しいとの事でした。


 そのような立派な機械人形オートマタの体内に、僕のような未熟者が刻んだ術式陣じゅつしきじんの銅板が入るという事実はとても恐れ多く──それと同時に、少しだけ光栄に思いながら──前の銅板と入れ替え、紗凪さんの再起動を待つ事、数分後。


「──ここ、は……」


 紗凪さんが目を覚ましました。彼女は辺りを見渡し、今いる場所が主人の部屋だと認識した後に、僕達を見ました。


「……貴方がたは……どちら様、ですか?」


「私は白咲立華で、隣の彼は明哉春成。事情を説明すると──」


 白咲さんはいくらか掻い摘み、嘘なども交えながら事情を説明しました。


 ざっと内容を上げると、まずは紗凪さんが不具合を起こしていた事。

 その不具合が噛み合って、旅人の僕達は救われた事。

 偶然友知さんの遺言を見つけ、それに従って僕達が紗凪さんを修理した事。

 そして……友知さんは、既に死去している事。


 以上の事を説明された紗凪さんはしばらく黙っていましたが、


「……およそ五年間に及ぶ記録の破損を確認しました。おそらくは、白咲様の説明の通りなのでしょうね」


 と頷き、白咲さんへ深々と頭を下げました。


「この度は私の不具合を直していただき、誠にありがとうございました。おかげで、私はご主人様の望んだ通りの形で、自らの行動原理を果たす事が出来ます」


「お礼なら彼にしてあげて。新しい銅板を用意したのは春君だもの」


「そうなのですね! ……改めて、ありがとうございました」


 こちらに頭を下げ直す紗凪さんに申し訳なくなってわたわたしていると、彼女は僕の手を握って微笑みました。


「明哉様は必ずや、素晴らしい錬金術師として大成される事でしょう。私は、長きに渡って歴代のご主人様や、そのお弟子さんを含め、多くの立派な錬金術師を拝見してきました。だからこそ分かるのです。……どうか、胸を張ってください」


「紗凪さん……」


 僕は深く感動し、思わず涙ぐみました。

 あそこまで感極まったのは、旅立つ前、白咲さんに自らの錬金術師としての才能を認められて以来です。

 ……ある意味で、紗凪さんは僕が錬金術を用いて助けられた最初の相手となるのでしょうね。


 この時の感動は、僕の進路に大きな影響を及ぼした出来事の一つとなりました。



──────


 次の日、紗凪さんに見送られながら僕達は屋敷を後にしました。


「白咲さん。昨日は貴重な体験を譲っていただき、ありがとうございました」


「別に構わないわよ。……良い経験になったでしょう?」


「はい! ……あの、白咲さん」


「何?」と振り返る白咲さんに、僕は少し不安に思っていた事を訊ねました。


「紗凪さんとホムンクルスは……これから、どうなるのでしょうか?」


「……さあね。昨日の機械人形オートマタの挙動は、感情があるようにも見えたけれど、あれは弟子を元気づけるためのものだったかもしれない。ホムンクルスの方もそうよ。感情があるように感じるのは、あくまでも人間側の投影でしかないでしょう」


「……つまり?」


「感情という主観的なものが彼らにあるかどうかを考えるのは、あくまでも私達じゃなくて彼ら自身って事よ。……まあ、祈るだけなら自由でしょうけど」


「そうですね」と僕は答えて、二人のこの先が幸多いものになるよう祈りました。

 ……あの二人があれからどうなったのか、もう知る事は出来ないでしょう。


 だとしても、あの屋敷で過ごした誰にとっても幸せな結論があってほしいと。

 ──今でも僕は、そう願っているのです。

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【新譯】 大正アルケミスト復讐譚 独一焔 @dokuitu

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