4-25 後輩ちゃんは、夏休みが終わっても寂しくない

 ベッドで千斗星を発掘した後、三人は揃ってリビングに戻った。


 残っていた夕飯を千斗星にも振る舞い、インターハイのお土産話に耳を傾ける。


 千斗星はなんとベスト8まで勝ち上がったらしく、遊星と陽花は目を丸くして惜しみない拍手を送ってやった。陽花も千斗星と顔を合わせるのが久しぶりだったらしく、話は思いのほか弾んで気付けばいい時間になっていた。


 日付が変わるのもあと少し。


 千斗星が風呂に入ったのを機に、遊星と陽花は部屋で最後のイチャイチャを楽しんでいた。


「……なんか、ごめんね?」

「いえ。お二人が悪いわけじゃありませんし」


 陽花は千斗星の部屋で寝ることになった。


 千斗星が帰ってきた以上はそうするのが一番だし、遊星も陽花がとなりで寝ていると思うと……熟睡できそうにはない。


 遊星はベッドを背に、体育ずわりの陽花を後ろから抱き締めていた。ゆらゆらと体を揺らしながら、互いの体温を感じるだけのささやかなイチャイチャ。


 いまはこの接触が一番心地良い、これ以上の触れ合いは、また火がつきかねないのでガマン。

 

「ところで。僕の料理の腕前はいかがでしたか?」

「最高です。しっかりと胃袋を掴まれてしまいました」

「やった! ……と言いたいところだけど、半分は陽花のお手柄でもあるからなあ」

「ちらし寿司はほとんど遊星さんが手掛けた物じゃないですか。酢飯だけでなく煮物もとても美味しかったですよ」

「……ありがとう、陽花は本当に嬉しいことを言ってくれる彼女だなあ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 目の前で照れ笑いをする陽花が愛おしく、抱き締める腕にもう少し力をこめて頬を寄せる。


(あ~~~、幸せ過ぎる……)


 無防備に身を委ねてくれる陽花を近くに感じ、脳内からの幸せホルモンが止まらない。このまま陽花を抱き枕にして眠りたい。


「あっ、忘れるところでしたっ!」


 陽花は突然なにかを思い出したのか、遊星の腕からするりと離れてバッグの中を漁り出す。


「実は今日、遊星さんにプレゼントしたいものがあったんです」

「プレゼント……?」


 遊星が聞き返すと同時、陽花はバッグから白い箱を取り出した。

 そしてそれを両手で差し出すと、目で開けてくださいと促してきた。


「……開けるよ?」

「はいっ!」


 遊星が箱を開けると――中には黒猫を模したマグカップが入っていた。


「わ、かわいい」

「ですよねっ! 先日、お買い物中に見つけていいなと思ったので買ってしまいました」

「……もらっちゃっていいの?」

「はい、遊星さんに使って欲しくて買ったので」

「ありがとう。でも、どうして急に?」


 遊星の誕生日は十一月だし、付き合って何か月という記念日でもない。プレゼントを受け取る理由が思い当たらず、嬉しいとは思いつつも驚きの表情を隠せない。


 すると陽花は気まずそうな表情を浮かべて言った。


「それは……ちゃんとしたプレゼントで上書きしたかったからです」

「上書き?」

「そうですよっ! 遊星さん、言ってたじゃないですか。ヨーヨーが二回目のプレゼントだって」

「…………ああ!」


 夏祭りの時に、そんなことを言ったことを思い出す。


 陽花にもらったプレゼントが、仕事バイト中に奢ってもらったプリンと、祭りで取ってくれたヨーヨーだって。それを聞いた陽花は「自分のプレゼントがショボ過ぎる」と妙に凹んでいた事を思い出す。


「上書きって、そういうこと?」

「そうですっ! 遊星さんにちゃんとしたものをプレゼントしたかったんです!」

「……はは、あははっ! わざわざそんなことを気にしてプレゼントを用意してくれたの?」

「な、なにが、おかしいんですかっ!?」


 遊星が笑いだすと、陽花がムキになって顔を赤くし始める。


「そこまで気にしなくていいのに」

「気にしますよっ! お近づきになりたいのは私の方なのに、私ばかり立派な贈り物をもらってしまって!」

「だからプレゼントを用意してくれたの? ……ははっ、あははっ!」

「ど、どうしてそんなに笑うんですかっ!」


 陽花がそんな細かなことを気にしてくれたのが微笑ましくて、つい声を出して笑ってしまう。だが陽花としては笑われるのは不本意だったのだろう。頬を膨らませて、ソッポを向いてしまった。


「ごめんごめん、別にバカにしたとかじゃなくてさ」

「もう遊星さんなんて、知りませんっ!」

「そんなこと言わないでよ。このマグカップも三個目のプレゼントとして大事にするからさ」

「最初の二個は忘れてください! あれをプレゼントとカウントされるのは不本意ですっ!」

「ええ? 両方とも僕にとっては大事な思い出なんだけど」

「それでもですっ!」


 陽花は本当に怒っているのだろうけど、そのいじらしい姿が微笑ましく見えて仕方ない。


「……陽花は本当に可愛いなぁ」

「その可愛いは嬉しくありませんっ、お子様に向ける可愛いです!」

「そんなことないって」

「じゃあなんでニヤニヤしてるんですかっ!」


 眉根を寄せた陽花が、遊星の胸にポカポカと殴りかかってくる。その拳を止めようとするが、陽花は殴りかかろうとするのをやめようとしない。しばし新しいスタイルのイチャイチャが発生する。


 だが陽花にも本気で攻撃する意図はないので、あえなく遊星の胸に抱かれる形でケンカは収束する。


「……遊星さんはたまに子ども扱いをするのが欠点です」

「してないんだけどなぁ」


 むすっとする陽花の頭を撫でて、なんとか怒りを鎮めてもらう。


「……夏休み、もうすぐ終わっちゃいますね」

「そうだね、でも今年の夏は楽しかった」

「はい。花火大会も行きましたし、海にも行ってしまいました」

「陽花、海でのはしゃぎようすごかったよね」

「……あの時は少し羽目を外し過ぎたかもしれません」

「そんな新鮮な陽花も見れたので眼福」

「もうっ」


 陽花は少し照れたように笑ってから、遊星の胸から離れた。

 一階から千斗星が階段を上ってくる音がする。イチャイチャはこのあたりでおしまい。


「……二学期も楽しみだね」

「はい、試験が終わればすぐに文化祭もありますから」

「調理研究会にも入ったから陽花と一緒の時間も増えるかも」

「素敵なことばかりですね」


 二人はこれからの楽しみに思いを馳せ、軽く唇を触れ合わせておやすみをしたのだった。




―――――



 四章・夏休み編はこれにて終了になります!


 おそらく五章が最終章の予定となります。更新については用意が出来次第、随時の再会予定です。フォロー枠を絞っていない方は、再開までお待ちいただけると嬉しいです……!

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生徒会長にフラれたので、後輩ちゃんと付き合ったら幸せしかなかった件~僕がやめた生徒会は崩壊寸前?~ 遠藤だいず @yamamotoser

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