4-24 後輩ちゃんと……?
色々と盛り上がってしまった結果、食事は中断。
二人の料理はラップをかけて冷蔵庫に仕舞い、陽花を連れて遊星の自室へ。
「お邪魔、します」
「ご、ごゆっくり……」
妙な緊張感を漂わせた二人は、先ほどあんなに密着していたにもかかわらず微妙な距離感を保っていた。
「お部屋、涼しいですね……」
「え!? あ、ああ、クーラーつけっぱなしにしてたから!」
意図的にそのままだったかなんて覚えてない。いまは緊張で頭がグルグルしてしまい、行き当たりばったりを口にしているだけ。
でも灼熱の部屋に出迎えなかっただけマシだ。「数時間前の自分、ナイス!」と過去の自分に感謝を送っておく。
「どこか適当なとこ、座っていいよ?」
「は、はい……」
気を利かせて言ったつもりだったが、遊星の部屋に座布団やクッションの類はない。
なので他に腰かけられそうなところ――陽花の視線がベッドに移ったかと思うと、顔を赤くしてバッと目を背けた。
「あっ、ご、ごめんっ! 千斗星の部屋からクッション借りてくるねっ!」
「お、おかまいなく、です……」
互いに顔を真っ赤にしてしまい、遊星は急いでとなりの部屋に飛び込んでいく。
(アホかっ!? そんなすぐにベッドへ誘導するヤツがいるかよっ!)
千斗星の蒸し暑い部屋から、適当なクッションをひったくって部屋に戻る。
ほんのり暖かいクッションを抱えて部屋に戻ると、陽花は遊星の机でなにかをジッと見つめていた。
「なにか、面白いものでもあった?」
「……これ、もしかして」
陽花が指差したもの。それは遊星が悪戦苦闘して作った、つまみ細工の失敗作だった。陽花にプレゼントした水色アジサイより、形が崩れた物がいくつか並んでいる。
「一回で成功させるのは難しかったからね」
小さな包装紙でまとめられた水色アジサイの試作品。それらは花束になって勉強机の片隅で、ひっそりと咲き続けていた。
「捨てるのはもったいなかったから、こうして飾っておいたんだ」
「……こんなにたくさん、練習してくれていたんですね」
「挑戦するのは初めてだったからね。陽花には少しでもいい物をと思って」
「どれも試作品とは思えないくらい綺麗です。どうせなら全部くださっても良かったのに」
陽花が少しだけ拗ねたように、ぷうと頬を膨らませる。
「……うーん、そう言ってくれるのは嬉しいけど。これはそのままにして欲しいかも」
「ご、ごめんなさい。いまの私、ちょっと図々しいこと言いましたよね」
「あっ! そういう意味じゃなくてさ、なんて言うか……」
その考えを口にするのが恥ずかしく、遊星は頬をかきながら言う。
「こうしてアジサイを近くに置いておくとさ、いつも陽花と一緒にいられるような気がして」
その言葉を聞いた陽花はポカンと口を開き、遊星の顔をじっと見上げてくる。
(うわっ! いまのはちょっとキモかったよな!? 小物細工に感情移入してるなんて……どんなメルヘン男だよっ!)
即時撤回したくなるほどの後悔をした遊星は、恥ずかしさのあまり視線を逸らしていると――陽花に服の裾を掴まれた。
「ず、ずるいですっ!」
「えっ?」
「私だってずうっと遊星さんと一緒にいたいのに。遊星さんはそうやって寂しさを紛らわせてたなんて……ずるいですっ!」
激おこ、とまではいかないものの、陽花はどこか不服そうな表情だ。
「遊星さんと一緒にいられない時間、私はずうっと会いたいって思ってるのに!」
「もちろん僕も同じ気持ちだよ?」
「でも遊星さんはこの花束を見て、寂しさを紛らわせてたんですよね?」
「それは……うん」
「でしたら、これは浮気です!」
「ええっ!?」
「会えない寂しさを、花束になぐさめてもらっていたなら……私はこの
「いやいや! 僕はこの花束を通して、陽花のことを考えてるわけであって……」
「それでも私は、遊星さんの寂しさも独り占めしたいんですっ!」
裾を掴んでいた陽花は、乱暴なくらいの力で遊星に抱きついてきた。
「……そんなに、イヤだった?」
おっかなびっくり訊ねると、陽花はうつむいたまま首を横に振る。
「イヤではありませんが……寂しい気持ちも共有できてるのかなって、思ってたので」
「もちろん、僕だって会えない時は寂しいよ。だからこうして、ずるをしてます」
「悪い人です」
「陽花はずる、しないの?」
「し、しません」
「本当? 一緒に撮った写真を見返したり、ペンダントや髪飾りで僕のことを思い出したりしない?」
陽花の肩を掴んで真っ直ぐに見つめると、陽花は気まずそうに目を逸らす。
「そっかあ、僕はこうして花束に頼らないと耐えられないけど。陽花はそこまでの寂しさは感じないんだなぁ……」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
「でも陽花はずる、しないんでしょ?」
「す、少しくらいはします」
「じゃあ同じだ。会えない時に贈り物で気を紛らわせてくれるなら、僕は嬉しいって思うよ?」
「遊星さんはペンダントや髪飾りに、嫉妬しませんか?」
「僕は……しないかなあ。そうやってプレゼントを大事してくれてるなら、すごい嬉しいかも」
「でも私は、欲しがりだから嫉妬します。会えない寂しさは全部私に向けて欲しいですし……本当はちぃや風見先輩にも、たくさん嫉妬してます」
「……うん」
「だから今だけは、この
陽花はベッド脇のティッシュを数枚抜いて、
「……遊星さん」
頬を赤らめて、潤んだ瞳が遊星を見上げる。
「いまは、私だけを見てください。……ここにいる陽花は、遊星さんのものです。今日は独り占めにしてくれると思って……私は……」
言ってる途中で恥ずかしさを堪えきれなくなったのか、顔を真っ赤にしてつむいてしまった。
(あ、もう無理……)
親指で陽花のあごを上向かせ、強引に口付ける。こちらから
突然についばまれた陽花は抵抗もせず、遊星の腕の中でだらりと力を抜いている。……もう自制することなんてできなかった。
顔を離すと懇願するような瞳が、遊星を仰ぎ見る。
そして吸い寄せられるように唇を寄せてくるが……嗜虐心の芽生えた遊星が、人差し指で押し返す。すると陽花は泣きそうな表情で、首を横に振りながら続きをして欲しいと訴える。
でも、応じない。欲しがりの陽花に我慢をさせたい。自分の言うことだけを聞かせたい。そんな倒錯的な欲望に支配され――陽花をベッドの上に座らせる。
すると陽花も意図することを察したのか、いっそう顔を赤く染めて胸にこてんと頭をぶつけてくる。
……恥ずかしがってはいるが、イヤがる素振りはない。
それをOKの合図と見て取った遊星は、陽花の体をベッドの上に押し倒し――
「きゃあああぁっ!?」
「うわあああぁっ!?」
たところで、陽花がすごい叫び声をあげる。
急に大声を出された遊星も心臓が飛び出るほど驚き、同じくらいの叫び声を出す。
陽花はそのまま体を起こし、自分が寝転がる予定だったベッドをぺたぺたと触り出す。
「な、ど、どうしたのっ!?」
「ベッドの中にっ、なにかいます!!!」
「ええっ!?」
そんなまさかと思い、ベッドの敷布団をひっぺがえすと……中に人がいた。
そこにいたのはうつ伏せになり、全身を投げ出すように眠りこける千斗星が。
「は!?」
「ち、ちぃ……?」
混乱した二人は言葉にならない声を出していると、もぞもぞと千斗星が体をよじって頭を起こした。
「……うぃ~、良く寝たぁ~」
「なっ、千斗星!?」
「まだ北海道にいる予定じゃなかったんですか!?」
帰ってくるのは早くても三日後だったはず。だからこうして超天才的なプランを組み、陽花とのお泊りも可能な計画を立てていたはずなのに。
起こされた千斗星はむにゃむにゃと目元を擦り、大あくびをしながら言った。
「準決で負けた先輩がさぁ、夜にヤケ酒し始めたんよ。それが顧問に見つかって大騒ぎ。問題行為ってことで閉会式もブッチして帰ってきたの、ホント最悪~」
なるほど、それは確かに同情を禁じ得ないほどの最悪だ。
だが遊星もそれに勝るとも劣らない最悪を、現在進行形で味わっている。
「……で、どうして千斗星は僕の部屋で寝てたんだよ?」
「だって帰ってきた時は家に誰もいなかったし、お兄の部屋はクーラー効いてたからさぁ。……ここで寝ちゃった♪」
「寝ちゃった、じゃないよ!」
千斗星の話によると、今日の午前中に家に帰って来たらしい。つまり遊星がまだ学校に居た時間。そして千斗星は昨夜の騒ぎであまり寝られず、帰って来るなり遊星のベッドで眠りこけていたらしい。
「だったら連絡くらいしろよ……」
「仕方ないじゃん、ねむねむにゃんこだったんだから」
「は?」
遊星と陽花は揃ってゲンナリとした顔を千斗星に向けている。そこでようやく二人が部屋にいたことで、なんとなく事情を察し始めた。
「……あー二人は今日、そういう感じだったのね。メンゴメンゴ」
千斗星がてへぺろっ、と笑ってみせるが……二人には上手くリアクションできない。
恥、驚き、怒り、呆れ、落胆。
様々な感情がぐちゃぐちゃになり、ハハハと疲れた顔で苦笑いを返すのみ。
「じゃー千斗星はご飯でも食べてくるかなぁ。千斗星は大人しくしてるからさ、二人はお楽しみを続けてよ!」
千斗星がニシシと笑い、立ち上がると尻からブッと音が出た。
「あ、ごめん、ブウが出た」
「ブウ出た、ではないが……」
「最悪です……」
もはや情緒も雰囲気もない。千斗星も家にいるとわかった以上、続きをするつもりも起きなかった。
遊星と陽花は互いに疲れた表情で笑い合うと……仕方なく夕飯の続きを取ろうとリビングに戻るのだった。
―――――
歯を食い縛れッ! 千斗星ェッ!
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