第3話
初日は開けなかった。チケットは全部払い戻しになった。地方から遠征してくる人たちの足代の補填など、今後の持ち出しも大きいだろう。明日が一応初日になる予定らしいが──
「鹿野、おまえどこであんな話仕入れてきたんだ」
舞台監督が尋ねる。アイドルに顔を一発殴られた後胸ぐらを掴まれてボコボコにされた私は病院にいた。幽霊は見えない。演出家はマネージャーと共に今後の相談をしに劇場を出て行った。アイドルは一旦自宅に軟禁された。らしい。
幽霊が私の口を借りて喋ったって言ったら、信じてくれるかなぁ。
「人を呪わば……と言いますか……」
「はあ?」
「前世の業というか……」
「鹿野?」
「あのー……あの人はたぶん、アイドル引退しないと思うんですよね」
「まあ。それはな」
病院の白い廊下に置かれたベンチに腰掛けて、私と舞台監督は同時に溜息を吐く。
幽霊の姿はもう見えない。言いたいこと言って成仏したのかな。私の口を借りてアイドルに食ってかかった幽霊と私自身のあいだには何ら共通項はない。本当に偶然、波長が合ってしまった。そういうことなんだと思う。
失踪して戻ってきたアイドルがスタッフ(私)をぶん殴ったという話は、遠からずまたSNSに流れるだろう。壁に耳あり障子に目あり。本当の密室なんてこの世には存在しない。
「明日、初日開けるんじゃないですかね」
「どうかな」
「私はもう出禁ですけど」
別に演出家に出禁認定されたわけではなくて、アイドルが「この子の顔二度と見たくない」と絶叫してたからそうなるんだろうなと予想しているだけなのだが。
「いや別に入ればいいんじゃない。堂々と」
「えっ。刺されそうで怖い」
「だってあのアイドル、プロンプがいないと台詞も言えないだろ」
「……私の顔を二度と見たくないのに私が必要、なんだか気の毒ですねぇ」
煙草吸いたいなぁと言って舞台監督が立ち上がったので、私も殴られたり蹴られたり噛まれたりした全身をズキズキさせながら彼の後を追う。
幽霊、言い足りなければまた出ておいで。
おしまい
偶像 大塚 @bnnnnnz
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