第6話 老人との再会

 食事を取り終えると、行きと同じ車に案内され、松濤の豪邸を出た。行きと異なるのは、二人の男が乗った車はついてこないことだ。車は行きと逆のルートで青山通りを東京駅に向かった。


 東京駅は日本橋口のロータリー付近で車が止まった。修一が降りると紗江も続いた。


「権藤からここまで来ていただいたお手間賃だと渡すように申し伝えられましたが、どうしますか」

紗江の手には2センチほどの厚みのある茶封筒が握られている。


「先ほどあなたに話した通り、分相応ではありません。ですのでいただけません」


「そうですよね。それではこの切符だけでも使ってください」

終電の新幹線のグリーン席の切符だった。


「ありがとうございます。こちらは遠慮なくいただきます」


「それでは三上さん、これからお会いすることはないと思いますが、お体ご自愛いただきお過ごしください」


「はい。ありがとうございます。こんな突飛なことが週末にあり、驚きましたが、振り返るといい経験をさせてもらいました。松濤の豪邸街も初めて行けました」


「それでは」

そういうと紗江は車に乗って立ち去ってしまった。


終電の下りの新幹線まで10分くらいある。十分間に合うだろう。

修一は東京駅の改札に向かった。


下りのM市行きの新幹線の10号車が貰った指定席番号だ。自由席はかなり込み合っていたが、このグリーン車両は修一以外の乗客はいない。


小田原を過ぎた頃、後ろの自動ドアが開く気配がして、修一の席に乗客が座ってきた。こんな空いている車両に誰が座ってきたのかと隣を見ると、あの老人だった。


「三上さん、お久しぶりです」


「ああ、あなたは先日よく見かけた方ですね。どうしてこの列車に乗っているのですか。それに、先日のことは何なのですか。居酒屋でも未来を予想しましたし、娘の妊娠も知っていました。」


「だから、未来から来たあなたと言ったでしょう。居酒屋も娘さんの妊娠も自分に起きたことなので知っていて当然です」


「まだ信じられませんが、あなたがそこまで言うのであればそうなのですね。ところでご用件は何なのですか」


「権藤さんからの申し出を断りましたね」


「はい。分相応でない金ですから。もらう理由がありません」


「最高の返答です。金は自分で稼ぐものです。それでは最後にこちらをお渡しします。M市駅についてから、お開けください。必ず着いてからですよ。それではこれで失礼いたします。今後あなたにお会いすることはありません。納得のいくように今後の人生をお送りください」


「わかりました。手紙も意味深ですね。M市駅に着いてから開けます。最後にあなたは未来から来た私だと言い張りますので、これからの私についてもちろん知っている。ですので少しでも教えてもらうことはできますか」


「申し訳ございませんが、それは出来ません。あなたの未来が変わってしまうかもしれない」


「そうですか。分かりました。あなたにあってから普段経験できないことを経験しました。楽しかったです。ありがとうございます」


「そうですか。そう言っていただくと幸いです。それでは失礼いたします」


老人が話し終えると丁度新幹線は熱海駅に着き、老人は出て行ってしまった。


老人からもらった手紙は封筒でしっかり封がされている。何が書かれているか気になるが、M市駅まで待っておこう。


終電の新幹線はM市駅に23時40分に到着した。ホームの階段を降り、改札を抜けたところで声をかけられた。


「あなた。お疲れ様」

妻の明美だった。


「どうして、この新幹線とよくわかったね」


「ふふふ。女の感よ」


「ちょっと待っててもらえるかな。たばこを1本吸ってきていい?」


「わかりましたここにいます」


老人の手紙が気になり、駅の喫煙所に向かった。


喫煙所はパーテーションになっており、外から隔離されている。

先ほど老人からもらった手紙の開いた。そこには一行、


『今日は何日、 明美より』


と書かれていた。今日は4月1日。


4月1日、4月1日、4月1日・・・


エイプリルフールか。


煙草に火をつけもせず、喫煙所から飛び出し妻のもとに駆け寄った。


「この手紙、知ってる?」


「ええ。私が書きましたから」


「えっ。あの老人も、松濤の豪邸もあの女性も知っているの?」


「ええ。私が打ち合わせしましたから」


「どうして・・・」


「あなたが最近元気がなかったから。楽しませてあげようかと思ったの。」


「とても手が込んでいたけど」


「あんなことをしてくれる業者がいるのよ。もちろん有料だけどね。で、楽しんでくれた?」


「楽しむどころか、びっくりで言葉も出ないよ。4月1日だから?」


「もちろん。ただ、もう一生しません」


「わかったよ。葵の妊娠はそれも嘘だよね?」


「ふふふ」


それ以上は妻は何を聞いてもはぐらかされた。

深夜の駅から妻と久しぶりに手をつないで家路についた。

今日は月が満月みたいだ。それは嘘ではない。


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