素直なたぬきはバカをみない

PeaXe

prologue - 00

「何だこのゴミスキルは⋯⋯!」


 そう叫んだ男は、ハッキリと私の方を向いていた。


 蝋燭の小さな光が、真っ暗な部屋を淡く照らす。その頼りない光でも、男の視線はハッキリと捉えられた。


「勇者と共に召喚されたからには、素晴らしいユニークスキルがあるはず⋯⋯なのに何だ、この、『拾い物』などという⋯⋯ふざけるな!」


 でっぷりとしたお腹を揺らす男は、豪奢、という名の道化を思わせる妙なデザインをした服を着ていた。その上、気品の欠片も感じない、大きな宝石のついたネックレスやアミュレット、指輪などで全身をゴテゴテと飾り立てていて、手なんかはあれで本当に指が曲がるのかが不安になる。

 変な服に合わせたのか、帽子もベレー帽に宝石が付けられた物。それもデザインが絶妙に噛み合っておらず、無駄に大きな羽飾りが揺れている。


「効果も⋯⋯ただ物を拾うだけだと?! この役立たずめ!!」


 お世辞にも服のセンスがあるとは言えないその人は、般若の形相で私を見下ろして大声でまくし立てた。


「しかも何だこの汚ならしい髪色は! まるで汚物のようじゃないか!!」


 ⋯⋯私は何で怒られてるんだろう?

 たしかに昔から落とし物を拾う事が多かったし、茶髪だけど。何ならここに来る直前にも何か拾ったけど。


 わからないながら、頭に響くような大声に身が竦む。

 周りには私が通う学校の制服を着ている人がたくさんいたけど、怒鳴られる私を見てヒソヒソと話し合っていた。彼等も私と同じで、ついさっきここに来たばかりのはず。助けてほしくてそれとなく視線を送るけど、軒並み逸らされてしまった。

 幸い、知った顔は無い。入学したての高校一年生で、自ら話しかけるのが苦手な事が、ここに来て初めて良かったと思える。


 とはいえ、この状況じゃ仕方ない、のかな⋯⋯。


 知らない場所で、知らない人に囲まれて、知らない子が怒られた所でそれは立派な他人事。庇うのならそれはよほどのお人好しか、とりあえずで行動出来る正義感に溢れた人くらいである。

 そんな都合の良いこと、簡単に起こるわけがないけど。


 先生から用事を頼まれただけだったのにな⋯⋯。放課後、チャイムが鳴ってすぐに学校から出ていれば、こんな事にはならなかったのかな⋯⋯?


「聞いているのか、貴様!」


 今の今まで罵詈雑言を吐いていた男が、ツバを撒き散らしながら叫ぶ。ただでさえ周りにいなかった人が、更に後ずさった。

 そもそも何でこんなに怒られているのかも皆目見当もつかないし⋯⋯いや、理由は言ってたような? スキルがどうのって⋯⋯スキルって、ゲームでよく使う能力みたいなものかな? あと、勇者の召喚がどうのとも。


 つまりこの人達は勇者を召喚して、その他大勢も巻き込んだ。私もそれに巻き込まれたけど、本来なら巻き込まれた人にもあるはずの良いスキルってやつを私が持っていなかったから、こんなにも憤慨している、と。

 つまり⋯⋯ただの理不尽な癇癪?


「ええいワシを無視するとは良い度胸だな! ワシを誰だと思っている!!」


 名前すら知らないです。

 とは、言い出せなかった。言葉が喉に張り付いて、口から先へ出てくれない。いつもそうだ。こんな非常時にも変わらないのだから、筋金入りだと思う。


「ワシはあの、ロンダリーク伯爵家の当主だぞ!」


 あの、と言われても、暫定異世界から来たばかりの私が知るわけない。

 剣幕は凄いから腰が引けてしまうけれど、どちらかと言えば困惑に頭が埋め尽くされていく。


 それにそろそろ耳がどうにかなりそう。けど、私にはただ耐えるしか無くて。

 他の人もきっとそうだ。理不尽で意味不明な説教に、身が竦んで動けない。むしろ私が責められる事で束の間の安息を覚えている。期待なんて出来なかった。


 いつまで続くのだろう⋯⋯あまりの大声に体力さえも奪われている気になりながら、叫び続けていたからか息を切らした男が、血走った目を、ギロリ、と私に向けた。


「もういい。これは要らん。どこかに捨てておけ」

「はっ」


 先程までの熱量はどこへ行ったのか。

 心底どうでも良さそうに男が言い捨てたと同時、片手をおもむろに上げる。


 それに合わせ、壁際に立っていたローブの人が一人、私に手をかざした。


 途端、かくん、と足から地面の感覚が消える。


 次いで感じる浮遊感。


 私が疑問を投げ掛ける前に、私の身体は宙に投げ出されていた。


 え── 落ちてる?


 気付いた途端、浮遊感にお腹がぎゅう、と縮むような感覚に襲われた。


 咄嗟に見下ろした地面は近く見えた。


 けど、落ちれば痛いのは確実。


 こんな時に限って、人がどのくらいの高さから落ちたら死ぬかを話していた従兄弟の姿が脳裏を過る。


 ひどく鮮明な記憶の中で、その子は笑顔だった。


 襲い来るだろう痛みを想像して、思わず目を瞑る。


 この高さなら死ぬ事は無い、と思いたかった。


 骨折とか、動けなくなる怪我はしませんように⋯⋯!


 必死に祈ること一回分。


 私の身体は、地面に叩きつけられ⋯⋯──




 ── ドサッ!




「うぐっ!」


 ⋯⋯。

 ⋯⋯⋯⋯。

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯あれ?


 ⋯⋯思ったより、痛くない?


 落ちた音も軽かったような気がする。


 それと、これが一番重要なんだけど⋯⋯今の声、私のじゃ、なかった、ような。


 おそるおそる目を開ける。


 ⋯⋯がらくた。

 視界いっぱいに、がらくたが積み重なって出来た、いくつもの小山が見える。

 今いるのは、山の中でも特にうず高く積もっている山だった。生ゴミは無いのか臭いは無くて、けどどこかしらが壊れたものばかりが集められた場所。ソファやタンスみたいな大きな家具から、木製の小箱や鞄みたいな小さなものまで、本当に色々な物があって。

 ⋯⋯なるほど、文字通り不用品として『捨てられた』わけだ。


 で、下にクッションか何かがあって無事でいられた⋯⋯と⋯⋯?


 ⋯⋯あ。

 えっと。

 ⋯⋯うん。


 そうだ、さっき、明らかに私のものじゃない声がしたじゃないか。


「⋯⋯勇者召喚に巻き込まれたら、即捨てられて、人を下敷きにしてしまった件⋯⋯」


 最近従兄弟に貸してもらったラノベのタイトル風に、現状を表してみる。


 仰向けに横たわる私の、下。

 身を起こそうとついた手に触れる、布とは違うもふもふとした感触。

 見れば、焦げ茶色のもふもふとした何か。


 私は、たぬきの尻尾がはえた誰かを、下敷きにしてしまったみたいです。






 ちなみに、これが私── 巫 咲桜かんなぎ さくらがこの世界に来て初めて出した声だった。

 とんでもない第一声だよね。

 私もそう思う!

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