通告そして怒り

かいばつれい

出勤前

 トーストの香りによって食欲を掻き立てられた楚乃は、マーガリンを塗ったトーストに勢いよくかじりついた。本日の朝食はこれだけである。給料日直後には、これにスクランブルエッグと炙ったベーコンが付くが、基本は六枚切りのトースト一枚だけが阿戸岐楚乃の朝食であった。

 父は先に出勤し、母はまだ眠っている。

 

 ──今朝のニュースをお伝えします。昨年九月に銀座で発生した宝石店強盗ですが、警視庁は昨日、強盗の実行役とされる、無職の一九歳男性、私立高校の男子生徒一六歳、職業不詳の二四歳男性を建造物侵入容疑で逮捕しました。三人はいずれも面識がなく・・・

 

 「くだらない。生まれ直してこい」

 テレビニュースを見て楚乃は毒づく。

 ズルして手に入れた金になんの意味がある?

 最近は、SNSで世間知らずや、ろくに物を考えない馬鹿を呼び集めて強盗をさせる事件が多い。奴等は何故、頭を使わないのだろう。美味しい話には裏があるとか思わないのだろうか。いや、そもそも人様に迷惑を掛ける事自体おかしいのだが。良心というものは備えていないのか。こういう馬鹿は大抵、遊ぶ金が欲しかっただとか、時給でちまちま稼ぐなんて効率が悪いとかふざけたことを抜かす。自分たちの行動がどんな結果をもたらすことになるかも分からない連中がそれだけ増えたという事か。

 楚乃にはもうひとつ解せない稼ぎ方があった。

 本来、子供が遊ぶために存在しているトレカを転売する輩だ。奴等はトレカ以外にも売れると判断したものは、根こそぎ買い占め、フリマアプリで高額で売り捌く。SNSで、上司に怒られながら働くより転売のほうが楽して稼げるとか呟いている阿呆もいた。

 どいつもこいつもイカれてる。

 だが、他の奴等がどんなズルをしようが、俺は決して道を踏み外したりしない。真っ当なやり方で稼いだ金のほうが、気持ちよく使えるに決まってる。今日だってラーメン屋という立派な職場に働きに行く。一五時間労働だろうが、一ヶ月無休だろうが、屁でもない。

 今は生活が苦しくても、いつの日か、この苦労が報われる日が来ることを信じて働きつづける。その報われた先のことを毎日考えながらやれば何でも楽しく働けた。

 トーストを平らげた楚乃が家を出ようとした時、楚乃のスマホが鳴った。ラーメン屋の店長からの連絡だ。

 「もしもし。お疲れ様です」

 「あ、もしもし阿戸岐くん?悪いんだけど、店畳むわ」

 軽い調子でまさかの爆弾発言。

 「えっ、いきなりなんですか?畳むって?」聞き直す楚乃。

 「だーかーら、店を閉めんの」

 その店長の一言で、脳が一気に覚醒した。

 「閉店ですか。どうしてです?」

 「言い辛いんだけどさ。店回す金なくなっちゃったのよ。んで、コロナの時にもらった給付金じゃ足りないから、店を担保に金借りようとしたんだけど、それも断られちゃってね。だからもう辞めんの。いやほんっとに悪いね。でも給料は安心して。次の日曜のメインレースで一山当ててやっから。よくよく考えたらさ、俺ラーメンの才能ないわ。家の農業やりたくないから親に金出してもらって店始めたけど、正直言って、美味いと思ってラーメン作ったことねえのよ。とりま、三年はやれたから良いかな。っつうわけで、今日から来なくていいから。俺は当分、親の金で暮らすわ。そいつも尽きたらナマポかな。店を断捨離して、家賃払わなくて済む実家暮らし。俺って結構合理的でしょ?頭良いよね。ねぇ、そう思わない?あのさ、ちょっと聞いてる?阿戸岐くん?お〜い返事してよ、ねぇ、ねぇ」

 

 話の後半は殆ど聞いていなかった。楚乃は震える指で通話を切り、ゆっくりとした足取りで自室に戻った。そのままベッドに突っ伏し、握り拳でシーツを叩く。

 「馬鹿ばっかりじゃねえか!!くそったれ!!」

 枕に顔を埋めたまま、楚乃は叫んだ。

 部屋の窓から日の光が差し込んでいた。

 今の楚乃にとって太陽の恵みはただの鬱陶しい熱でしかなかった。

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