ボクは6歳〜とある転生者の回想録〜

岡田旬

ボクは6歳〜とある転生者の回想録〜

 ボクには異世界転生の意味が今一つ良く分かっていなかった。

 

 ボクはラノベやアニメが好きだったし、異世界ゲームだって人並みにはたしなんでいたろう。

ボクは引きこもりのニートでも不登校の中高校生と言うわけでもなかった。

病院で寝たきりじゃなかったし人生をはかなんでもいなかった。

ボクはどこにでもいるという表現がおそらく最も当てはまる平凡な大学生だった。

 ボクは平凡な大学生だったが、どちらかと言うとオタク寄りのキャラだったろう。

だからボクは孤独じゃなかった。

胸を張り、年齢=彼女いない歴を誇れるザコとして、同病相憐れむ居心地の良いモブグループの一員でいられたからね。


 そんなボクが異世界に転生した。

転生する前のどこかの段階でボクは死んだはずだ。

だが、自分が死んだ状況にはとんと覚えがない。

いったい何時、何処で、何で、如何してボクは死んだのか。

転生したボクにはまったく心当たりがない。

 

 ふと目が覚めるとボクは異世界で赤ん坊になっていた。

もちろん最初は戸惑った。

当たり前だ。

 ラノベやアニメの異世界転生ものは大好きだったさ。

だがそれも、あくまで作り話だということが前提になる。

ボクは中二病を患う年齢はとうに過ぎていたからね。

ある日目覚めたら異世界にいるかも。

なんて言う痛々しい現実逃避はここ五六年、妄想したことすらない。

そんなボクがまんまと異世界に転生したのだった。


 ボクが転生した国は、異世界によくある並みの国力を持った王国だった。

更に詳しく述べれば、ボクが生まれたお宅はそんな王国の辺境に封じられた子爵の家だった。

異世界転生ものの王道を行くお約束の転生先と言えるだろう。

 異世界と言えば封建制の敷かれた中世風の構成と相場が決まっている。

転生先があまり庶民に過ぎると、能力に無茶振りがない限り主人公の行動には大きな制限が付いてしまう。

そこで物語の展開上、主人公を貴族の子弟にしておけば何かと好都合なのだ。

それは凡百の異世界転生ものを紐解けば、誰にでもハハンって感じで分かることだ。

魔法学院とか、お姫様やご令嬢、王子様や貴公子なんかを主人公に絡ませ易くなるからね。

 先々のお話の展開を考えれば、田舎貴族の息子や娘が王都に出て活躍する。

そんな筋書きは作家が楽をできる安直な設定なのだろう。

スライムに転生したりチート技を持った庶民の方が、確かに作劇には頭を使いそうだ。

 

 ボクが生まれたのは、そんなベタな設定が施された環境だった。

父である子爵がいる。

そして、封建社会にしては珍しく、恋愛を経て父と結ばれた母がいる。

ここで登場人物の容姿はあえて語るまい。

御想像の通りだ。

京アニ顔と言えば腑に落ちるだろう。

ルッキズムの番外地とだけ言い添えておこう。

 

 父と母は王都の魔法学院で出会い恋に落ちる。

男爵家の末子である父は在学中に学徒動員で、魔王軍との戦いに駆り出された。

父は学徒兵ながら戦場で大きな手柄を立てて叙爵され、辺境の子爵として封じられることになる。

その際、格上の伯爵家の御令嬢だが同級生でもある母を娶ったという訳だ。

まだ年若い父は隣接する広大な旧魔王領へと勢力を広げることを期待されている。

「切り取り放題である。

存分に働いて王国の版図を広げよ」

ということらしい。

 若くして叙爵され美しく聡明な妻を得て父の前途は洋々たるものだ。

おまけにボクと言う天才チート君まで授かったのだ。

ハッキリ言って父と母は異世界の勝ち組だろう。

 物語の進行上ボクらは親子で頑張り、いずれ我が家は伯爵へと階位を進め辺境伯を名乗ることになるのだろう。

調子こいて未来予測をしてみれば。

ボクは王都の魔法学院で出会った王女と恋仲になり、父と同様在学中に大きな手柄を立てる。

卒業後、ボクは王女の女婿となり伯爵位は弟か妹に譲ることになる。

やがてボクは侯爵になり王女と共に王国の柱石になるなんて筋書きが見えてくる。

 なんたったってボクは無敵の天才チート君だからね。

 こうしたラノベやアニメでおなじみの生育環境であることは、ボクが四歳になる頃までには把握できてしまったよ。

・・・テヘッ。

・・・自己嫌悪がゴミのようだ。


 「@:#~*&?]

言わずと知れた喃語だよ?

脳みそが大学生であるからと言って、赤ん坊の時から喋れるわけではなかった。

チート君でも舌や喉頭の筋肉の制御や言語中枢との連動は訓練が必要だった。

 もちろん生理的欲求の表明は泣くしか手段がない。

手足の動かし方を訓練しなければ筆談すらできやしない。

だが母という存在はどんな世界でも偉大なんだろう。

母は赤ん坊であるボクの泣き声を聞き分けて、動物的欲求の一々を解決してくださった。

ボクに言わせれば赤ん坊に愛情を注ぐ母親は魔法使いそのものだ。

 ボクだって前世で一度は赤ん坊の時代を経験しているのだが、実に不自由なものだ。

頭の中では大学生の思考が渦巻いているというのに話すことはおろか体の自由が全く効かない。

 ボクにも魔力があることは生まれて数日で理解したが使い方が分からない。

転生者のお約束で魔力が強力過ぎたり異質過ぎたりってことはあるだろう。

それを考慮するとうかうか実験もできやしない。

少なくとももう少し自立行動の自由が許されるまではと、6歳の誕生日までは魔法の自主規制することにした。


 「おかあさま。

おとうさま」

なんて具合に両親に一発かましたのは生後三か月位の頃だったか。

父母の愛に報いるべく密かに発声の練習を積んだのだ。

長男が天才児であることを、両親や周囲の人間になるべく早く認知してもらった方が先々好都合と考えたこともある。

 両親はふたりともつまらない偏見や迷信に捕らわれる愚か者ではない。

ありがたいことに父も母も、息子の聡明さを素直に喜んでくれた。

この物語の設定上、両親が無条件で息子を溺愛と言う初期条件はありだと思っていた。

そこは予想通りだった。

 3歳の頃には本を読み始めることが可能になった。

母から図書室への出入りを許されたのだ。

転生者特権であるチートな言語能力は、当然ボクにもあった。

 館の図書室にはラッキーなことに、高価な写本が様々なジャンルで大量に揃えられていた。

母の実家である伯爵家が大層裕福であることが幸いした。

学問好きな母が嫁入り道具として何よりも優先したのが書籍だったということだ。

実感としては市立図書館の分館という規模だろうか。

 ボクは大学の教養課程で習った国際十進分類法を改良して蔵書の分類をしてみた。

「まぁ。

本当にボクちゃんは賢いこと。

ママはびっくりでちゅよ」

母にはうんと褒められて、ボクは齢4歳にして子爵家専属司書を仰せつかった。

 図書の構成をみると印刷の技術はまだ無いようだった。

そこでボクはひらめいた。

出版業は将来的に子爵家の財源の一つとして見込めそうだってね。

 この世界での識字率は分からなかったが、民衆の教育は税収のアップに役立つ。

それは前の世界でも歴史が証明している。

印刷物は教育にも文化の振興にも絶対に必要なアイテムだ。

民衆の教育程度が上がっていずれ王政が倒されるならそれもありだろう。

 憲法の制定と議会制民主主義は暮らしやすい社会を作るのには必須と思える。

ボクが大人になって父の後を継いだら、この子爵領にそんな社会のひな型を作るのも面白いと考えている。

封建社会の貴族として生まれてしまった手前、英国式の立憲君主制が落とし所かもしれないが・・・。

いずれにせよ最低限、君臨すれども統治せずという体制と議会は民衆のために用意したい。

 なんてことを4歳の頃には考えていた。

外側は幼児でもなんせ中身は大学生だ。

まだ理想も枯れちゃいない。

 僕が天才児であることは早々にカミングアウトしていたし、母から司書の役職も拝命した。

おかげでボクは、図書室に籠っていても不審がられることはなかった。

将来の統治に思いを巡らせるのにも図書室はうってつけだった。

PCもスマホも無いからね。

情報の検索は頭を使って在処を探し、手を使ってページを捲るしか術がない。

 印刷に限らず魔法で解決のつかない分野は子爵家の財源になりそうだった。

勉学の合間にそのあたりの調査も進めることにした。

ゲームとして考えても領地の経営や社会実験のことは複雑で面白いことこの上ない。

 

 ところで、王国の藩屏たる貴族の跡取りとして生まれたからには、ボクにも武人としての訓練が課せられる。

天才児なら体技も並み以上だろうとあらぬ期待を寄せられ、ボクは4歳の誕生日から剣術の指南も受けた。

高校の体育で剣道を選んだのが少しは役にたったろうか。

剣技は父に教えを乞う形になったが相手の意表を突く動きができたのは幸いだった。

ボクでも並みの剣士程度の腕前には成れそうだった。

 魔法は戦闘に特化したジャンルが手厚いようだが、体技に乗せる必要があり身体的イメージが魔力の具現化には必須とのことらしい。

どうやら魔法と言うのは術者のイメージを魔力を使って具現化するものらしい。

魔法に対する僕の最初は理解はそんなものだった。

後になり考察を進めてそれは魔法のほんの上っ面であることが分かって驚いた。

 しかしイメージの具現化という魔法の見てくれは、転生後に見聞きしたことへの違和感を、ボクに十分納得させてくれるものだった。

そもそも赤ん坊の頃からおかしいとは思っていた。

この世界には洗剤がない。

赤ん坊が垂れ流す排泄物はオムツを軽く水ですすぐだけだ。

匂いや染みは母か乳母が魔法で処理してしまうのだ。

汚れた下着や衣服も魔法でクリーニングということらしい。

目につく大きな汚れを水ですすいだ後、匂いや染みがないことをイメージするだけと言うことだ。

 赤ん坊には毎日湯あみをさせることはボクも知っているがそれもなかった。

皮膚や毛髪が清潔という状態をイメージできれば具現化できてしまう。

それで汚れも垢も余分な皮脂も綺麗に落ちてしまう。

だから体を清潔に保つという意味での風呂もいらないわけだ。

身体の表面にある目に見える汚れは水やお湯を使って洗い流す。

それは洗濯と一緒だ。

だが、熱いお湯につかって心身ともにリラックスしたり。

サウナで整うなんて快楽をこの世界の人々は知らないのだ。

これも入浴による効用の普及ができれば将来の財源になりそうだった。

お風呂やサウナ、温泉は新しい喜びをこの地にもたらすことができるだろう。

 どうやらこの世界には医師や薬師の類もいないらしい。

そもそも健康と言う状態をイメージできれば自分で健康状態を保てるわけだ。

老人が見当たらないことも説明が付く。

若さをイメージできるなら若くいられるのは道理だろう。

各々個人個人が理想とする年恰好は当然好みが分かれるだろう。

中年やごくまれだがガンダルフやダンブルドアみたいな見た目老人もいるみたいだ。

 これでは転生者無双の転生前知識による大活躍は夢のまた夢か?

と思いきやそうでもないことが徐々に分かった。

まずどんなにイメージしようとも不死は望めないようだ。

ヒール魔法で回復できない外傷や魔法力による生命侵害を受ければ人はあっけなく死ぬ。

だからこそ攻撃や防御の魔法をうまく使える家系や人間が支配層を占めているのだろう。

 元の世界でも昔の貴族や武士は身体が大きかった。

重い武具を振り回して長い時間戦える能力こそが権力の基にあったのだ。

それはこの異世界でも変わらないと言うことだろう。

 この世界でも一般人が攻撃や防御の魔法をうまく使うのは難しい。

それは前の世界で銃や剣など武器を扱う人間が、軍人や警官に限られていたのと同じ理屈だ。

そればかりか、みんなが使える魔法にはジャンル別の特化があるのが普通だ。

何でもかんでも一人でこなすという訳にはいかないということだ。

大家族で暮らす人が多いのは、家父長制を布く封建社会だからと思っていたがなんのことはない。

家族の成員がそれぞれ得意な魔法を融通しあって協力しながら暮らしを建てているということらしい。


 6歳の誕生日を迎えてからは学問と魔法について本格的な教育が始まった。

父は子爵とはいっても名ばかり子爵だ。

領地は旧魔王領に隣接しているし実入りの良い地場産業があるわけでもない。

切り取り放題と言っても旧魔王領には昔からそこで暮らす無害な魔族もいる。

武力で平定するような無益なことはできないし、そもそも子爵家にその兵力はない。

さりとて子爵領への帰順を薦めてもなかなか難しい。

魔族に帰順を決意させられるメリットを保証することができないのだから当たり前と言えば当たり前だ。

この辺りもボクの代で殖産振興を大いに進められれば結果がついてくるだろう。

 加えて王国への租庸調の義務は重い。

租庸調っていうのは日本史で習ったあれだ。

飛鳥時代から奈良時代にあった税制だ。

租は領地内で収穫された農産物を税として納めることをいう。

庸は王都で公的勤務に就いたり、戦役があれば自前の兵を率いて戦に参加することを指す。

調は領内で生産される特産物(手工芸品や軽工業製品)の上納を意味する。

租庸調。

この世界の租税を日本語に直せばまさにこの意味になる。

総合するとわが家は、領地の財の出来高を考えれば即ち、子爵という家格にしては貧乏だといえる。


 領地が旧魔王領に近接する辺境なのでそれなりの兵力の維持を求められる。

現在の旧魔王領は、王家の直轄軍が要所を占領支配している。

おかげさまで我が家が被る辺境防備の負担は減っている。

それでも一定水準の兵力維持は生産性ゼロの金食い虫であることに変わりはない。

そのことでわが子爵家は王都での義務的社交や庸については相当分免除されてはいる。

だが財政に余裕があるかといえばそんなことはない。

いっそローマ帝国のように、兵力を占領地のインフラ整備や街道の設営に使うというのはどうだろう。

何れにせよ、ボクが面白おかしくこの世界で活躍するには前世の知識とチート能力の活用に尽きる。

これは確かだ。

 

 本来子爵家の御曹司いや公達ともなれば王都から剣術や魔法の指南役を迎え、学識のある家庭教師を雇うところだろう。

だが我が家の家計はそれを許さない。

この世界では専門職の賃金が異様に高額なのだ。

これも一般市民の教育をおざなりにする封建社会がもたらす弊害の一つといえる。

 よってボクは学問を母から剣技体術は父から、魔法は両親双方から学ぶことになった。

ちなみに家政全般は乳母兼女中頭に。

領地や財務管理は家令兼執事長に教えを乞うこととなった。

家事や帳簿付けまで課せられるのには正直驚いたが、ボクが天才であるのならありったけ詰め込んでみよう。

そう考えた両親の冗談半分な意向らしかった。

 封建社会には珍しく謙虚な自由主義を胸に秘めた父母だった。

ふたりは仲も良く学生時代のノリで過ごしていたから相互の平等は徹底していた。

女王が在位したり家長が女性であることも普通の世界だから男女が平等であることは納得だ。

家父長制と言うよりは家父家母長制と表現するのが正確だろう。

母も武芸全般に秀でているらしいが、息子の教育にはバランスも必要と言うことだろう。

子爵家の実権はおそらく母が握っていると見たがどうだろう?

 

 父と母が密かに信奉する自由民主主義は、封建社会では明らかに危険思想だったろう。

ふたりの考え方は魔法学院時代の恩師から受けた薫陶によるものらしい。

ふとその先生も転生者かと疑問が頭を過った。

魔法学院の先生で両親の恩師ともなれば、いつか会える日もあるだろう。

ちょっと楽しみだ。

 ボクがこうした父母の元に転生したことには何か意味があるはずだった。

転生前の世界感と意識の差異をあまり感じない両親が居る明るく屈託のない家庭。

このパターンは物語的にはありがちと思う。

だが、思考や行動の制限が付き難いこの家庭環境は、ボクにとり誂えたような好条件が揃いすぎている。

ボクのラッキーな境遇が何かの前提条件であるのは確かだろう。

その何かが何であるのかは今の所分からない。


 この世界の1年は12の月に分けられうるう年もある。

1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒。

度量衡もメートル法換算ができるのでご都合主義もここに極まれりという感がある。

星座には見覚えがないが太陽と月は見慣れたものだったりする。

 この世界はパラレルワールドで、元居た地球とは異なる地質時代にあると考えれば、このご都合主義に説明がつくかもしれない。

まあ生活者としては無意味な詮索だろう。

 

 暦の作成も度量衡の単位系も神官によるご託宣によるものだ。

神様システムが稼働しているのかどうかは今のところ分からない。

少なくとも転生前に神様と面会して、祝福されたり適当に遊ばれたりというシチュはなかった。

 だが天文学や物理学が暦や度量衡を決めているわけではない。

神託が決めているのだ。

何処かに神様がいる可能性は濃厚だ。

その辺はいずれ詳しく調べる必要があるだろう。

 神様システムの有無やもしあるならその作動状態は今後のボクにとって文字通り人生を左右するファクターになる。

数多の異世界転生ものを思い起こせばそのことは火を見るより明らかだ。

考えの浅いギャルっぽい女神さまなんぞに見込まれた日には、人生が破綻するかもしれない。

くれぐれも要注意だ。

 

 僕は13歳の誕生日を迎える年の9月に王都の学校に進むことになっている。

これも異世界転生では欠かせないイベントだろう。

現在の年齢が6歳なので後7年間は自由にものを考え行動する自由があるということになるだろう。

とするとその7年は前世の記憶を元にして、どれだけチート能力に応用を効かせ、処世術を身に着けることができるか。

それを試される年月となるはずだ。

貧乏な子爵領に富をもたらし、王都での政治や社交に失敗しないように気を配る。

今の所ボクは異世界転生のまさに王道を歩めと言われているようではある。

 

 ボクの物語がお約束通りなら。

7年後王都で始まる学園生活では、才色兼備のお姫様と出会うシナリオが用意されているだろう。

それに乗るか乗らないかは7年間で用意できる手駒次第と言うことになる。

大学で読んだばかりの君主論が役に立つだろう。

6歳にしてもう僕はいっぱしのマキャベリストだ。

 

 それでもこの世界を動かす力の要はやはり魔法なのだろうとは思う。

6歳の現時点で予想外だったのは、魔法で無から有は生み出せないという事実だ。

清浄をイメージできれば洗濯も入浴も不要だ。

健康をイメージできれば病原体や悪性新生物に侵されることはない。

若さをイメージできれば加齢をほぼ止めることもできる。

さてこの共通点は何か?

 それは消去の能力だ。

汚染を消去し、垢やばい菌や癌細胞を消去し、加齢の要素を消去する。

イメージとは不都合なものを消し去ることの前段階に必要な作業なのだった。

だから魔法は何かを生み出すのではなく何かを消し去る力なのだと理解した。

これが分かった時はチート君である僕もびっくりだった。

 

 最も強力な攻撃魔法が敵対者の消去であることは確かだが、質量が大きなものを消去するのは不可能らしい。

調べてみると大魔法使いでも一回の詠唱で1㎍程度の質量消去が限度みたいだ。

身体の清浄や健康維持は無意識に発動している消去魔法によるものだと仮定できる。

服やオムツの酷い汚れに予洗が必要なのは、泥や排泄物は質量が大きすぎて消去できないからだ。

匂いや染み、髪や身体の汚れ程度の汚染は分子レベルの話になるので、消去が可能と言うことなのだろう。

時々薄汚かったり不健康そうな人間を見かけるのはおそらく、その人が無意識の領域か魔力の発動に問題を抱えているせいに違いない。

 飛行や防御魔法は局所的な重力の消去と近接空間の大気の消去で達成していると考えられるだろうか。

重力を消して下に落ちないようにしながら進みたい方向の大気を消去する。

身体は真空に引き寄せられて空を飛ぶってことだ。

重力子は実在するのかもしれない。

重力を消すということは、重力子を消去してるってことだろうか?

 

 僕が齢5歳にして気付いた魔法の極意は消去にある。

魔力で何が生まれたかではなく、何が無くなったのか。

魔法の分析は、その点に着目して初めて可能になる。

このことに気付いている異世界人は古代から現在に至るまで一人もいないだろう。

同じ世界に生きる魔王の眷属も同様だ。

この事実は僕にとっての最大のアドバンテージになると思う。

外から見ないと分からないこともあるということだ。

 ある時ボクは、誰も見ていないところで小石の消去ができるか試してみた。

すると思った通り衝撃音を残して小石は消えた。

ボクの魔力をもってすれば大質量の物を消去できる。

これがボクのチート能力に違いない。

その時ボクはそう考えた。

 消えた質量がどこに行ったのかは分からない。

もしかすると宇宙空間かもしれない。

この世界でも質量保存の法則が働いているのなら、消去の魔法は実は物質転移に関わるものかもしれない。

やがてボクはそこまで考えを進めた。

 

 大気圏内や他の物質の中にうっかり大きな質量を移動させれば、転移先で核融合が起きるかもしれない。

暫く後、そのことに思い至り肝が冷えた。

 転移した物質と転移先に元からあった物質が核融合を起こして他の物質に変わったら、僅かな質量が失われるだろう。

失われる僅かな質量が大きな熱になったら、それは核融合が起きたと言う証拠だ。

E=MC²ってやつで計算できるエネルギーだ。

 すると小石の消去はやばかったかも。

もし小石ほどの質量が大気圏内で核融合反応を起こしていたら大惨事になっていたかも。

ボクの魔力が強すぎたので、小石が大気圏外まで転移して核融合が起きなかったのかも。

・・・それとも魔法には自己セーフティが働いて、転移させる質量はみんな大気圏外に放り出してるって可能性もある?

大規模な戦闘の時は空が赤く染まると言うから素粒子レベルの転移については大気圏内でやってる可能性もある。

 有力な攻撃魔法であるファイアーボールは、素粒子レベルの連続転移で引き起こされる核融合反応ってこと?

ファイアーボール使いは自己セーフティの意識的キャンセルができるというご都合主義も頭に浮かんだ。

 もしあらかじめ転移先の空間を真空にしておければ物質の空間転移も可能になる理屈だろう。

飛行魔法の超高度な応用?

調べたところ空間転移魔法は知られていないようなので、チート君としては研究のし甲斐があろうというものだ。

なんたってまだボクはまだ6歳なのだ。

慎重にやればエルフみたいに長生きできるのだからね。

何をするにせよボクの時間は有り余るほどあるはずだ。

 

 魔法についてはまだまだ知らないことだらけだからね。

13歳になって王都の学校に行く日が今から楽しみだ。

これからは父母と共に王都に行く機会もあるかと思う。

そうなれば子爵領で産業革命を起こすための情報収集もしなければならないだろう。

チート君の未来には今のところ退屈はなさそうだよ?



































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