第4話 我、死の神なり
次の瞬間、パアーンと列車の汽笛が聞こえ、背後から風が吹いた。
快速列車が通り過ぎて行ったのだ。
柚香は何者かに後ろから抱き留められるかたちでその場に立っていた。
倒れそうになった瞬間に誰かが身を挺して止めてくれたのだろうか?でも周りにそんな人はいなかったし、そもそも自分が線路に落ちていく瞬間を覚えている。
「お前さん、元は人間じゃのう?ここまで堕ちてしまうとは、余程ここの土地神は弱っていると見える」
自分を助けてくれたであろう後ろの人物が、柚香からそっと手を放し、凶行の邪魔をされた怒りに震えるキララさんの前に出る。
その男は、とても妙な格好をしていた。
時代劇でしか見たことのないような袴姿なのだが、武士ならば刀を差しているであろう腰帯には大小様々な金属の輪っかがぶら下がっており、西洋風の白い手袋に黒のミディアムヘアと、何ともちぐはぐな印象だ。
年は自分より少し上ぐらいに見えるのだけど、何だか喋り方も変だし、何より今の今までこんなに目立つ人に気付かなかったのがおかしい。
「邪魔をするな!その女を殺す!邪魔するならお前も突き落としやる!」
「我が何者か分からんとは、腐ってもただの人間か。見たところ、お前さんかなりの数の寿命を奪っとるな。いやはや、七十年近く奪われた者もおるではないか!これは生半可な刑じゃ済まんのう」
血をまき散らしながら叫ぶキララさんに動じる様子もなく、男はどこからどうやって取り出したのか、いつの間にか手にしている錫杖のようなものをドンッと一つ地面に打った。
先端には腰帯についている輪っかと同じものがいくつかぶら下がっていて、打ち下ろしたと同時にそれらがジャランと鳴る。
「ぐっ…何…!?」
その音が鳴ったと同時にキララさんの後ろに大きな扉のような空間が現れた。
真っ暗な闇しかないその空間から鎖のようなものが無数に飛び出し、あっという間にキララさんを縛り上げる。
「お前はまだ寿命を全うしていない人間の命を奪い、
その後はそうじゃのう…「海底の砂」辺りから転生を再開するのがよいのではないか?あそこは命の循環を学ぶのに適しているのでな。まあそれは転生課にじっくり決めてもらえ」
そこまで言い終えると、男は腰帯から一つ輪っかを取り外すと、恐怖と戸惑いで目を見開いているキララさんに近付き、その首にガチャリと取り付けた。
「まっ、待って!私はまだ成仏なんかしたくないのよ!私だけ祓われるなんて不公平。そう、不公平よ!」
「成仏…?ああ、日の本は命輪をそういった解釈で信仰しているのであったな。心配せんでもお前はその成仏とやらはできないから安心せい。それができるのは他者の命に干渉していない者のみ。祓うというのも違う。お前は一度転生から外れ、我らの領域で刑に服するのだ、分かったな?」
幼子に言い聞かせるようにゆっくり話しているにも関わらず、男からは有無を言わせない圧倒的な力を感じさせられる。
あの輪っかの影響なのか、キララさんの首に取り付けられてから何だか彼女の存在がぼやけて見え始めた。
傷だらけだった顔や体が徐々に生前を思わせる様子に変わり、今はただ恐怖に怯えた表情を見せるだけだ。
「どうして私ばかりがこんな目に…。あんなに努力して頑張ったのに、何でうまくいかないの…あんな会社に入らなければ、私は…私は…」
喜良々さんの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「まだやりたい事がたくさんあった…人生これからだったのよ。美味しいものを食べて、おしゃれして、恋愛だってしたかった…。なのに、なのに…。
死ぬつもりもなかった!私は自殺じゃない!線路に落ちたのは疲れ過ぎていたせいなのよ。そうよ、あの会社に殺されたのよ!私だって他人に命を奪われたようなものじゃない。そうよ、そうよ!不公平よ!」
ぽろぽろと涙を流していたかと思うと、再び血泡を吹きながら憤怒の表情に変わる。
生前の彼女と怨霊と化した彼女がぼやけながら壊れたフィルムのようにちらちらと交互に現れた。
「そういった事はこれから嫌というほど話す機会はある。我はあくまで裁定者なのでな。不服があるならあっちに行ってから申し立てせい」
全く相手にしていない様子の男は「さて、時間だ」と言うと、もう一度大きく錫杖を地面に打った。
ジャランと再び音が鳴ると、キララさんを縛り上げていた鎖がずるずると彼女を引き摺りながら空間に戻っていく。
「嫌!嫌よ!私は被害者なのよ!嫌、離して!」
「…ふむ、最後にこれだけ教えてやるか。お前は自分が電車に轢かれて死んだと思っておるようだが、直接の死因はな、脳ぞ。今は何て言うんだったか、脳梗塞?
つまりお前は、今世はそういう命運だったのだ。ただ転生課もそこは考えておるでな、そういった命を一つ巡った魂には来世の寿命は長くすると決まっておる。だがお前は醜く今世に縋り付き、他者の命を奪う重罪を犯した」
その言葉に信じられないといった表情を浮かべるキララさんに「だから砂からやり直しだ、頑張りたまえ」と男はにこやかに手を振る。
そのまま鎖はキララさんを暗闇に引き摺り込み、まるでギロチンのように落ちてきた鉄の扉によって空間は完全に閉じた。
信じられない光景の一部始終を見せられた柚香は、言葉を挟む余裕もなく、というより何と言葉にすればいいのか、自分の存在すらも忘れてしまったかのようにその場に立ち尽くしていた。
下校する学生も多い時間帯の駅のホームだというのに、その場だけ空間が切り取られたかのように他の人達を認識する事ができない。
「さて人間よ、現名は柚香だったか?」
男はキララさんを引き摺り込んだ扉をまた錫杖を鳴らして消すと、くるりと柚香に向き直り、にこやかに手を広げた。
「我は、死の神なり。
裁定者の一人として現世の日の本へ参った。来たはよいが、今の日の本は神も精霊も存在すら感じる事ができずに困っておってな。お前はここの土地神と懇意にしておるじゃろう?さあ、我を案内してくれ」
死神?裁定者?精霊…???
私に神様の知り合いなんていません。
さっきのは何ですか。あなたは何ですか。
クラスメイトの死に異形の存在、目の前で見せられたこの世のものとは思えない光景の数々。混乱しない方がおかしい。
視界が暗転し、柚香は気を失った。
Life Correcter ~死の神様と魂を裁くお時間です~ 未子みくろ @mikomikuro
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