第7話
その選択に後悔はないが、今でもたまに『もし発達に凹凸がなかったら』と、ありもしない可能性に思いを馳せることがある。
発達の凹凸から言葉の聞き分けが難しくなっているらしいから、まず無視されたと言われることはなかっただろう。
暗黙のルールや言葉以外のコミュニケーションも今よりかはわかっていただろうから、友達もできていただろうか。
だったら、学校にも通えていただろうか?
思いながら、発達障害グレーゾーンについての記事を書く。最初は一般的な症状の解説を入れて、モデルケースとして自分自身の経験も盛り込む。
──次は言葉の聞き取りの困難について、詳しく書いていこうかな。
今後の記事の展開を考えつつ、ソースとなる医療機関や研究機関の記事を漁り──見つける。
『聴覚情報処理障害(APD)』
私の苦悩をひとことにまとめた言葉を。
◆
『今回の記事、すごくよかったですよ!
専門家とはまた違った角度から詳しく解説していて、しかもわかりやすかったです!
それに、今回初めてAPDというものを知れました。こんな症状もあるんですね……』
記事が完成したので、学内Slackに貼り付けると、程なくして同好会メンバーから記事の感想が来た。
少しでもこの障害の存在を世に広められているなら、雑音の世界に混じれないことも意味があったような気がしてくる。
続々とコメントが届くなか、ひとつだけ毛色の違うものがあった。
『私もAPDみたいなものがあって、「私だけじゃないんだ」ってとても安心しました……!
発達障害グレーゾーンのところも、共感の嵐で……。本当によかったです!』
そのコメントが気になって、その人──アカウント名『Yuno』さんのプロフィール欄を見てみる。
同好会は完全オンラインで活動も自由度が高く、あまり運営メンバー同士で雑談することはなく、互いのことなんてほとんど何も知らないのだ。
──趣味、読書。
──DM、誰でも。
ほとんどプロフィール欄に情報はなかったが、それがわかっただけでも充分だった。
同じような悩みを持っていて、趣味は同じで、DMは誰でも歓迎ということだけで。
ここでなら、私も友達ができるかもしれない、と希望が見える。
この、雑音の生じない世界でなら。
「大丈夫。無視した、なんてことは起きない……」
おまじないのように口に出して、DMの画面を表示させる。
『こんにちは、医療ヘルスケア同好会の三田です。発達障害グレーゾーンとか、APDで悩んでいる人、身近にいなくて……。お話できたらいいなって思って、DMしてしまいました』
何度も何度も見直して、失礼と誤字脱字がないことを確認して、送信する。
ログインしていたままだったのか、返事はすぐに来た。
『三田さん、DMありがとうございます! 私のほうこそぜひ、お話ししたいです。
三田さんの記事にもありましたが、私も小さいときから無視したって言われたり、バイトを始めても言葉が聞き取れなかったりして……。
何だか自分だけ、別の世界にいるような気持ちになっていたんです』
──ああ。
『初めて理解してくれる人を見つけられて、嬉しいです!
そうなんですよ、自分だけ別の世界にいるような感じがして……。
Yunoさんは、どうやって向こうの世界をやり過ごされていたんですか?』
──私は、あの世界から逃げて通信制高校に来たわけじゃなかったんだ。
先ほどまでが嘘のように、すらすらと手が動く。画面の光が、一段と眩しくなったような気がした。
『とにかく、すみません、を多用しましたね……。
最初のうちは謝らずに堂々としていたんですけど、それだとトラブルになってしまって。そこから何かあるたびに謝ってしまって、もう今は謝りすぎってよく言われます』
『私もそんな感じです……!
謝りすぎって言われても、トラブルに発展するより数段いいかって思ったらやめられなくて』
『そう、そうなんです!
わかってくれる人、いたんだ……』
画面越しの同級生の言葉に、口角が上がる。十数年の孤独が溶けてゆき、もう何だか泣きそうだった。
──私はきっと、この同じ世界に住むこの子に会うために、ここに来たんだ。
『今まで、聞き返しすぎて怪訝な顔されたり、ふざけてる、嘘だって思われて、肩身の狭い思いをしてきたので、三田さんに出会えて、話せて、本当に嬉しいです。
悩んでいる人は自分だけじゃないよ、ひとりだけの問題じゃないよって、伝えてくれてありがとうございます』
──この、声を必要としない世界に来て、本当によかった。
スマホの画面が滲んで、慌てて目のあたりを袖で拭う。
『私も今、まったく同じことを思っていました』
送信ボタンをタップし、雑音のない世界で会話をする。
Yunoさんからのメッセージが、また届いた。
世界は雑音に満ちている 夏希纏 @Dreams_punish_me
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