天童君には秘密がある 8〈KAC2024最終回〉

ミコト楚良

いろいろあって、日々は過ぎていくの回

 〈アールネ・トンプソンのタイプ・インデックス〉とは、世界各地に伝わる昔話をその類型ごとに収集・分類したものだ。


 フィンランドと呼ばれた国の民俗学者、A・A・アールネにより編さんされ、かつてのアメリカ合衆国の民話学者、S・トンプソンにより増補改訂されたことから、ふたりの名をとって、こう呼ばれている。

 昔話の研究においては分類体系の標準として世界的に用いられている。

 以上、ウィキウィキペディアからの抜粋だ。



「それにあてはめると、『天人眼鏡伝説ソラビトめがねでんせつ』は、『白鳥処女説話シラトリおとめせつわ』系の異類婚姻譚いるいこんいんたんの類型のひとつですね」

 助手は教授にたしかめた。


「そうだ。世界各地に同じような伝説が伝えられている。天から降りてきた天人ソラビト。その天人ソラビトを我がものとする者の物語だ。眼鏡を盗むことによる結婚にあたるタイプの伝承だ」


 湖水に白鳥シラトリが降りて水浴びし、人間ひとの姿を現す。

 実は、その者は天人ソラビトである。

 水浴びをしている天人ソラビトをのぞきみた者が、そのうつくしさに心奪われ、岸辺の岩の上に置かれていた天人ソラビトの眼鏡を、出来心でかくした。

 眼鏡を失った天人ソラビトは何もかもが、ぼんやりとしか見えず、どこへ行けばいいかすらわからなくなり途方に暮れた。

 そこへ通りかかった振りをしたのだ。眼鏡をかくした者は。

 天に帰れなくなった天人ソラビトは、眼鏡をかくした者と結婚した。

 ある日、天人ソラビトは、かくしてあった眼鏡をみつけて天へ戻る。


「別の伝承もある」

 教授は、もうひとつの説を唱えた。


「かくされた眼鏡はみつからないまま、天人ソラビトは結婚生活を続けながら、あるじの給料から、へそくりを貯めていき、レーシックの手術を受けて視力を取り戻し、天へ帰って行った」


「なるほど。能の演目の『眼鏡まなこかがみ』では、『いや疑いは人間ひとにあり、天に偽りなきものを』と、天人ソラビトは嘘をついたり人を騙したりしないと、痛烈に言いすてていくんでしたか」


 時刻は、お三時だ。

 天元てんげん教授は助手をともなって大学構内を、いちばん近いカフェテリアへ移動中だった。

 そこには桜の木が何本か植わっている。手近なところで、花見と洒落込もうという算段だ。


「——天人ソラビトは、眼鏡をかくした者を愛していなかったんでしょうか。子供も置いて、天に戻ってしまったんですよね」

 助手は、どうにも納得がいかないようだった。


「まぁ。天人ソラビトにも、いろいろなはあるだろうからねぇ。自分といる者に災厄がおよぶことを危惧きぐすれば、あえて、すてたと思われた方がましだとも」


 カフェテリアで、天元てんげん教授はカフェオレとドーナツを注文した。助手も本日のコーヒーとチーズケーキで、お相伴に預かる。


 外のテラス席には誰もいなかった。特等席とばかりに、天元てんげん教授は桜の枝ぶりがいちばんよく見える席を陣取った。

 座ったところで、助手の携帯が鳴った。

「はい」

 報告のみの通話だったようだ。


天元てんげんさま」

 助手がそう呼ぶときは、秘書に切り替わったときだ。

「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れの、その後の足取りをつかんだとのことです。接触しますか」


「ああ。よろしく頼む。それから」

 天元てんげんは、ドーナツの糖衣にフォークを入れた。

深町ふかまちからは何も言ってきていないのか」


天童てんどうさまの後期の成績表が、深町ふかまちから送られて来ました。体育AAAトリプルエー以外は、ダメダメですね。多々良学園たたらがくえんの高等部に進学できたのは奇跡でした」


「——この毎日は奇跡のつみかさねだよ」


 テラス席に、ひらりひらりと桜の花びらが舞う。

 春だ。





           〈いつかまた

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