第13話:忍び寄る手
あれから数日。俺はクローディアの住む本拠地へ何度も通っていたが、彼女は姿を現さなかった。彼女の家の方へも足を運んではみたが、そこにも彼女は居なかった。
避けられているのか、それとも情報収集等で忙しいのか。クローディアに会うことは叶わない状況が続いていたのだった。
俺は彼女の元を訪ねるのが日課になっていたが、今日も彼女はそこには居なかった。
重要書類のことを思い出した俺はケビンさんと会うことにした。連絡をしてみると都合も良かったので、待ち合わせることにした。
「やあ。わざわざ探してくれていたんだね。ありがとう」
こちらから連絡しておいて家に来てもらうのも何だったので、喫茶店で待ち合わせをしていた。
いそいそと現れたケビンさんは俺の姿を確認すると、席へ腰かけ開口一番そう言った。
「いえいえ。例の書類、これだと思うんですけど……。中、確認してもらえますか?」
「どれどれ。……うん、これだ。よかったよ! ちゃんと見つかって。手間をかけたね......」
俺が書類を手渡すと彼は中身をサラッと確認した。中身が探しているものであるのを確認すると、彼は再度頭を下げた。
「それと……これなんですけど」
続いて俺が渡したのは母と妹への手紙だった。
この二つをどうすべきかと悩んでいたので処遇は彼に託そうと思っていた。
「これは……。なるほど]
ケビンさんが少し思い悩んだような顔を見せ、内容をざっと確認する。そして、俺の方へその手紙を突き返した。
「悪いけどこれは受け取れないな。身内でもない故人へ向けられている手紙を僕がいつまでも持って置くのは気が引ける。これは……君が持って置くべきものなんじゃないのかい?」
真剣な顔つきの彼は諭すようにそう言うと続けた。
「別に内容まで目を通さなくていい。ただ、持っておくことが大事なんじゃないのかな」
手紙の処遇は父から彼に託されていた。そしてその彼が俺に持っておけというのだ。断る理由はなかった。
いつまでも持って置くのは俺としても心が重くなる気分だが、他人であるケビンさんであればなおのことだろう。
「わかりました。それと……父の仕事の件なんですけど」
手紙を受け取ると今度は俺の方から話題を切り出す。
父の仕事のことを知ってからと言うもの、一度くらいは彼から直接話を聞いてみたいと思っていたのだ。
ケビンさんは全てを察したかのような表情をしていた。
「すべてを話せるわけじゃないが……」
「もちろん分かっています。なので、今回は一番聞きたいことを聞こうと思って」
そう言ったタイミングで注文していたコーヒーセットが来た。
コーヒーにショートケーキがついたシンプルなセットだった。この喫茶店の一番人気だというそれをケビンさんは好きらしい。
彼はそれを見ると、にこにこしながら「どうぞ」と言った。大人の余裕を感じた。
セットに対してなのか、質問に対してなのか分からないが、コーヒーに口を付けると質問の続きを口にする。
「クローディア・イル・ノワールという女の子についてです」
一方でケーキを口にしようとしていたケビンさんの手が思わず止まってしまう。俺の質問が予想外だったのだろうか。
少し手は止まっていたものの、そのまま口の中へケーキを放り込む。数回の咀嚼の後、ごくんと飲み込むと彼は返事を行う。
「すまない。ずいぶんと懐かしい名前を聞いたものでな。しかし……どうして君が彼女のことを……?」
「実は——」
俺は父の仕事や彼女の過去に辿り着くに至る経緯をケビンさんに対し簡単に説明した。
全てを丁寧に話すほど時間に余裕があるわけでもなかったが、粗は伝わっただろう。
「なるほどね。それでか……。実は僕も彼女のことはあまり知らないんだ」
「え……?」
父のレポートによれば、保護されたと書いてあったので、当然その後のケアまで行っているものだと思った。
例えば、養護施設に預けられたのだとしても、父含む三人のメンバーの誰かが身元引受人になっていてもおかしくないだろうし、当然関りのあるものだと思っていた。
「……彼女はね、実は一時期、君と暮らしていたことがあるんだよ」
彼のその発言は俺にとって衝撃以外の何者でものなかった。一体どういうことだろう。
ケビンさんは渋るような顔をしていたが、そのまま続けた。
「君がまだ四歳だった頃かな。メアリー、君のお母さんが唐突に言い出したんだ。クローディアはうちで引き取るって」
レポートの内容からおおよそ察していたのだが、やはりこのケビンさんとうちの両親の三人が当時のテロの後処理に関与したのだろう。
父だけでなく、母まで諜報員か。実の子に気取られることなく生活できていたのはやはり才能に恵まれていたからなのだろう。
「シャロちゃんが生まれて一年ちょっとだったのもあるし、メアリーももういい頃だろうと思ったんだと思うよ。『私、この仕事をやめるわ』だなんて言ってさ」
俺はケビンさんの話を頷き聞いていた。
要約すれば、母はあの事件を機に仕事をやめ、クローディアを引き取ると言い出したのだろう。
ケビンさんの雰囲気から察するに誰も反対はしなかったんだろうが、であればなぜクローディアは今一人であんな場所で住んでいるのだろうか。
本来なら我が家でともに暮らしていてもおかしくないのではなかろうか。
そう思索していると店外にに霧が立ち込めてきたのが目に入った。
「これは……! ケビンさん、急いでここから逃げましょう!」
嫌な予感がした。
俺は急いで立ち上がると、ケビンさんにそう伝える。
彼は何が何だかわかっていない様子だったが、俺の切羽詰まるような姿を見てただ事じゃないと判断したのだろう。
腰を上げるとすぐに会計を済ませ、店の外へと急ぐ俺の後を追う。
「説明は……してくれるのかな?」
行き先も定まらないまま走る俺の後をついてくるケビンさんは俺に問いかける。
霧の発生。つまり、テロリストの思惑が動いている可能性が高いはずだ。であれば、その場に滞在するのは危険だと判断した。
俺が手短に説明しようとしていると、背後で爆発音がした。
大きな音ともに黒煙があがっていた。
ケビンさんは「いったい何が……」と頭を抱えていた。
一方で俺は恐怖を感じていた。あのまま俺たちがあの店に残っていれば今頃は。
狙いは恐らく俺なのだろう。あるいは諜報員でもあるケビンさんかもしれないが。
「ああ、もう! 理由は分からないがここはまだ危険だろう。ノア君、走るぞ!」
諜報員としての冷静さを取り戻したケビンさんは俺に走るよう促した。
今度は俺がケビンさんの後を追う形となっていた。やはり彼は頼れる人間だと感じた。
道中で、俺の知っている限りのことを話した。濃霧発生機の存在とそれによって起きた可能性のある事件について。
できれば彼らの方でもそれについて調べてほしいという思いもあったので、説明ついでに丁度いいと思った。
「なるほど。だいたい理解したよ」
走りながら話をするも、ケビンさんは一定のリズムで呼吸を取っており、まったく乱れていなかった。
一方で俺の方は日頃の運動不足もあり、呼吸はひどく荒れていた。
「さすがに巻けたかな……?」
実を言うと逃げている最中、人が追ってきている感じはなかった。
万が一のことを考えて俺たちは走っていたわけだ。彼らがどう動くのかはわからないが、あの爆発で俺たちが死んだと思ってくれてていればいいのだが。
そう思っていたのも束の間。
俺のこめかみのすぐ横を通り過ぎた銃弾によって安息は失われた。
「ちィっ! はずしちまったか」
「ノア君!」
ケビンさんは一瞬の判断で装備していた銃を手に取り、追ってに向かって引き金を引いく。放たれた弾丸は足を打ち抜いた。
打たれた弾みにより、追ってのバランスは崩れた。そして男は地面に倒れ込んだ。
「いまだ! 逃げるんだ!!」
「でも……」
「僕は僕でなんとかする。だから早く……!」
俺は困惑しながらもケビンさんの叫びに押されるように駆けだしたのだった。
「わかりました……でも、ケビンさんも絶対に生き延びてください……!」
俺は状況に恐怖を感じながらもひた走った。どこに安全な場所があるのかも分からないのに。
それでも、その場に留まっているよりは幾分もマシだろうと考えた。
この時の俺は、他にも追ってが来ていることに気づいて居なかった。
天満月、毒林檎を君へ いかみ ちまき @ikami_t_imaki
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