第12話:クローディア・イル・ノワール

 街を出て少し歩くと自然に囲まれた森があった。しばらく森を歩いていると、その奥にクローディアの拠点とやらはあった。


「こんなところがあったのか……」


 森の構造は入り組んだものとなっており、存在を知らなければ歩きなれた猟師でもそうそう辿り着くことはないだろう。

 一見、小さな小屋と近くを流れる川があり、住みやすそうだと感じられた。

 贅沢は出来ないだろうが、人が一人暮らすには十分だろう。一瞬そう思ったが、俺は何かがおかしいと感じた。


「なんだ、これは……」


「ふ、やはり感じるか」


 違和感。

 なぜだか俺はこの感覚を知っているような気がする。いや、近しい感覚に覚えがあるといった方が正しいか。


「そうか……」


 思い出した感覚は、クローディアに真実を告げられた翌日のこと。

 鞄から感じた血液のような匂いだった。

 気のせいだと思っていたのだが、あれは、クローディアの匂いが残ってたようだ。

 そして俺はようやく気付いた。彼女から、微かにだが血液の類の匂いがこびりついていることを。

 そして、拠点のすぐそばにはまだ処分できていないのであろう血液が付着した衣類が積み重なっているのを。


「クローディア、君はテロリストの残党を——」


 流石にその光景を見ては察せざるを得なかった。きっとこのクローディアという少女は、ずっとテロリスト相手に復讐をし続けていたのだろう。

 自分の父と母を殺した憎き集団の末端を探しては殺していたのだろうと。

 馬鹿げた妄想に感じるが、そうとしか思えなかった。


「まあ、そのようなものだね。どうだい、軽蔑したかい?」


「…………」


 軽蔑なんてあるわけがなかった。気持ちは痛いほどわかるのだ。

 自身も、復讐相手が居るのであれば魔術ではなく、より現実的なそちらの方に注力していたであろうことは明らかなのだ。


「軽蔑はないさ。俺も、きっと同じことをしてたと思う。だから、クローディア、今一度頼む。事故の真実を知っている限り教えてくれないか」


 今の自分の気持ちがどうなるのかが怖くなかったといえば嘘になる。

 真実を知ってどうするのだろうか。クローディアとともに、復讐でもしようというのだろうか。

 自身がどうなるのかは分からないが、それはさておき知る必要はあるのだ。覚悟はもう、出来ていた。


「いい顔になったな。聞いて後悔だけはするなよ」


 そう言うと、クローディアは語り始めるのだった。

 曰く、事故の顛末はこうだ。


 俺が家族旅行に出かけていたその日、そのテロリストたちは最初からと父を殺す計画を企てていた。

 父が諜報機関に所属していたのもあるだろう。当時父が追っていた組織は国内最大級とも言えるテロ組織だったそうだ。

 表向きは一般の商社を装い、多数のダミー会社を抱え、その裏では国家転覆のようなことを目論んでいた。


 そんな中、父は持ち前の情報収集スキルを活かして、その組織について調べていた。

 そして、父はテロリストのある計画について知ることとなった。『遺伝子改造』についてだった。俺は、その話を植物などでよく知られる遺伝子組み換えに近いものだと認識した。

 曰く、遺伝子の改造を用いて優秀な人材を育て、半永久的な繁栄を作るという計画だった。


 実際にそんなことが可能なのかはともかく、彼らの理論では実行可能に近いところまでは進んでいるらしく、成功すればこの国は優秀な人材で溢れかえり、犯罪発生率0という夢のような数字まで実現可能らしい。

 だからこそ、諜報活動を行う父が邪魔だったのだろう。彼らは研究の過程で完成していたある機器を使用し、事故死に見せかけ、父の抹殺に成功した。


「濃霧発生機……。本当にそんなものが……?」


「ああ。君も実際に体験しただろう? 街がみるみる霧に包まれていくのを。それだけじゃない。近頃霧がやけに発生すると思わないか?」


 テロ組織は濃霧発生機なるものを作り上げることに成功しているそうだ。それを利用することによって不都合なものは見えにくくしているのだろう。

 例えば人攫い。遺伝子改造の研究を行っているとはいえ、実験に必要な人材はそれなりに居る。最初は研究員の志願で賄っていたらしいが、研究が進むにつれ人材は足りなくなる。

 それに、せっかくなら優秀な人材の遺伝子を利用した方がいいというわけだ。確かに、近頃行方不明者が増えているという話は聞いたことがあった。


 噂話的に広がっていたそれは、具体的な数字も出ていないので、不確かな情報で安直に言っているものだと思っていたが、霧の異常な発生率やテロ組織の研究まで考えれば合点のいくものだと感じられた。


「しかし、そんなことのために連中はそんな装置を作ったのか」


 犯罪者の考えることは分からないなと感じた。実際、彼らは信じる理念の為に動いているわけであって、悪いことをしているという自覚はないのだろうが。


「ああ、それなんだがな。もちろんそういう事情もあるのだろうが……。おそらく装置を作るに至ったのには私にも責任の一端がある……と思う」


「え……?」


「私がテロリスト相手に復讐をしかけているのはもう気づいていると思うので、その前提で説明をしよう」


 俯くクローディアは申し訳なさそうな顔をしていた。


 曰く、クローディアはテロリスト界隈で有名な人物だそうだ。『黒猫』と異名を付けられている彼女は日夜情報を探り、テロリストを抹殺していっている。


「自分で言うのも何なのだが、私は手際がいい。数名程度の集団なら、向こうは手も足もでないだろうと思うくらいには自信がある」


 だからこそ、恐れられていると。

 今回話題にあがった組織もまた、クローディアの存在には手を焼いていたようで、大掛かりな計画だからこそ、対策は必要不可欠だったのだろう。

 そこで、考えついたのが、目隠し代わりの霧だったというわけだ。


「そんなことで……」


「ああ。あの組織の研究員も何人か手にかけたことがある。テロリストは許せないんだ。どんな理由があっても」


 クローディアは愁いを帯びた表情をしていた。その瞳にはやはり執念のようなものを宿しており、決意のようなものも感じられていた。


「私は、テロリストどもを根絶やしにしたい」


 彼女の思いは痛いほど分かった。

 まだ事故について検証すべきことは多くあるだろうが、それでもテロリストが関与しているということは事実であるという認識になっていた。

 仮に当時の実行犯が今、目の前に現れれば復讐しようと行動を起こすだろうし、同業者であれば同類とみなし憎みもするだろう。


「俺に手伝えることはないか」


 だからこそ、そう伝えたのだが、クローディアからの返事はなかった。

 クローディアはそのまま考え込んでしまう。

 心の内は読めない。装置考案のきっかけになったことに対して後ろめたくなっているのかもしれないし、俺の言葉にどうすべきかと思い悩んでいるのかもしれない。

 もしかすれば、そんなことはどうでもよくて、次のターゲットについて考えているのかもしれない。

 結局彼女に会えば、いつも俺の脳内は疑問で埋め尽くされるのであった。


「ひとまず今日は帰るといい。私も、少しは感傷に浸りたい日があるのだよ」


 黙りこくっていた彼女が次に発したのはそんな言葉だった。両親の墓参りを行っていたから少しセンチになっているのかもしれない。


「わかった。また来るよ」


 俺はそう言い残すと、静かにその場を後にするのだった。

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