第11話:再会
父の残した事故レポートにはクローディアが体験したであろう凄惨な過去について事細かく書かれていた。
さらに読み進めていくと、組織は事件後すぐに壊滅させられたようだった。
鎮静化が早かったのもあるだろう。捕らえられた大多数から、残りの構成員までしょっ引くのはそう長くかからなかったようだ。
末端の構成員までとなれば話は別だろうが。
レポートの衝撃的な内容に、一番の被害者であるクローディアが何を思い、何を感じて生きていたのかが気になってしまった。
他にも情報がないか、インターネットを駆使して、当時の記事を中心に事件のことを調べてみることにしたが、結局これといって詳しいことは調べることが出来なかった。
というより、父のレポート以上のことは記載されていなかったという方が正しい。
流石というか、またしても父の優秀さが窺え、俺は再び今は亡き父へ尊敬の念を抱いた。
◇◆◇
父の書斎での件をきっかけに俺はクローディアのことを今まで以上に考えるようになってしまっていた。
正直、レポートの内容を見てしまえば、どうしても彼女の発言が嘘に思えなくなっていたのだ。
過去のテロ被害者。俺と似た境遇の彼女は、今どこに居るのだろうか。
今となっては知りたいのが、事故の真実についてなのか、彼女のことなのか分からなくなってしまっていた。
自分から突き放しておいて身勝手なことだとは十分に承知しているが、どうしても俺はもう一度彼女に会いたいと思っていた。
「今日も居ない、か……」
あの日以来、以前クローディアと出会ったあの場所へ足繁く通っては、周辺をうろつくことが増えていた。
しかし、いくら通えども、彼女の影すら見つからなかった。
しいて言えば、以前出会った黒猫をたまに見かけるくらいだろうか。
一週間もすれば、行動の方針が決まってくる。彼女の居場所について調べてみることを考えていた。
魔術の時もそうだったのだが、どうやら俺は行動力だけはあるらしい。
昼夜問わず、空き時間があれば街へ繰り出し、名前や見た目、思いつく特徴を頼りに聞き込みをして、クローディアの捜索にあたっていた。
捜索に時間を割くようになってからは、自然と魔術に接する時間は減っていた。
俺の中で、自分が正しいことをしているのかは、分からなくなっていた。
「クローディア……どこに居るんだ」
もちろん写真などはないので、人違い等も多かった。
しかし、ついに俺は有力とも思える情報を手にすることが出来たのだった。
「小柄で大きいコートを着た女の子? はて、どこかで見たような」
ある雑貨屋の店主だった。
店主はしばらく考えていたが、少しすると思い出したような顔をした。
「あー、思い出した。そこの花屋の方でその特徴に似た子を見たような気がするよ。白い花を買っていたかなぁ」
曰く、午前中の話だそうだ。クローディアらしき少女が花を購入していたという情報を得ることが出来た。
今度は、その情報を頼りに花屋の店主へと聞き込みを行う。
そこから何件か辿っていくと自然とクローディアが居るであろう場所に辿り着いたのだった。
街のはずれにある一般的な家だった。あることを除けば、だが。
「本当にここにクローディアが居るのか?」
その家は、クローディア一家が過去住んでいた家だと、父のレポートに記載されていた。
もちろん、この家は最初に思いつき向かっていた。
だが、廃墟同然の姿となってしまっているこの家には人の住んでいる形跡もなければ、手入れされている様子もない。当然、クローディアの気配もなかった。
流石に誰も住んでいないと思い、諦めていたのだ。
再度訪れた今でもどうしても人が住んでいるようには思えない。
「入ってみるか……」
一歩間違えなくとも不法侵入になるのだが、どうしても中を確かめたい気持ちが勝ってしまう。
敷地内へと一歩踏み出す。
「————!?」
いざ足を踏み入れようとしていると、クローディアがその家から出てきた。
俺は思わず隠れてしまった。
そのまま物陰から様子を観察しているとどうやら彼女は花とバケツを持っていた。彼女は、沈んだ面持ちで家の裏側へと歩いていた。
俺は隠れたまま、それを追いかけていた。
彼女の向かった先、家の裏側にはぽつんと小さな墓があった。お世辞にも立派とは言えないが、彼女の両親のものなのだろう。
クローディアはバケツに組んだ水で丁寧に墓石を洗うと、手に持っていた白い花を添えた。
両手を握ると、地面に膝をつき黙祷を捧げた。
時間にして一分くらいだろうか。黙祷が終わるとクローディアは立ち上がり、家の方へ戻ると思ったのだが、ふうと一つため息をついた。
「出てきたらどうだい。居るのはわかっているよ――ノア君」
俺が隠れているのはバレていた。
観念して、彼女の方へ向かう。
「バレてたか……」
「私を欺こうなど100年早いな。もう関わってほしくなかったんじゃないのか?」
クローディアは俺の行動を見透かすような顔をしていた。眼鏡の奥では、いたずらっぽく金の瞳が妖しく光っている。
「いろいろ考えが変わったんだ。さっきのは、両親の墓か?」
「…………」
クローディアは口には出さず、こくりと頷いた。
彼女の表情には悔しさのようなものが見え隠れしていた。今の俺には、心に深い傷を負ったままなのだろうと感じられた。
「……すまない」
「気にするな。昔のことを……知ったのだな」
「ああ」
返事をすると、俺は事の
父のレポートを調べ、その過程で過去のことを知ったことを。
「そうか。君のご両親には本当に感謝しているよ。両親を失い空っぽだった私にとても親切にしてくれた」
「そうか。まさか面識があるとは思わなかった」
最初からそう話してくれればよかったのにと思うが、果たして初対面でそんな話をされて、俺が納得しただろうか。
いや、しなかっただろう。結局、あるべき道を辿り、クローディアに再会できたのだと思う。俺の中で、運命力の作用説が再浮上していた。
「ここに住んでいるのか?」
「いや、街の外に拠点がある」
拠点というからには、やはり何か活動しているのだろう。
情報屋というのはよもや本当のことではなかろうが、俺は拠点に行ってみたいと提案をしてみた。
断られると思ったのだが、案外すんなりと許可をもらうことが出来た。
クローディアの「後悔しても知らんぞ」という言葉が少し尾を引いていたが、覚悟のようなものを決め、彼女の拠点とやらへ向かうことにした。
「そうと決まれば早速行こうか。着いてくるといい」
「っと、その前に……」
「まだなにかあるのか?」
俺は頷くと、クローディアの両親の墓へ向かい、両手を合わせた。
気持ちほどだが、こういうのは大事なことだと思った。
その様子を見て、クローディアは照れたような顔をしていた。
「……ありがとう」
そして、微笑みながらそう言った。
この時、俺は初めてクローディアの本当の笑顔を見た気がした。
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