必要と不要
三鹿ショート
必要と不要
私より年上であるために、彼女は先に施設から出て行くことになった。
私が施設から出るまでには数年を要するゆえに、外の世界で彼女と再会することは難しいことだろう。
だが、私と彼女は再会することを約束した。
たとえどれほどの時間を要したとしても、外の世界で再び顔を合わせた際には、夫婦として残りの人生を愉しもうと決めたのである。
彼女の姿を見ることができなくなるまで手を振った後、外の世界で良い生活を送ることが可能となるように、自室で勉強の続きをしようと私は決めた。
***
この施設には、子どもとその子どもたちの生活を支えるための機械のみが存在している。
何故大人の姿が無いのかといえば、子どもたちに危害を加える恐れがあるためだという話だった。
かつては大人の職員が子どもたちの生活を支えていたのだが、守るべき対象である子どもに対して密かに手を出した人間が存在したために、今では全てを機械に任せるようになったということだ。
この施設において、子どもたちは基本的な教育を受け、同時に、己が関心を持っている事柄について勉強することができる。
それ以外の時間については、自身の好きなように過ごすことが可能であるために、おそらくこの世界において最も恵まれた空間だといえるだろう。
このような場所が生み出された理由は、外の世界において子どもたちが巻き込まれる事件が多発しているためらしい。
新たな生命を宿すことができない子どもに手を出す人間や、抵抗することができない子どもを襲うことで自身の力を再確認するような人間ばかりが闊歩しているという話である。
ゆえに、子どもたちが自らの意志を示すことが可能と化し、同時に、抵抗することができるほどに成長するまでの安全を確保する必要があったのだ。
しかし、成人を迎えると、この施設を出、外の世界で生活しなければならない。
外の世界へ出て行った人々がどのような生活を送っているのかは不明だが、これからは自分の力で解決していかなければならないことばかりだということを考えると、不自由な生活であることは間違いない。
だが、成人を迎えるまでの成長を保障されていることを思えば、不満を言うことができる立場ではないだろう。
先に施設を出て行った彼女を守ることが出来る人間と化すための準備期間を与えられたのだと考え、私は自己の鍛錬に集中していた。
他の子どもたちは私ほど熱心ではないために、私の態度を笑うこともあったが、そのような相手を気にしていては、何が起きるか分からない外の世界で生きていくことはできないだろう。
私は、とにかく勉強を続けた。
気が付けば、私は成人を迎えていた。
***
施設を出る前に、私を含めた男性たちは大きな部屋に集められた。
何故集められたのかは不明だが、施設から出る前の決まり事であるために、我々は指示が出るまで待っていた。
やがて、我々の眼前に機械が姿を現すと、これからの行動について説明を開始した。
いわく、名前を呼ばれた人間はそれぞれ別室へと移動した後、この施設を出るという流れらしい。
何故わざわざ別室へと移動しなければならないのかという疑問を抱いたが、この施設を出るための決まり事ゆえに、文句を言っている場合ではない。
他の人間たちと同じように、名前を呼ばれると、私は指定された別室へと向かうことにした。
その場所は、足を踏み入れたことがない地下の部屋だった。
人気は無く、ここで叫び声を出したとしても他の人間が聞くことはないだろう。
緊張しながらも、私は眼前の扉を開いた。
室内は桃色の光に満ち、中央には大きな寝台が存在していた。
そして、その寝台の上では、彼女が待ち構えていた。
外の世界へ出て行ったはずの人間がこの場所に存在していることに対して驚きを隠すことができない私を見て、彼女もまた、目を見開いていた。
***
彼女が語ったところによると、彼女は外の世界で挫折したらしい。
恵まれた空間で育った彼女にとって、外の世界で待ち受けていたものは苦難ばかりであり、何時しか部屋から出ることができなくなってしまった。
半年ほど引きこもっていたところ、突然見知らぬ人間たちが現われ、彼女を取り押さえると、
「あなたは、失敗作です。この世界で生き続けたとしても、あなたには何の生産性も無い。そのような人間に対して、無駄に費用を投ずるわけにはいかないのです。ゆえに、あなたに残された道は、次の世代である子どもたちを生み出すということ以外に存在しないのです」
そして、彼女はこの部屋に閉じ込められ、施設を出て行く男性たちの相手をしては、新たな子どもたちを産むということを繰り返すことになったらしい。
恵まれていると思っていた施設の裏側で行われていた非道に、私は怒りを覚えた。
何に対しても屈することなく生きることが可能な人間など、それほど多く存在していない。
誰しもが何らかの悩みを抱えながらも生きているという場所が、外の世界なのではないか。
挫折した人間に復活の機会を与えることなく不要の烙印を押すなど、何様のつもりなのだろうか。
私は機械を呼び出し、彼女と身体を重ねることは出来ないと告げた。
誰が考えたのかは不明だが、このような非道に加担するわけにはいかなかったのである。
私がそう告げると同時に、機械から警告音のようなものが発せられた。
眼前の機械は引き剥がすことが出来ないほどの力で私を掴むと、
「つまり、男性としての機能が存在していないということなのでしょう。そのような失敗作は、不要です」
引っ張られる私に、彼女は悲痛な声をあげるが、それは何の助けにもならなかった。
私の意識が存在していたのは、其処までだった。
必要と不要 三鹿ショート @mijikashort
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