【05】
僕は異性愛者だ。変な性癖もとくに持ち合わせてはいない。取材のために風俗を何軒か利用し、体験と想像を混ぜて、こねて、架空を仕立てあげる。柔らかい膨らみの胸。黒い茂みのあそこ。濡れていくシーツ。ぬるいシャワー。ラブホテルのやたら乾燥した空気。それとも専用の個室で行われる、性的な行為を含むマッサージ。イソジンの茶色。紅茶の匂いのするシャンプー。
脳内で性別設定を男に変換し、僕は小説を書く。
それまで風俗を利用したことのなかった僕は、いろんなことにまごついたり新しい知識を得たりする。本当に好きになっちゃったの、という彼女らの言葉を涙を、営業だとしか思えない僕は正常なのだろうか。個人的な連絡先の交換を求められて、僕はそれを拒否する。なかなかないことだよ、と大学時代から風俗を利用している友人は僕を羨ましがる。
「多能はモテるからなあ」
「そんなことないよ」
好かれる人間というのは、もっとおおらかで包容力のある性格をしているはずだ。僕は女性に特別な関係を求められることは昔から多いけれど、ただ単に、珍しがられているだけのような気がしている。
「朝霞さんは風俗、行ったことがありますか」
「ないですね」
新しいプロットは、マッサージ師の男と男子大学生がどうこうなる内容で、朝霞は冒頭からある程度書き上げたその原稿を素早くチェックしながら僕に答えた。
「普通、行くタイミングがないでしょう」
「十八を超えたら、遊びたくなるじゃないですか」
二十歳になったらお酒を飲みたくなるように、つい試してみたくなる事柄がこの世にはある。今まで年齢制限によって禁止されていたものに、興味を持つのは普通のことだ。
朝霞は僕がどの店のどの子としたのかを聞いた。
「私も行きます」
「どうして?」
「作品に突っ込みどころがあれば指摘出来るじゃないですか」
「あの、でも。どうせ全部まるっと架空のお話ですよ?」
ゲイ専門の風俗を利用したわけではないのだ。それでも朝霞は考えを変えず、僕は財布に残っていた名刺を彼に渡した。同じ女に触れるだなんて、気持ち悪いな。そのくせ、変な楽しさすらある。僕はこの人を、どうしたいんだろう。
本来の適切な使い方をすれば香水とは良い香りであるのに、程度が過ぎると悪臭になってしまうみたく、気持ちよさを濃くすると、気持ち悪さになるのだと、何かのエッセイで読んだことを僕は思い出す。
僕は数ヵ月を空けてから、朝霞に教えた店の女に会いに行った。朝霞はとうに来ていたらしい。まるでそれこそ官能小説のように、僕は女を一方的に攻め立てた。
「あいつとは、どんなことしたんだよ」
どんな手順で、どんな触りかたで、どう終わったのか。僕は彼女に言わせた。わざといやらしい言い回しに変えさせて、何度も彼女をイカせた。あいつと、僕と、どちらのほうが上手いかを言わせた。彼女は僕だと喘いだが、それはつまらないなと感じた。満足でもある。勝ったような気分になる。しかし、退屈でもあった。いっそ、朝霞であると答えてくれた方が、このもやもやとした感情はきちんと怒りや嫉妬、名前のつく気持ちにおさまったのに。
僕は性病になるのが怖かったから、そう頻繁には行かなかった。たまの風俗通いは、のめりこむような趣味にもならなかった。朝霞と僕はそうして、期間を空けつつも彼女を交互に利用した。彼に直接聞いたわけではないが、行けば女は、この前朝霞が来たのだと自分から教えてくれた。
「友達なの?」
「うん」
違うけれど、僕は面倒で頷いた。そしていつものように行為を済ませた。
「あの人もそうやって、事細かに聞いてくるの」
「そう」
「ねえ。思うんだけど、私、必要?」
「どういうこと?」
「私を通して、二人はセックスしてるのね」
僕は女の言葉に、愕然とした。彼女の肢体に興奮しながらも、僕の脳は朝霞のことを考えていたから。
その日を境に、僕は風俗へ行くのをやめた。平日は税理士の仕事をして、休日は書いて、それを繰り返した。
僕と朝霞の関係に、進展も変更もない。相変わらず彼は僕の担当であり続け、通信の発達した現代において、直接会うのを好む。人生とは案外、そんなものだ。ドラマチックな出来事はやはり、ドラマの中だけで充分だ。
朝霞とは仕事の話を主にして、ときどき友人同士のように冗談を言い合い、片想いの子供みたいに、変な駆け引きをしたりする。もしなにか続きがあるならば、僕はまたここに書くだろう。
最後に、夜詩くんがとある小説で書いた言葉を引用して、終わりにしたい。
何度も朝日が昇るように、何度も人を愛していいんだよ。
同じ朝日は、二度と来ないけれど。
官能小説家はよく泣いている2 恵介 @yakke
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