第五話:救援


「お前……ら……校……内での展開は……禁……止……だぞ……」

「次弾装填……完了……バッテリー交換…………完了! ――舞弥さん! ”リバック”します!――解ってます!」

「おーけぇー! 行くよ、《立藤》!」

 私は手際よく次弾を装填し、バッテリーを変えると、後方にいる舞弥さんとバトンタッチをしリバック――戦いでの前衛後衛を入れ替えることの意――をします。

 舞弥さんは弾き飛ばされた”《夜桜》に似たなにか”に向けて走り出すと、同時に自身の保有する専用機の名前を呼びコール、すると彼女の足元から眩い光が現れ、包まれていきます。

 次の瞬間には、白い騎士のような装甲と背中から生えた、鳥の羽のようなパーツが特徴的なフレームを身に纏った舞弥さんが現れました。

《立藤》と呼ばれる、想像力や母性愛を象徴する名を冠するその身に纏ったフレームは、展開が完了するとともに各部のスラスターユニットを全開に吹かしつつ両手に長刀――《欺斬あさぎり 》という――を展開し構え、相手に肉薄します。

「――はァっ!!」


 ギャリイイィィィィィィィィィン!!


 あたりに響く《欺斬》と相手の太刀がぶつかる音。

 舞弥さんはその後、手首と腰のスナップを効かせて2撃、3撃と剣戟を加えていきます。

 その間に私は、展開している電磁投射砲レールキャノンの《灯桐ひきり 》をキラキラとした粒子にして――厳密にはデータにして格納すると、すかさず大太刀型の大剣 《嗣薙しなぎ 》を展開。

 途端に右腕にズシッとくる感覚。私はそんな《嗣薙》をすかさず霞の構えに構え直すと、刀先で狙いを”半透明の《夜桜》に似たなにか”に定め

「舞弥さん! ”リバック”! カウント3でいきます!」

『――解った!』

 個別間秘匿回線プライベートチャネルで交わされる合図。

 舞弥さんは剣戟を加えつつ前進し、もう少しで建物の壁にたどり着きそうな場所でスラスターユニットを最低限まで弱め

『1! 今! ――桜那!!』

「はああああぁぁぁぁぁあああッ……!!!」

 咆哮にも似た裂帛の勢いを殺さずに突貫する私。舞弥さんはそれを”気配”と

[友軍機が接近中!]という音と表示で察知すると両手の長刀――《欺斬》を相手の太刀に叩きつけ、その反動で宙に浮かぶとスラスターユニットを再び、今度は逆方向に吹かしてリバック。その後ろには私がいます。


(……届いて……!!)




 ◆




(アレが”黒蝶こくちょう”……か)

 暗くなった春の空。桜那たちがいる一階の戦闘域よりはるか上の上空に”彼”はいた。

 ”彼”は全高は六、七メートルはあるだろうか。所々に装甲が張り巡らされたボディースーツに、竜のような小さなスラスターユニットを携えたフレームで滞空しながら不思議そうに見つめる先は、戦闘域と化している桜那と舞弥達、そして教員であり、今は脳震盪によって――正確にはその他の衝撃もあるが――戦闘不能状態に陥っている綺更がいる場所。その中でも特に《夜桜》を駆る桜那に注がれている。

(武装は大太刀に電磁投射砲レールカノン……。機動性は……世代相応、いやそれより上か)

 フレームに標準搭載されているフォーカスシステムを使い、観察しながらそう分析する。

『各機へ。特異点である”黒蝶”を発見。これより作戦の第二段階の開始を試みます。――隊長、許可を』

 不意に小隊回線が開かれ、許可を問われる”隊長”と呼ばれた”彼”。

 ”彼”は網膜に投影されている作戦経過時間を確認し、まだ時間的にも余裕があることを確認すると

『許可する。――ただし増援が来る可能性も捨てきれない。念のため注意を払って行動しろ』

『了解。各員、プランはA-1でいく。――ついてこい』

 ”彼”が了承した瞬間に、作戦の開始を促した人物――おそらく副隊長クラスと思われる――を中心に背後で動き出す同系統の二機のフレーム達。

 ――すると

「……ほう」

 ”彼”の視線の先では、今まさに《夜桜》と、《夜桜》に似たなにかの決着がついた頃だった。

 結果は

『隊長、《白蝶はくちょう 》の詳細がバレました。どうしますか?』

『放っておけ、じきにこちらも光学迷彩が解かれる。――その前に離脱すればいい。作戦続行に支障はない』

《白蝶》と呼ばれた、”《夜桜》に似たなにか”は、《夜桜》の突貫攻撃によって光学迷彩の発動機を破壊され、その姿を露わにしたのである。


 露わになったその見た目は、蝶の翅のようなスラスターユニットや、生物的かつ機械的なフルフェイス型の装甲パーツが特徴的で、白いカラーリングと装甲パーツにあるスリットの模様が似ていないだけでも、桜那の専用機である《夜桜》にあまりにも酷似していた。

 ”彼”は無骨な大剣を展開し肩に担ぐと、フレームのフォーカスシステムを再び使用し、今度は戦闘域全体を観察するように観察していく。




 作戦が、第二段階に移行しようとしていた。




 ◆




「白い《夜桜》!?」

「……!」

 場所は打って変わって、件の戦闘域。未悠と沙姫は、先程の桜那による電磁投射砲レールキャノンの《灯桐》による遠距離攻撃をする前に発せられた注意喚起――《灯桐》の絶大な反動を殺すために《夜桜》の背部スラスターを吹かすためにしたもの――を聞き、食堂前の玄関内に退避していた。その中から見たものは、先程まで半透明だった人型の”なにか”が、半透明から実体に変わっていく姿だった。

 そして今まさに、唯一カラーリングと装甲パーツにあるスリットの模様が似ていないだけで、その半透明の人型の”なにか”から出てきた姿が、シルエットよりもそっくりな、まさに白い《夜桜》であったのである。

「姉妹機ってこと……? でも……なんであいつらが持ってるの……?」

 不思議そうにする未悠と、不安げに姉である未悠の制服の端をきつく摘む沙姫。

 食堂前の玄関は生徒たちが混乱でひしめいていた。近くにいる教員に助けを求めるものやスマホ片手に撮影しているもの、ただ呆然としているもの、向かい側にある男子寮に逃げ出すものもいる。

 教員達は突如として起きた事柄の対応に追われているが、この生徒のパニックの惨状に対応しきれていない。それにいくら教員に助けを求めたところで、フレームを扱える者はごくわずかしかいない。

「みゆ姉……助けに行く……?」

「うん……行こう。今ここでこの事に介入できるのは私達しかいないし、それに――」

 言うと未悠はある一点を指差し

「先生、どうにかして助けな――」


 ズドオオオォォォォン……!!


「「――!!」」

 刹那、彼女の声を遮るようにあたりに響き渡るけたたましい轟音。それと同時に生徒間の喧騒が一層騒がしくなる。

「――ッ!」

「――みゆ姉……!?」

 その音と同時に前方の大ドアに向けて走り出す未悠。そしてそれを見た沙姫もその後ろを追っていく。

「舞弥――!!」




 ◆




「当たっ……た……? ――!?」

(白い《夜桜》……!?)

 私がスラスターユニットを吹かし、後ろを振り向くとそこには、白い《夜桜》が佇んでいました。

 顔や身体には装甲が張り巡らされており詳細はわかりませんが、その特徴的な蝶の翅のようなスラスターユニットや各部にある桜色に塗装されたスリットなど、共通点が多いです。

『やっぱり……!』

 開いたままの個別間秘匿回線から聞こえるのは舞弥さんの声。彼女もまた、この白い《夜桜》を見、呆気にとられていたのでした。

(でもなんでこの人たちが持ってるのかしら……)

 私は疑問に思いながらその件の白い《夜桜》を見つめていると

『――桜那! 上!!』

 途端に個別間秘匿回線に響く舞弥さんの声。私は確認する前に反射的に上空に向けて《嗣薙》で防御する形で構えます。


 ギリイイイィィィィィィィィィン……!!


 その場に火花とともに響く、硬い金属と金属がぶつかる甲高い音と、刀身に感じる重みとギリ……ギリ……と軋むような音。

「ぐっ……!」

 私はそんな感覚と音に耐えながら眼前の敵を見据えます。

 眼前の敵は先程の《夜桜》に似たなにかとは違い、装甲が張り巡らされたボディースーツを着たかのような見た目をしており、どうやって滞空や移動をしているのか検討もつきません。

『桜那!? 大丈――ッ!?』

 私に向けられた言葉を遮るように、突如として個別間秘匿回線に響く金属音とスラスターユニットを全開にする音。そして


 ズドオオオオオオン!!


「舞弥さんッ!? ――ッ!!」

 私は横目で舞弥さんを見るとすぐに鍔迫り合いをしている眼前の相手に向き直りますが、その

「ぐぅッ……!!」

 突如として脇腹にやってくる強い打撃感。吹き飛ばされるというよりも蹴り飛ばされる感覚。


「――がはっ……!!」


 蹴り飛ばされ、横にある建物の壁に激突する私。みしみしと身体に伝わる衝撃を受けながら顔を上げます。

 幸い、《ライフセービングシステム》が作動しているおかげで外傷はありませんが、下手をすれば衝撃でどこかの骨が折れ、最悪、内臓に刺さっていたかもしれないと思い、途端に脂汗が吹き出します。

「うぅっ……」

 気絶ブラックアウト防止機能が働いたために強制的に意識が回復し、視界が広がっていきます。

 思い首を上げ、右を見ると、視界の端に大きく土煙を上げるものがありました。私はその場所を、フレームに搭載されているフォーカス機能を使用して見ると、そこには――

『ごぼっ……』

(ま……ま……いや……さ……――ッ!!)

 そこでは舞弥さんが壁に、くの字に折れ曲がった形で項垂れ、その美麗な唇を盛大に汚す勢いで吐血していました。外傷こそ見当たりませんが、内臓器系にダメージが入ってしまったのでしょう。それに加え、彼女の流麗な顔は痛みにより歪み、シスター服のような黒い制服、そして彼女の機体立藤の装甲に、吐血した際の粘着質な血液や激突したために出来た汚れが付いてしまっています。

 私はひくっ……っと顔がひきつるのを感じますが、次の瞬間にはあることに気づき周囲を見渡します。それは

(いない……!?)

 先程までいた《夜桜》に似たなにかが、視界に入らないのです。

(まさか……)

 私は舞弥さんが上空から地上に落とされた要因が、その《夜桜》に似たなにかによって引き起こされたものと仮定します。

(だとしたら一体どれだけのスラスター出力を……!?)

「桜那!! まい――!! まい……や……?」

「――!!」

 すると今度はその舞弥さんのいる脇のドアから、2人の、聞き慣れた声の人物が出てきます――沙姫さんと未悠さんです。

 未悠さんは周囲を見渡すと、横側の少し離れた距離にいる件の舞弥さんを見、顔を引きつらせながら舞弥さんの方に向かい、沙姫さんはその光景に驚きながらも、前方で壁に項垂れている槇羽先生の方に向かっていきます。

「逃げて……ください……!!」

 私は、今の自分が出せる精一杯の声で2人を静止しますが、その声は二人の回線には繋がれていないため届きません。

(……! ……!!)

 次の体制に移行しようと、ぱき……ぱき……と瓦礫に埋もれた《夜桜》を起こそうとしますが、専用のスーツを身に纏っていないため思うように動いてくれません。それに下手に動こうとすると建物が倒壊する可能性があるので、その意味でも下手に動かせません。

 すると

[警告。 ‹unknown›からロックされています。 警告……]

「――ッ!!」

 刹那、耳の中に響き渡る警告音。私はその音に驚き、正面を向きますが、そこには先程のスポーティな見た目のフレームを身に纏った”なにか”が眼前まで迫っていました。

 ――右手に鎚矛メイスのようなものを持ちながら

「くっ……!! 《プロテクター》!!」

 咄嗟にフレームの装甲とは別に展開できる防御機構の《プロテクター》を展開。

 前方に半透明かつヘクス型の、文字通り”バリア”が展開されます。

 私の意識と同調し3重に分厚く重なったそれは、私のことを守る

 スポーティなフレームを身に纏った”なにか”は、その鎚矛の側面についている鈍器を叩きつけるのかと思いきや、先端を《プロテクター》に

 次の瞬間――


 ドズウウゥゥゥン……!!!


「ぐっ……うっ……」

 パリリリリィィィン!!という小気味よくガラスが割れる音とともに腹部に訪れる絶大な衝撃。めきめきと音を立てる腹部から、何かが込み上げてくる感覚に襲われます。

「っごぶ……」

 口から吐瀉し視界の一部を染めるのは赤い鮮血――というより胃液などが混じった血のようなモノ――。

 内臓器系をやった。そう思わせる猶予もなく私は建物の更に奥へと吹き飛ばされます。


 やがて、ズウウウゥゥゥン……という音とともに進行が停止すると同時に気絶ブラックアウト防止機能の一つである意識の矯正が働きますが、そのあまりの強さと腹部からの激痛で私は意識が朦朧としてしまいます。

 ぎりりっ、と、私はその痛さに歯を食いしばりながら耐え、ブラックアウト寸前の暗い視界の中で鳴り響く、ぴぴっ、ぴぴっという音に促されパラメーター値を確認すると、《プロテクター》に使用するための残存エネルギーが残りわずかになっていました。

「ぐっ…………うぶっ……」

 瓦礫に埋もれた機体ごと身体を動かそうとすると途端に口から吐き出されるどろっとした血液。胃液などが入り混じっているためか、少々黄ばみ、特有の臭いを漂わせながら、黒い修道服のような見た目の制服に文字通り”飛散”したそれは、てらてらと艶めかしく輝きながら身体を伝い、地面へ向けて流れていきます。

「……ッ」

 気絶防止機能に補正された、妙に鮮明な意識の中、焼きごてで内臓をかき回され、そして押し付けられたかのような感覚に耐えながら、私は

(このままじゃ……死ぬ……)

 と、絶望感を露わにしていました。




 ◆




「――げぼっ……ひゅうっ……ひゅっ……」

 桜那がダメージを負う前、口から粘着質な血液を吐き出し、壁に体を預け、くの字に折れ曲がりながら激痛に耐えているのは桜那の親友的存在である舞弥その人である。

 彼女は先程の、夜桜に似た”なにか”による攻撃によって空中から地面へ勢いよく落下し、その結果、外傷こそないものの、衝撃により内臓器系を損傷し戦闘不能状態に陥っているのである。

「……うぐっ……くっ」

 おまけに建物の瓦礫に両脚の装甲部分が挟まれているため、自由に身動きが取れない。

(初撃で推進剤使いすぎたし……それに――)

 相手が少数だからって調子に乗りすぎた。そう思った舞弥は、次の瞬間、自身のフレームである《立藤》から発せられた、ぴぴっ、ぴぴっという、自身の機体と身体を通じて聞こえる指向性音声に気づく。

 ――それは《プロテクター》を展開するためのエネルギー残量が底をつきかけているという合図だった。

(一撃でこの威力なの……!?)

 元々、模擬戦時に消費していた《プロテクター》のエネルギーと推進剤ではあるが、ただの蹴りじゃない。そう思った瞬間に一気に血の気が引く舞弥。

 彼女は戦慄した。ここ、青防第一特別養成学校を襲撃してきたこいつらは全員、立ちはだかるものを文字通り”潰す”心構えで来ているのだと。

(それにこいつらの目的って何……!?)

 そして謎が深まる、正体不明機を駆る人物たちの目的。

 すると――


「桜那!! まい――!! まい……や……?」


 舞弥からみて右から聞こえてくるよく通る声。

 ――未悠の声だ。舞弥はそう察すると口元から血の滴る重い首を上げ、声がする方向に視線を持っていく。

 そこには、小柄な体格をした少女――未悠が、顔を青ざめさせながら呆然と立ちすくしていた。

 しかし次の瞬間には、その童顔をぐにゃっと悲しそうな表情に変えると、こちらに向かって駆け寄ってくる。

『逃げて……ください……!!』

 不意に自身の個別間秘匿回線から発せられるか細い声。――桜那の声だ。彼女は、脳震盪で戦闘不能状態に陥っている綺更を助けるために駆け寄る、未悠の双子の妹である沙姫に対して、今出し得る精一杯の声量で退避を促すが何かがおかしい。そう思った舞弥は視線を、桜那がいるであろう場所に持っていく。

「……さ……な……?」

 目線の先には、瓦礫の山の中に埋もれ、かつ虚ろな目をしている桜那と、彼女が纏っている《夜桜》の姿があった。 

 その《夜桜》も、崩れた瓦礫の山の中に埋もれ、各パーツが動かせそうにない。

 すると次の瞬間、突如として現れ、桜那の前に急接近する一機のフレーム。ボディースーツに装甲を張り巡らしたかのような異質な見た目の”なにか”は、まるで桜那の機体夜桜の胴部に押し込まんと両手で構えた鎚矛メイスを、その自身の機体の各所に巡らされたスラスターユニットとを使いながら突貫してくる。

 そして――


 ドズウウゥゥゥン……!!!


 そして鎚矛の先が当たると同時に、パリリリィィィィン!! という小気味よくガラスが割れるような音とともにあたりに響き渡る轟音。同時に、桜那と彼女が纏っている《夜桜》とがそれまでいた崩れた外壁から更に奥へと勢い良く吹き飛ばされる。

(桜那……!!)

「んんんんんんン”ン”ン”ン”ン”ン”ン”ン”ン”ン”ッッッ!!!」

 助けなきゃ。瞬時にそう思った舞弥は身体中――特に攻撃を食らった部分から湧き上がる激痛と身動きの取れない状況を打開すべく、咆哮にも似た叫びを辺りに響かせながら動き始める。

「――んんんんんんんッ!!」

 がらがら、ぱきぱきと音を立てて少しずつ崩れ落ちていく、彼女の纏う《立藤》の各種装甲にまとわりついている瓦礫の山。そして次の瞬間には右腕と握っている長剣欺斬が自由になり、持ち上げることができるようになる。

「――……か……ら……たち……!」

 ひゅうひゅうと、息も絶え絶えになりながら必死に自身が所持する銃器の名前を叫び、同時に頭の中でそれをイメージする。

 すると、その叫びとイメージに呼応したのか、彼女の右腕にある長剣が光の粒子になったかと思うと、次の瞬間には彼女が歴史の授業で習った、マスケットたる銃器に近しい形をしたライフル銃が姿を表す――《殻断》、その姿である――。

「げほっ……――ッ!!」

 喀血。しかし次の瞬間にはキッと表情を変え、グリップ側面についているセイフティに目線をやり解除すると、網膜投影システムのインターフェイス――正確には投影されている画面の中央にある照準レティクルを見据える。

 春の夕方からすっかり暗くなった夜の寮前。舞弥は、身体状態が安定しないためにガタガタとブレる照準と件の暗い視界に囚われながら、少しでも着弾確率を多くするために必死の対策を試みる。

 そして――

(――今ッッッ!!)

《殻断》のトリガーを引く、まさにその時だった。


『――五阿班、現着した。これより救援活動を開始する。――邪魔だ』







『――五阿班、現着した。これより救援活動を開始する。――邪魔だ』

〈新たなパルス反応を検知……。――簡易識別タグ照合中……完了。航空自衛隊第一機甲装備部隊”五阿班”の可能性が極めて高いと推測します。〉

フレーム内部に搭載されている簡易AIがガルムパルスフレーム固有波の反応を解析すると、予想外な答えが返ってきます。

「……ッ?!」

(五阿……班……救……援……?)

――五阿班。この青防区を始めとした各区市町村を持つ国、日本国を守るものの一つ”守り人”。その中でも屈指の強さを誇る班の名前がこの五阿小隊です。

その救援を知らせる広域回線オープンチャネルを聞くと同時に建物の上から聞こえる、風を切るような特有の音と金属と金属がぶつかる轟音。

(――間違いない、フレームの駆動音だわ……)

そう思った私は眼前にいる”なにか”に圧倒的力の差を覚え、絶望感に苛まれながらもその音に耳を傾けていました。

すると私の眼の前にいる”なにか”が、かしゅっ、かしゅっと、特有の駆動音を響かせながら再び鎚矛を両手で構えます。――が

「?!」

突如として猛烈な勢いで――私から見て左方向に吹き飛ばされる”なにか”。吹き飛ばされる瞬間に何かが着弾したかのような音と、同時に凄まじい火花が散ったので、射撃武器によって吹き飛ばされたと思われます。

(――《灯桐》より出力が高い……!?)

相手を吹き飛ばすことができる、高出力レールカノンであり、かつ私の唯一の遠距離専用武器でもある《灯桐》でもここまで相手を吹き飛ばす圧倒させることはできません。

次の瞬間、私のもとに一機のフレームが舞い降り、こちらを向きます。そのフレームは寮前で気を失っている槇羽先生が纏っているフレームとは似ても似つかない見た目でした。見た目は周囲が暗くてほぼ見えませんが、武士の甲冑の様なフォルムに、両肩部にある三対計6本の突起が特徴的なフレームだということは確認でき、そして右脚の装甲には白い塗料で大きく”74”と数字がペイントされています。

「……」

装着者は男性の方で、肩甲骨まであるロングヘアと意思の強そうな鋭い目つきが特徴的でした。

「あ、あのっ……ぐぅっ……! ――げほっ!!」

慌てて声をかけようとすると、ずきっと腹部から鈍痛が再び走ります。そしてそれと同時に喀血し、バイタルの低下により視界が徐々に狭くなる私。それを見た五阿班の班員さん――だと思います――は

『……フン』

と、興味ないとばかりに鼻を鳴らすと、踵を返し、鎚矛を持っていた”なにか”が吹き飛ばされた方向に向き直ると、スラスターユニットを勢い良く吹かし、その方向へ駆けていきました。

『あっ、ちょっと待ちなさいよ優莉うり!! ……!! ――大丈夫ですか!?』

すると今度は――私から見て――右方向から駆けながら降りてくるもう一機のフレーム。こちらは女性の方で、短めのツインテールが特徴的です。

『あっちでライフル構えてた子もそうだけど、ふたりともバイタルがやばい……。――早くしないと……!』

ツインテールの女性は、私を見るやいなやこちらに駆け寄り、周囲を見渡し、人がいないことを確認すると

『周囲確認ヨシ……。――大丈夫ですよ〜! 急援に来ましたよ〜!!』

「ん……うぅ……」

(駄目……口に力が……)

おまけに口元の血が固まり始め、開きにくい。するとそれを見た彼女は、手早く透明色のものが入った円筒形のものを取り出すと

『ちょっと音しますね〜?』

すぐさま私のところへ駆け寄ると、素早い手付きで私の着ている制服をお腹が見えるラインまでめくり


カシュゥゥゥ……


「……!!」

(――う…………)

聴き慣れない音がお腹のあたりでしたと思った刹那、じわじわと意識が遠くなっていく感覚に襲われます。

そして――







「――ふっ……!」

「――ッ」

同時刻。すっかり暗くなった空に浮かぶいくつもの影。その中でケーテ――本名をケーテ・五阿という――は二度、三度と乾いた金属音を響かせながら眼前の敵と鍔迫り合いを繰り広げていた。彼女は鍔迫り合いで幾度となく火花を散らせながら通信システムを起動すると

『現在、広域通信オープンチャネルで呼びかけている。――こちら航空自衛隊第一機甲装備隊”五阿班”班長のケーテだ。貴君の所属と機体ナンバーを問う。――どこの所属だ?』

『……』

と、広域通信で相手に所属と機体ナンバーを問うが、応答がない。

なおも続く鍔迫り合い。ケーテは鍔迫り合いで生じた衝撃を器用に利用し、そこからスラスターユニットを前方に吹かして間合いを取ると

(見たことのないフレームだな……新型か……? ――いや、新型なら何かしらの情報は開示されるはず……では一体?)

と、相手のフレームを一瞥しながら思惑する。相手のフレームは半透明なので見えづらいが、かすかに見えるシルエットは、彼女の頭に叩き込まれているフレームの知識をもってしても不明な部分が多い。

『こちら藤村! 要救援者三名の応急処置、完了しました! これより搬送を開始します!』

すると、広域通信から指向性音声で聞こえる凛とした声。――同行した衛生班員の藤村の声だ。――どうやら応急処置が完了したらしい。

ケーテは彼女の報告に軽く頷くと同時に左手に持っているブレードを構え直し、眼の前の敵を見据え

『……もう一度問う。貴君らの所属と目的は――』

と、向こう側にいる相手に通信回線で話しかけると、眼前の相手は何事かをつぶやき、踵を返す。すると――



「なっ……」

ケーテはすぐさま周囲を見渡すと同時に各種センサーを確認するが、影も形も見当たらない。そして他の班員や同伴している衛生員である藤村もどうやら自分と同じ状況に陥っているようで、全員が困惑していたり挙動不審になっている。それもそのはずだ。敵が眼前で姿を消したのだから。

『ケーテさん! これは一体!?』

すると彼女の元にウィンドウが表示され、同時に、同伴している衛生員の藤村の声が入る。彼女も自身と同じ心境であることがまるわかりで、ウィンドウに表示された彼女の表情がそれを物語っている。

ケーテは驚愕の表情をなるべく隠しながら

『解らん! まだなにかある可能性もある、総員警戒を怠るな!』

と、張り詰めた口調で応えながら再度周囲を見渡すが、すでに辺りは暗いため視認性が悪化している。ケーテ達は、それまで使用していた視認機能を暗視モードに切り替えつつ各部のスラスターユニットを吹かし、目視による索敵を開始する。

「一体何なんだ……?!」







ブウウウゥゥゥン……

「作戦失敗……か」

「そのようですね、隊長」

転移が完了すると同時に副隊長にかけられる言葉に連動し、そう呟く部隊長。彼は自分がいる横に広い無機質な空間を一瞥すると、五指を巧みに動かし、眼前の壁につけられたカメラに向けてゲート開放のハンドサインを送る。

すると、ガコォオン……という重厚な音とともに眼前に備え付けられたゲートが開放される。

「……」

――その先は、フレーム用の格納庫になっており、そこには彼らが使用しているフレームに似たものが何十機とずらりと格納されている。

「おかえり、

かしょん、かしょんと隊員たちが格納庫に入り、その身を一人一人がそのフルフェイスヘルメットに隠れた容姿を露わにする中、後部にいた《夜桜》に似たなにかを展開している者に話しかける一人の少年がいた。

その少年を一言で言うならば”異質”である。外見の年齢もそうだが、まず目につくのはその服装で、まるで大正時代にタイムスリップしたかのような和装で、掛けているラージラウンドタイプの眼鏡が特徴的だ。

少年は、展開解除中の隊の中をからん、ころんと、履いている下駄を鳴らしながら歩いていき、件のゆず姉――《夜桜》に似たなにかを展開している者――に近づくと


ぎゅっと、展開しているフレームごとハグをした。


「お、おい、莉王りおう!?」

フルフェイスヘルメットの中から発せられるトーンの低い女性の、それでいて戸惑っている声。莉王と呼ばれた少年はその反応に微動だにせず、続けて

「さぁ、行こっ? ねっ?」

と甘えるような声でゆず姉にひしっとしがみつく。件のゆず姉は、あぁ、と了承し

「少し下がっていろ」

と言いながら自身の首に手を添える。すると――


ヴンッ


と、一瞬周囲がと同時にフレームがいくつもの粒子になって霧散し、中の姿が露わになる。

展開が解除されたの出で立ちは一言でいうと”筋肉質”だ。

フレームを動かすために必要な電気信号を効率よく送るために開発されたコンバットスーツの下からでもわかる強靭な肉体。かといってゴツゴツしているというわけではなく、寧ろしなやかな筋肉で構成されており、極限まで絞り落とされた脂肪は、女性の特徴的な胸などにも全くついておらず、それでいてまるで猛禽類か何かのように鋭利な、スレンダーな体型であった。髪型はポニーテールで、フルフェイスヘルメットが外れた直後、ふわっと垂れるテールがその髪の柔らかさを物語っていた。

「ふぅ……」

展開が解除された彼女は一息つくと眼前の少年――莉王を見る。180cmに届くか届かないくらいの長身の彼女と、莉王の身長差はおおよそ15cmほどあるため、彼女が見下ろす視点になる。

「待たせてすまないな……」

彼女が申し訳無さそうにそう言うと莉王は頭を振り

「ううん! 待ってなんかいないよゆず姉!! さ、行こっ!」

「――待て、成瀬」

莉王がゆず姉をその場から連れて行こうとしたその時、彼に呼びかける一人の男性がいた――隊長格の人物だ。彼もまた、他の隊員等と同じようにフレームを格納庫に格納し、その姿を露わにしていた。

彼の容姿は一言で言えば”鋭角的”である。百八十センチはある長身ときつい三白眼、通った鼻筋、そしてその鼻筋を真横に横切る大きな傷痕。さらに件のゆず姉と同系統な体つきも相まって、どこか威厳に満ちた雰囲気を醸し出している。

「――何? 曲利まがと

成瀬と呼ばれた少年――莉王はその隊長格の男性にぎろりと鋭い目を向ける。その目には自身のペースを邪魔された嫌悪の念が込められていた。

曲利と呼ばれた隊長格の男性はまるで微動だにせずに

「まだ隊の招集も掛けていない。その後でなら構わないが、今は駄目だ」

と、彼に対して話しかける。しかし莉王はその端正な顔を嫌悪感でくしゃっと歪め

「ねぇ、誰に対して言ってるの?? 曲利は上司、それも僕に対して物を言うわけ?」

明らかに棘のある言葉遣いで返答する。だが彼――曲利はその言葉にも微動だにせずに

「あぁ、そうだ。 それに今のところお前は、自分の私情で業務を妨害したクソガキだ。――他になにか?」

あっけらかんとした言葉遣いでそう答える曲利。案の定それが癇に障ったのか、眼前の少年は

「ッ! このっ――!!」

「莉王ッッ!!」

と、激昂する刹那、彼の背後から大きい声がかかる――ゆず姉だ。そう思った莉王は自身が振りかぶっていた腕を直し、それまでの感情とは裏腹な穏やかな声で

「ウソウソ、冗談だよ! もう、そんな顔しないでよゆず姉ー!!」

そうなだめると、同時にきっと眼前の人物――曲利を睨みつける。だが曲利はふっと鼻を鳴らすと、何事もなかったかのようにすたすたとその場をあとにする。

「ちっ。――まぁいいや、行こう? ゆず姉?」

「――あぁ」

そう言うと、二人もこつこつ、からんと、それぞれの靴音を鳴らしながら格納庫の出口へと向かっていく。

やがて出口ゲート前につくと、ゆず姉と呼ばれた人物が指紋認証のため五指をかざす。その上部に備え付けられた画面に書かれた名前を見、少年は彼女に気づかれないようにニヤリと笑う。

その画面には”呉石 杠波”と書かれていた――。

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青防の守り人 時雨 莉仔 @yuzuriha0605

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