第四話:強襲

「ちっ……何で俺が怒られなきゃならねーんだっつの」

 男子生徒――生田晴臣いくた はるおみは、寮の手前でうつむきながら悪態をついた。

 彼は、ホールでの一件――桜那や舞弥との騒動の一件で呼び出されたにも関わらず、その呼び出しを文字通り”バックレた”のである。

「大体、口だけで言えばいいものを……――ッ」

 そう言いながら自身の右頬――騒動の最中に舞弥にはたかれた部分をさする晴臣。あれから時間は立っているとはいえ、はたかれた――しかも異性に――経験がこれまでなかった晴臣からしては、時間が立ってもなお癒えないものの一つであった。

「あっ! ! こっちこっち~」

 不意に晴臣に向けて発せられるのんびりとした女性の声と言葉。彼女は晴臣に近寄ると

「聴いたよ〜? ハルくん、隣のクラスの子、それも女の子に酷いこと言ったんだって〜? ダメだよそんなことしたら〜!」

 と、のんびりしながらも厳格な声で言う彼女に

「……うるせーな、夏美」

 と彼女――夏美に向かってそう言い放つ晴臣。

 夏美――本名を相原夏美あいはら なつみという――と晴臣は所謂幼馴染で、その付き合いの長さや仲の良さから、周りから”仲良しカップル”と揶揄されてきた。

 現在は他の学校で言うところの高校生であることや、そもそもクラスが違う―晴臣はA組、夏美はB組―こともありその関係は疎遠にはなっているものの、こうした形でたまに会って話す、所謂腐れ縁の中にとどまっている。

「何よその態度〜! 傷つくなぁ〜……」

「ちっ……で? 今日も一緒に食うために誘いに来たのか?」

「うん! だってどうせハルくん、食べる時1人でしょ?」

「一人って言うなよ……俺にも食べるやつくらい……いる……」

 言葉を濁す晴臣。

 晴臣は、A組の中でも好成績組の中に位置するが、その性格のお陰で夏美を含む数人の友人以外には毛嫌いされているのである。

「大体なんだ? 夏美だって1人じゃないのか?」

「いるよ!? ……いるけど誘ってみたの!!」

「じゃあそっちで食べてこいよ……」

「うっ、それはそうだけど……そうじゃないっていうか……」

「あ”……?」

 もじもじする夏美と、言葉の真意が解らず「?」という文字を浮かべる晴臣。


 しばらくすると

「――? あれ? 何だろ……?」

「は?」

 ふと、晴臣の後ろを見渡す夏美に対し怪訝な顔を浮かべる晴臣。

「んだよ急に……?」

「いやだから、あれ?なんだろって」

「……」

「いや、だから後ろ、何かいない?」

 晴臣は「どうせ鳥か何かだろ」という態度で背後を見やると

 ――

(――ッ!)

 咄嗟に夏美を右手で静止するように庇う晴臣。背後にはやや遠くに街路樹と電灯があるだけで何もないように見える、が。

「――誰だ……?」

 街路樹と伝統がある付近に、巨大なが鎮座している。

 それはフレームのような見た目をしており、右手には長大な物体が握られているように見える。

 ――そう、それはまさしくのような

「――ッ! 伏せろッ!!」

「え、なにッ!? ――きゃあっ!!」

 その”なにか”が近づく気配を察知し夏美共々伏せさせると、刹那、ゴゥッ!と空気を切り裂く音が頭上で鳴り響く。

 ――途端に晴臣の全身から溢れ出る脂汗。だが、悲劇はこれだけでは終わらなかった。

『アルファ1! 何をやっている!! 目標以外に危害を加えることは”やむを得ないとき以外”許可していないぞ!!』

『ちっ、わ〜かりましたよっと』

 先程まで静かだった、アルファ1と言われた”なにか”から怒声のような音が聞こえると同時に、もう片方の手から円筒形の物を投擲、周囲がまばゆい閃光に包まれる。

「――!? くっ!?」

「え、な、何……!? きゃ――」

「――ッ待て!!」

 まばゆい閃光の中、夏美を庇っている手とは反対の手を伸ばし、捕まえようとする晴臣。だがその手はその”なにか”には届かず、ただ空を切るのみだった。

「クソッ!なんだってんだ……!」

 伸ばした手を戻しながら呟く晴臣。

「――何が起こってやがんだ……?」




 ◆




「――!」

 私と舞弥まいやさんは窓の景色を見ると、幾人もの先生達と警備員さん達が寮の外に出ていました。

「――、――!!」

「――い!」

「――は――に。お願い――す」

「――」

(なんて言っているのかしら……?)

 先生達と警備員さん達の話に耳を傾けていると、ヴヴヴ……と手首のウェアラブルデバイスが震えます。

 普段なら短時間で終わるヴヴヴ……というバイブレーション音と振動ですが、今回はやたら長く振動したのでなにか嫌な予感がします。

 恐る恐る内容を確認すると

「”警戒レベル3。寮敷地内上空にて何者かが侵入、生徒及び教員らは厳重な警戒を”って……」

桜那さな……? これって……」

 桜那――私は舞弥さんと目配せすると、状況を確認するために出口――ドアへと向かいます。

 ドアノブに手をかけようとした瞬間


 パリィィィィィィィィン……!


「――!? ぐっ……!」

「――!? な、何……!?」

 後方――正確には窓――から大きな音がしたかと思うと、耐火性の窓ガラスは粉々に砕け散り、無数の破片が当たりに散らばります。


 私と舞弥さんは窓の景色を確認します。そこには

「「――ッ!」」

 少し離れた場所になにかいる。そう思った瞬間に私と舞弥さんはそれぞれのライザー――私は首のチョーカー型のライザー、舞弥さんは左右がチェーンで繋がれたカーフイヤリング型のライザー――に手を添えると、いつでもフレームを展開できるように臨戦態勢で構えます。

 窓ガラスを破った人型の”なにか”はその場に佇み、浮遊したまま動きません。

 割れた窓をよく見ると、耐火性のガラス特有の内部にある格子が横一文字に、まるでのがわかります。

 その人型の”なにか”は半透明なので詳細はわかりませんが、ある特徴的な部分があります。

 それは――

(《夜桜》?)

 人型の”なにか”の背面に大きく広がった背面パーツ、その形が私の所有する専用機である《夜桜》の特徴である蝶の翅のようなパーツにそっくりだったのです。

 それに不可解なのは、他のフレームと違ってキイイィィィィンという、フレーム特有の駆動音がほとんど聞こえないのです。

 私達はじっとその、《夜桜》に似た”なにか”を見つめていると、突然


 ジリリリリリリリリリ!!!

「――!?」

「ぐっ……」

 突然訪れるけたたましい警報音。私と舞弥さんがその音に困惑していると


 キィィィィィィィイイイン……!!


 続けざまに発せられる耳鳴りにも似たフレームの駆動音。よく見ると、半透明になっている人型の”なにか”の後ろから、灰色のシルエットのフレームが物凄い勢いで近づいてきます。

 《夜桜》に似た”なにか”は私達の見つめる視線に気づくと振り返り、長大な、さながら日本刀――というよりを展開、灰色のフレームは”なにか”に向かって近づくと同時に、””から長剣らしきものを抜刀、そして――




 ◆




 ――一連の騒動から十分前。

 双子姉妹はあることで悩んでいた。

「遅いね、舞弥達……」

「うむむ……」

 寮の最下層、一階にある食堂の最奥にいるのは、桜那と舞弥の共通の友人であり、同じく専用機持ちの如月姉妹こと未悠と沙姫だ。

 二人は委員会の仕事が早めに終わり、その後着信で「桜那と合流してから行くから、あれだったら先食べててもいいよ〜」という舞弥のメールを見、部屋には帰らず食堂にて待機している最中であった。

「先食べててもいいよ〜って言ってたけどなぁ……う〜ん……」

「お腹すいた……」

 もうそろそろで部活帰り――俗に言う帰宅早い組の生徒が帰ってくる時間帯である。そうなったら食堂は、過人戦の中生き延びた国民のごとく食料の争奪戦になる。

 双子の姉、未悠は

「まあ、舞弥のこの手の文章は信じてもいいし……沙姫、先に食べてようか」

「……やったぜ」

 と、舞弥達を待たずに食事を取ろうとした次の瞬間、ヴヴヴッと長めに手首のウェアラブルデバイスが震え、少しすると周りから「えっ!?」や「なに……これ」などと声がし、同時に騒がしくなる。

 皆が一斉にデバイスを見た最大の要因は、普段なら短時間で終わるヴヴヴ……というバイブレーション音と振動が、今回はやたら長く振動したために不自然に感じたのである。

 二人は恐る恐る内容を確認すると

「”警戒レベル三。寮敷地内上空にて何者かが侵入、生徒及び教員らは厳重な警戒を”って……どういうこと……?」

「危険な気配……」

 困惑する二人。しかし次の瞬間


 パリィィィィィィィィィン……


 途端に起こる「……何ッ!?」「上から聞こえたぞ!?」などという声。

 未悠と沙姫の二人は反射的に立ち上がり、すぐさま音がした箇所を確認するために外に出る。

 外に出た二人が見た空の光景は、一言で表せば”奇怪”だった。

 なぜなら、春の薄暗い夕方に何体もの――いや、何機か――半透明な人型の”なにか”がまるで隊列を組むように動き回っているのである。

 その姿は半透明かつ遠目なのでほとんど見えないが、全高は六、七メートルはあるだろうか。そして、そんな大きさの人型のものと言ったら一つしかない。そう悟った二人はある名称を口にする。

「「……」」

 口を揃えてそう呟く二人。

 飛行する半透明の人型の”なにか”に気づく人が一人、また一人と増えていく中で二人は、先程音がした寮を下から上に滑らせるようにして眺めると、寮の最下層である食堂から上へ、ちょうど三階の部分に当たる部分にそれはいた。

 こちらは全高はゆうに十メートルはあるだろうか、他のフレームと同じく人型の形をしたそれは、他のフレームとは違い単独でその場――空中に鎮座しており、その背中には――

「……桜那?」

「――えっ? うそっ……」

 ――夜桜にあるはずの蝶の翅。それが半透明の人型の”なにか”にも搭載されている。そして、その”にも気づく二人。

 すると――


 ジリリリリリリリリリ……!!


「「――!!」」

 突如、建物内部から響き渡る警報音。甲高いその音は周りの空気を一瞬にして緊張感でピリつかせるだけではなく、同時に先程の”寮敷地内上空に何者かが侵入”したことを裏付ける、まさしく”証拠”でもあった。

「みゆ姉……」

 不安そうに姉の顔を伺う妹に、未悠は意思に満ちた顔で

「わかってる。今起きてることが、今舞弥達のいるところが一番危険だってことも。でも行かないと! 言って助けてあげないとそれこそ”友達”じゃない」

 と言い放ち、双子の妹である沙姫を横目に、駆け足で桜那達のいる場所に向けて走り出す。

「――桜那」

 一人取り残された沙姫はそう呟くと、後を追うように同じく駆け足でその場を後にした。




 ◆




 ギャリイイィィィィィィン!!


 刹那、あたりに響く金属と金属が衝突する音。同時に、あとから来た風圧――おそらくはソニックブーム――でパリリリリィン!と小気味よく、灰色のシルエットのフレームが進行してきた箇所にある窓が割れ、各々の部屋から悲鳴が上がります。

 その後もギリ……ギリ……と鍔迫り合いをしながら空中で立ち位置を入れ替える両者を見ると、灰色のシルエットのフレームの装着者の正体が判明します。

 それは――

「槇羽先生!?」

 とっさに声を上げたのは他でもない舞弥さん。

 右腕が先程抜刀した剣――よく見るとガンブレードのような感じもする――の納刀と抜刀をするための大型の鞘と、横並びにズラッとストックされた、3に阻まれていたのでわからなかったのですが、見慣れた鋭い切れ長の目元が特徴的な隻腕の女性は、間違いなく槇羽先生です。

 鍔迫り合いをしている灰色のシルエットのフレーム――槇羽先生はくるっと回転し、受け流すような動作で鍔迫り合いを文字通り終わらせると、左肩にあり、ケーブルらしきものが繋がっている、一基の縦長のショルダーシールドユニットを前方に持っていくと、人型の”なにか”に向けて思い切り突き当てます。


 ――盾叩きシールドバッシュ。盾を文字通り鈍器に見立てて使用する、盾を用いた近接戦闘で使用される戦闘法です。


 槇羽先生の盾叩きシールドバッシュで大きくのけぞる人型の”なにか”。ですが次の瞬間には体制を立て直し、槇羽先生のいる場所よりも少し低い高度を維持しながら微動だにしません。

 そんな槇羽先生の大胆な戦法に呆然としていると

「何してる! さっさと退避しろ! バカ者共!!」

 手首のウェアラブルデバイスから発せられる怒号。私は慌てて

「はっ、はい! ――舞弥さん!」

「う、うん!」

 と、困惑している舞弥さんを先導しつつ廊下に出ます。



「舞弥さん、大丈夫ですか……?」

「う、うん……大丈夫……。ちょっと混乱してただけだから……」

「舞弥! それに桜那も! 大丈夫!? 怪我とかしてない?!」

 一階に逃げている最中に未悠さんとばったりエンカウントします。

 おそらく走ってきたのでしょう。はぁはぁと息をつきながら心配そうに訪ねる、泣きぼくろと前下がりかつ重ためのボブカットが特徴的な小柄な彼女は、バタバタと舞弥さんの方に駆け寄っていくと怪我がないか確認し、やがて安堵の声を漏らします。

(あれ……? 沙姫さんは……?)

 安心したのもつかの間。私は、彼女の双子の妹である沙姫さんの姿が見えないことを確認すると、周りを見渡します。

 ここは一階と二階の中間である踊り場の部分。もし一緒についてきたならこんなに時間はかからないはず、そう思った私は

「未悠さん、沙姫さんの姿が見えないんですが……」

 と未悠さんに問いかけます。

 未悠さんはハッとすると

「あれっ? あとからついて来てたのは知ってたんだけどなぁ……? こんな時にどこ行ったんだろ……」

 それまで触れていた舞弥さんの体から手を離し、私と同じくあたりを見渡します。

 私はなにかに気づき、今いる踊り場から一階のフロアを覗き込みます。

 すると


 タッタッタッタッ


 そんな音とともに小柄な、これまた前下がりの重ためのボブと右側に結ってあるサイドテールが特徴的な少女がやってきます――沙姫さんです。

 沙姫さんは私を見

「桜那……無事……良かった」

 と言うと同時に私に向かってくると、柔らかくハグをしてきます。

「――!? みっ、未悠さん!?」

 制服越しの私の胸に深く埋まる小柄な彼女の頭。しばらくすると私の胸の谷間から顔を出し

「怪我はないみたいだね……良かった……((ボソッ……特におっぱい……)」

「えっ?」

 最後のほうが聞き取れませんでしたが、それは彼女の顔が埋もれている私のこの胸のせいでしょう。

「って、こんなことしてる場合じゃない! ――そっちの状況は?」

 パンっと両掌を合わせ、それまでの空気を一新し、ピリついた空気に戻す舞弥さん。

 その言葉に合わせて傍にいた未悠さんが頭を振ります。

「うぅん、わからない。でも空に、見える限りでも十機くらいかな? それくらいはいたと思う……」

「”見える限り”だからもっといてもおかしくはない……でもなんでこの学校を?」

 うーんと唸る舞弥さん。

「なんでだろう……? ――って、あの機体!《夜桜》じゃないの?! 桜那! ――桜那?」

「えっ?」

 不意に振られ素っ頓狂な声を漏らす私。私は振られた言葉に対して

「い、いえ……私じゃありません……。それに呼び出すための《ライザー》ならここにありますし……」

 と、首に装着された黒色のチョーカー――これが私の《ライザー》です――を指さしながらそう答えます。

(でも、機体を譲渡された時に近江このえさんから言われたのよね……)

 近江さん――私の所有する専用機夜桜を開発した、榊技研の開発主任の方に言われた言葉をふと思い出します。

 ”――姉妹がいるのは何もあなただけじゃない”

(あの言葉が《夜桜》にも言えるのならあるいは……)

 私がそう思った刹那――


 ズドオオォォォオオォォォオオオオン……


「「「――ッ!!」」」

「――! うっ……」

 突如として訪れる轟音と踊り場まで届く閃光。同時に1階の方からの声が悲鳴とで一層騒がしくなります。

 同時にのけぞる私。それを見た舞弥さんが近づき、背中を優しくぽんぽんと叩きます。

「……桜那、大丈夫?」

 聴覚の感覚過敏。今はホールの案件で使った薬が効いていたり、とっさに出た反応で行動しているからか落ち着いてはいますが、もし薬を服用していなかったりあともう少し気が緩んでいたらその場でパニックになっていたかもしれません。

「――外でなにかあったみたい……」

 そんな私達を横目に、音の方角――閃光が煌めいた方向を見ながらそう不安そうに呟く沙姫さん。

「行ってみよう!!」

 タッタッタッという小気味の良い音を立てて1階――というより、大きな音がした外に走っていく未悠さん。

「……僕も」

 それに続いて足早に追っていく沙姫さん。

「どうする? 追う?」

 取り残された私と舞弥さん。舞弥さんは私にどうするか訪ねてきます。私は

「――追いましょう」

 と言いながら、舞弥さんに歩幅を合わせながら踊り場を後にしました。




 ◆



[警告、‹unknown›にロックされています。警告――]

「効いてない……か」

 正面に展開したシールドを元の位置に移動しながらそう独りごちた、教師である槇羽――名前は綺更という――は心のなかで感心する。

 桜那たちが逃げた後、寮の三階付近で、桜那と舞弥の自室があるあたりで”二機は対峙していた”。

 先程綺更は、自分より下の高度で距離を取っている人型の”なにか”に対し、鍔迫り合いを繰り広げた後に盾叩きシールドバッシュを食らわせ、怯んだ隙に自身の隻腕部――右腕側にある行動阻害用の槍を装甲に突き立てて押さえつけようとした、

 実際は前述の通り、自分よりやや下で距離を取り、その特徴的な蝶の翅のようなパーツをひらひらと動かして悠然と佇むだけにとどまっている。

(”翅付きはねつき”……《夜桜》の姉妹機か何かか?)

 そう疑問に思いながら、自身の得物――ガンブレードを構え直す綺更。

(戦う意志は感じるが……)

 事実、現在もロックされているという警告メッセージが、自身の網膜投影システムに表示されている。

 すると――

「あれ! 先生じゃない!?」

「かっけー!」

「ねぇ、隣になんか見えない……?」

 ぞろぞろと、まるでうじのごとく1階の食堂から沢山の生徒が出てくる。

 一人は驚き、一人はスマートフォン片手に写真を撮り、またあるものは異変に気づきたじろぐ。彼女は

(ここにもいたか……!)

「バカ者共!警報を聞かなかったのか!さっさと退避し――」

 そんな、自分たちの教え子たちに向けて怒号を浴びせる。しかし


「――ぐッ!!」


 突如として訪れる衝撃。同時に四肢がもげそうな感覚に襲われ、下方向に吹き飛ばされる。

 綺更はその衝撃に抗いつつ”翅付き”の方を向くと、上段に上げた右脚部を静かにもとに戻す姿があった。――重い蹴りを食らったのである。

(……速いッ!)

「――! 機体制御が……マズい……!」

 このままでは下にいる生徒にぶつかる。そうなったら生徒はただではすまないだろう。そう思った彼女は反動を殺すために、背中と脚部裏のスラスターユニットを吹かそうと思ったが、そうしたとしても生徒に被害が出る。

 八方塞がりの中、彼女は脚部――正確には、生徒のいない地面に背中から激突した。


 ズドオオォォォオオォォォオオオオン……


「――かはッ……!」

 途端に身体中に響く衝撃と当たりから起こる悲鳴。正確には地面を軽くえぐりながら後ろにある壁に激突し、それまで身体中に溜め込んでいた空気が衝撃で全て吐き出される。

 案の定というべきか、《ライフセービングシステム》が働いたので外傷はないが衝撃がみしみしと身体中に伝わるのが解る――《ライフセービングシステム》は衝撃までは完全には吸収してはくれないのだ――。

 土煙とが入り混じった重い煙の中で、隻腕の灰色のフレームの装着者は

(バカ者共が……)

「何を……やってる……。早く……退避を……!」

 と、なおも身体中に響いている衝撃の痛みに耐えながら、綺更は食堂から出てきている生徒に対して退避を呼びかける。

 その声を聞きまばらに逃げ出す生徒たち。だが全体の3割だろうか、残っている生徒はその場から動けずにいた――否、動こうとしないものもいた。

 腰が抜けて立ち上がれない者、変わらずスマートフォン片手に撮影をしている者などが、彼女の呼びかけに応じない――応じても体が動かない者もいるが――者の詳細だ。

[警告!‹unknown›が接近!回避を提案します!警告――]

 刹那、ビーッビーッ!と発せられる警告音。綺更は重い頭を上げると、そこには未だ半透明の”翅付き”の姿があった。

 ”翅付き”は、距離計測システムで測った所によると一メートルという、まさに肉薄という言葉がふさわしい距離で悠然と佇んでいた。

 ”翅付き”は右手に握られた、長大かつ細長い、さながら太刀のような武装を正眼に構え、まるで介錯人のように冷ややかに振り下ろす。

(くッ……!《プロテクター》……!)

 心のなかでそう呟くと同時に、”翅付き”の振り下ろした太刀に対抗するように展開される、灰色のハニカム模様の膜。

 その防御用の膜は振り下ろされた太刀の前に立ちはだかり使用者を守


「――な……に……」

 この時の綺更は軽い脳震盪のうしんとうを起こしていたため、正確には防御するために必要な《プロテクター》の展開位置が

 しかしこの時の彼女からしてみれば《プロテクター》を自体であり、全くの想定外の事態なのである。

 綺更に振り下ろされた刃はその後 《プロテクター》の内側に自動的に広がる膜――《ライフセービングシステム》に当たり、そして――


「”《夜桜》”を使います!! 皆さん離れてください!!」


 ――ガキイイィィィィィィン……!!!


「なっ……」

 刹那、食堂側から飛んでくる砲弾と轟音。それによって横に弾き飛ばされる眼前の半透明の人型の機体。

 次の瞬間には自身のフレームを介して回線が開かれ

「あ……当たった……」

「先生! ――大丈夫ですか!?」

 ウィンドウに現れた、黒髪で大人びた雰囲気の儚げな声の少女は、バチッバチッと黒色の電を発しながら砲口から白煙を上げる、大型の黒い電磁投射砲レールキャノンを構え、これまた黒い装甲と、背中の蝶の翅のようなパーツを搭載したフレームを展開したまま意外そうに呟き、それを背景に金髪碧眼の、明るくころころとした声の少女はその端正な顔を切羽詰まった表情に変え、心配そうにこちらに問いかけてくる。


 ――救援バカ者共が来たのだ。


「お前……ら……校……内での展開は……禁……止……だぞ……」

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