第三話:作戦開始


「……」

「……」

「……何……この空気……」

「……いたたまれない……空気」

 親友の舞弥まいやさんからの告白から少し経って、食堂で各々食事――昼食――をとっている最中、私と舞弥さんは無言でお互いの顔を見ずに食事をしていました。

 ――否、見れるはずがありません。お互いの顔を見てしまうと先程の事が思い出されて顔があげられないのです。

「……ねぇ……桜那さな? ……桜那ったら!!」

「はっ、はい!」

 上ずった声で反応する私。声の主――未悠みゆうさんは不思議そうに首を傾げながら

「ねぇ、どうしたの二人共……?なんか”ヘン”だよ……?」

「いたたまれませんねぇ……」

 と、双子の妹の沙姫さきさんも不思議そうに言葉を続けます。

「舞弥もホラ、なんか言ってよ〜!」

「――え? ……んー」

 舞弥さんも心ここにあらずといった具合で曖昧な返事をします。

 ――いや、それよりも

(あの時、なんて答えればよかったのでしょうか……)

 結局あの後、答えを出せすにチャイムが鳴り、今に至ります。

(あの時もし「はい」と言っていたら……)

「はい」と言う――即ち交際が始まり、同時に同好罪と常に背中合わせの生活をしなくてはならないことを考えると、「はい」と言わないという選択肢を選ぶのが得策かもしれません。――でも

(そうしたら舞弥さんに……)

 ――嫌われる。とまではいかなくても一緒に居づらくなるのは確実です。そうしたら

(今のこの生活には戻れないかもしれない……)

「桜那?もうスープないのに何やってるの……?」

「――はっ」

 横からの声――未悠さんの声が聞こえ、はっと気づいたときにはそれまで食べていた昼食、その中の

「もう……! 二人共”ヘン”だよー!」

「何かがおかしいですねぇ……」

 そう疑問有りげに――というより、疑問しかなさげに呟く双子姉妹。

「え、えっと……」

 私はそんな二人――主に沙姫さんの疑問の中にある、内側を探るような発言に一瞬どぎまぎしながらも、

 ――そう、見てしまったのです。

(あっ……)

 と思ったときには遅く、舞弥さんは私の方を見――

 ――眼が逢いました。

「――ッ」

 舞弥さんの怜悧なアイラインの中の瞳はうっすらとおり、その碧色の瞳の色も相まって、まるでエメラルドのようでした。

(……ッ)

 ふと思い出す先程の自室での出来事。きつくハグをしてきた彼女の眼は、いつになく透き通っていて、それでいて覚悟に満ちていて――

「――あっ! ていうかもうすぐ時間じゃん!! ヤバッ! ――ってホラッ沙姫、おかわり貰おうとしてないで早く用意するっ!」

「……むぅ……名残惜しい……時間……」

(――あっそうだ時間!)

 双子姉妹――未悠さんと沙姫さんの声に反応して時計を見やると、昼食の終了を指す時刻に差し迫っていました。

 幸い、自分の昼食は考えごとをしながら食べていたらしく、既に完食していました。――舞弥さんの昼食も同じように完食しています。

「ま、舞弥さん……?」

 私は「片付けて教室に戻りましょう」という意味合いを含めておそるおそる彼女に話しかけます。――すると

「――え? ……あぁ! 時間ね!! 行かないとねっ! ね! 桜那!?」

 と、まるでそれまでの沈黙を破るかのように答え、早々に教室に向かう支度――食器類を片付ける動作――をします。

「えっ、あっ……!」

 彼女の、私も続きます。

「ちょっ、二人とも急すぎッ!待ってってば!」

「……」




 ◆




「であるので、フレームの基本は――」

 昼食の後、無事時間通りに教室に到着した私達は、しばしの休息を経て受業を受けていました。

 教壇には名瀬先生が立っており、その傍らには槇羽先生が脚を組んで椅子に座っています。

 フレームの基本を知るための受業――正確には「フレーム基礎 II」という――を受けている私達生徒は、その多い単語を1つでも多く覚えるために皆さん集中して取り組んでいます。

 ――どれだけ多いかというと……

「は~い、じゃあこの 《ガルムドライブ》についておさらいね〜?《ガルムドライブ》は私達の使用する《フレーム》に搭載されている動力機関の正式名称で、《ガルムドライブ》は私達がはるか三百年前、”黄金時代”と呼ばれる時代に起こした戦争、通称”過人戦”の始まり――つまり発端になった動力機関のことね〜」

 ――という感じです。

 名瀬先生は続けて

「”過人戦”は、”黄金時代”に大気中で発見された万能資源 《エーテル》と、それを使用しエネルギーに変換できる装置 《ガルムドライブ》を巡る国家間で起きた戦争のことで、《ガルムドライブ》は小型かつ従来の動力よりも効率よく機械等を動かすことが出来る動力機関で、また有害物質をほとんど排出しない画期的な物であり、《エーテル》は――」

「――あぁ、そこから先は私から解説しよう。名瀬先生は図式を」

 ――低いトーンの声。声の主――槇羽先生はそれまで組んでいた脚を直しながら名瀬先生の言葉を静止し、続けて

「《エーテル》――今この場、大気中に溢れている粒子のことだな。肉眼では見えはしないが、特殊な機械を使うか””ものだ」

 と、それまでいた椅子から立ち上がり、名瀬先生がいる教壇に移動すると

「そしてこの《ガルムドライブ》で変換し生まれた《エーテル》産の電気の特徴は? 呉石、答えてみろ」

(え、私……!?)

「――あっ、はい! 従来の動力機関で得られる電気とは違い無色透明ではなく、黒色なのが特徴です……っ!」

 慌ただしく答えた私を横目に、槇羽先生は頷き

「そうだ。原因は不明だが、《エーテル》を原料として生まれた電気の色は。そのため視認性が高く、またすぐに従来の動力機関で得た電力なのかそうでないのかが判断できるな。

 ――では趣旨を変えて、《ガルムドライブ》をはじめ、汎用機体や所謂専用機の装甲にはある特殊な金属が用いられている。それとは何だ? 今度は……そうだな……結城ゆうき、答えてみろ……結城?」

(ま……舞弥さん?)

「おい、結城。はぁ……――結城舞弥ッッ!!!」

「――へっ!? あっ、はぃっ!!」

 途端に起こる「結城珍しいな……」や「舞弥居眠り……?」などの声。普段真面目な舞弥さんだからこそ言われる所以です。

 ――というより……

(絶対私のせいだわ……)

 考えすぎかもしれませんが、おそらく昼食前の出来事――告白のことを考えていたのでしょう。頬は若干上気し、ほんのり桜色になっています。

 舞弥さんは素っ頓狂な声を上げると、慌てて

「え、えっと……! 《ガルムドライブ》や専用機の装甲には《エーテリオン鉱石》という鉱石、及び金属が用いられていますっ!」

「――続きは?」

「あっ……えっと、これと複数の金属を絶妙な配合量で調合・錬成することにより《ガルムドライブ》と《フレーム》の素体のは完成し、そしてこれらを使ってパーツを製造し、組み立てていくことで《ガルムドライブ》と《フレームの素体》が完成します!

 この鉱石は名前の通り、”エーテルに様々な反応をする”性質を持った金属であって、その反応性を利用して上記のような機器類や装備が作られたりしていますっ!

 また日本はこの《エーテリオン鉱石》の主な産出国であり、各国に輸出などをすることで経済を回している部分もある国で――」

「おっと、そこまででいい。――よく覚えていたな」

「あ、ありがとうございますっ!!」

 称賛される舞弥さんの顔は嬉しそうな表情でしたが、すぐに今までの複雑な表情に戻っていきました。

 槇羽先生は続けて

「《エーテリオン鉱石》の生産量はこの国――日本が最も多い生産量を誇っている。またこの資源を巡って各国が争いを繰り返しているのも現状だ。この国も、最も多い生産量を誇るだけあって、いつその争奪戦に加わるかわからない。そのためにも――」

「――そのためにも、私達が貴方達生徒を……この国のとしての担い手を受け継がせるためにも、教育し続けなければなりません。でしょ?槇羽先生?」

 槇羽先生の後方からの声――名瀬先生が「おい」と言う槇羽先生を横目に、黒板に図式を書きながらそう話します。

「――あぁ、だがこの国の少子高齢社会の現状を踏まえると、その守り人は常に……いや徐々に不足していっているのが現状だ。そのため、お前たちのような若い人材はとても貴重で、採用され次第即戦闘力もとい防衛力になる。

 ――頑張るんだな」

 槇羽先生はそう言うと「よし……」っと気を引き締め

「さて、話が脱線したな……本題の復習に移るぞ。――名瀬先生、図式は」

「は〜い。今書き終えたからちょうどよかったわ」

 槇羽先生はそれまで図式を書いていた手を止め、黒板の傍らに移動すると、「おぉ!」という歓声が上がります。

 ――そこには、白く塗られた練習機の絵が描かれていました。白く塗られていると言ってもところどころ塗りムラがあり、それがかえってクオリティを増幅させているように見えました。

「相変わらず図式が上手い。いつも助かる」

「そんなことないですよぉ。――ただ人より少し器用なだけですからぁ」

 謙遜する名瀬先生。照れくさそうにもじもじする名瀬先生を見て、生徒――特に男子生徒から「可愛い」と声が上がります。

 槇羽先生は「ゴホン!」とわざとらしく咳払いをし、周りを静止させると

「いいか、この訓練機……一年時に習ったであろう”責誠せきせい”の図式を使って説明するが――」

 ――責誠。数多あるフレームの中でも数少ない純国産のフレームの1つで、近未来的な武者鎧のような見た目が特徴的です。

 槇羽先生は図を指しながら、続けて

「まず、フレームの基本展開の構造だが、このように身体の一部を覆い、守るための、腕部・脚部・肩部・腰部・背部と言った装甲パーツがある。これらは装着者の各種身体をサポートするのと同時に、《プロテクター》が失われた際や、《プロテクター》が反応しなかった場合等に装着者を守るものだ。……そこで問題だ。装甲パーツの中で現状存在しない胴部装甲、それの代わりになるシステムは何だ? ――藤木戸、答えてみろ」

「はい! 胴部には装甲のかわりに《ライフセービングシステム》が備わっています! 《ライフセービングシステム》は胴部装甲による下方向の視界の阻害を避けることができ、また装甲パーツよりも遥かに効率よく防御することが可能なシステムです!」

「――デメリットは?」

「え、えっと……」

 起立した生徒――藤木戸さんは自信ありげにそう答えますが、続けざまに発せられた言葉にどもってしまいます。

「――なんだ? ぞ? 解らないなら見れば良い」

「え? あっ! はい! ――えっと、”効率よく防御できる反面、装甲パーツと同じく防御されず、また開発コストと技術的な問題の関係上、胴部を守るためのフィールドを発生させる装置しか開発できない”……ですっ!」

 その答えに槇羽先生はコクリと頷き

「そうだ。――それに加えて、ことだ。

 例えば――」

 するとキンコーンと聴き慣れたチャイム音とともに受業が終了します。

「――では次の時間に続きを行うからな。 なるべく五分……いや二分前には着席しておけ」

 そう言うと同時に手に持っている端末を操作する槇羽先生。この学校、国立青防第一特別養成学校では慢性的な――特殊な教員免許が必要な為によるものなのか――教員不足のため、ほぼ全ての教科を担任及び副担任が担当するという異例の体制を取っています。

 幸いというべきか、テキスト類は一部を除いてすべてデータ化されており、従来の教育現場にはあったとされる”職員室戻り”がほとんどなくなっているのでその点は見ていて安心します。

「舞弥〜さっきの珍しいじゃん〜?何?考え事?――舞弥?」

「……え?あ、うん」

「ちょ……舞弥……眼、怖いって……」

「――うん? あ! ごめんね……?」

 ふと隣から聴こえる舞弥さんとその友人さんとの会話。――どうやら先程の舞弥さんの態度が気になって話しに来たようです。

(私のせい……)

 教師――槇羽先生に指名される前から上気していた頬。私に告白した時の事以外の事を考えていたかもしれませんが、それでもあの時の事を考えていたという可能性は無きにしも非ずです。

 私がそんなことを思っていると

「――ねぇ、桜那ちゃんもそう思わない?」

「え……?」

 隣からの声。その声が自分に向けられた言葉と解るや否や、訪ねてきた人物――舞弥さんの友人さんの方を向きます。

「あ、だからね? ”舞弥がさっきの授業を集中してできなかったのはズバリ、好きな人ができたこと”じゃないかなって!」

「――ッ」

 悪意のないど真ん中な発言。私は瞬時に顔が赤くなります。

 舞弥さんを見るとうつむき加減になっており、頬を見ると私と同じく桜色に上気していました。

「ねぇねぇどうなの?――おっとその反応、なにか知ってるんでしょ桜那ちゃんさぁ〜?」

「わ、わた、私は……」

「?」

(あぅ……えっと……)

「……いるよ、好きな人」

(ま、舞弥さん……!?)

 私が友人さんの探るような発言に混乱していると、舞弥さんが切羽詰まった表情と言動をします。

「でも、まだ教えてあげられないかな〜?ふふっ」

 しかし次の瞬間には、それまで切羽詰まっていた顔はいつものに。声も心なしか明るくなっていました。

 友人さんはおかしげに

「え〜?なにそれ〜? ――っと、マズい……。舞弥、またね〜!」

 とくすくす笑っていると受業開始のチャイム音が鳴り、瞬時に自席に戻っていきます。 

「さあ、受業を始めるぞ。教科書は――」




 ◆




「――呉石。話、いいか?」

「え? ――ッ!」

 放課後、私が気まずそうに、そしていつものように舞弥さんの帰り支度を待っていると、そこには見慣れた、シャープな雰囲気の女性教師――槇羽先生が腕を組んで立っていました。

(私、何かしたかしら……――あっ)

 告白された事より前、ホール内で起きた出来事を私は思い出します。

(あの時の話かしら……)

 今は薬の影響で落ち着いてはいますが、とても心地よいものとは言えません。

「先生……」

「明日でも大丈夫ですか?」と続けて言おうとする私を遮るように、槇羽先生は

「――あぁいや、”少し”……な?」

 ”少し”。私と槇羽先生の間で交わされる。私はハッとし、やがてコクリと頷くと、槇羽先生と一緒に教室を出ます。

 教室を出る直前、槇羽先生は振り返ると

「あぁそれと結城。あの件、ホールの件については名瀬先生が見てくれるそうだ。今日は帰りが遅くなることを覚悟しておけ。」

「え、解りました……」

 うなだれる舞弥さん。反論しようとしても相手は槇羽先生。とても太刀打ちできません。

「舞弥さん……そういうことなので私はお先に……すみません」

「あぁいいよ別に! ”アレ”でしょ? ――なら仕方ないし、大丈夫だよ!」

 罪悪感にさいなまれる私と了承してくれる彼女。因みに舞弥さんが言う”アレ”と、私と槇羽先生の間で交わされる”少し”は同じ意味合いのものです。




 廊下に出ると、そこには文字通り帰宅する人や、委員会活動の為教室を移動する人などの行き交う人でいっぱいでした。

 その中を通る私と槇羽先生。”槇羽先生が放つ威圧感”を感じ取った生徒たちは、一目散にそれぞれの場所に向かいます。




 そして

「……やはりここなら空いているな」

 と、私達が行き来する廊下、その奥にある空き教室の前に来ると傍らにあるパスキー差し込み口にパスをあてがいスライド。ピピッと音がなると同時にスライドドアが開きます。

「よし、前回からいじられてないな……」

 そこには、生徒が勉強するための机や椅子類がずらりと揃えられており、その中央には、まるで三者面談をするときに準備する形のように椅子や机が鎮座していました。

「今回は佳代――名瀬先生が先程のホールの件でいないがやるぞ」

「……解りました」

 ホールの件――おそらく舞弥さんとあの男子生徒は呼び出され、指導を受けているでしょう。この時間でもその件には触れられる可能性もあります。

 ドアが閉まりその後ロックを掛けると、私達はその準備されたかのような机類の方へ向かい、カタンっと座っていきます。

「――さて、定期的な”簡易カウンセリング”の時間だ」

 ”少し”、それは槇羽先生と名瀬先生を交えて行う”簡易カウンセリング”のことです。

 槇羽先生は自衛隊を退役した後に、心理カウンセラーの資格を取得しています。

 通常の学校なら外部からカウンセラーを雇うのですが、この特別養成学校はフレームの――極秘情報まではいきませんが――情報を扱う一施設でもあるので槇羽先生のような、”特殊な経歴を持った、学校内部の人間で且つカウンセラーの資格を持つ者”が担当することになっています。

(お陰で少なすぎるから大変だと言っていたわね……)

 このように極端に限定的にしてしまったお陰で、校内のカウンセラーがいない特別養成学校もあるそうなのです。

 ――話を戻しますと今日は、忘れていた定期カウンセリングの日。眼の前に座っている、シャープ且つ何処か厳格な雰囲気をまとった槇羽先生が、私を担当してくださっているカウンセラーさんです。

「専用機の譲渡からまる一年経ったが……”夜桜”の調子はどうだ?」

 不意に私の専用機――夜桜の話題を持ちかけられます。私は

「え、えぇ。今のところは一応大丈夫ですけど……」

「と言うと、何か思う所があるということか?――無理にとは言わないが言ってみるといい」

「あっ……えっと……。気のせいかもしれないですが、《プロテクター》がもろい気がしてですね……ですけどそれ以外は問題ないかなと思います……」

「ふむ……《プロテクター》がもろい、か……。――解った、では時間のある日に榊技研に行って調整してもらおう。その時は私か名瀬先生が同行することにするよ」

「あ、ありがとうございますっ!よろしくお願いしますっ」

 などの閑話休題を経て本題へ

「――さて本題だが……」




 ◆




 きゅきゅっ、しゃああああぁぁぁぁ……。

 シャワーノズルからお湯が噴き出す。やや熱めのそれは肌に沿って流れ、やがて下にあるフィルターの付いた排水口に流れていく。

 ここ――自室、そのシャワールームに入る前、舞弥はホールでの一件での事情聴取の為、A組のくだんの男子生徒と教師である佳代とともに教室に残り、話を聞く……はずだった。

 はずだった、というのは実際には事情聴取はされていないからだ。何故なら、その件の男子生徒が文字通り”バックレた”からである。

 結果、事情聴取は取りやめになり今に至る。

 そして今、彼女――舞弥は、自身とルームメイトである桜那と共同で使っている自室に備え付けられたシャワールームにて、物思いにふけっていた。

「痣……消えてくれないなぁ……」

 痣。彼女の均整の取れた筋肉質なボディラインに斑点のように現れているそれは、過去――幼少期から小学校高学年までの生々しい経験によるものだ。

 舞弥は幼少期から小学校高学年までの間、厳しい家庭環境の中育てられた。家族関係――特に父親とは壊滅的で、日常的に肉体的・精神的に暴力を受けてきた。

 ――そんな、過酷な環境になった最大の原因は”家系”にある。

 舞弥の姓”結城”はであり、本当の姓を含めた本名は”羽柴 舞弥”という。

 ”羽柴家”は先祖代々続く軍・自衛隊関係の名家であり、中でも”ハイセンス”という、として産まれた……はずだった。

 ”ハイセンス”と呼ばれる特別な人類にはある特徴がある。

「――忘れてた、カラコン取らないと……っと」

 眼に着用された特殊なカラコン――カラーコンタクトレンズを慎重に取りケースに入れる舞弥。そのカラコンの先には

「ふぅ……。いつやってもヒヤヒヤするなぁ……カラコン取るの……」

 ――桜色の瞳。本来、”ハイセンス”なら朱色に染まるはずの瞳は、まるでその才能が染まっている。

 この中途半端に開花した才能が要因で父親から”再教育”という名目で暴力を受けてきた。

「言っちゃったなぁ……”一緒にいさせて”って……」

 桜色の瞳を泳がせながらそう呟く舞弥。

 ――昼前、一連の騒動が終わった後に自身が放った言葉を思い出す

 あの言葉はホールでの一件から少し経って、後から自室に戻ってきた桜那を抱き留め、自身のベッドに誘い介抱をした際に咄嗟に出たモノだ。

 舞弥は、シャワールームの壁に手をつきながら自身の放った言葉について考える。

「何であの場で言っちゃったんだろ……私……」

 本来なら慰める言葉をかけるべき場であろう時に告白をしてしまった。そして現在、一年という期間で作り上げた二人だけのありとあらゆる思い出に僅か――否、そうであってほしい――だが亀裂が生じてしまっている。

 ふと、「桜那が弱っている時に言えば、承諾がもらえるかもしれないと思ったのかもしれない」という卑屈な考えが浮かぶ。

「もしそうなら私って最低だな……」

 ふっと笑みを浮かべる舞弥。その顔は卑屈と罪の意識に満ちており、普段笑う時に現れるやんちゃな笑みではなく、苦虫を噛み潰したようなくしゃっとした笑みを浮かべていた。

「桜那のことは好きだけど、こんな風になるとは思ってなかったよ……」




 ◆




「これでカウンセリングは終了だ。――疲れたか?」

「いえ、大丈夫です……」

「ふっ……ならいい」

 開始から四十分後、何事もなくカウンセリングを終了した私は、槇羽先生と話しながら帰りの身支度をしていました。

「では私はこれで。机は戻しますか……?」

「いや、机は戻さなくていい。また今度使うときに面倒だからな……。あと椅子も同様だ……戻さなくていい」

「解りました」

 机を戻そうとする私を静止する槇羽先生。そのセリフが嘘ではないというような素振りで続けます。

 ふと、スマートフォンを見ると新着情報が数件、内容は推しているアーティストの情報とニュース情報。内容は

「”未確認のフレーム、沖縄諸島連合にて確認される。追跡行うも消息断つ”……」

 ――沖縄諸島連合。かつてこの国の領土の一部として存在していたとされる沖縄県と、その周辺の島とが合わさってできた連合国で且つ、東アジアの絶妙なパワーバランスの中に生まれた国で、所属する軍組織「沖縄連合軍」は世界でも屈指の訓練の厳しさを誇る軍のひとつとして知られています。

「槇羽先生……これって……」

「――まぁ、。それに、沖縄の奴らから逃れることが出来るとすれば、相当の手練れだ。――距離は近い……念のため用心しておけ」

「……解りました」

 すると、ピコンっと小気味のいい音がスマートフォンから発せられ、その音の根源たるSNSアプリの中身――内容をポップアップで確認すると


[桜那〜

 ”例のヤツ”遅くなるのかな?遅くなるのなら先に沙姫とかと一緒に食堂行っちゃうけど?

 ps:シャワーは浴びてあるから、帰ってきたらゆっくり使っていいよ!

 〜舞弥より〜]


 といつもの調子でメールの主――舞弥さんから通知が来ていました。

「結城か?」

「えっ?」

 そう訪ねてきた槇羽先生に、私は疑問符で答えます。

 先生は続けて

「……だろうな。顔が緩んでいたぞ?」

「――ッ!?」

 とオブラートに包まず伝える槇羽先生。私は思わず頬はおろか下手をすれば顔中が赤くなっているような、そんな感覚を覚えます。

「あっ……そ、そんなことは……」

「そうか?私から見たらかなり緩んでいたがな――まぁいい、その仲……大事にしておけ」

 言うと先生は途端に何かを思い出し、悲しそうな顔をします。

(……?)

 私がそんな槇羽先生を見て疑問に思っていると、ヴーッ、ヴーッっとバイブ音がし、それ――教員用スマートフォンをスラックスのポケットから取り出し、通知を見た先生は

「――おっと、すまないが談笑はここまでのようだ。急用が入ってしまってな。詳しい話は次回のカウンセリングで話すことにしよう」

 と、早口で話します。

「急用……ですか?」

「あぁ。そういうわけだから話は一旦終わりにして、それぞれの持ち場に戻るぞ。因みに予定はおって伝える。いいな?」

「――解りました。大丈夫です」

「……ならいい。――よし、それでは解散だ。道中気をつけてな?」

「はい」

 私はそう言うと同時にスマートフォンを立ち上げ、舞弥さんに返信します。


[舞弥さんへ。

 今終わったのでこれから寮に帰ります。

 食堂の件は、一人で食べるので大丈夫です。]


 と、ここまで打った時点で私はふと、”ホールでの一件の事情聴取”が気になり、文に加えます


[舞弥さんへ。

 今終わったのでこれから寮に帰ります。

 食堂の件は、一人で食べるので大丈夫です。それとホールの件はどうなりましたか?帰ったら教えてほしいです]


「これで送信……っと」

 フリック入力を手慣れた動きでし終えてから送信ボタンをタッチし、メールを送信する私。

「ふぅ……よし。――先生……先生? あれ?」

 送信が完了したのを確認し、あたりを見渡しますが肝心の槇羽先生が見当たりません。

(先に出ていったのかしら……?)

「おい、呉石。出ていかないなら鍵、閉めるぞ?」

「――!? えっ、あっ、はい! 少々お待ちを……!」

 いつの間に移動したのか、槇羽先生は教室の出口の前に立っていました。

 私は帰りの支度と荷物の最終チェックを済ませ、慌てて教室を出ていきました。




 ◆




 ――同時刻。日本国、青防市。高度二千メートル上空にて。

 そのフレームは異質だった。黒ずくめの、さながら忍者のようなボディースーツに、背中から生えた、さながら小さい竜の翼のようなスラスターユニットを持ったフレームに身を包んだ彼らは今、で周りの景色と同化し、春のまだ暗い夕方――もうすぐ夜だが――に幾つもの偃月えんげつ陣の編隊を組みながら見事に溶け込んでいる。

〈「目的地到達。ステルスはそのまま限界まで維持。作戦開始後、タイムリミット経過と同時に離脱する」〉

 渋い、男性の通信音声。よく見るとその機体達の――人間で言うところの――尾骨部分からケーブルが伸びており、そのケーブルが編隊を維持させるかのように、まるで数珠繫ぎのようにフレーム間を繋いでいる。

〈「しっかし、タイムリミットが最大九十分だなんて、短すぎませんかね?」〉

 突然、陣形中央の男のフレームのもとに開かれる回線。その回線の主――若い声の人物は半ば食い気味に訪ねる。

 陣形中央の男は、その渋い声で

〈「当然だ。相手の懐に飛び込むのだからな……そんな場所で長時間戦ってみろ、文字通り袋の鼠だ。」〉

 すると

〈「……ちえっ」〉

 と、作戦時間に不満を漏らす、編隊の右端で陣形を支えている若い声の人物と、陣形中央で悪態に対して返答する渋い声の人物。

 ――そして、その編隊の最も後方に、はいた。

 様子としては他の機体達と同じ半透明な見た目なのだが、

 外見は半透明のためほぼ判別できないが、フレームを含めた体高が、平均的なサイズである五メートルよりもおおよそ二倍程大きいことと、脚部の装甲兼スラスターユニットの見た目がシャープな見た目なこと、そして他の機体達とは違い、頭部がシャープな装甲に包まれたフルフェイス型なのは確認できる。

 そして、彼女の背中には他の機体達とは異なるものがあった。

 ――それは、である。

 前翅まえばねは大きく、後翅うしろばねに相当する部分は極端に小さい、まさに蝶の羽の代名詞とも言える外見を模した推進機関はまるで生物のように、背中でゆらゆらと揺れている。

 渋い声の人物は再度通信回線を開くと彼女に

〈「“白蝶はくちょう”、同調率が下がっているぞ。それに心拍数も上昇している……緊張しているのか?」〉

 と、冷淡な口調で問う。

 ”白蝶”と呼ばれた彼女は、開かれたウィンドウに向けて首を横に振り

〈「――いいえ、作戦行動上に問題はありません。」〉

〈「そうか……ならいいが」〉

 と答える。渋い声の人物は、開いている回線の範囲を全体に切り替えると

〈「いいか、今回の作戦時間は最大で九十分だ。相手はと訓練機を扱うことが出来る学生、教員の3種類。特に前者の試作機を持った学生と教員には注意しろ。そして目的は当初の目的と同じ””だ。返事コールは?」〉

〈「「「了解」」」〉

 通達と同時にサインを出す、半透明の異質な忍者達。




 ――悪夢が、始まろうとしていた。




 ◆




「……」

「……」

(え、えっと……)

 寮の自室に戻るためにドアをノックすると、ガチャッとドアが開き、舞弥さんが中から出てきます。

 ――舞弥さんは気まずいような趣で、ドアを開けた姿勢で硬直しています。

(と、とりあえず……!)

「た、ただいま……戻りました……。ま、舞弥さん……」

「お、おかえり……。とりあえず入んなよ……」

 のそっと、私は重い足取りで中に入ります。



「……」

「……」

 ――沈黙。

 元々、舞弥さんから話しかけてくることが多い関係なので、この沈黙は結構こたえます。

「……」

「……」

「……」

「……あの、舞弥さん……?」

「……ごめんね……」

「え……?」

 この沈黙の中、開口一番に舞弥さんが口にしたのは、何の変哲もない、謝罪の言葉。

 私は

(私が返事をすぐ出さなかったから……)

 と自分を卑下します。

 舞弥さんはそんな私の表情を見て

「……桜那のせいじゃないよ……他でもない私のせい。――だからって「この話は無しにしてくれ」とは言わない。けど……けどね? ってことは知ってほしいの……」

「舞弥さん……」

「だからね……そんなに自分を責めないで、もっと自分をいたわって? ――すぐには難しいと思うけど、私も頑張るからさ?」

「舞弥さ――あっ」

 嗅ぎ慣れた金木犀の香りが至近距離でしたかと思うと、私は文字通り”ハグをされました”。

 ――一概にハグと言ってもそうではなく、どちらかと言えば”抱擁”という単語がふさわしく見える、そんなハグでした。

「――ッ。……ん……」

 私は最初驚きますが、やがて舞弥さんを抱き返します。




 しばらくして

「……舞弥さん」

「ん……?あっ……ごめんごめん! ……痛かった?」

 ”抱擁”を解く舞弥さん。私もそれにならって、抱き返した腕をほどきます。

「いえ、そんなことじゃ……」

「……あ、てかアレだね!? 早くしないと学食無くなっちゃうかもね!? ――私、桜那のことずっと待ってたからお腹ペコペコだよー!」

「え、待ってたんですか?」

 普段の調子と変わらない調子で言う舞弥さん――おそらく、気まずい空気を払拭させるために、このような対応を取ったと思われます――に動揺しながらも、待ってくれていたことに対して聞き返します。

 舞弥さんは

「そうだよ〜? 因みに沙姫と未悠も同じだよ? 「桜那がいないと何も面白くない」ってさ」

「そう……ですか……」

「んもぅ〜暗いよ〜? せっかく待ってたのにこのリアクションじゃ――」

「――ッ! 舞弥さんッ!!」

「え、何――きゃっ」

 突然の閃光。私は咄嗟に舞弥さんに覆いかぶさるようにして庇うと、部屋の中を見渡します。

 すると窓の景色から、何やら黒い影が複数、夜の景色に溶け込むようにうごめいており、耳を澄ますと、カシュッカシュッという音が聞こえます。

(この音は……)

「ねぇ……なんかフレームの音近くない……?」

 庇われながらそう呟く舞弥さん。

 そう、そうなのです。この小気味のいい音の正体は、この学校の生徒なら誰もが聴いたことのあるであろう”フレームの駆動音”に違いないのですが、本来ならホールの方から聴こえるはずの音――聴こえると言っても耳をよく澄まないと聞こえませんが――がここまで近くで聴こえるのは明らかにおかしいのです。

「てか桜那……!重い、重い!」

「あっ、ごっごめんなさい……!」

 私の身体――主に胸に覆われている頭を持ち上げ、まるで柔道家の方がギブアップをするかのようにバンバンと床を叩きます。

 私は慌てて身体をあげて立ち上がり、とある景色に吸い込まれるように窓に移動します。

 そこには――

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