最終話【ご主人様の隣でずっと一緒に過ごしたかった……】

『――うわあっ、きれいな夕焼けが見える!! ご主人様、早くこっちに登って来てください、なずなの隣なら特等席でこの景色をながめられますよ』


 なずながデートで絶対に行きたい場所とは俺のかよう高校をぜひ見てみたい、との希望だった。きょうは休校だったがさいわい制服姿の彼女を学校見学者として許可を貰い校内を一緒に散策しはじめた。最後にむかった場所は……。


「なずなは本当に面白い女の子だよな。屋上から見える景色なんて別に珍しいもんじゃないのにきみはそんなに喜んじゃってさ。まあ、この給水タンクのよこは普段は誰も階段を登ってこない場所だから特等席ってのは言えてるかもな」


 屋上のいちばん高い場所に設置された丸い給水タンク、通称メロンの横にある階段に二人ならんで腰かける。


 屋上にあるこの場所をなぜ知っているのか? それは数少ない友人を除けば出来るだけ他人との接触を学園生活でも避けているからだ。ぼっち飯にもずいぶん慣れたな、余計な詮索せんさくをされるより俺は気楽さを選んだんだ。


『やっぱりご主人様は物知りですごいです……。なずなは尊敬しちゃいます』


「ええっ何でそうなるの!? 別に偉くも何ともないよ。こんなの役に立たない知識だし」


『役に立たない知識じゃありませんよ、ご主人様。屋上から見える夕焼け空の景色けしきはこんなにも私を幸せな気分にさせてくれましたから……』


「……なずな、君はそんな想いを!?」


 寄りった肩に彼女の頭が不意にもたれ掛かってくる。なずなのツインテールにした片方の毛先が俺の首筋に触れ甘い柑橘系かんきつけいの香りと妙にくすぐったい感触を残した。


『ううん、ご主人様から与えてもらえたのはこの景色だけじゃないです。……がなくなるから正直になずなの気持ちを伝えます。私の話を聞いてもらえますか?』


「ああ、俺もぜひ聞きたいな、なずなのことをもっと知りたいから」


『……うふふっ、じつはその言葉を待っていたんですよ。ご主人様は私がなぜ現れたのか聞いてくれないから、なずなのことなんかぜんぜん興味がないのかって落ち込んだりしましたから』


 ――その反対だよ、なずな。


 君について真実を知るのが怖かったんだ。耳にした瞬間、まるで魔法が解けたみたいに俺の前からなずなが消え去ってしまうんじゃないかって。


『思い出したことを話しますね。すべてのプラモデルに私みたいに心が宿るわけじゃないんです。私たち紫陽花あじさい少女菜園の女の子たちは人間世界の呼び名では守護天使しゅごてんしみたいな存在で、心に深い傷を抱えた人の救済の役目を神様からおおせつかっています。紫陽花あじさい女子高等学園はその守護天使を育成する教育機関なんです』


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。いきなり情報量が多すぎてにわかに理解しがたいけど、俺が住むこの人間世界とは別に存在する場所があって、なずなはそこで学校に通って生活していたんだな」


『さすがは呑み込みがはやいです。じゃあ話を続けますね。ご主人様が私に名付けてくれたプラモデル彼女の愛称ぷらかの! はみょうで、なずなの住んでいた世界での不文律ふぶんりつとして私たち守護天使は一対のパートナーにしかおつかえ出来ないきびしい決まりになっています。もしも人間のご主人様選びを間違ったりしたら……』


 なずなの表情が途端にけわしくなるのを俺は見逃さなかった。


「もしもご主人様選びに失敗したら君はどうなってしまうんだ!?」


 しばし言いよどんだ後で、なずなは俺の目をしっかりと見据みすえながらつぶやいた。


『……うたかたの泡のごとく消えてしまいます』


「なずなが消えちまうだって!! それはたましいが死んでしまうってことだろ。待てよ、今回俺をご主人様パートナーとして選んだんじゃないか? もしもその選択が間違っていたらどうするんだよ……」


『ご主人様、なずなが自分で選んだ人があなたなんです。もし消え去ったとしても絶対に後悔はしません』


「ば、馬鹿言うなよ!! お前が消えちまったら俺はどうなるんだよ……。なずな!? さっき時間がないって言ったのはまさか!? 一緒に暮らそうって約束したばかりじゃないか、将来奥さんになって家計簿をつけてくれるんだろ!! 絶対に駄目だ、ご主人様として許さないからな」


『……って初めて呼んでくれましたね、とっても嬉しいな。本当の奥さんになれたみたい。それにご主人様の手はとてもあったかいです。この指先が私に人間としての命を与えてくれたんですよね。ああ、もっとなずなをしっかりと抱きしめて下さい』


「なずな、頼む、俺を一人にしないでくれ……。俺が過去から立ち直るきっかけを与えてくれたのはお前と出会ってからなんだ」


『最後にもうひとつご主人様のいいところを見つけました。涙もろいって部分、なずなと添い寝した夜も私のために泣いてくれた』


「……なずなと出逢えて本当に良かった」


『私もご主人様と過ごした時間が何よりの宝物でした。持っていけないのが残念だけど、もしもあなたの心の片隅にでもその宝箱を置いてくれたらなずなはそれだけで幸せです』


 なずなの輪郭りんかくが次第にぼやけながら背景に溶けていく。これが普通の状態モードチェンジではないことを雄弁ゆうべん物語ものがたっていた。


『ご主人様の隣でずっと一緒に過ごしたかったです。えへっ、最後まで妄想少女でごめんなさい。同じ部屋に住んで、同じ街に暮らして、私も人間の女の子みたいに普通にとしかさねておじいちゃんとおばあちゃんになっても並んであなたと同じ景色をながめたかった……』


「なずなっ、俺も同じだ!! だから戻ってこい、このまま消えるな」


『ご主人様、大好きでした、さよなら……』


 なずなを抱きしめていた腕が不意にくうを切った。


 ――彼女は俺の前から消えた。



 

 *******




 また一人暮らしの日々が始まる。


 大量の買い物袋を抱えて自宅のドアを開けた。玄関に置かれた紙袋のひとつが倒れ、中身の商品が床に散乱さんらんした。


「なずな、ただいま!! って言っても誰も答えるわけないのに俺はどうかしてるな」


 床に落ちた商品を拾い上げる。


「これは!? なずなとひとつだけ人間用のお店で購入した服だ」


『……おかえりなさい、ご主人様!!』


 顔を上げた俺の視界に映ったのは……。


「ええっ!? 嘘だろ。なずなが何で家に居るの。消えたんじゃなかったのか!!」


『てへへっ、どうやら私の勘違いみたいでした。じつはお腹がきすぎてプラモデル状態モード維持いじ出来なくなったみたいです、ごめんなさい』


「はああああっ、びっくりさせんなよぉ!! 完全に消えちまったかと思ったのに」


『ああっ、それはお揃いのパジャマだ!! ご主人様、さっそく着替えてもいいですか?』 


「ううっ、もうなずなの好きにしてくれ、俺は混乱し過ぎて訳が分からなくなったからさ』


『じゃあ、ご主人様の奥さんとしてさっそく質問しちゃいます。あなた、ご飯にする、お風呂にする、それともパジャマ姿のなずなを最初にする♡』


 どうやらなずなとの同棲生活はまだまだ続きそうだ。いや新婚生活と言わないと怒られるな。


『ふつつかなぷらかの! こと天沢あまさわなずなです、これからも末永くどうぞよろしくお願いします、私の大好きなご主人様!!』



 ぷらかの! こえけん版おしまい。



【作者からのお礼とお願い】


 最後までお読み頂き誠にありがとうございました。


 この短編が気に入って頂けたら★の評価やコメントを頂けると大変嬉しいです。


 普段は下記のような恋愛作品を執筆しております。ご縁がありましたらぜひご一読よろしくお願いします。


 【桜が咲くこの場所で、僕は幼馴染の君と二回目の初恋をする】


 https://kakuyomu.jp/works/16816927862177861750

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ぷらかの! 売れ残りの福袋を買ったらなんと中身はJKが入ってた!? ~S級美少女な彼女が出来ていきなり同棲が始まっちゃった件~ kazuchi @kazuchi

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