幽霊の寿命

大隅 スミヲ

幽霊の寿命

 夏休み明けの学校というのは、どこか騒がしい。

 みんなこんがりと日焼けしていて、どこへ行ったなどといった話で盛り上がっている。


 ずっと部活の練習をしていた人、塾の夏期講習で忙しかった人、バイトをしていた人、遊びまくっていた人。わたしはその中のどの部類にも分類されず、家で引きこもっていた人だった。

 お陰でこの夏はお気に入りの作家の本を10冊以上読むことができた。これもまたひとつの青春なのだ。わたしはそう自分に言い聞かせながら、自分の机で読書をしていた。


 教室の窓側に陣取っているグループが騒がしかった。

 彼らは、わたしが最も縁がないと思われるパリピグループだった。

 校則のお陰で髪の色を変えたりはすることが出来ていないが、制服はできる限り着崩して自分たちの個性を守ろうとしてる。

 そんなパリピ組は、夏休みに6人で心霊スポットへ行ってきたという話で盛り上がっていた。

 本当は聞く気なんてなかったのだけれど、自分の席で読書をしているとどうしても彼らの会話が耳に入ってきてしまう。わたしは本に目を向けたまま、耳は彼らの会話へと集中していた。


「マジで怖かったよな」

「お前がビビりなんだよ。あのくらい楽勝だろ」

「何言ってんだよ、お前、足が震えていたの知っているんだからな」

「ふ、震えてねえし」

「でもさ、結局は幽霊なんてどこにもいなかったじゃん。スマホで写真も撮りまくったのに、なにも写ってねえし」


 ゲラゲラと笑いながら、彼らは一緒に行けなかった友人たちに心霊スポットの話を語って聞かせている。

 彼らはクラスの中でも中心的なグループであり、他のグループに属している女子たちも数人、彼らの話を聞きに集まってきていた。


 彼らの行った場所。それは地元にある幽霊が出ると噂の城跡だった。かつては、そこに立派な山城が存在していたとされている。ただ、その城は豊臣秀吉に攻撃をされて、落城したそうだ。その際に秀吉軍は城に居た全員を皆殺しにしたという話だった。


「なあ、誰か霊感のあるやつとか、いねーの?」


 グループの中でリーダー格のAくんがゲラゲラと笑いながら言う。Aくんはちょっと不良っぽい感じがして、わたしは苦手だった。

 Aくんの発言にひとりの女子が反応して「わたしは見えないけれど、知っていることがあるよ」と言い出した。


「これは聞いた話なんだけどさ」


 声をひそめるようにして、その女子が言う。

 なんか雰囲気あるな―。わたしはそう思いながら、その女子の言葉に聞き耳を立てた。


「幽霊にも寿命っていうのがあるらしいのよ」

「はあ? 死んでいるのに?」

「なんだよ、それ。馬鹿なことをいうなよ」


 Aくんは大きな声を出して、またゲラゲラと笑った。

 わたしにはそれがAくんの強がりのように思えた。本当は怖いのに、それを悟られないように大声を出しているように思えて仕方がないのだ。


「本当だよ。だってさ、前にラジオで御霊みたまキヨシが言っていたんだから」

 彼女はそういってAくんのことをじっと見つめた。

 御霊きよしというのは『あなたの守護霊が世界を救う』という著書がベストセラーになっている人気霊能系Vtuberだった。


「幽霊の寿命は400年なんだって。400年経ってしまうと、魂が浄化されて、どんな幽霊であっても成仏するんだよ」

「ホントかよ」


 訝しげな顔でAくんはその彼女のことを見ていた。


「400年ってことは、いまは2023年だから今いる幽霊たちは1623年以降の幽霊ってことなのか?」

「そうだよ。だから、城跡に行っても幽霊はいなかったってわけ。1623年は秀吉だって死んじゃってるし」


 1623年といえば、江戸時代初期である。1600年に天下分け目の大戦と言われた関ヶ原の戦いが行われて、1603年には徳川家康が江戸幕府を開いた。そこからは天下泰平の世が続くのだ。


「なるほど。もう落ち武者の幽霊なんていうのは実在しないってわけか」

「だから、スマホでも心霊写真は撮れなかったってわけよ」

「そっか。すげえな、お前」

「でしょ。でもすごいのは私じゃなくて、御霊キヨシだから」

「御霊キヨシすげー!」


 男子たちが馬鹿みたいに御霊キヨシの名前を連呼する。


 わたしは彼らの話を盗み聞きしながら、いまの話は本当なのだろうかと疑念を抱いていた。400年で幽霊は浄化される。そんな馬鹿な話があるだろうか。




 だったら、いまわたしが見ているAくんの隣に立っている落ち武者は何だというのだ。

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