煙を眺めて回想を

 虚構対策委員会への説明は思ったよりもスムーズに進んだ。

 カノンの保護ができた旨、彼女が昇天フライアウトから帰って来れたことを説明すると、あっさりとこちらの提案を呑んだ。

 

 救世カノン討伐計画は中断。

 カノンのクーデター未遂の責任は、これからの働き次第で不問とする。

 

 この判断は、今が非常事態であるがゆえだろう。

 現在は人類史上類を見ない大災害の真っ只中だ。

 貴重な戦力である纏姫を減らす余裕などない。


 ただ、それにしても甘い判断だと思う。

 かつての彼らなら、適当な理屈を並べてカノンを殺そうとしそうなものだ。


 ひょっとしたら、カノンが日本全土に展開した『現世浄土』は、人の心に良い変化をもらたしたのかもしれない。

 あらゆる人間から煩悩を取り除くために展開された『現世浄土』。

 

 もちろん、彼女の能力は既に解除されている。

 ただ、影響が残っていないと言い切ることもできないこともまた事実だ。既に一度、彼女の力はこの国全域に行き渡った。

 纏姫の能力が心に与える影響は未知数。


 カノンの起こした事件が人の心を良い方向に動かしたのだとしたら、彼女の行いは、大願は、決して無駄ではなかったのかもしれない。



 


 それに、カノンの精神面についても随分と変化があった。


「翔太さん! 明日の作戦について、少しお話できませんか?」


 すたすたとこちらに近寄ってきたカノンが彼に話しかける。よく見ればその顔は薄っすらと赤い。

 

「え? いいけど、でもそれはライカとかの方が」

 「アホ。汲み取れ」


 鈍感系主人公みたいなことを言いだした彼の頭をはたいてシッシッと手を振る。

 その様を見ていたカノンは何やらブツブツと呟いていた。

 

「なるほど、これが敵に塩を送るというもの……セイカさんの言葉を借りるのなら『正妻の余裕』、でしょうか。相変わらずの挑発具合ですね、ライカさん」


 誰が正妻だ、誰が。

 わりと純粋なところがあるカノンは変なことを吹き込まれている気がする。

 オレがカノンの恋のライバルだとか、真っ先に倒すべき相手だとか。

 セイカはカノンの恋を応援するついてに面白がっているんじゃないか……?


 カノンが率いていたシュガー小隊は、厄神の討伐という目的を果たしたので地元に帰っていった。

 

 ただ、カノンとセイカについてはここに残ることになったそうだ。

 カノンの精神的な調子を鑑みて、の判断だ。

 彼女と心を通わせたアンカーである彼が近くにいた方がいい、というのにはオレも賛成だ。


 セイカの方は本人の希望だ。

 カノンともっと話してみたい。そう話した通り、彼女はカノンとよく行動を共にしている。

 

 

 回想を終える。

 カノンの一件以来少し変わった周囲の様子に思いをはせながら、オレは煙を吐き出した。

 校舎裏には相変わらず人影がない。オレも気兼ねなく煙草を吸えるというものだ。

 

「ライカ、お疲れ様」


 ボーッとしていると、近くから声がした。

 見れば、主人公君がこちらに歩いてきている。先程オレが呼び出した。


「なんかここで会うのも久しぶりだね。ライカ、もしかして煙草減った?」

「あー……そうかもな。もっと増やすか」

「増やさなくていいよ! というか吸うなよ!」

 

 適当に返すと彼が憤りながら近づいてくる。


「それで、今日は何の話? また女の子を落とせとか無理難題?」

「いや、それはしばらくいい。……というかお前、落としすぎだろ。どんだけ女の子と仲良くなってんだよ」

「……え? いや、多分そういうのじゃないよ」

 

 白々しいぞ。

 そういう意思を籠めて睨みつけるが、彼はオレの言葉をあまり信じていないようだった。


「この前なんて、マナに『翔太。私があなたに話しかけるのは、必要にかられてだから。急に勘違いをされると困ってしまう』とか無表情で言われてさ。結構ショックだったよ……」


 あの天才ポンコツ少女……! 

 確実に照れ隠しだ。しかもとびっきり下手くそな。

 多少のアドバイスがあったところでマナの恋愛下手は変わらなかったようだ。


「あと、ヒバリには『翔太君、君って女の子と近づく時に結構気持ち悪い顔してるよ!』って言われた。僕はしばらくトラウマで彼女に近づけなく……」

「あー……」


 それは多分あれだ。かなり分かりづらい嫉妬だ。

 ヒバリのやたら本心が見えづらい特徴が裏目に出ている。恋愛下手はマナだけではなかったようだ。


「僕も実は調子に乗ってたところはあるよ? マナと結構いい感じかも、とか。ヒバリのボディタッチが増えた気がする! とか。ライカって実は僕のこと好きなんじゃない? とか」

「――は?」


 ぴき、と俺の神経が音を鳴らした。

 聞き捨てならない。オレは煙草を投げ捨てると勢いよくまくし立てた。


「おい、それはどういうことだ? オレがいつ、どこで、お前に好意を示したことがあった!?」

「いやだって、こうやってよく呼び出してくるし、なんだかんだ助けてくれるし」

「全然ちげえよ、アホ!」


 そういうのは実利のためだ。

 お前がハーレム作らないと話が上手くいかないし、お前が失敗するとマナやハヅキが悲しむ。

 オレはわざとらしいくらいに大きなため息をつくと、彼をじろりと睨みつけた。

 

「まったく、お前は社交辞令で『好きです』とか言われたら本気にするタイプか? そんなんじゃ社会に出てやっていけないぞ」

「うっ……そう言われると辛い……」


 うつむく彼に、オレは優しく肩に手をかけた。


「まああれだそういう勘違いするのは若者の特権だからな。せいぜい恥をかきながら学ぶことだな」


 にやにやと笑いながら言うオレに、彼は恨めしそうな目を向けてきた。

 まあ、ハーレム作ってるからって調子に乗られてもうざいし、適当に勘違いさせておくか。

 

 

 そんな風に適当に彼をからかって、オレは二本目の煙草を咥えた。不健康な煙が体内に入ってくる。

 不思議と頭の中が整理されて、自分が話したかったことが口をついて出てきた。

 

「――惚れたかどうかはともかく、お前には感謝してる」


 煙を吐いて、それが空へと昇っていくところを見る。

 こっぱずかしいこと言っている自覚はあるので、彼の顔は見れなかった。

 

「カノンの件を、きっとかつてのオレなら乗り切れなかったと思う。オレはただ人の知らないことを知っている分ズルをしていただけの噓つきだ。見たこともないカノンの姿に、覚悟に、実際のところオレはみっともなく動揺していたんだ」

 

 オレの知っているカノンは、不定形の神を前に犠牲になった彼女だけだ。

 原作とは違う道を辿った彼女のことを、オレは何も知らなかった。

 

「ただ、お前に叱責されたからな。ここにいるオレは、オレがやりたいようにやるべきだ。そう言われたから、オレはシナリオの奴隷なんかじゃなく、ただ目的のため、カノンを救うために全力を尽くせたんだ。お前のおかげでな」

 

 煙草を持った手を下におろし、彼の顔を真っ直ぐに見据える。

 ぽかん、とこちらを見つめる馬鹿みたいな顔にちょっとおかしくなる。


「だから、ありがとう」

「ライカ……」


 呆然としていた彼は、やがて驚いた顔をやめてこちらを真っ直ぐに見つめた。


「その、僕も君に……」

「――なーんて噓だよ嘘! ハハッ! なんて馬鹿面だよお前! ビデオカメラでも持ってくれば良かったなぁ! ハッ、ハハハハハ!」


 高らかに笑ってやると、彼はすぐに怒り出した。


「こ、こいつ……せっかくいい雰囲気だったのになんでそういうこと言うんだよ! ひねくれにも程があるだろ!」

「うるせえ! オレがひねくれてるなんて今更だろ!」


 結局、変に誤魔化してしまった。

 まあでも、彼との距離感はこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

 タバコを灰皿に押し付けながら、オレは思考する。


 異性同士の付き合いというよりは、むしろ男同士のような気安い関係で。

 それで、どちらかが困ったときには手を差し伸べる。

 ヒロインなんてものにはならないオレにとって、これくらいが一番心地よい関係なのかもしれない。


 そう思いながら、オレは三本目の煙草に火をつけた。




――――

番外章の完結に伴い、本作は完結とします。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!


また面白い話を思いついたら更新する可能性もありますが、基本的にはこれでおしまいです。


感想や評価などくださった方、ありがとうございました!

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ソシャゲヒロインにTS転生したオレ、喫煙するところを主人公君に見られる 恥谷きゆう @hazitani_kiyu

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