同じ方向を向いて

 カノンの頭に触れていた彼は、ゆっくりと手を下ろすと彼女と目を合わせた。


「カノン、現世浄土を解いてくれる?」

「え、ええ……」


 彼女が背負った観音像を下すと、そこにいたのはどこにでもいるようなひとりの少女だった。

 カノンが能力を解くのと同時に、世界に広がっていたカノンの気配が消滅するのが感じ取れた。


「えっ、何? 何があったの!?」


 その光景を眺めていたヒバリが驚きの声を上げた。


「……カノン、もう攻撃の意志はないか?」

「はい」


 オレが話しかけると、カノンは小さく頷いた。

 その横で彼もまたそれを肯定するように頷いている。


「そうか。……よかった」


 彼ならきっと大丈夫だと信じていた。

 けれど、もはやこれはオレの知るシナリオから完全に外れているものだ。今までとは違った緊張があった。


「翔太! 無事か!?」


 遅れてやってきたハヅキが刀を片手に彼に近づいていく。

 カノンを警戒する彼女に、彼はゆっくりと首を振った。


「ハヅキ、もう大丈夫。カノンとの対話は済んだから」


 彼は既にカノンを信頼しているようだった。彼女はもう他人を傷つけないことを確信している。

 その様にほんの少しだけ面白くなさそうな顔をしながらも、ハヅキは刀を納めた。


「あ、カノン。目の色が戻ったね」

「え? ……ああ、自分で戻したつもりはなかったのですが。……ひょっとしたら、もう私の目が赤くなることはないのかもしれませんね」


 昇天フライアウトの象徴である赤い目が戻った。その事実にオレは内心胸を撫でおろした。

 これなら、カノンが危険な存在ではないことを受け入れてもらえるだろう。


「安心しなさい志持つ者アンビシャス。彼女はもう赤い目をすることはない。かつて、同じ経験をした者として断言するわ」


 昇天の経験者であるヴィクトリアが断言した。

 おそらく、彼女のこの言葉に間違いはないだろう。いつものカッコつけではない、経験に基づく言葉だ。


 そんなやり取りをしていると、こちらに近づいてくる影があった。


「──カノン!」


 こちらに走ってきた影は、シュガー小隊のセイカだった。


「良かった、無事だったんだな! よかった……よかった……!」


 息も絶え絶えになってこちらに近づいてきたセイカは、そのままカノンを抱きしめた。


「セ、セイカさん……?」


 困惑しているカノンは、彼女がどうしてこれだけ取り乱しているのか理解できていないようだった。

 今まで信用できなかった人の意外な行動に驚いた。そんな風に見えた。

 その様子を見た翔太が口を開く。


「カノン。君の過去の話について、その場にいなかった僕が言えることは何もない。──でも、今、セイカさんが君を心配していた気持ちは嘘ではなかったと思うよ」

「そう、ですね」


 彼らが同期を通じてどんな対話をしてきたのか、オレには分からない。

 ただ、今の彼らはお互いが言っていることを良く信頼しているように見えた。


「カノン。話したいことは沢山あるが、ひとまず高校まで帰ろう。ここはまだ危ない」


 特区の主、厄神が倒されたとはいえここはまだ都心内部。

 時間が経てば『虚構の浸食』が近づいてきてもおかしくない。

 オレの言葉に、カノンは少し目を細めて頷いた。


「ええ、そうですね。……それでは、私も帰るとしましょうか」


 全員で同じ方向を向き、帰還を開始する。

 その時、カノンがこちらに近づいてきてそっと耳元で囁いた。


「負けませんね、あなたみたいな人に」


 ……何の話だ。

 彼の方をチラチラ見て頬を赤くした彼女の様子は、まさしくヒロインと呼ぶに相応しいものだった。




 ◇




【BOG実況】ガチャの時間だああああ!



「皆さんこんにちは、『感情的なポタクさん』です。やっと来ましたねカノンの実装! 番外章をクリアしたアンカーの皆さん待望のガチャ! 当然俺も待っていたので引きます」


 ・まつりだあああああ! 

 ・この日のために貯蓄は十分です

 ・致命傷で済みました


「さて、カノンちゃんと言えば年末年始にかけて皆さんにレイドでボコボコにされたという大変可哀そうな過去をお持ちですが……」


 ・おまいう

 ・ポタクさん8時間レイド配信してましたよね? 


「そんなボスキャラな彼女ですが、紆余曲折を経て仲間にする機会に恵まれましたね。まあ、詳しくは自分でプレイするなりアーカイブを見るなりしてもらうとして……それでは、さっそくガチャいきます!」


 もはや見慣れたガチャ画面へと移動する。


「余計な前置きは不要! 石の貯蔵は十分! レッツゴー!」


 ……


 数十分後、俺はスマホの前で項垂れていた。


「……なあカノン、もしかして俺のこと嫌いか?」


 ・草

 ・まあ、あんだけボコボコにすれば……

 ・面白いくらい声震えてますよ


「クソ、おかしい……そろそろ天井だぞ。こんなにURが出ないことありますか? なんか俺のガチャ操作されてる?」


 ・カノンはポタクさん嫌いだって

 ・お使いの端末は正常です

 ・魔法のカードがあるじゃろ


「最後の10連……これで出なければ俺の来月の飯代が……ヨシッいけっ!」


 目に入る金色の光。

 UR確定演出に、俺は猿のような奇声を上げて喜んだ。

 コメント欄も俺と同じように盛り上がる。これまで散々爆死し続けた成果だ。


 やがて派手な演出と共に彼女が登場する。



『救世カノン、現世に救済の手を差し伸べるために馳せ参じました。……あなたは、世界を救わんとする方ですか?』



 少女は穏やかな笑みをたたえてこちらに手を差し伸べていた。


「うおおおお! やっと来た! やっと来ましたよ! カノン!」


 ・おめでとうございます! 

 ・長い戦いだったな……

 ・おめおめ


 高揚感を素直に伝えると視聴者が反応してくれる。こういう時の一体感が俺は結構好きだ。ライブ会場でみんなで盛り上げるのと同じような現象だろうか。


「さて、それではお待ちかねの鑑賞会!」


 俺はマイルームに移動すると、カノンを当番に設定した。

 落ち着いた笑みを浮かべる彼女が待機画面に映る。



『こんにちは。何か困っていることはありませんか? 私でよければお力になりましょう』



「めっちゃ清楚な声じゃん……てか敵だった時より表情が優しくていいですね」


 ・声すき

 ・丸くなったかな? 


 彼女の顔のあたりをタップすると、カノンが頬を赤らめる。



『な、なんでしょうか……? ち、近いですよ』



「えっ!? なんかめっちゃデレてるんですけど!? 可愛い!」


 レイドボスやってた頃は考えられないほどの柔らかい声だった。

 もう一回タップ。



『ライカさん……ま、負けませんからね!?』



「えっ、なんか俺の知らないところでヒロインレースが勃発してる! かーっ、俺がモテすぎて辛い」


 ・は? 

 ・お前じゃないが

 ・ガチャの時めちゃくちゃカノンに嫌われてましたよ


「よし、カノン可愛いから育成しよう。……あ、これもしかして新素材必要な感じか? ……あー、周回やりますか」


 ・一緒に頑張りましょう

 ・新素材は悪い文明


 それからしばらく、俺はカノンの育成素材集めに奔走することになった。

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