第2話 慰めるって、意味知ってる?
ガンガンに冷房の効いた室内で食べる、ふわふわのかき氷。それをスプーンの先で崩していく。
緑色の山が平らになると中に入っている小豆が顔を出して、満足げに一緒に掬って口に頬張る様は、子供っぽさが浮き出てる。
いや、十六歳は子供か。
春に高校生になったばかりの、あどけない顔は繰り返し氷の山を突いては崩してを繰り返していた。子供の頃から変わらない好み。
昔ながらの甘味処がお気に入りって言うのも知ってるし、宇治金時しか頼まないのも知っている。
俺は、苺ミルクのかき氷を突きながら目の前の女子高生を観察していた。
俺が子供の頃から営業しているそこは、客層は年齢高めで、いつ来ても空いている。が、そこらの有名な店と同じくらいに美味しいかき氷が出てくる穴場とあって、夏といえばのこの店だ。
「お前、これ食ったら帰れよ」
「えぇ、良いじゃん。今日は暇なんでしょ?」
相手して。と言ってる語尾にはハートマークでも見えそうなまでに、清々しい笑顔を見せてくる。これは幼馴染の昔からの手口だ。俺はこのおねだりを断れた試しがない。
けど今日ばかりは確固たる意志を見せねば。理性の限界突破だけは塞がねば――――俺は、詰む。
「ねえ、プール行こうよプール」
「行かねえ。そう言うのは、彼氏とでも行け」
「彼氏いないもーん」
「俺に彼女がいたら、どうすんだ」
「いないでしょ? おばさんに聞いたから知ってるよ。夏休み前に振られたって」
「…………」
情報ダダ漏れじゃねーか。振られたよ。振られましたとも。一緒にいてもつまらないとか言われてな。
まあ、惰性で一年ぐらい付き合っただけだったし、振られた事自体は悲しくはない。
「だから、慰めてあげる」
「その慰める相手に奢ってもらおうとしてるのは、どこのどいつだ」
「お小遣い制の女子高生にたからないで下さーい」
溶け始めたかき氷を美味そうに頬張りながら、今月のお小遣いはあと千円ですと自慢げに言う。
「……それで俺にたかりに来たのか」
「違いますぅ。慰めに来たのが本命ですぅ」
「どうやって」
うーんとスプーンを口に含んだまま目線を天井へと向ける。どうにも無計画だったようで、わずかに悩んだような仕草を見せるも、答えが出たのかその目線はかき氷を突き始めたスプーンと共に下へと戻っていた。
「チューでもする?」
「ぶっ……」
危うく俺の口からかき氷が飛び出すところだった。何言うかと思ったら。とんでもない事を軽々と口走った幼馴染は、俺をじっと見つめている。
その意味深な目線を、俺は居た堪れ無くなって思わずそらしてしまった。
「あほ。そう言うのは、好きなやつにでもやってやれよ」
「……す……もん」
ボソボソと何かを呟いた幼馴染の顔色は、曇りに曇って残りのかき氷を無言で食べ尽くす。俺も気まずくなって、それ以上何も言えなかった。
店を出る頃になっても、幼馴染の顔色は曇ったままだった。ブスッとした顔で何かを訴えている。俺は、その何かを知りたくなくて顔を背けた。
スマホを取り出して時間を確認すると、三時半。帰れと言いたいが、子供じゃないとでも言い返されそうで、仕方なく俺は幼馴染に目を向ける。
いつまでも店の前で立っていても仕方がない。と言うよりも、邪魔だ。
「行くぞ」
「……うん」
住宅街から少し外れた場所にある甘味処。実家からも近い上に、車通りも少ない。
朱色の高欄に沿った歩道。高欄の向こう側は小川が流れて、川沿いには竹林が広がる少しばかり古風な景観。
散歩するには日差しが遮られてちょうど良い。
子供の頃は、静か過ぎて幽霊でも出そうだと感じた街並みが、今では好ましい。
歩き始めた俺の後ろを、幼馴染は一定の距離を空けて歩く。チラリと背後に目線をやれば、沈んだままの顔がアスファルトを見つめてしょぼくれている。
何を落ち込んでんだ。とでも、素直に聞けるほど間抜けだったら良かったかもしれない。
けど、沈んだままの顔を見て見ぬふりができるほど、冷めた感情も持てなかった。
俺は足を止めて振り返った。急に止まったからか、驚いた両目が俺を見つめる。隠しきれていない熱視線が俺を突き刺すものだから、こそばゆい。
「今日は家まで送ってやる」
俺は迷いもなく右手を差し出した。
これは、あれだ。子供の頃の延長で手を繋ぐだけだ。と内心無意味に自分自身へと言い訳をしながらも、本人には何も言えない。何せ、大人と少女の間を行き来している女子高生の顔が一気に明るくなるものだから、余計に期待も落胆もさせたく無かった。
「うん」
と、嬉しそうに俺の手を取った左手が繋がれる。
今までに何人かと付き合って小慣れた筈の行為が、今日はやけに気恥ずかしい。
昔繋いだ筈の手は、大人びて細い指先が俺の手を握るたび、別人のような気がした。
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