第3話 時には諦めも必要だ

 昨日。そう、昨日。

 俺は、幼馴染を家まで送り届けて、久々に会ったおじさんとおばさんに挨拶して、ついでに実家で飯食って。

 何事も無く一日をやり遂げた筈だった。


 今日こそは、一日ダラダラと生きてやる。家から一歩も出ない。大学最後の夏を謳歌してやる。


 そう意気込んだのが、目覚めてから二十分と経っていない朝十時ごろの話だ。取り敢えず昼までは、効きの悪いエアコンの真下で惰眠を貪って――と考えていた矢先。


 インターホンが鳴った。


 誰が来たなんて考えない。俺は今日こそダラダラする。固い決意を胸に聞こえないふりを決め込んでベッドへとうつ伏せる。

 しかし、相手も譲ってはくれない。

 近所迷惑宜しくと言わんばかりに、連打されるインターホン。壊れたらどうしてくれんだ。


 それでも、根負けしてたまるかと耐え忍んでいると、ようやくインターホンの音が鳴り止んだ。

 はあ、やっと諦めたか。

 と、油断したその時。今度はスマホが鳴り始めた。


 画面には幼馴染の名前が、着信音と共に明滅している。

 諦めて出るべきか。恐らくインターホンの犯人もこいつ。

 鳴り続ける先に、留守電はない。

 出たら最後。そんな気がしてスマホを弄る手に迷いが生まれるも、俺は仕方なくスマホの画面をタップしていた。

 もう耳に当てるのも面倒で、ついでにスピーカーにする。


「もしもし……」


 今日の不満を上乗せにした声で出るも、相手には一切効き目がないのか返ってきたのは、あっけらかんとしたものだった。


「おはよー。どうせ部屋に居るんでしょ? おばさんに届け物頼まれたんだけど、早く開けて」


 おかん、何してくれてんだ。これで、そのまま帰そうものなら後で苦情の電話がひっきりなしになり続ける事間違いなし。

 いつだって、諦めるのは俺なんだ。


 仕方なく離れがたいベットから身を起こして、着替えるのも面倒な俺はスウェットのまま玄関を開けた。すると、機嫌の良い顔を晒した幼馴染が当然のように立っている。片手にはスマホ。片手には、何やらスーパーの袋。

 カンカン帽を被った、薄い青みがかったシャツワンピの襟元は、胸元のギリギリまでボタンが開いている。

 

 見えそうで、見えない。

 

 おいコラ、それで歩いてきたのか。と、一言いってやりたくなる。

 ベルトで絞められた腰は、身体のラインだけでなく胸の膨らみまで強調して、殊更胸元に目がいく。

 見るなって方が無理だろ。これは誰でも見るだろ。

 邪推ばかりが浮かんで気を取られていると、幼馴染は身を捩らせて、あっさりと部屋へと入り込んでいた。


「お邪魔しまーす」

「許可してねえよ」

「あ、おばさんがね。昨日渡すの忘れたからって、これ」


 ずいっと顔の前まで押し付けられたのは、スーパーの袋に入ったままの二房の巨峰だが、実家からここ迄の距離を考えても、熱気にさらされたそれは、恐らく生温い。

 食うなら冷やした後だなと、素直に受け取ると冷蔵庫へと放り込む。


 そう広くはない、1Kのアパート。乗り込んできた幼馴染は俺が冷蔵庫から振り返る僅かの間に、ベッドを占領して昨日の続きの漫画を読み始めていた。

 

「おい」

「今日も暇なんでしょ?」


 彼女に振られたんだしと付け足して、大した傷口でもないが、わざわざ塩を塗り込んでくる幼馴染。やっぱり慰めるつもりなんて毛頭無いじゃねーか。

 俺の中で、幼馴染に対する怒りというか呆れと言うか。悶々とした感情が募りそうにもなった。が、俺の寝床を占領している幼馴染をまじまじと見ていると、その気も萎えた。



 膝丈のワンピースの裾から伸びるしなやかな脚。脚線美を見せつけながら今日もゆらゆらと交互に揺らす。

 しかも、だ。脚を揺らす度に、裾が捲れそうでならないと言うギリギリを攻めてくる。

 

 やっぱり、見えそうで見えない。

 

 いや、見るのはやめよう。

 理性が限界突破しそうだ。

 俺は平常心を保ったまま、昨日と同じベッドに端に座り込む。ゲームとテレビの電源を入れて、俺はコントローラーを握りしめる。

 他ごとに集中しよう。どうせ、何を言っても帰らないのだからと諦めて俺は画面に意識を向けた。


 今日こそ、この面クリアしたいんだ。一階層抜けるのにも時間がかかる上に、このゲームは難易度高め。しかも周回必須の稼ぎ場所でもある。

 外で合唱する蝉の声が遠くなるほどに集中して、のめり込む――つもりだった。


  俺が完全に幼馴染に背を向けて、画面に集中してどれくらいか。ダンジョン中間部分に差し掛かって、順調に進んだ。昨日道順は大体覚えたから、運が悪くなければボスまで行ける――筈。


 が、不意に背後で布の擦れる音がして、ベッドの座りが悪くなる。背後でモゾモゾと幼馴染が動いているのだ。

 何か悪巧みをしている、そうとしか思えない。

 俺は仕方なくコントローラーを置いて、幼馴染を振り返った。

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