六歳年下の幼馴染が天然を装って誘惑してきます

第1話 理性よ仕事しろ

 幼馴染と聞いて、皆様は何を期待するだろうか。

 お隣さんで、家族ぐるみの付き合いがあって、互いに意識し合う関係。

 そんでもって、相手が美少女だったりしたら――なんて。 

 まあ、理想と言うよりは妄想に近い夢だろう。


 そんな、夢にも思える関係が俺の幼馴染だった。

 互いの父親は友人同士。子供の頃からの付き合いで、家を行き来したり家族ぐるみで出かけたりと、お隣さんとして良好な関係性を築いていた。


 そこで、男女の関係でお互い意識し合うかと言えば――――――無かった訳だ。 

 なんせ、俺の幼馴染は六歳年下。

 俺が高校生の時は、ランドセルを背負った小学生。意識も何もある筈も無かった。互いに一人っ子だった事もあり、隣に住んでる可愛い妹ぐらいにしか考えていない相手。


 そう、そんな意識するような相手じゃ無かった筈――――






 蝉の鳴き声が本格的に大合唱を始めた七月も下旬の頃。

 大学最後の夏休みが始まって、俺はエアコンの調子が悪くなった一人暮らしの部屋で、一人ダラダラと過ごす予定だった。

 就職が決まって、自由に過ごせる最後の夏だ。誰にも邪魔はされたくはない。今日はゲームのコントローラーを握りしめ、ベッドに転がりながら日付が変わる瞬間までゲームに浸って一日を終わらせる筈だった。



 なのに。俺が横たわっている筈のベッドの上を、見慣れた女が俺の漫画を読みながら占領しているのは何故なんだ。


「ねえ、トビ。暑いー」

「エアコン調子悪いって言っただろ。暑いなら、帰れ」

「えぇ、やだ。外の方が暑いもん」


 俺は追いやられたベッドの端に腰掛けて、一人コントローラーを握って画面に集中した。

 集中しなければ、ならなかった。


 背後に転がる女――――幼馴染のユーリ。あろう事か、わざわざ一人暮らしの男の家に、アポなしで突撃してくるという。

 しかも尋ねてきた理由が、夏休みだから会いに来た、と。アイスも買ってきたよと付け足して。

 得意げに笑う顔が、また可愛い。子供の頃から、美人になると言われ続けた少女の顔は、やはり美人で何人の男がこの笑顔に騙されたのだろうかと哀れみすら覚える。

 


 俺は慣れている。子供の頃から見知った顔だ。六歳年下の幼馴染が俺のベッドに転がってるだけで、何も無いんだと言い聞かせるように頭に中で問題ないと連呼する。


 ――あ、死んだ


 集中力の切れた視界に、さっきまでダンジョンに潜っていた主人公が死亡してゲームオーバーの文字が浮かぶ。またセーブポイントからやり直しじゃねーか、何度目だとに悪態吐きたくなって、ちらりと背後を覗く。


 寝そべって、上機嫌に足を交互に揺らす姿は十六歳の女子高生らしいと言える。問題は、その格好。

 Tシャツは襟がダラリと大きく開いている上にポニーテールのおかげでうなじは丸見え。更には、些細な動きで肩口が見え隠れする。

 その下に目線を落としていくと、Tシャツに合わせたショートパンツから白い太腿をこれ見よがしに見せつけて、スラリと長い素足がブラブラと交互に揺れているわけだ。

 


 いやもう、意識しているとかしていないとか関係ないだろこれ。

 幼馴染とはいえ、他人のベッドを堂々と占領する態度こそ子供っぽい。が、ユーリは十六にしては大人びた容姿で、その体格も170センチオーバーの身長とモデルを思わせるような曲線美を描いた身体のラインは、服の上からでもしっかりと確認できる。

 一人暮らしの男の家のベッドを占領する幼馴染とか、どんなシチュエーションだよ畜生。相手が十六歳だから手を出したらアウトだし親に筒抜けはマジ勘弁なんだが。


 ――未成年。相手は未成年。手を出したらロリコン認定だけじゃ終わらねえ


 六歳下の幼馴染。家族ぐるみの付き合い。という、俺なりの禁止ワードを首に括り付けて、集中し切れていないゲーム画面へと視線を戻すと、コントローラーを握り直してセーブデータを読み込んだ。


「ねえ、トビぃ」

「何だよ」


 もうこれ以上死んでたまるか。幼馴染の声を適当に聞き流して、ダンジョンへと潜り込んだその時。ずしりと、背中に重みがのしかかった。


「ねえ、これ面白いの?」


 より一層近い声。顔の真横で、幼くはない女の声が耳を突き抜ける。のしかかった重みと共に首に回された腕。密着する背中には柔らかい何かが――いや考えるな、俺。


「ていうか、よく見たらP◯2じゃん。古っ」


 幼馴染は、何の気なしに俺の肉体と精神に負荷をかけたまま会話を続ける。いや、反応できない時点で会話ではないが、そんな事はどうでも良い。


「いや、お前……ちょい離れろ」

「え、何で?」


 コテンと首を傾げる仕草――をしているのだろう。見えないけど。とても見る余裕などないのだが。今見たら、絶対エロい目しているようにしか見えないだろうから、絶対目を合わせる気はないのだけれど。


「とりあえず、今日は帰れ」

「だから、何で」

「これからバイト」

「今日は暇って言ったじゃん」


 言った。言った気がする。逃げ道が既に絶たれている状態で、考えた結果。俺にできる事は、この部屋で二人きりになっている状況を打破する事だけだった。


「はあ、暑いんだろ。出かけるぞ」

「え、どこ行く?」


 期待に満ちた声がしたと思えば、密着した身体は離れて俺は漸く幼馴染の顔を見た。嬉しそうに目を輝かせる幼馴染目は、やっぱり十六歳の女子高生そのものだった。


 ――あー。ちくしょう、可愛い


 六歳差でなければ、理性なんて吹き飛んでいたであろう顔を前に、俺は出かける為に財布やら鍵やらスマホやらをポケットに忍ばせていく。


「どこ行きたい」

「かき氷食べたい」

「アイス食っただろ」

「かき氷は別腹ですぅ」


 まあ、そこなら俺も冷静になれる。多分。俺は、子供の頃の癖で幼馴染に右手を差し出す。嬉しそうにその手をとる彼女がふわりと笑うその顔があまりにも可愛いものだから、見惚れた間抜けズラを隠すために顔を背けた。

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