第56話 女子高生と、栃ノ木峠の戦い

 高橋甚三郎の報告を聞いてすぐに、私は朝倉館に向かった。もちろん小宰相を送り届けてから、私も軍評定に参加した。


「織田は美濃を抜け、近江を北上しているとの情報だ」

「鳥居殿。浅井家はどうされた?」


 景近の報告に、軍評定に参加していた家臣の一人が、そう問いかける。


「織田は一万から二万という大軍との情報だ」


 一万以上の軍勢を聞いて、多くの家臣が黙り込んでしまった。


「浅井殿も、決して大きい家ではない。織田の大軍を迎え撃つ事などせず、みすみす身を滅ぼすような事はしないだろう」


 知らんぷりはせず、浅井家は進軍してくる織田家のかすかな情報を教えてくれるだけでもありがたいことだ。


「これから戦の準備を始め、江北の方に進軍しても、越前に織田を侵入を許してしまうだろう」

「景近。その状況が分かっているなら、この戦評定は無駄だ。畿内へ行く要所、疋壇ひきだ城は多くの重臣を失っても、必ず死守しないといけない」


 ずっと沈黙していた義景は、話を進める景近にそう言った。


「相手は織田だ。かつて朝倉家の下に付き、朝倉家の家紋を分け与えた。時は流れ、力をつけて朝倉家に刃向かい、恩を仇で返す様な事、到底許すことは出来ない」


 まだ義景は、最大の敵である織田信長の事は知らない。まだ尾張の小さな戦国武将で、今から勢力を伸ばしていくので、ここまで信長に憎んでいる姿は意外だった。


「負けることは許されない。私自ら先陣を切る」


 未来の義景は私の中にいるはずなのに、今の義景の姿を見ていると、未来の義景が復讐心を燃やして戦に挑もうとしているような姿だった。





 翌日。朝倉義景自ら大将となる軍が、約三千人の軍勢を率いて、一乗谷を発った。道中で合流する家臣、客将たちもいるので、全員が集まれば、延べ1万人ほどになる。

 私も出陣して、宗滴の旧臣、毛屋猪助隊を率いて、およそ200人の軍で敦賀に向けて進軍した。


 府中を越え、木ノ芽峠を越えて、織田家進軍を聞いてから三日後に敦賀に到着したと、義景本隊からの伝令を受けた。


「さて。主はどう思う?」


 私、そして重臣でもある山崎吉家率いる山崎家、長く朝倉家に仕える国人、栂野とがの吉仍よしあつ、小林三郎二郎吉隆など。重臣クラスの人たちが、古来からの要所、通称『刀根坂』と呼ばれる、久々坂峠を見張る疋壇城ではなく、近江国から越前国に入るもう一つ入口、とち木峠きとうげに待機していた。


「ここには来てほしくない。けど、殿のところにも行ってほしくないのが本音です」


 吉家の問いかけにそう答え、ただ鳥のさえずりが聞こえるだけの、森の中で峠の先を見続けていた。


「宗滴公の遺志を継ぐ者なら、しかとこの戦に打ち勝って見せよ」

「はい。容赦なく潰します」


 久々坂峠、栃ノ木峠。どちらかも来ても、すぐに織田軍を挟み撃ちできるような距離。いち早く情報を知らせることが出来れば、一気に織田軍を壊滅させることが出来る、景近が考えた作戦だ。


 しかし、たとえ若かりし頃の信長でも、大軍の先陣にいるとは思えない。もしかすると、前回の記憶を持つ木下藤吉郎、豊臣秀吉が先陣に立っているかもしれない。秀吉が、信長を唆して今回の戦に挑んだとしか思えなくて、私は気を緩めることなく、警戒を続けた。


「残念じゃが、こちらに来たようだ」


 一斉にさっきまでさえずっていた野鳥たちが逃げ、遠くから金属音、馬の足音が聞こえ始め、そして織田家を表す旗印も見えた。


「これは残念。朝倉の事ですから、全員が脆い疋壇の城にいると思っていましたら。無傷で越前には入れないようですわ」


 先陣は甲冑を身にまとった木下藤吉郎だった。


「しかしまあ、よく姉さんとは会いますな。城持ってないから暇ですか?」

「生憎、越前は他国と違ってよく治まっていますから、多くの城を持たなくていいんですよ。けど本当によく会いますね。女好きの藤吉郎殿に、私はに仕える気は全くありませんから」


 互いに皮肉を言い合うと、藤吉郎はこう言った。


「姉さんには、効果覿面でしょうかね? こちらには柴田殿、滝川殿、前田殿がいます」


 後に名を遺す武将だらけだ。皆はぴんと来ていないが、私は一気に緊張が走る。


「つまり、疋壇の方に信長がいるんですか?」

「まあ。能無し朝倉には酷な相手かもしれませんね」


 藤吉郎がそう言うと、一斉に兵士たちが弓を放ち始めた。

 弓の雨が降ろうとも、例え、越前国内が平穏でも、戦への鍛錬を怠らない家臣や兵士たちには、何の脅しにもならない。


「こっちも応戦だぁあああああああっ!!!!」


 織田軍よりも、越前の地形を把握している朝倉家の方が遥かに士気が高く、織田家を上回る弓を放った後、先頭に立っていた山崎家が、一斉に前に出て、織田軍の兵士と戦い始めた。


 戦国時代の戦は、やはり現代物の戦とはかけ離れている。刀で切りかかり、槍で突き、鉄砲を撃ちあっているかと思いきや、基本は槍で相手の頭を叩きつけたり、石を投げたり、砂をかけたりと。子供の喧嘩みたいな光景が、戦国時代の本当の戦だ。


 パァアアアアンっ!!!! パァアアアアアアアンっ!!!!


 少々、織田軍が押されかけた時、森の中から、火縄銃の発砲音が聞こえた。

 織田軍が狭い峠道に張り巡らせた火縄銃の兵士たちが、一斉に勢い付いた朝倉軍に集中砲火を浴びさせる。大軍が歩けるほどの広さはなく、ほぼ一ヶ所に固まっているため、火縄銃を放つには、最高の場面と言える。


「姉さん。阿呆ですわ。数回しか戦っていない小娘が、天下人の戦に勝てるとでも?」


 私と話しているうちに、織田軍は森の木々たちに兵士を忍ばせて、一斉に朝倉軍に大打撃を与えた。


「織田に屈するなっ!! 力と数で押し返せっ!!!」


 山崎吉家の指示により、怯んでいた朝倉軍は、一気に槍の兵士たちによって先陣を切るが、やはり最新鋭の武器、火縄銃には敵わず、次々と朝倉軍の兵士が倒れていった。


「狼狽えないでっ!! 銃は連射は出来ないから、一気に叩き込み――」


 私の軍にそう指示を出した途端、無精ひげを生やし、鬼のような形相な武将が、私に切りかかってきた。


「藤吉郎殿が言っていた、朝倉の女が貴様かっ!! 実に興味深いっ!!」


 まともにやり合えば、確実に力負けして討ち取られるので、ぎりぎりで抜刀し、突いてきた槍を受け流した。


「儂は柴田権六郎っ!!」


 柴田の名前で、織田家の家臣と言えばただ一人。鬼柴田、甕割り柴田とのあだ名を持つ、朝倉家が滅亡して、代わりに越前を統治することになった戦国武将、柴田勝家だ。現代で見た肖像画通りの、威厳のある人物だ。


「私は、朝倉凛です。柴田殿、お会いできて光栄です」

「そう言うことなら、お手合わせ願おうか」


 鬼柴田とも言われ、信長も重宝してきたエリート中のエリートの重臣だ。そんな人物に、私は勝てるだろうか――


「こちらこそ」


 だろうかじゃない。ここは勝つしかないんだ。深く深呼吸をして、深く息を吐いた後、私は目の前の敵を倒すゾーンに入った。


「面白いっ!! さっきとは別人のようだっ!!」


 向こうは槍一本で、私は長刀と脇差。長刀では分が悪いので、ここは脇差で戦う。



 柴田勝家を殺してはいけない。福井県にとって、重要な人物だから、ここで討ち取ってしまったら、日本の歴史が大きく変わってしまうからだ。

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女子高生が、戦国武将の朝倉義景をバッドエンドから救う話。 錦織一也 @kazuyank

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