第55話 女子高生と、小宰相

 私は、石合戦が行われているであろう、日本海へ通ずる川、足羽川の河川敷に、小宰相とやって来た。


 足羽川は朝倉氏にとっては重要な河川であって、川を下っていけば、古来から港町としてきた三国湊がある。北国船と呼ばれる船が東北地方から九州地方まで行き来しているため、明、朝鮮、東南アジアなどの船ともつながりもある。そして三国湊から水運で一乗谷の玄関口、安波賀の町には、外国の品々が入ってくる。そして時折外国人が歩いている姿も見る。遠くから栄えた安波賀を見物に来る人もいるぐらい、城戸の中以上に栄えていると言っても過言ではないだろう。


「何を話すつもりですか?」

「ひ文字の姫様を亡き者にするつもりは、毛頭ありません」


 安波賀から少し歩いた、東郷と呼ばれる地域の河川敷で、近衛殿と遊んでいる子供たちを見つけた。けど、今は戦国の時代。何があるか分からない時代に、簡単に合わせるわけにはいかないので、石合戦が終わるまで、私と小宰相は遠く離れた場所から、試合を眺めながら、そう会話をした。


「提案を持ち掛けたに来ました」

「さっさと実家に帰れってことですか?」

「さあ? どうでしょうか」


 小宰相は、義景の正室、細川殿のようなやんわりとした、ぼやーっとした女性かと思ったのだが、全然違った。


「凛様は、御館様に、諱を譲られるほど、絶大な信頼をされている。私と同じ女だというのに、どうして信頼されているのでしょう? 私には、全く分かりません」


 そして真顔で、小宰相は私の顔をじっと見つめていた。


「殿からは何も聞いていませんか?」

「はい」


 白を切ると、何だか意味もなく呪われそうだ。敵対関係にならないよう、素直に私が令和の時代に来たことを話そうと思った時、小宰相の前に、少し大きめの石が飛んできた。


「何をされているんですか? 小宰相様?」


 喧嘩腰に、近衛殿は小宰相に話しかけた。


「あら? 試合の途中ではありませんでしたか?」

「睨み殺しそうな顔の女が、主の横に居たら、試合は放棄してきます」

「睨み殺すなんて。ただ私は、凛様の存在が不思議で奇妙、そして恐ろしく感じたので、つい殺気だったみたいなんです」


 やはり、この二人を直接合わせるのは良くなかっただろうか。早速二人の間に火花が飛び散っている。


「本日は、ひ文字の姫様にご提案があって来ました」

「あの人の側室の提案なんて、この私が聞く意味あります?」

「死ねとか、京の家に帰れなんて言わないです。私の世話役、腰元になりませんかとの、ご提案です」


 どうやって一人で来たのかは分からないが、基本的に殿の側室となれば、身の回りを世話をする女性、侍女、または腰元がいる。常に数十人の女性に囲まれ、義景の母、光徳院も多くの腰元がいる。そして義景の継室だった時の近衛殿も、もちろん腰元がいた。


「は? 嫌に決まってるじゃないですか」


 近衛殿はすぐに拒否したが、小宰相は諦めなかった。


「家中が真っ二つになりかけていること。ひ文字の姫様はご存じではありません?」

「何ですか? 私の方が良いって言う人がいる――」

「そんな事、月から使者が来るぐらいありえませんよ」

「凛様っ⁉ この女、一乗の滝に沈めていいですかっ!!?」


 そんなことは絶対にしてはいけないことなので、私はこれ以上近衛殿を刺激させないようにと、小宰相の対応をすることにした。


「小宰相様は、光徳院様と折り合いが悪くて、家臣の中で光徳院様と小宰相様をどちらを支持するか。家臣の中でそんな雰囲気があるってことで良いですか?」


 この前、昨雨軒に立ち寄った景近が、私にそんな話をした。とにかく性格が合わないそうで、すぐに口論になってしまい、義景の実母を支持するか、義景の側室を支持するか。どっちに付いた方が良いのか。家中で揉めているという話だ。


「話が早いです。じゃあ、凛様は私を支持するってことで良いですね?」


 この問題に関しては、私はなるべく関わりたくない。何故なら、義景の母でもあるし、義景の初子、四葩のお世話係にも一時期担当し、光徳院に信頼されていたから、光徳院と対立したくない。


「私は、どっちに付くなんてしません。今はそんな内輪揉めをしている場合ではないです。近いうちに、殿は若狭に進行する話もありますから、ここで朝倉家を弱体化させるようなことはするべきではないと思います」

「つまらない女。そんな中立な立場、後に自分の身を滅ぼす事でしょう」


 小宰相は、私の事を蔑視し、どうやらこれからは対立していくことになりそうだ。


「私は、姫として一生を終えるのではなく、男のように戦場に立ち、薙刀を振るい続ける方が、性に合っているんです。もし小宰相の腰元に――」

「お二人とは交渉決裂ということで、これから容易く館に入れないと思ってください」

「最後まで話を聞かんかいっ!!」


 小宰相にそんな権限はあるのかと思いながら、私は流石に小宰相を一人で歩かせるわけにはいかないと思い、小宰相を館に送るため、足羽河原を後にし、安波賀に戻った。そして近衛殿は、小宰相に怒った後、再び子供たちと石合戦を再開していた。





 いつも通りに賑わう、巨石に囲まれた下城戸を通り、そして城戸の中を小宰相と歩いた。小宰相は身元がばれないよう、深々と笠をかぶり、終始顔をうつ向かせて歩いていた。


 その間は、もちろん無言。すれ違いに聞こえる、通行人の話し声しか聞こえない。なるべく敵対したくなかったので、これからどうやって小宰相、そして義景と接していこうかと考えている時だった。


「凛様! 某、高橋甚三郎は、朝倉凛様を探していたところです!」


 一乗谷を南北に貫く幹線道路で、私は以前に行動した近侍の見習い、高橋甚三郎景業と出会った。今は、景近の家来として、朝倉館で日々頑張っている。


「どうしたの? 急いでいるようだけど?」

「はい! 殿からの伝言です! 今すぐ戦の準備を始めろ! とのことです!」

「……相手は?」


 ついに義景は若狭に進行するのか。それとも性懲りもなく、一向宗が進行してきたのか。


「美濃の織田家です!」


 あと十年以上後に戦うことになる、朝倉義景最大のバッドエンドフラグの織田信長と戦うことになるなんて、さすがの私も予想外だった。

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