第54話 女子高生と、鞍谷家の娘
宗滴の家臣が集まった後日。朝倉街道を通って山を越え、上城戸の方から、複数人の男女で囲まれ、深々と笠をかぶって、今から義景と会う女性が来た。
「どうでしょう? 私の自慢の娘でございます」
今立郡に力を持つ、鞍谷家を出迎えるために待機していた朝倉家の家臣たちは、全員息を飲んだ。
鞍谷家のご子息は容姿端麗で、現代だとドラマやCMで引っ張りだこになっていそうな、俳優みたいだった。同性の私から見ても美しすぎて、嫉妬してしまいそうだった。
「
そしてにこっと微笑む鞍谷家の娘の姿に、この現場にいた全員の心を射貫かれ、全員がよそよそしくなった。
「殿も、貴方様とお会い出来ることを楽しみにしております。それでは、殿が住む館までご案内させていただきます」
周りの男性たちは、鞍谷家の娘にメロメロになっていてダメになってしまっているので、比較的にダメージの少ない、私が率先して動き、鞍谷家を義景が待つ、館に案内した。
鞍谷家一行は西門、今では唐門が建つ門から入り、館内に入った。そして館内の会所で、義景は鞍谷家の娘と面会した。
「美しい」
義景と鞍谷家の娘だけで面会することになり、私たちは隣の部屋で待機していると、二人きりになった部屋から聞こえた第一声が、義景のその言葉だった。
どうやら、義景は鞍谷家の娘を気に入ったようだ。
「凛よ。少し良いか?」
甘酸っぱい展開になり、私は少しウキウキしていると、義景は鞍谷家との会談を中断して、待機していた私を呼んで一度館内にある、蹴鞠が時々行われている、庭に連れ出された。
「出来た娘だ。私には勿体ないぐらいだ」
「それで、殿はどうされるつもりでしょうか?」
「断る理由はない。私は鞍谷家の娘を迎え入れようと思う」
どうやら、義景の側室の問題は解決したので、私は胸をなでおろした。
「だが、何と言えば良い?」
「と言いますと?」
「……その……何と言えば良いのか。……あの娘と面と向かって話すことが出来ない」
義景は鞍谷家の娘に本気で恋してしまった。戦国の世を生きる武将の以外の一面を見られたことに、私はついニヤニヤしてしまった。
「殿? 私の時代では、くよくよしている男性は情けないとか、蛙化現象で一気に幻滅するんですよ」
「蛙……? どうして蛙になるのか?」
「それは話すと長くなるので、割愛してください。とにかく迎えるつもりなら、さっさと好きって告白して、鞍谷家の娘さんと婚約を申し込んでください!」
この時代では政略結婚が当たり前で、義景も政略結婚で細川殿と近衛殿と結婚していたので、一目惚れで婚約しようとするのは初めての事。どうしたらいいのか分からないから、私に聞いてきたのだろう。
「政治のために婚約するんじゃなくて、好きになった人と婚約することは、悪いことじゃないです。鳥だって馬だって、みんな異性を好きになるんです。人だけ出来ないなんて、おかしな話じゃないですか?」
「そうか。凛の世界では、こう言ったことが当たり前になっているのか」
私に相談したことによって、義景は吹っ切れたのか、私に礼を言うこともなく、そそくさと鞍谷家の娘が待っている会所の広間に戻った。
鞍谷家の娘は、正式に朝倉家に嫁いだ。そして鞍谷家の娘は、
「なーんか、気に食わない女です」
義景と離縁し、私の下に仕えるようになった、義景の元継室の近衛殿は、宗滴の安波賀の屋敷、昨雨軒の軒下で、少し平穏になった一乗谷の空を眺めながら、私にそうぼやいた。
「殿に相応しい人だと思いますけど」
「五摂家の筆頭格である、近衛家の娘を離縁して、どこの馬の骨か分からないような人を側室にしたんですよ⁉」
「鞍谷家って、足利家の傍流って聞きました」
「こっちは五摂家です! 足利家より近衛家の方が格上ですからっ!!」
もう二度と顔を見たくないと言っていた近衛殿だが、やはり最近の義景と小宰相との関係を聞いて、すごく悔しがっている様子だ。
「あ。そういえば、子供たちと石合戦をやる約束しているんでした。凛様、外出します」
「ほどほどにしてくださいねー」
近衛殿は、本気で石を投げて子供たちを怪我させないか、すごく不安に思いながら、私は日課である素振りを始めようとした時だった。
「突然すみません。今、忙しいでしょうか……?」
単身で義景の側室、小宰相が昨雨軒に現れた。
「ど、どうされましたかっ⁉ しかもお一人で城戸の外に出るのは、すっごく危ないですよっ⁉」
「単身でも安心して歩けるぐらい、越前は平和です。これもすべて凛様のおかげだと、御館様は仰っておりました」
とにもかくにも、小宰相が私に何の用なのだろうか。単身で来るぐらい、急な用事だったのだろうか。
「凛様。ひ文字の姫様は、今ここにいますか?」
ひ文字姫というのは、近衛殿の事であって、義景の継室だったころには、家臣からはひ文字姫と呼ばれていた。理由は、文章を書く際に、『ひ』という一文字を用いてサインをしていたからだ。
「今はいませんよ。さっき――」
「凛様。御館様に姫は二人も必要ない。悪名高い姫は、さっさと実家に送り返すべき。凛様もそう思われません?」
どうやら、小宰相は近衛殿を追放したいようだ。これは自分の正義のために動いているのか、ただ単に、小宰相並みに容姿端麗な近衛殿を鬱陶しく思っているのか。女性同士の争いは、他国の戦、一向一揆との戦い以上に関わりたくない争いだ。
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