指先
西しまこ
その瞬間、
ふと思いついて、英会話スクールに通うことにした。
「英会話習っていい?」と、一応家で相談したら「いいんじゃない?」と、わたしには目も向けずにスマホを見たまま興味なさそうに言われて、暗い気持ちが込み上げてきたけれど、ぎゅって蓋をして「じゃ、習うね!」と明るく言った。
週に一回木曜日に通う英会話。
それはわたしに意外な潤いをもたらしてくれた。
会社の人でもない、家族でもない人とのコミュニケーション。
少しずつ出来るようになる英語。
通勤途中も英語の勉強をするようにした。おもしろい。頑張ればちゃんと出来るようになっていく。
大人になると頑張ってもうまくいかないことが多いけれど、英語って、頑張ったら頑張っただけ、上達していく。そういうことがとてもいいなって思った。
「あれ、相良さん?」
ホームに降り立ったところで、声をかけられた。
「湯沢さん」同じ英会話スクールの人だった。
「同じ電車だったんですね」
「ええ。知りませんでした。仕事帰りですか?」
「そうですよ。ぼく、仕事でね、英語をきちんとやらなければいけないなと思いまして、仕事帰りに通いやすいところにしたんです」
「そうだったんですか」
「相良さんは? やっぱり会社帰りに通いやすいところに?」
「そうです」
話を進めると、会社が近いことが分かって、今度お茶でもしようということになった。
湯沢さんは、清潔感があってスーツがとても似合う人だった。
いっしょに英会話スクールの教室に入る。
英語で挨拶をし、授業を受ける。今日は不思議にいつもより英語が頭に入って来た。英語のやりとりが続く。楽しい。
「相良さん、駅までいっしょに行きましょう」
荷物を片付けていたら、湯沢さんがそう言った。
「はい!」
「慌てなくていいですよ」
急いで片付けようとしたら、湯沢さんが笑ってそう言った。
いつも、待たせるな、早くしろ、と言われていたので、「慌てなくていいですよ」なんて、言われてどきどきしてしまった。
「ご、ごめんなさい、どんくさくて」
「? 全然そんなことないですよ。今日の英語もとてもきれいな発音でした」
湯沢さんはそう言って、床に落ちていたホワイトボード用のペンを拾った。
「最近は学校でもホワイトボートのところがあるそうですよ」
「え? そうなんですか?」
「そうなんです。姉の息子の学校がそうなんですよ」
「じゃあ、チョーク使わないんですね」
「……チョーク、懐かしいですよね」
湯沢さんはそう言うと笑って、ペンをホワイトボードに乗せた。
その指先がとてもきれいで、わたしは目が離せなかった。
了
一話完結です。
星で評価していただけると嬉しいです。
☆これまでのショートショート☆
◎ショートショート(1)
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000
◎ショートショート(2)
https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330655210643549
指先 西しまこ @nishi-shima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます