旅するバッグ
西しまこ
実話のような御伽噺
ぼくはカーキ色のトートバッグ。
水着とか体操服とか水筒とかが、入ってる。
週に何回か、ぼくはすーくんといっしょにお出かけする。
でもさ、すーくんたら、ときどきぼくのこと、忘れるんだ。
行きはいつもいっしょ。でも、帰りは、すーくんはいつも友だちと楽しそうに話していて、ぼくのこと、忘れちゃうんだよね。
あ、待って! ぼくのこと、忘れてるよ! ねえ、待ってよ、すーくん! ……行っちゃった。
ぼくはぽつんと座席に座る。
隣に座るひとは、どんどん変わる。
元気な女子高生がおしゃべりしていたり、ちょっと疲れたスーツ着ているひとが寝ていたり。あ、座席替わってあげた。おばあさんが座った。
そして、電車はどんどん遠くにゆく。
最初は混んでいた車内も、人がまばらになっていく。もうぼくの隣には誰もいない。
外の景色も変わる。
最初は明るい陽射しだったのが、橙色の光が斜めから射すようになり、群青色の空が垂れこめて、今ではすっかり夜の世界だ。家々の灯りが見える。
電車が動かなくなったところで、ぼくは駅員さんに拾われる。
今日も二時間くらい旅をした。
データを入力される。
あ! ちょっと! この人、「紺色」って入力しているけど、ぼく、紺色じゃないよ。カーキ色。茶色でもいい。……緑、とも言えなくもない。でもでも、紺色はぜったい違うから!
あ! ちょっと! 「名前なし」って入力しているけど、ちょっとだけ中見てみて。そうしたら、名前が書いてあるから。……ああああ、中身のチェックはしないんだ。
あ! ちょっと! 手提げ袋としか入力していないけど、大き目の、とか、トートバッグとか、書いて欲しいんだけど。中身、水着とか体操服とか水筒とか入っているんだけど。……ねえ!
……倉庫にしまわれちゃった。やばいなあ。
ぼくはカーキ色のトートバッグなんだ。中身は水着とか体操服とか水筒。
紺色の手提げ袋って入力されたら、ぼく、見つけてもらえないよ。
「ねえねえ、きみ、どこから来たの?」
となりの黄色いきんちゃく袋が話しかけてきた。
「うん、隣の県から!」
「それは遠くから来たねえ」
「そうなんだ。旅して来たんだよ」
「へえ。……おれたち、うちに帰れるかな?」
「帰れるよ!」ぼくは胸を張った。
「どうしてわかるの?」
「だってね、ぼく、これで三回目の旅なんだ。これまでもうちに帰れたから、きっと帰れるよ!」
「そうなんだ」
「そうだよ!」
いつもすーくんのママが迎えに来てくれる。
そうして、ぼくを見つけてほっとした顔をして、うちまで連れて帰ってくれる。うちについて、すーくんが「よかった!」とか言うんだ。
早くうちに帰りたいな。
ぼく、紺色の手提げ袋じゃないけど、きっとうちに帰れるよね?
了
一話完結です。
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旅するバッグ 西しまこ @nishi-shima
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