月と招き猫と少年
まほろば
第1話 月と招き猫と少年
「ねぇ君、どこに連れて行ってくれるんだい?」
君というのは、僕の前を歩く一匹のぶちネコ。
彼か彼女か解らないけど、僕は彼と呼ぶ。彼との出会いは今から10時間前。
「おい! てめー 暑苦しいんだよ。デブは見てるだけで暑くてイライラする」
「そうだ、デブは学校にくんな!家でママのおっぱいでも飲んでろ」
そう言われながら、殴る蹴るを受けている。僕。
僕は中学生の佐々木
このいじめは小学校の時からなんで、もう何も感じない。
悲しい、辛い、悔しい、そんな感情すらもうどこにもない。ただ早くこの時間が過ぎ去ってくれればいい、それだけ。
理不尽? そんな言葉がある事は知っている。理不尽って誰が決めるの?
僕をいじめてるこいつらに理不尽なんて言葉は通じない。だって当たり前だと思っているんだから。
「ち! 最近こいつおもしろくね~な」
「泣き叫んで反抗でもしてくれたら遊びがいがあるのによ」
こうやって芋虫の様に丸まって耐えていれば最近は飽きてどこかへ行ってくれる。
(やっと終わったか)
それじゃ帰ろうか、(どこにだい?)
え! 誰もいないのに何処にと言われた気がした。
そう、僕には帰る家はある。でもそれを家と呼んでいいかは別の話。
解るでしょ、僕がいじめを受けてるのは小学校の時からなんだから、いじめられる度に服はドロドロ、体中痣だらけなのに気づかない親がいると思う?
僕の親は知っていてなにもしない。それどころか家でも僕は殴られている。
どこに? そうだな何処に帰ろうか?
行く当てもなく、ふらふらして、辿り着いたのは公園のベンチ。
もう辺りは暗く、公園の外灯と月明かりだけになっていた。
「ミャ~」
外灯の明かりの切れ目の暗闇から一匹のぶちネコが姿を現した。
「ミャ~」
ひと鳴きしたと持ったら、ベンチに飛び乗りそのまま、そこが自分の指定席とでもいうように、僕の膝の上で丸くなる。
「あったかいね君、僕を温めてくれるのかい?」
心が寒い僕には心地よいぬくもり、久しぶりのぬくもり、何時からぬくもりを感じていない? さて、何時からだろう?
ぶち猫の温かさに、僕はいつの間にか眠っていた。
目が覚めた時はもう空が白んでいた。何時振りだろうか? こんなに良く寝たの……。
僕が起きた事に気づいたぶち猫は、片目をあけて顔だけ僕の方に向けて「ミャ~」と鳴き、僕の膝から飛び降り歩き出した。
ぽっちゃり体系の癖に意外と身軽な奴だ。猫とはもとからそんな物か? そんな事を考えていると、また立ち止まり、顔だけ僕に向けて「ミャ~」
「何だい、僕について来いと言ってるの?」
僕には何故かそう言ってるように思えた。本当に不思議な猫だ。
どうせまた学校に行けば、いつものいじめが待っている。家に帰っても外泊した事を理由にまた殴られる。
理由を付ければ殴り易いだけで、子供の躾でも何でもない。外泊した事も気づいていないかも。
「ついて行けばいいの?」
「ミャ~」
この時僕は何も考えていなかった。自分の行動がどんなことを引き起こすのか?
ただ、自然と猫の指示に従ってしまったのです。
そこは自動券売機の前。
「切符を買えって事かな? どこまで?」
そんなこと聞いても猫が答えられるわけない。ミャ~としか鳴かないのだから。
「えっと、それじゃ今持っているお金で買える所まで買うね」
返事が無い。まぁ僕がいくら持ってるとか彼は知らないだろうから答えようが無いよね。
僕が切符を買うのを確認すると彼はまた歩き出した。そして改札を通りホームに辿り着いた時、僕ははじめて違和感を覚えた。
(おかしいな? 普通猫がこんなところに入れる?)
そう猫が駅の構内にいれば普通追い出される。それが改札を堂々と通ってホームにいるのだ。いくら始発の時間で人が少ないといっても……。
その違和感もほんの一瞬だった。だって考えても解らないし、彼に付いて行くことは決まっているのだから。
彼の後ろ姿をみながら電車を待つ。電車が来た。彼は今度もまた躊躇なく電車に乗り込む、その後に付いて僕も。
不思議だ。猫が電車に乗っているのに誰も驚かない。この時にはもうそういう物なんだとしか僕は思わなかった。
どれくらい電車に乗ってるのかさえ解らない。いくつもの駅を通り過ぎ、次の駅の到着アナウンスが流れた時、彼はドアの前に歩き腰をおろした。
次で降りるんだ。僕は慌てて彼の後ろに立って到着を待つ。
電車のアナウンスで何処の駅かは分かっていたけど、電車を降りるとそこには何時かは見たいと思っていた、日本一の雄大な山が目に飛び込んできた。
(わぁ~~凄い! TVや写真で見るのとは大違いだ)
彼は僕の感動何て気にしないように、また堂々と改札を通り駅の外へ。
そこからどれくらい歩いただろう? ただ彼について歩いた。かなり歩いたと思うけど疲れない。僕は運動は得意じゃない、だから体力も無い、それなのに疲れない。
ただ黙々と彼の後に付いて行く。もう傍から見れば夢遊病者に見えていたかも?
確かに時々すれ違う人が不思議そうな顔をしている。
平日の昼間に学生服で猫の後を歩く少年を見れば不思議に思わない人は居ないだろう。
そのうちひと気がなくなり、周りはうっそうとした森になって来た。
(ここって樹海ってところかな?)
森の開けた所に駐車場があった。樹海観光をする人の為の駐車場だ。
彼はそこから樹海の中へ、僕もそれに付いて行く。
はじめは観光客用の遊歩道を歩いていたが、突然彼は道を外れ樹海の奥に向かって歩き出す。獣道も無い場所なのに彼が歩くと下草が彼を避けるように道になる。
ここまで来ると不思議だではもう解釈できない。異常な光景。
「ねぇ君、どこに連れて行ってくれるんだい?」
「ミャ~」
今度は黙って付いてこい、そう言われた気がした。
そうだね。僕に選択肢はないよね。
そう思った時、目の前が急に眼を開けていられない光に包まれた。
次に目を開けた時、目の前には草原が広がっていた。
さっきまで樹海に僕はいたはず、先が見えるような場所じゃなかった。
まして夜になっている。
周りをみてもあの山はどこにも見えない。日本一の山が突然消えるわけがない。
見えるのは満天の星と赤い月。
「ここはどこ?」
彼にそう聞いた。
「ここは異世界、君のいた世界とは違う場所。ここに君の未来がある」
ネコが喋った。それなのに僕はそれをすんなり受け入れた。
そうか異世界か! 嫌な思い出しかない世界じゃないんだ。僕を知ってる人がいない世界。
「わたしと一緒に行きましょう! ムサシ」
あれ? わたし? 彼は彼では無かった。
「うん! 僕と一緒に行ってくれる!」
ひとりと一匹のネコの新たな人生という旅が今はじまった。
その門出をひっそりと祝福するように、赤い月が優しく照らしていた。
**********************************
僕が消えた世界。
僕が突然姿を消したことで、騒ぎになりTV局まで来て色んなことが報道された。
僕がいじめに合っていた事、僕の親が虐待していた事、それを教師も学校も同級生も見て見ぬふりをしていた事が公にされた。
僕の行方を捜す警察によって、僕が樹海に入った事が判明し、捜索が行われたが結局見つからず、行方不明で捜索は打ち切り、認定死亡で処理された。
月と招き猫と少年 まほろば @musasi926
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