第045話「天然」

「プモ太きめぇーーーーーんだよっ! 死ね!! 死ね!!! いつもキモいコメントしやがって、クソ豚が!!!」


 少女の怒号が部屋の中に響き渡る。


 ここはとある高級ホテルの最上階のスイートルーム。


 その室内にあるキングサイズのベッドの上で、1人の小柄な美少女が、怒りの形相で荒れ狂っていた。


 美しい銀色の長髪をツインテールにした、猫のような大きな紫色の瞳をした幼い顔立ちの少女――みぱちょこである。


「まあまあ、あねさん。ああいう豚はただの金蔓だと割り切って無視すればいいんですよ。あいつらは金を吐き出すだけの機械ですから。気にする必要なんてないですよ」


「そうっスよ。それにしても、あねさんのチャンネル登録者数、もうすぐ1000万人突破じゃないですか! おめでとうございます!」


 少女を宥めるように、背後に控えていた2人の男がそれぞれ言葉をかける。


 1人は長身痩躯で、整った顔をした美青年だった。髪色は金色で、目の色は青色をしている。まるで少女漫画の中から飛び出してきたかのような甘いマスクをしており、モデルのようなスタイルの良さをしていた。年齢は20代前半といったところだろうか。


 もう1人も同じく美男子だった。こちらは、対照的に筋肉質な体格の男で、髪は黒色。野性味を感じさせるワイルドな風貌をしていたが、その目は優しげに細められている。


「助……。角……。お前らだけだよ。あたしのことをわかってくれるのは。ありがとな。でも、やっぱりムカつくものはムカつくわ! プモ太はキモいし、チャンネル登録者数1000万人つってもアリスは1億を余裕で超えてるわけだしよぉ……。くそぅ、なんでこのあたしが、あんなガキンチョに負けんだよ!?」


 彼女は悔しげに枕に拳を振り下ろす。すると、ボフンッという音と共に羽毛が大量に宙に舞った。


 それを見ながら、助と呼ばれた金髪の男――助嶋すけしま浩助こうすけは苦笑する。


「アリスは全ヶ国語を話せますからね。あれはちょっと反則みたいなものでしょう」


 そう言いながら、彼は床に落ちた羽毛を拾い集めてゴミ箱に捨てた。


「あいつ! 絶対言語系の恩寵の宝物ユニークアイテム持ってんだろ!? くそっ! ずりーぞ! そんなんチートじゃねえか!」


 再び暴れ出した彼女を、今度は角と呼ばれた黒髪の男――角田つのだ一角いっかくが諌める。


「まあまあ、あねさん落ち着いてくださいよ。それよりも、次の攻略予定ダンジョンが並木野って、時期尚早じゃないっスか? あそこ地下100階まであるんじゃないかって噂されてますよね?」


「お前ら知らねーのかよ! アリスが並木野狙ってんだよ! あいつ、アテネのダンジョンを攻略し終わったら次は並木野に行くって動画で公言してるし! その前にあたしが先に行って、あのダンジョンを攻略しちまわないと、またあいつに差ぁつけられちまうじゃねーか!」


 少女は地団駄を踏み、歯ぎしりする。


 すると、助と角と呼ばれた青年だけでなく、部屋の隅に控えていた数人のイケメン達が、一斉少女に駆け寄り慰め始めた。


「大丈夫ですよ、あねさんならきっとできますって」


「俺達からすればみぱちょこさんが世界一ですから」


「今日も最高でした! アリスより全然イケてましたよ!」


「そうですよ。ほら、元気出して下さい。あねさんには俺達がいますから!」


 彼らは全員、彼女のファンであり、熱狂的な信者であった。その中から、みぱちょこはイケメンだけを厳選し、ハーレムを形成していたのである。


「そうかぁ~? お前らあたしの方がアリスより可愛いと思うか?」


 そう言って、みぱちょこはあざとく小首を傾げる。


 そんな彼女に、男達は一斉に肯定した。


「「「「もちろんですとも!」」」」


 その返答に満足したみぱちょこは、ようやく機嫌を取り戻し、口元を歪めた。


「よ~~し、それじゃあ今日は特別に、新入り全員相手してやるぜ! おらっ! 新入り共! こっちへ来い!」


「ま、マジっすか! やったーーーーっ!!!」


 喜びの声を上げながら、男達はベッドの上に乗り上げる。


「おい、そこのお前。あたしのどこがアリスより上だと思うか言ってみろ」


 そう言って、みぱちょこはまだ高校生くらいに見える少年に問いかけた。


 彼は少し戸惑った様子を見せた後、ゆっくりと口を開く。


「ち、ちっちゃくて……可愛らしいところ……とか……」


 すると、その答えに気を良くしたのか、みぱちょこはニヤリと笑みを浮かべと、少年に抱き着いて、耳元をぺろりとその舌で舐め上げた。


 ビクンッと身体を大きく震わせる少年。


「次っ! お前、言ってみろ!!」


 続けて、別の男が指名される。


「はいっ! えーーーーと、全部が可愛いと思います!! いつものみぱちょこさんも、動画のキャラを演じているみぱちょこさんも、どちらも最高に可愛いです!」


 その回答にも、みぱちょこの気分は良くなったようだ。褒美を与えようと、その男に近づく。だが、その時――


「アリスは天然物・・・っていうんですか? キャラも作ってないし、素のままの自分で勝負している感じは凄いですけど、いまいち俺のタイプじゃないっていうか……」


 男の発言を聞き、ピタリと動きを止めるみぱちょこ。


「お、おい! 馬鹿っ!」


 金髪のイケメン、助が慌てて止めようとするが、時すでに遅し。


 次の瞬間、みぱちょこはその男の顔面に強烈な蹴りを食らわせていた。


「ぐげああああっーーーー!?」


 悲鳴を上げて吹き飛ばされる男。そのままホテルの壁に激突し、ずるりと崩れ落ちる。


 その様子を見て、他の男達の表情は凍りついていた。


 だが、みぱちょこの怒りは収まらない。倒れた男に歩み寄り、胸ぐらを掴んで持ち上げると、容赦なく何度も殴りつける。


「てめぇーーーーっ! 誰が! 天然じゃない・・・・・・ってっ!? ああっ! 誰がブスだってぇっ! 殺すぞ! あたしがアリスと違って天然じゃない養殖物の整形顔だって言いたいのかコラァアアッ!!!」


「そ、そんなこと言ってな――――ぶぎゃああぁっ!!!」


 弁解しようとした男は、最後まで言葉を紡ぐことができず、再び殴られる。やがて、その口から血を流し、動かなくなった。


 それを確認してから、みぱちょこは、フンっと鼻を鳴らす。


「……え? どういうことですか? 何でみぱちょこさんあんなにキレて……」

 

 ハーレム新入りの高校生くらいの少年が、角に尋ねる。


 すると、角は困ったような顔をした。


「ふう、これは絶対オフレコだぞ? お前、誰にも言わないと誓えるか? てかこれ知ってなきゃ、あねさんのハーレムでやってくのは無理だからな?」


 その真剣な雰囲気に、ゴクリと唾を飲み込む少年。


 そして、彼は震える声で返事をした。


「は、はい……。誓います」


 角はその言葉を聞いて、大きく息を吐きだす。それから、意を決したように語り出した。


「あねさんは大分身体を魔改造してんだよ……」


「魔改造……ですか?」


「どうみても10歳前後くらいだろう? 実年齢は確か30歳に近かったはずだ。ダンジョンのレアアイテムや恩寵の宝物ユニークアイテムでああいった姿になってるんだ」


 少年は驚きのあまり、目を見開く。


 角はその反応を見て、さらに続けた。


「何でも、元の姿は……その、あまり美人とはいい難い容姿だったらしいぜ。だからコンプレックスが凄いんだよ。天然とか整形とか、そういう単語には特に敏感なんだ」


 その説明を聞き、先程の光景を思い出す。確かにあの男は、うっかり天然というワードを口にしていた気がする。


 少年は納得し、冷や汗を流す。


「だからあねさんを褒める時は、絶対に元の外見を想起させるようなことだけは口にしない方がいいぜ? 下手すりゃ殺されかねないからよ」


「は、はい……肝に命じておきます……」


 少年は深く頭を下げてから、改めてみぱちょこの方を見る。


 彼女は未だ怒り収まらないとばかりに、ホテルの備品を破壊し続けていた。


「あたしをブスって言うやつは絶対に許さねぇ! 全員ぶっ殺してやる!!」


 しばらく暴れ回った後、みぱちょこはようやく落ち着きを取り戻し、ベッドの上で横になった。


「今日は冷めちまった……。お前らもう帰れ」


 そう言って、手を振って追い払う仕草をすると、毛布を被ってしまう。


 それを見た角達は苦笑いしながら部屋から出て行った。


 1人になったみぱちょこは、ぼそりと呟く。


「あたしのことを可愛いって、本心から可愛い子だって、そう言ってくれたのは、あの人だけだったな……」


 その瞳からは、大粒の涙が流れていた。


 ――うーん、そうか? 三羽は普通に可愛いと思うけどなあ。まあ、好みはあると思うけど、僕は好きだよ。


 学生時代の先輩の言葉を思い出しながら、懐かしむように目を細める。


「桜井せんぱい……。今頃どうしてるんだろうな……」


 かつて好きだった人のことを思い浮かべながら、みぱちょこは眠りについた。

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30歳童貞魔法少女先生ダンジョンに潜る 須垣めずく @mezukusugaki

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