第13話 選択と、これから
警備ドローンに囲まれ研究員達の注目を受ける中、舞架は一つ深呼吸して観園チーフを見据え、告げる。
「研究所に忍び込んで情報を盗んだことには謝罪するわ。どんな理由があろうと違法行為だもの」
「なら大人しく投降してくれるのかしら?」
観園チーフが問う。けれど舞架は首を軽く横に振る。
「そちらも警察を呼びたくないでしょう?」
「――――――――」
観園チーフは表情こそ変えなかったが否定もしなかった。
舞架は続けて告げる。
「そのうえで、私は貴方達に提案する」
すると舞架はノートPCを両手で持つと、Enterキーから遠い位置に持ち直したのだ。
研究員達の間に安堵の空気が広がる。
「この研究が綺麗事だけで成し遂げられることじゃないっていうのは、この分野の研究者なら容易に想定できることでしょう。
ならこの情報を隠し続けるのだって無理じゃないの?」
「――何が言いたいのかしら?」
観園チーフの声に微かに苛立ちが混じる。
「だからこそ、公表の手段や内容には十分検討を重ねてきたのよ。この研究の過程に対する批判なんて、絶賛に搔き消されるだけだわ」
「そんな保証もないでしょう?」
ノートPCからメモリスティックを抜いて、観園チーフへと向ける。
警備員達にとっては舞架を取り押さえる好機だ。
伸ばした手が震えそうになるが、それを気力で抑え込む。彼の前で格好悪いところを見せたくない。
メモリスティックを指先でひょいと投げ上げて空中で数回転。落ちてきたところををバシッと掌の中で捕まえる。
「だから私が三か月後、この情報を公表する。
その時に貴方達が世論を宥め、研究結果を受け入れさせることができたなら、それは社会の選択でしょう。
あるいは、三か月経つ前にそちらから公表するのもアリね。そちらの方がうまく世論をコントロールできるかもしれないわよ」
その提案に観園チーフが目を見張った。研究員達がざわつく。
対して舞架は心臓がはちきれそうになりながらも余裕有り気に笑って見せるのだ。
さらに一言付け加える。
「この先いつバレるかと冷や冷やしながら過ごすより、いいんじゃない?」
「―――――――――――。
貴方が明日にでもその情報を流さないという保証は?」
「ないわ。
けどさっきまですぐにネットに情報をばら撒けたのに、今それは無理。そちらが取り押さえようとすれば、きっと今すぐ捕まるわね。
そちらがそうしないってことは、それくらいは私を信用してくれているってことでしょ」
観園チーフは一つ、大きく息をついた。
それは諦めとも嘆きともつかない溜息。
軽く首を左右に振って何かを振り払うようにしてから、舞架と視線を合わせる。
「――そのPCを渡しなさい。
それでデータのコピーがなく、ネットに送信した形跡がなければ、貴方の提案に乗りましょう」
研究員達がざわつくが、観園チーフはそれを視線で黙らせる。
「私達の長年の研究にとって、これが最善の選択よ。
リスクを避けて95点で満足していたところを、リスクを冒して100点を目指す。これはその切っ掛けになったということ。悪いだけの話じゃないわ」
決して投げやりではないその言葉を受け入れ、研究員達は落ち着きを取り戻していく。
舞架は直徒と十夜に一つ笑って見せ、前に歩き出す。
観園チーフに近づくと、展開していた警備ドローンが道を開けた。
こうして足を進めている今でも、この提案が正しかったのか、この提案によってこの先どうなるのか、不安が消え去ることはない。
それでも、決めたのだ。
観園チーフの目の前に立ち、舞架はノートPCを差し出す。メモリスティックはその手に握ったまま。
観園チーフはそれを受け取った。
「鐵セキュリティサービス所属、堂露木舞架。
個人情報が割れてるっていうのに、大した度胸ね。
もし約束よりも前に情報が流出することがあれば、街を出歩く時は気をつけなさい」
「それって脅迫?」
「このご時世、当たり前の忠告よ」
舞架は軽く笑った。
この研究で世の中は大きく動く。
きっとこの判断を間違っているという者もいるのだろう。
けれど。
――これが、自分にとっての正義だ。
「ありがとう、堂露木さん、鑑戸さん。俺の事情につき合わせてしまってすみません」
最寄り駅の前で十夜は舞架の運転する車から降り、別れの挨拶を交わす。
「帰ったら、親とゆっくり話してみます」
「そちらこそお疲れ様。これからはこんな無茶なことしないように気をつけなさいよ」
「それと相談する相手は十分選ぶことだな」
舞架、それに直徒も声をかけ、十夜はさっぱりとした顔で車から離れていった。
その背を見送ると、
「――で、貴方はここで降りないの?」
舞架は助手席から動かない直徒に声をかける。
「せっかくだ、家の近くまで送ってくれ」
「………………………。
いいわ、それくらい。これで今日助けてもらった借りは帳消しね」
舞架は車を走らせた。
真夜中のドライブ。
オレンジの街灯が等間隔に照らし出す海沿いの道路を、目的地が不明のまま舞架は車を走らせる。車通りはなく、タイヤがアスファルトを擦る音に潮騒が混じる。
直徒がたまに出す道案内に従って、こうしてもう2時間近く車を走らせている。
「貴方はあの研究を潰したかったようだけど、よかったの? これで」
「まぁ、ギリギリ合格ラインにかかるかどうか、だな。杓子定規に新しい技術は何でも潰せって方針なわけじゃない」
「――そう。ならよかったわ」
少しそんな会話を挟んだけれど、ほとんどの間、二人とも無言だった。
ただ、その沈黙はきつかったわけでもない。
「――で、この道をどこまで走るの?」
それでもさすがにそろそろかと、視線は道路の先に向けたまま、舞架が呆れ気味にそう問うと。
「そうだな、道を変えようか」
なんて彼は惚けて返すのだった。
「貴方の家はずいぶん遠いのね」
舞架は交差点を直進して同じ道を進み続ける。
「いいじゃないか。これで今度こそ、お別れなんだから」
彼の口から別れを告げられるのは、これで二度目。
一目惚れの相手。しかも〈撫子〉の一目惚れ。
ちらりと助手席に視線を向ければ、差し込む街灯で顔に深い陰影が刻まれている。
彼と、このままお別れ――
「――3か月」
舞架は気づいたら口を開いていた。
「つきあいなさいよ、それくらい。
貴方が私を巻き込んだんだから。あの研究の行く末を、私の選択の結果を、一緒に見届けてくれたっていいんじゃない?」
直徒は目を見開いて舞架を見つめると、片手で頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
「――――――――。
俺からしてみれば勝手に巻き込まれに来たようなものなんだが」
「そんなものでしょ、恋なんて」
不敵に笑って言い返すと、直徒は盛大にため息をつく。
「言っただろう、俺は浮気性だって。そういう体質なんだよ――性格じゃなくて、体質。本当さ。
――〈撫子〉の一目惚れをしたのは、君で23人目だ」
「―――そんなことあるの?」
思いっきり余所見をして直徒を凝視したくなるところを、運転中は危険だと身の安全を言い聞かせて何とか止める。今目の前が赤信号だったら急ブレーキを踏んでいた。危ない。
「あるとも。こんな嘘吐くものか」
彼は忌々しそうに吐き捨てた。
理由はどうあれ、浮気されたらいい気はしない。
舞架はブレーキペダルから足を離し車を減速させ、路肩に停車させた。
――そうと分かっていても。
シートベルトを外す手間さえ惜しんで、助手席へと身を乗り出す。
そして彼の横顔にキスをした。
直徒は身を引こうとしたがシートベルトで座席に押さえつけられている。
舞架は笑う。
「それだけ経験してれば、〈撫子〉の一目惚れはこれくらいで諦めきれるものじゃないって分かってるんじゃないの?
もし、つきあいきれないって思ったらその時は、私の方から振ってやるわよ」
直徒は呆気にとられ、至近距離で舞架をまじまじと見つめていたが、やがて表情を緩める。
「そのときは心置きなく振ってくれ。なにしろ俺ほど失恋に慣れている男もそうはいない」
二人の笑い声が真夜中の潮騒に紛れる。
水平線から太陽が顔を出すにはまだ先だけれど、夜の海も悪くない。
一目惚れだからフッてやる! ニノ @nino3
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