第72話 そして現在を生きる(最終話)

翌年の春、二〇二四年、私は大学生になった。家から遠く離れた地に今はいる。広いキャンバスの中で、未だに迷子になりながらもお気に入りのスペースを見つけたり、自分らしく日々を送っている。

友人からのメッセージを見ると、この辺鄙な地で少し置いてきぼりになっているようで、正直、焦る事もある。特に有名大学に入った由乃には、恋にも勉強にも遅れをとってしまっている。カレシとの画像を度々送ってくるし。

たまに璃空センパイに近況報告を送ると、主に画像で返ってくる。異国のキャンバスのそれぞれの季節の画像を。そしてセンパイはちゃんと仲間に囲まれている。驚くほど様々な人種と年代の仲間達に。もう、孤独じゃないんだね、良かった。もしかしたらそれがいつも一番の心配だったのかもしれない。

だから今は心の中が穏やかだ。涙の蛇口はどうにか締まった。


私がこの春から学ぶのは西洋史学。歴史をもっと学びたいと思うようになり、一生懸命探した学部だ。今日、受けた講義の教授は、良い本を買える古書の専門店を教えてくれた。

インターネット頼りの私には、活字を追う日々は少しキツイかもしれない。いや、でも逆に新鮮かも。

そうだ。これからその店に行ってみようか。腕時計を見る。今は十一時五分前。天気も良いし。古書店はここから歩いて十五分位だ。ナビを使えば、道に迷う事もないだろう。ついでに昼食をどこかでとっても、午後の講義には充分間に合う。


遠くから私を呼ぶ声が聞こえた気がした。


『何、一人で孤独を楽しんでんの?』


『そーだよ。同じ高校の同窓生なんだからちょっとは昼ごはんとか、一緒に食べに行こうぜ』


『そうよね。みずくさいよ』


肩からカバンを提げて燥いでいる仲間が見える。


なーんだ、やっぱこの元クラスメートの四人組につけられてるんだ。


……なんてのは、私の勝手な妄想。四人組は、それぞれの道に進んでいる。ユウヤは自動車整備の専門学校へ。あとの三人はそれぞれ違う大学へ。


その時、スマホの通知を知らせる小さなメロディ。二年前のグループラインに珍しく新しいメッセージが入っているようだ。画像付きでお城のような建物が写っている。カズキが送信したもの。そう言えば島本カズキは、ヨーロッパ建築を学べる大学へ行ったんだった。


――これ、スゴくない? レイン湖の夕陽の持ち主だった貴族の住んでたお城らしいよ――


湖の側にある、古い石造りの建物。円柱のような丸い建物と長方形の建物がくっついている。長方形の建物の窓は教会の窓みたいにアーチを描いていた。この建物はずいぶん長い間、こうして庭園を見下ろしてきたんだろう。古い建物とは対象的に、外の芝生は鮮やかな緑色で、庭にはピンクの薔薇が咲きほこっている。誰かが今も管理しているんだろう。



私はメッセージを送った。


――すごいね。よく見つけたね。ここ、行ってみたい――


すぐに個人のトーク画面にも、カズキから、メッセージが送られてきた。


――どう?? そろそろホームシックかと思って、見つけた画像送ってみた――


――ありがとう。でもホームシックじゃないよー。今も教授から教えてもらった古本屋に、勉強のための本を探しに行くところ。――



――そっか。じゃ、迷子にならないように――



――迷子になんかならないよ。ナビあるし――


――ナビなんかに頼らなくて大丈夫なんじゃない? 目的地に向かって歩けば、迷ってもいつかは着くし――





 目的地に向かって、か。それもそうかも。晴れているし、ブラブラ歩きをしてみようかな。カズキは、いつも適切なヒントをくれる。あの花火の夜を思い出した。私はスマートフォンのナビ画面を消してみた。 

カズキに、「了解」というスヌーピーの済まし顔のスタンプを送る。


 私はいつかアイルランドを訪れたいと思っている。その時、あの画像のお城も訪れてみよう。そして博物館でレイン湖の夕陽を見るんだ。小雨降るアイルランドの街の博物館の前に佇む自分を想像してみる。

あれだけの騒動となりながらもなぜか見る事のできなかった伝説の石。きっといつか出会えるのだろう。私がそう願っている限り、きっと。


青空の下、私は新しい本を探しに歩き始めた。


〈Fin〉


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さまよう夕陽 秋色 @autumn-hue

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