第2話 愛してくれ
男が持ってきた新しい本のページを捲りながら、少女はベッドに散らばる赤いラズベリーをひとつ摘まんで口に入れる。
口内にじゅわりと満ちる果汁は甘酸っぱい。
特別好きだとは思わないけれど、読んだ本に初恋は甘酸っぱいものだと書いていたので、どんなものかくらいは興味があった。それを男は少女の好物だと思い、こうして時々、本と一緒に持ってくるようになった。
それから幾度かラズベリーを口にしたが、甘酸っぱさと初恋がどうして結びつくのかは未だにわからない。
初めて感じる恋のときめき。恋しい相手を思えばせつなく傷む、胸の苦しみ。そういう初々しい感情をたとえているのだろうが、少女にはどうしてもその感覚が理解できなかった。
少女のはじめての恋は、ラズベリーの爽やかな甘酸っぱさとはほど遠い。それはまるで腐った果実のようにねっとりと絡みつく、執着に似た感情だ。
重く、ドロドロと澱み続ける思いに身を任せ、少女は自ら望んで底なし沼に落ちていく。
恋した男は少女に足枷を付け、世界の果てにある灰色の塔に閉じ込めた。
そんなことをせずとも逃げるつもりはないのだと、少女はその手で自身の羽根をむしり取った。血まみれでぼろぼろになった翼を見た時の男の顔を、少女は未だに忘れられない。
少女を喪うかもしれない恐怖。
少女を傷つけてしまった後悔。
少女の心が手に入らない絶望。
この世の不幸をすべて背負い込んだように嘆き、泣き叫び、男は傷だらけの少女を抱いて懇願した。
死なないでくれと。
嫌わないでくれと。
愛している。
あいしている。
あいしてくれ。
無様に醜く泣き喚く。そうまでして、少女の愛を欲している。
そんな男の姿に、少女は心が満たされていくのを感じた。
『私のかわいい小鳥』
少女を鎖に繋いで閉じ込めることで、男は自分の思いを押し付ける。
『あなたなんて嫌いよ』
何度突き放しても決して手放そうとしない男に、少女は愛を実感する。
愛し方を知らない男と、伝え方を知らない少女。
塔の一室という狭い世界で育む、それは
ぱらりと捲ったページには、抱き合いキスをする恋人同士の挿絵が描かれていた。男の黒い羽根をひとつ栞代わりに挟んで、少女はまたひとつラズベリーを口にする。
じゅわりと広がる果汁に引き寄せられ、唇をなぞり、割って入った指先の感触がよみがえる。
じんと、あまく舌先が震えた。
窓の外は漆黒。
男の色に染め上げられた外の世界を見つめ、少女はラズベリーに濡れた舌を弾いて歌う。男に聞こえてしまわないように、小さく、ささやくように、真の思いを音に乗せて。
愛している。
愛している。
もっともっと、愛してくれ。
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