日曜日のにおい

リウクス

パン屋さん

 わたしは日曜日が好きじゃなかった。

 月曜日のにおいがするから。

 ドキドキしながら、時間が止まっちゃえばいいのにって思ってた。


 学校が怖かったの。

 友達はいたけど、うまくおしゃべりできるかが不安で。

 授業中にわからない問題を当てられないかどうかも心配だった。

 日曜日を丸一日、心の準備に使っちゃうくらい。


 だけど、今はなんとなく、大丈夫。

 きっかけは、多分パン屋さん。


 ある土曜の朝、お姉ちゃんがわたしをさそって、駅前のパン屋さんにつれていってくれた。

 いつもはお家でゆっくりしていたんだけど、この日はめずらしく、外に出た。


 駅前は人がいっぱいで、ちょっとだけ怖かった。同い年の子が歩いているのを見ると、とくに。

 にぎっているお姉ちゃんの手をはなさないといけない気がしたから。


 でも、お姉ちゃんはパン屋さんに行くのを楽しみにしているみたいだったから、わたしはやっぱり帰りたいなんて言えなかった。

 どうしてわたしをさそってくれたんだろうって、うつむいていた。


 ——だけど、パン屋さんに着いたとたん、わたしの顔は自然と前を向いたの。


 なんだか、いいにおいがしたから。

 バターなのか、マーガリンなのか、お砂糖なのか、なんなのかはわからなかったけど、とてもとてもいいにおい。

 ほんの少しかいだだけで、おいしいってわかる、あったかいにおい。


 わたしは思わず、お姉ちゃんの顔を見上げて笑った。お姉ちゃんも、笑っていた。


 中に入ると、そこら中からお腹の空くようなにおいがして、並んでいるパンが全部、キラキラして見えた。


 買ったのはその日のおやつ用と、次の日の朝に食べる用。

 いっぱい時間をかけて選んだから、帰り道はわたしもお姉ちゃんもスキップしていたと思う。


 お家に帰ると、お姉ちゃんといっしょにメロンパンを食べた。

 味も食感もふわっとしていて、なんだかやわらかい気持ちになった。


 でも、これを食べ終わったら、明日は日曜日になるんだって考えて、ちょっぴり不安だったと思う。

 その日の夜は、久しぶりにお姉ちゃんといっしょのベッドで寝ちゃったしね。


 ……それから、日曜日がやってきた。

 目が覚めると、やっぱり胸がドキドキした。

 明日は学校なんだって気がついて、月曜日のにおいがしたから。


 お姉ちゃんは先に起きていたみたい。


 わたしはいつも通り、朝ごはんを食べに行く前に、もう一度ふとんをかぶった。


 ——だけど、一瞬、あのにおいがしたんだ。

 パン屋さんの前でかいだ、あのあったかいにおい。


 気がつくと、わたしは起き上がって、顔を洗って、リビングに立っていた。

 わたしに「おはよう」って言うお姉ちゃんがなんだかそわそわしていた。


 すると、チンと鳴るトースターの音。

 焼きたてのにおい。


 お母さんがお皿を出して、それをお父さんがテーブルに持ってきた。

 なんだろうって見てみると、お姉ちゃんといっしょに選んだ、バターロールだった。

 さわると皮がパリパリで、底はふわふわ。

 おいしいよって、においが言っていた。

 半分に割ると、もくもくと湯気が出てきて、わたしとお姉ちゃんは、ほとんど同時にかぶりついた。


 そしたら、わたしは———笑顔になった。


 バターロールの中心からジュワッと流れるマーガリンみたいに、わたしの心は溶け出していった。


 今日が日曜日だとか、そんなことは忘れて。


 食べ終わると、わたしはもう怖くなくなっていた。

 月曜日のにおいはしなくなっていて、そのかわり、幸せな日曜日のにおいがした。

 土曜日のパン屋さんと、日曜日の焼きたてバターロールが、わたしの嫌なことを全部持っていっちゃったの。


 だから、もう日曜日は嫌いじゃない。

 月曜日は怖いけど、心の準備は必要ない。


 おいしいにおいがしたら、多分大丈夫だって。


 なんとなく、そんな気がするようになったから。

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