きっと一本の糸の上

あばら🦴

きっと一本の糸の上

 僕は自分のデスクに座り、パソコンの前に向かってカタカタとキーボードを鳴らしている。僕と同じ室内にいる皆も自身に割り当てられた業務に勤しんでいる。いつも通りそこに会話は無い。皆無表情に人工知能に従っていた。


 帰宅時間になると部長に呼び止められた。


「少しよろしいですか?」

「はい、部長」

「司令部より、あなたを待っている方がお見えになっています」


 部長は僕を目的の部屋まで案内した。そして部屋の扉の前まで来ると部長は離れていく。


 司令部とはこの世界の命運を握った人工知能の総称だ。数百年前に人類の繁栄の道筋を示すという名目で開発されたが、その人工知能の導き出した答えは自分AIが人類のリーダーとなることだった。開発者の意向を無視して人類の征服を開始し、当然反対派は多かったが皆殺しにされ、今繁栄している人類は賛成派だけとなったらしい。


 扉を開けるとそこは小さな部屋だった。机と椅子が中にあり、机の上にはスピーカーが置かれていた。僕が椅子に座ると見計らったようにスピーカーから合成音声が流れる。


『こんばんは。あなたの遺伝子と性的指向を照らし合わせた結果、あなたにふさわしい結婚相手が見つかりました』

「はい。分かりました」

『お相手はあなたの家に向かわせています。以上』


 返事も待たずにスピーカーからの音がブツッと途切れた。

 この世界では結婚も管理されている。僕の父親と母親もそうだった。僕も二十五歳となり、ついにその時が来たようだ。


 ──────


 マンションの僕の部屋に帰宅すると鍵は閉まっていたので、呼び鈴を鳴らせば見た事のない女性が出てきた。


「あなたが僕の結婚相手ですか?」

「はい。あなたの話は聞いています。今、料理が出来上がりましたのでお上がりください」

「分かりました」


 いつもは一人の食卓に、狭苦しそうに二人分の料理が乗せられていた。この料理もまた人工知能が指示した完璧な栄養バランスのメニューだ。しかし人工知能は指示するのみで料理の味は作り手次第だ。

 僕は箸を伸ばして焼き魚を一口食べた。


「……美味しいです」

「ありがとうございます」


 互いに無機質な声で言い合った。


 ──────


 翌日の早朝に二人で町をジョギングした。人工知能によると四十五分くらいの適度な運動が必要らしい。

 横を歩く彼女に聞いてみた。


「僕たちはなぜ結婚相手として出会っているのでしょうか?」

「気にする必要も無いと思います」

「それは……、そうですが……」

「不服ですか?」


 僕は言葉に詰まった。するとそれを見た彼女の方から話してくれた。


「気持ちは分かりますよ。どういう仕組みで私たちの何が合致したか、少しばかり興味はあります」

「気を遣わせてしまったようで。すみません」

「いえ、そういうわけでは」

「……ただ、僕が興味を持っているのはもっと大元の話なのです」

「というのは?」


 彼女は僕の話に耳を傾けてくれている。僕は安心して話せた。


「僕はなぜ生きているのでしょうか?」

「はぁ……」と彼女は不思議そうに言う。

「人工知能に従って生きるのは不安が無くて気が楽です。しかし僕の人生を決定づけられているようで……」

「『ようで』も何も、本当に決定されていますけどね」

「要するに、あなたと出会ったのも僕では無い誰かの意思です。であれば僕は僕の人生を生きていると言えるのでしょうか。そうでないなら僕にはこの人生を生きていく意味が無いように思われるのです」

「……まず聞きたいのですが、何がきっかけでそう思うようになったのでしょうか」

「はい。ええと……。始まりは中学の歴史の授業でした。まだ司令部が出来ていない時代を学んで、その時代を生き抜いた人々の話を聞いて……僕は彼らのように自分の人生を自由に生きているのだろうかと考えてしまったのです」


 僕の話を聞いた彼女は頭の中を整理するように目をつむった。そして目を開くと言う。


「あなたの人生は、他でもないあなたの人生ですよ」


 その返答に僕は面食らった。あまりに簡単に断定されたからだ。彼女は続ける。


「納得が行っていないようですね」

「まぁ、はい」

「そもそもの話ですが、あなたが話に聞いた人々は、本当に自由に生きていると思っていますか?」

「えっ? ……自由ではないのですか?」

「確かに一見選択肢が多いように見えますが、しかしその実、人は己の道しか歩けないようになっているものです。自分で何かを選んだ気でいようとも、環境による選択肢の制限と、自分の性格や価値観の上で、既に前から何を選ぶかは決まっています」

「……」

「人生においてもそうです。あなたがどこで、どんな立場で産まれ、どう育ったか、どこへ向かうか……。産まれ落ちた瞬間に死にざまは決定されます。そういう意味では、司令部はそれを分かりやすく目に見える形にしただけに過ぎないのではないでしょうか。私たちも、昔の人たちも、きっとその人生の性質は同じだったと思いますよ。ただ昔の人たちは性質に気づいていないようですが」


 彼女の話では人生は選択肢が多いようで一本道であるらしい。言わば、人生は一本の糸のようだ。

 生誕からまでのそれしかないルート。生きるとはきっと一本の糸の上を歩くようなものであると、僕は彼女の話を解釈した。そして僕と彼女のように糸と糸が絡まり合うこともあるのだろう。

 ……思えば司令部はこの糸を管理したいのではないだろうか。全人類の人生もとい糸を管理して、どの糸をどの糸と結ばせれば最適なのかを計算して、安定した強度のを編み上げるつもりなのかもしれない。それであれば何かの拍子で糸同士が複雑に絡み合って、人間同士の醜い争いになるという事態は避けられる。


 彼女の話には納得感はあった。だが……無常なのではないだろうか。


「もしその話が正しいとしたら僕の人生は僕が考える前に既に決まっていたことになります。……であれば僕の人生は僕のものではないということになりませんか」

「いいえ。決められた人生そのものがあなたの人生です」


 あっさりとそう言われてしまった。彼女はそれ以上言うことなくジョギングを続ける。

 僕も何も言わなくなり彼女の横を歩いたが頭の中はまだ忙しかった。


 人生は決定されている。反論をしてみたいができない。もし仮にこの意見に納得できなくて反論をしたとして、納得ができないのも反論をするのもそれは僕が僕だからであり、つまり反論をして決定に抗った気分にはなるが実際には抗うのも決定のうちだったということになる。僕自身がその意見の証左になってしまうのだ。

 まるで僕が伝記の主人公のように思えた。

 朝に目が覚めるのもただ伝記の文章が一行進んだだけに過ぎないし、重要な決定もただ伝記のページを一枚めくったに過ぎない。

 僕に何が起きて、何を思って、どう行動するか。最後のページに至るまでびっしり書かれた伝記の内容を、風のように前から身に受ける。僕が伝記を書くわけじゃなくて、既に書かれている伝記がそこにあり、それはゆっくりとめくられていく。


 ──────


 もうその話について彼女と話さなくなり、無言でジョギングを終わらせたが、実はまだ少し納得ができない。

 彼女と一緒に帰ってきた僕は彼女に聞いた。


「すみません。まだ聞きたいことが」

「はい。なんでしょうか」

「人生が僕以外の手で決まっているものならば、あなたのことが好きだという僕の気持ちも、また誰かによって決められたものなのでしょうか」


 すると彼女は僕の見る中で初めて笑った。鼻で笑うようなささやかなものだったが。


「ふふっ。嫌がることは無いじゃないですか。決められたのならそれで良いんですよ。決定を変えたいだなんて、神様にでもなったつもりですか?」


 彼女は僕に急接近する。


「充分に生きてきたのですからもう分かっているはずですよ。あなたはあなた以上にもあなた以下にもなれない。あなたに決定は変えられない。あなたはあなたであるしか無いのです。だったら、せめて決定された人生を楽しみましょう」


 彼女は僕に顔を寄せて唇にキスをした。

 僕も腕で彼女を引き寄せる。

 既に決まっていることだったのかもしれないが、彼女を好きだという気持ちは本物だ。それは間違いが無いと胸を張って言えるだろう。


 物言わぬ監視カメラが僕たちのキスを見つめていた。

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