5. 観劇、そして
低い駆動音と共に、ウォシュレットだかシャワートイレだかが動いている。
もう、視野のどこにもタイマーの数字は映ってない。
電源プラグの抜きさしで「止」スイッチは直った。
両手を動かすのが、ひどく久しぶりに感じた。頭がしっかり首でつながっている事を確認して、個室から出る支度を整えて、シャコン、と鍵を開けた。
しばらく出入り口のドアを見ていたけど、吹き飛ぶ気配は全くなくて、知らないおじさんが入ってきただけだった。
シアター3の、座席はM-4とM-5。壁沿いの二人席。
そこに、もう会えないかと思った人がいる。おれに気づいて、笑ってくれた。背中に電気が走ったみたいになって、おれは叫びたいのも、走り出したいのも、必死に抑えた。
薄べったい階段をいくつか昇って、席についたおれに、ひそひそ声で「おかえり」と言ってくれる。
スクリーンでは、カメラ頭が身軽にビルの柵を飛び越えたところだった。なるべく何事もなかったふうを装って返事をする。
「ただいま。
と答えると、遥は膝に抱えたおれの鞄を返してきた。
「財布抜いといた」
「鬼かよ」
お決まりのやり取りのあと、遥の手を握って、そのまま泣いた。
「え、だいじょうぶ?」
「遥ちゃんの顔見たら、泣けてきた」
「ほんとにだいじょうぶ?」
二度頷いてみせて、どうにか「本編はじまる。見よう」とだけ言えた。
アメリカのヒーローもののエンタメ映画だ。
豪華な作りで、息つく暇もない展開に、ぐいぐいと引き込まれた。
超人的な力をもつヒーローが、巨悪と戦い、周囲の誤解をうけて孤立し、一度は敗北し、また立ち上がって戦う。最後には仲間も駆け付け、ついには平和が訪れる。
どうしたって、ココロの事が重なった。
クライマックスで仲間が駆け付けたところで、こらえきれずにしゃくりあげ、隣からハンカチを押し付けられた。
そうだよ。駆け付けるんだよ。ヒーローは。
あの子のいた世界も平和になって、明日家が壊される心配がなくなって、楽しいこととか、きれいな物とかそういうのが増えていってほしい。
幸せになってほしい。少しでも。イチゴ味のアイスクリームとか食べててほしい。
だって、流れ星をみた。
カウンター28:05で、真昼の流れ星を見たのだ。
青色、黄緑、金色、紫の4色の流れ星は、早戻し中のセピア色の空間へ遠慮なく入り込んできて、それを見たココロはおれを落としやがった。
「みんな、なんで……?」ってココロの問いには、青いのが答えた。
「巻戻し中の空間は世界そのもののルールから一時的に外れるからね。こう、空間的にも時間的にもスキマなんだよ。それを……研究して技術開発して、ココロを探して……」
涙に詰まった青色の生首の言葉を、金色の生首が引き取る。
「ココロなら、きっと、あいつを倒して
黄緑が笑っている。紫はどこか慌てている。
「あっちでみんな待ってるよ!」
「いっ、イチゴの収穫するって!」
そして、4色の生首がきれいに声をそろえた。
「助けにきたよ!!!!」
<ナマクビ・ライカ・シューティンスター 終劇>
ナマクビ・ライカ・シューティンスター 帆多 丁 @T_Jota
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