オフサイド
香坂 壱霧
放課後の教室
放課後の教室は、少しせつない。そう思うのは私だけだろうか。
野球部のかけ声、合唱部の美しいハーモニー、吹奏楽部のパートごとのロングトーン。
中学まで吹奏楽部に入っていた。それなりに真剣にやっていたと思う。
この高校に入学して吹奏楽部に入部しなかったのは、一つ年上の元カレがそこにいるからだった。
気まずいのがいやなんじゃない。新しい彼女がそこにいるのを知ってしまったから。さすがに見たくなかった。
でも、そろそろこだわるのをやめたいと思っている。
誰もいない教室で教壇に立ち、クラリネットのロングトーンを聴いた。ふだんと違う景色を見ると、変われる気がした。
「帰ろうかな」
そう呟いてカバンを手にしたとき、汗だくで男子が入ってきた。
「あれ? 斉藤って部活なんか入ってたっけ?」
サッカー部の
「ううん。入ってないよ。なんとなく、ぼんやりしてた。鞆田くんは部活中じゃないの?」
「宿題のプリント忘れててさ。あー、あった。ほら」
「結構、問題数あるよ。忘れてたの思い出せてよかったね」
じゃあ、また明日。
そう言って教室を出ようとすると、
「まだどこかの部活に入る気持ちあるんなら、うちのマネージャーどう?」
「サッカーのルール、わからないよ。それに、中途だと他のマネージャーと気まずくならない?」
「マネージャーがキャプテンの彼女でさ。部内恋愛禁止だから、やめなきゃいけないみたいで」
「ふーん。でも私、サッカーのルールわからないよ。なんだっけ、オフサイド?」
私の言葉に「オフサイドね」と呟いて、黒板に向かって何かを書き始めた。
「説明するよ」
なぜかピンクのチョークで描かれたオフサイドの説明図。
そして、私に背を向ける鞆田くんの耳の赤色。真剣な目と
すごくていねいに、わかりやすく教えてくれて理解できたのはいいけど……
「オフサイドはわかった。でもまたすぐにわからないこと出てくるよ。そのたびに、こうやって教えてくれるの?」
チョークを手にしたまま、鞆田くんは考えているようだった。
「斉藤が教えてほしいっていうなら」
「わかりやすいルールブック教えてくれたら買うよ。それでわからないこと出てきたら、鞆田くんに聞くようにすればいいでしょ」
鞆田くんは、チョークで汚れた手で額の汗を拭う。額がうっすらピンクになる。
褐色の肌と汗とピンク、耳の赤色。まっすぐな鞆田くんの視線。
「あ、それって、マネージャーしてくれるってこと?」
視線が痛い。
心臓にまで痛みが伝染してしまったように、痛くなってくる。
急に暴れ出した心臓に戸惑いながら、私はうなずいた。
恋愛禁止だって聞いたから、ときめいたってだめなのに……
そう思った瞬間、新しく始まりそうな恋を応援するかのように、金管楽器がファンファーレを奏で始めた。
先のことより、今だよね。
新しい恋にルール違反は、ない。はじまりが見えたところだから。
〈了〉
オフサイド 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu
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