5/5 少し不思議が集う理由《わけ》

 イオの立場になって考えることを俺はおろそかにしていた。


 確かに祭風町では、イオをみんな普通に受け入れていた。

 伯父と伯母は事情を聞かずにイオを受け入れてくれた。学校のみんなは人魚への関心は高かったが、イオを特別視したのは初対面ぐらいで、あとは友人の一人として接していた。

 他の町の住民も当たり前に受け入れていた。足が魚の尾びれになっていようが、宙に浮いていようが、そういうものとして疑問を持っていなかった。


 それなのに俺は……、自分の環境の快適さばかりにしか目を向けていなかった。同じ環境になればイオも幸せだろうと思い込んでいた。


「はあぁ……」


 なんてバカなことを……、イオにはイオの価値観がある。前に理解したつもりでいたのに、また同じポカをしてまった。

 しかも今回、この世界にはイオを受け入れる人がいない。もちろん悪意はないが、みんながみんな特別視しすぎている。


 そんな環境で、俺が味方にならないでどうしろっていうんだ……!


『何かお困りでしょうか?』


 俺の気持ちを察したのか、アテナが尋ねてきた。


『もし何か相談したいことがあれば専属のカウンセラーとお話できます』

「カウンセラーか……」


 一体、何を相談するというのか。悩みをカウンセラーに話して解決をするのだろうか。

 いや違う。悩みに対する答えは既に出ている。イオの味方になることだ。


「俺は……俺はここの管理者と話がしたい」

『承知しました。十分程度お待ちください』


 ならばすることはただ一つ。管理者と直談判だ。






 十分後、本当に管理人が登場した。


「初めまして。私がゲンキョウタウン極東支部管理人、ナゲキノソラです」


 爽やかな風貌で背がスラっと高い男。

 ナゲキノソラというのはフルネームなのか、名字なのか、下の名前なのか。日本語であることは分かるのに、名前としてなじみがないのでよく分からない。


「不二です。初めまして」


 目線を上にしたまま俺は会釈をした。


「俺としてはイオの味方でいたいっていうか……なんとかしてやりたいんです」


 そして上を向いたまま俺は悩みを話した。男は適度に相づちを打ちながら黙々と話を聞いてくれた。


「俺と……他の住人と、同じような扱いにはできませんか!? 誓約書を書くルールを変えられませんか!?」

「残念ですが、それは不可能です」


 男は表情一つ変えず、きっぱりと断ってきた。


「別に誓約書を書く事自体がルールとしてあるわけではありません。安全とサービスの提供を両立できないから誓約書を書いていただいているのです」


 淡々と、台本を読むかのように抑揚のない言葉が続く。


「私たちが安全を保証しているから街は成り立っていて、住民は安心して暮らせるのです。その責務を私たちが放棄するなんてあり得ません」

「…………」


 確固たる考えを持っているようで、同意を得るのはかなり難しそうだ。


「でも……、でもイオがこの街に不便さを感じてるのは事実です! どうにかしてください!」


 情に訴えるよう、腹の底から声を出した。


「ですから彼女の研究をわれわれは提案したのです。それも無理というのならもう出ていってもらうしかありません」


 それでも管理人は動じない。眉一つ動かさなかった。


「そんな……」

「厳しい意見ですが、他の方々の理想を守るためです。ご理解を」

「は、はぁ……」


 言い返してやりたい気持ちでいっぱいだったが、これ以上言葉が全く出てこなかった。






 怒りに任せて外に出てしまった。


 友博は私を心配しているだけで、悪気はない。それに友博に怒っても状況が好転するわけじゃない。

 なんて短絡的な行動だっただろうか。


 すぐに謝りたいところだったが、今友博と再会しても、また変に怒りのスイッチが入ってしまう気がする。

 もう少し頭を冷やすべく、散歩を続けよう。


「あぁ、ここにいたのね」


 と、思った矢先のことである。


「キサラギ……?」


 あの研究員と鉢合わせした。束ねていた髪はほどいており、風で毛先は揺れていた。


「おはよう。少しあなたと話がしたくて……」


 敬語だった昨日とは違い、気さくな口調だ。一体どういう心変わりだろうか。


「でも、話しても私の体の謎は解明されないぞ」


 今更、話をしただけで何も改善なんてできない。また嫌な思いをするだけだ。


「今日はそういうことじゃないの。ただ、あなたの気持ちを聞きたいの。仕事じゃなくて、一人の人間として」


 キサラギは首を右にかたむけた。






 近くのベンチに移動し、横並びで座った。


「祭風町はいいところだ。みんな私の体を気にしないし、友達がいっぱいできた」


 目を閉じると、祭風町での記憶がよみがえる。

 景色、音、光、匂い、空気感。どれ一つとってもかけがえない思い出だ。


「それに毎週のように目新しいものと出会えるんだ。町の中に迷路があったり、変な機械が落ちてたり、図鑑に載ってない生き物と遭遇したり、あの町はずっと新鮮なものを見せてくれたんだ!」


 口にすればするほど心が弾んでいく。これまでたくさんの経験をしてきた。単純な期間では短くても、思い出の数は計り知れない。


「ふぅん、いい町だね」


 隣にいるキサラギは、ずっと笑顔だった。


「キサラギも分かってくれるか!」

「うん。結局どこが住みやすいかなんて人それぞれだもん」


 温もりに包まれる気分がした。ゲンキョウタウンの住民とは根本的に分かり合えないと思っていたが、気のせいのようだ。


 ちゃんと話せば共感ができる……その事実がただただ嬉しい。


「ここが合わないってなると、やっぱり元の町に戻ってもらうのが一番かしらねぇ」

「それが、祭風町に戻るには友博と一緒じゃないとダメなんだ。でも友博はこっちの世界がいいみたいだから……、言えない」


 どうしても矛盾する。私は祭風町に帰りたい。友博にはゲンキョウタウンに居続けてほしい。両方を満たすことができない。

 そもそも勝手に付いてきたのは私、いや私が無理やり連れてきたというほうが違いだろう。そのため、私はどういう言える立場じゃない。


「そっか。でも私は言わないとダメだと思う。イオちゃんがそんなんじゃ、友博君も多分心配だよ。それじゃあ友博君だって楽しくないじゃん」


 その言葉に、心がチクリとした。


「だから本音を話して、スッキリさせなきゃ!」


 キサラギは私の手を握った。小さいけれど、強く熱いものを感じる。

 私はゆっくりとうなずいた。






 部屋に戻った時、既に昼だった。


 中からは香ばしい肉の香りがして、ジュージューと肉汁が熱い鉄板を叩く音が聞こえた。


「よっ。待ってたぜ」


 テーブルに頬づえを付きながら、友博が待っていた。テーブルの上にはステーキが二皿、面を向かうように置かれている。


「冷めちゃうから早く食おうぜ」


 友博は窓のほうを向いた。顔を合わせてはくれなかったが、かすかに口角が上がっているのが確認できた。


「うん!」


 体中の筋肉が緩んだ私は、急いで席についた。


「いただきます!」


 今日初めての食事だ。鉄板の上には分厚いステーキ。皿にはご飯が盛られている。見ているだけでよだれが止まらない。


 フォークで肉を串刺しにし、欲望のままかぶりついた。


「うん! うまい!」


 何も考えず食べられる。素晴らしい。

 消化がどうとかなんて心底どうでもいい。食べる、おいしい、そのプロセスがある以上、私にとって食事は大切なものなのだ。

 周りを一切見ず、むさぼるようにステーキをたいらげた。


「ふう……」


 口内に肉汁がまだ残っていて、余韻を感じる。

 食欲を満たせたところで、私は本題に入ろうとした。


「あのさ」「あのさ」


 声が重なった。


「あ、私はなんでもない。先に友博から話してくれ」

「……今朝は、すまなかった」


 いつになく真剣なまなざしで、友博はじっと見つめながら言った。


「俺、あの後考えたんだけど、イオは祭風町に戻るべきだと思う」


 私が伝えたかったこと――それをすでに友博も感じ取ってくれていたようだ。

 私を思いやってくれる、いつもの友博だ。


「これから一緒にあの運転手を探そう。それでイオを戻せないか頼んで……」

「いや……友博。私、運転手と会ったぞ」


 私が言いそびれてしまったせいで、無駄に考え込ませてしまったらしい。


「本当か!?」


 友博は満面の笑みを浮かべた。


「ただ、帰るには友博と一緒じゃないとダメって言われて……しかも一度出たらもうここには戻れないんだ。すまん、その、言いづらくて言えなかった……」

「そうか……」


 友博は肩を落とした。口は閉じ、顔をうつむかせる。


「…………」

「…………」


 沈黙が続き、部屋は無音となった。時を止めたかのように友博は固まったままだ。

 しばらくして、友博が両手をパチンと叩いた。


「分かった。俺も一緒に帰ろう」


 友博の口調は非常に落ち着いていた。


「へ? い、いいのか!? だってあんなに……」


 あんなに満喫していたというのに、あっさりすぎる。友博の気持ちが理解できない。


「飽きた。この町は飽きた。だからいい、ちょうど帰りたいと思ってた」


 頬を妙に紅潮させて、友博は鼻をかいた。照れくさそうに目も逸らす。


「とも……ひろ……」


 そんなしぐさ一つ一つが、なぜかものすごく輝いて見えた。

 無性に全身がソワソワとして、特に胸のあたりがむずがゆい。

 正体の分からない満足感が、奥底から無限に湧き続けた。






 運転手に話をつけ、祭風町に戻った。

 時間は家出をした日の翌朝であった。おかげで別の世界に行ったことを町のみんなは誰にも気付かれていない。どう説明しようか悩んでいたが、手間が省けた。


 ゲンキョウタウンでの出来事はなかったことにしようと、イオとも口裏を合わせている。

 これで元通りの生活に……とは言い切れなかった。


「友博―! 今日も借りるぞー!」


 夜、意気揚々とイオは嬢乙女の家へ向かう。

 まだUFOの襲撃による影響で、電気が使えないままだ。


 元の町には戻れたが、元の生活に戻れたとは言い難い状況である。


 相変わらずこの町は不便だ。

 ろくな娯楽がないし、通信回線すらマトモに使えない。唐突に電気関係を壊されるなんてもってのほかだ。

 それでも、イオにとっては最高の場所である。不自由な思いをせずにのびのびと過ごせる町なのだ。






 この町では少し不思議なことがよく起こる。


 ただそれは、他の町で〈不思議〉が〈不思議のまま〉でいられないだけなのかもしれない。


 少し不思議が集う町。


 イオが暮らせる大事な町。

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少し不思議が集う町 フライドポテト @IAmFrenchFries

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