第7話 車
車のドアを閉める音。
エンジンがかかり、ゆっくりと車が動き出す。時折ウインカーの音が鳴る。
彼女は電車通学で、ここから歩いて変えるのは無理であるし、雨がやんでいるからと言ってまだあちこち冠水したままの帰り路を放り出すわけにはいかない。
教頭に連絡を入れた先生は彼女を家まで送り届けることになった。
「あーあ、せっかくのチャンスだったのに。学校にお泊りなんて貴重な体験だったのにな」
冗談っぽく助手席に座った彼女が言う。
「まあ、あのまま一緒にいたら先生に襲われちゃってたかもしれないから助かったかな!」
「嘘。先生はそんなことしないよね……」
「だって、先生にとってあたしはクソガキだもんね?」
「あはは。冗談だよ! 本気になってキモー!」
車の音は時に眠りを誘うほど心地よかったりする。
丁寧な運転は緩やかに体を揺らし、時折鳴るウインカーの音もそこに先生がいるという安心感を与えてくれた。
「ふわぁ……、あ、ごめん」
彼女のあくびの音が聞こえる。
「寝てていいって、それはなんか悪いよ。わざわざ送ってもらってるのに」
「うん……じゃあごめんね先生。ちょっとだけ寝るね」
車の運転音だけが聞こえている。
寝息は聞こえてこないが、ゆっくりと彼女の呼吸音は聞こえている。
まだ起きているのだろうが、二人の間には余計な遠慮や緊張といったものはなくなっていた。
彼女がポツリと声を出した。
「先生」
「あたし、先生のことも本気だから」
急にすれ違った車の音が耳に刺さった気がした。彼女の言葉に動揺したせいか神経が過敏になっていたのだろうか。
一呼吸置いて、落ち着いて先生が意味を聞くと
「意味なんてないよ。でも」
ゆっくりと彼女は返事を返した。
「これはナシじゃないから……」
「おやすみ! ウチについたらおこして!」
そう言って彼女は体を先生とは逆の方に向けてしまった。
彼女の家まではまだ暫くかかる。
雨は弱まったものの走る車はほぼ見当たらない。
静かな車内に彼女の少しだけ短い呼吸音が聞こえていた。
ずっと聴いていたい君の音2 ひみこ @YMTIKK
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