押し出し旅出され
「起きて」
「……ん? 母さん? 朝早くから一体なにを……」
「はい、これカバン。最低限のものは詰めておいたから。困った時に開けてみなさい」
「ふあぁ……ん……、で? これはなに?」
「あなたの荷物。今日から夏休みでしょ? 時間はたっぷりあるみたいだし、ちょうどいいわよね」
「いや、夏休みは家でゲー…………え? ここどこ?」
「車の中よ」
「いつの間に!? 寝ている間に移動させたのかよ!?」
「ぐっすりと眠って、起きる気配もなかったから移動が楽だったわ。さすが睡眠薬ね」
「じゃあ起きるわけないじゃんかよ! というか、急に車で連れ出して、おれはどこに放り出されるんだ!?」
「あら、放り出されるって、気づいてたの?」
「…………ちょっと待て。冗談のつもりだったのに……マジでどういう状況なんだ……?」
「お父さんとお母さんは、ちょっと逃げなくちゃいけなくなったの。で、当然あなたも狙われるから、生活圏内を変えないといけないわよねって話になって……」
「逃げる? 借金でもしてたのかよ――」
「…………ぴんぽーん」
「おい! しかも追われるってことは、相当な金額、借りたんじゃないか!?!? ――それに逃げるってことは、払えないし返せてもいないし、返す目途も立っていないってことじゃないか!」
「大丈夫、一発逆転をすれば、」
「ギャンブルは損害を膨らませるだけなんだよ!!」
「まあまあ……とにかく。このメモに知り合いの住所を書いておいたから。とりあえずそこを訪ねてみなさい。力になってくれると思うわ……たぶん、きっと……うん、恐らくは、ね」
「……不安しかない……」
「とにかく! 夏休み中になんとかするから、あなたも逃げて――生きて。この際、学校の宿題はしなくてもいいから」
「する余裕はないだろ……、ま、まあ、宿題をしなくていいなら楽だけど……」
「宿題より大変なことが待っていると思うけど……頑張ってね、私の可愛い一人息子くん……」
久しぶりに抱きしめられた。
高校生になって、母親からこうして抱きしめられることもなかったから……懐かしいし、新鮮だった。
そして、事の重大さが、体感で分かってしまったのもある――。
早朝。
知らない町で下ろされたおれは、メモ用紙を片手に、右へいくか左へいくか迷っていた。
住宅地の真ん中である。駅前とかで下ろしてくれよ……。
足がつくからダメなのか?
「カバンに詰まっているのは……、替えの服、非常食……金は……小銭だけか。自販機で飲み物を買ったら一気に減るじゃんかよ……ったく、マジでどうすんだよ、これ」
メモに書かれた住所へ向かえばいいのだろうけど、現在地がどこだか分からない。
地元から遠く離れているだろうし、だから土地勘がないから――不安だ。
こんな状況で、夏休み中の四十日近く、生き延びられるのか?
いや、借金さえ返せればいいだけだから……、だとするなら夏休み中に解決するとは思えないな。
もっと長引くだろう……一生、逃げ続けることにもなるかもしれない。
覚悟はしておこう……その時はその時である。
「まずは駅、だな。路線図を見れば、自分の位置も分かるだろうし……」
駅へ向かう。
なので……、駅は、どっちだ?
こうして、おれは旅に出た。
出たというか、放り出されたというか……せざるを得なかったのだけど。
…了
お題「旅に出ます」
焼肉新感覚! 渡貫とゐち @josho
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