焼肉新感覚!

渡貫とゐち

焼肉新感覚!


「――なあ知ってるか!? 大学の近くに新しくできた焼肉屋、めちゃくちゃ安いんだってよ!」

「へえー」

「反応が薄いな……しかし、聞いて驚け、肉はなんと相場の十分の一の値段だ!!」

「え、それ、怪しい肉じゃねえの?」


 不安じゃないか? 肉に問題があるとしか思えなかった。


 もちろん、食えないものが出されるわけじゃないとは言え、気持ち的に喜んで食べられるものじゃないだろ……。

 価格が高いほど安心できるってのは、肉の正体が分からなくとも、なぜか信じ込んでしまうマジックである。高価な肉も、うんと安ければ怪しんでしまうように――思い込みで味が落ちるのは、肉側からすれば理不尽だろうな。


 十分の一の価格……それってポイントやクーポンを利用した上で、ではなくて?


「ああ、メニューに載ってる肉の値段が十分の一なんだよ……しかも美味い! 最初はみんな疑ったみたいだけど、レビュー目的でいった奴が絶賛して帰ってきたからな……。それ以来、信用した学生がこぞって店を訪れてるらしい……美味いし安いし腹も膨れるしで最高なんだとよ」


 へえ……、だけど店はそれで大丈夫なのだろうか。

 売上があるようには思えないし……よほど肉を安く仕入れているとしか……。

 だとしても、価格を相場の十分の一はやり過ぎじゃないか? もう少し高く設定しても客足が遠のくことはなさそうだ。

 学生のために安くしてくれているなら……俺たちからすればありがたいけどさ……。早々に潰れても困るぞ?


「細かいところは分からないんだけどさ……だからこそだ。――というわけで、いこうぜ。どうせ暇だろ? 勉強なんていつでもできる」

「昼間から焼肉か……? どうせ酒も飲むんだろうし……ダメな大人の気分だ」


 いいからいくぞ、と親友に引っ張られ、俺たちは話題の焼肉屋へ向かった。



 店内はよくある焼肉屋で――やはり学生が多い。

 学生でなくとも、同世代の若者が多いな……ファミリー層もいないわけではないが、昼時だが、かなり少ない……まあ平日だしな。休日だとまた光景も変わってくるのだろう。


 メニュー表を開く。タブレットではなく、紙のメニューが置いてあるのは、こういうところでコストを抑えているからか……。こういう積み重ねた節約が、肉の安さを実現できている……?

 一度、店長に話を聞いてみたいものだった。


 メニュー表を見てみると、噂通り、載っている焼肉の価格は相場の十分の一だ。……安い、安過ぎる。不安になる安さだった。

 だが、価格が安いだけで、普通のお肉なのだと言う。食感、匂い、味、その全てが肉と同じなのであれば、たとえ肉そっくりに作った別のものだったとしても、それはもう肉だろうし、肉として扱っていいじゃん! となる。そういうカラクリがあったとしたら、安さにも納得だが、けれど実際はちゃんとした本物の肉なのだと言う。


 真似て作るより、本物を提供した方が話は早い――けどさ……。


「テキトーに頼んでいいか?」

「おう、いいぞ。どうせ安いんだしな」


 店員さんを呼んで注文していると…………ん?

 酒や白飯、それにスープの価格が異常に高い……、十倍とはいかなくとも、二倍、いや三倍の価格なのではないか……。

 ――ぼったくりだ! と叫びそうになって、肉の安さのカラクリに気づいた。


「……なるほどな……肉は安いけど、肉以外は相場よりも数倍の価格で調節している、と――」


 酒を飲む予定だったが、この価格は手が出せないな……というか、もったいなく感じてしまう。肉だけをここで食べ、酒は別店舗で飲んだ方が安いだろう……大学生はお金がないのだ。

 なので俺と親友は目を合わせ、肉だけでこの店を乗り越えることにした。


「じゃあ……これと、これ――あとこれもお願いします」

「かしこまりましたー」


 注文後、すぐに肉が運ばれてくる。白飯も酒もないが、それで肉の味が落ちることはない。

 あったらさらに美味しくなるというだけで――、なので肉だけを食べて過ごす焼肉である。

 焼肉なのだからそれはそうなのか?


「う、」


 と顔をしかめてしまったのは、不味いからではない。味が濃いのだ。

 肉というより、これはタレだな……普通よりも濃く調整されている。

 いや、美味しいんだけどね……、美味しいんだけど、味が濃いから白飯が欲しくなる。それに舌が焼けそうなので、水も欲しい――しかし、水も有料だった。

 高いわけではないけど、ただの水にお金を払うのはちょっと……。


 水をがまんして肉を食う。

 すると、隣のテーブルでは、がまんできなくなった学生が酒を頼んでいた。それを横目で見てしまうと……うう、飲みたくなってきた。

 なんで車を運転するわけでもないのに、がまんしなくちゃいけないんだろ……そりゃ価格が高いからなんだけど……。


 一杯だけなら。

 だけどそれで一度頼んでしまうと、もうタガが外れてしまうのでは? と思って怖い……一杯飲んだら二杯三杯と飲んでしまいそうだし、お会計の時に目を飛び出す自信がある。


 がまんしろ。肉だけ食っていれば満足だろ!?

 すると、親友がメニュー表に手を伸ばした。

 見ているのは肉ではなく……酒である。それに白飯も――まさか……ッ。


「頼むのか……? ついに、相場の倍以上の値段もする酒と白飯を!!」


「ああ……、さすがに肉だけじゃ飽きるし、なんだか、まるで砂漠の中で見つけたオアシスのように、欲しいものが目の前にあれば、たとえ法外な値段でも買いたくなっちまうんだ……。いいじゃねえか。肉が安い分、他が高いだけなんだ……会計だって、普通の焼肉屋で食った時と同じだろ……」


 いつもは肉より酒の進みの方が早いだろ……、倍以上の価格になった酒を、そうぽんぽんと飲んでいたら、あっという間にお会計の金額も倍になって――、肉が安いというアドバンテージが無駄になる。ここじゃない店舗で食べた方が安いって言えるくらいに――。

 それに酔ったら、まともな判断もできなくなって……。


「どうする、お前も頼むか? 酒」

「………………いる」

「よし、じゃあ頼むか」


 そして、酔った俺たちは肉より酒を頼むペースが早くなり……案の定である。

 お会計をする時に、目が飛び出した。そのまま店を飛び出したい気分だった。


 二人合わせても、全然足らない……というか、いつもと桁が違うんだけど……。

 一気に酔いが醒めた。


 醒めた頃には俺たち二人、店内で皿洗いをしていた……。



 …了

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