古城に響く悲鳴

アイアンたらばがに

第1話

 自分は命を持つ石像、いわゆるガーゴイルだ。

 生き物を棘で刺して石化させ、変な顔で命乞いするのを見るのが趣味だ。

 無論、完全に石化した後にきちんと食べる。

 自分はマナーを守っての生活を信条としている。

 最近は人間が住んでいた城を勝手に貰って、仲間たちとどんちゃん騒ぎの毎日だ。

 住んでた人間も有効活用している。

 とても平和で楽しい日々だった。

 ある日のこと、人間の男がたった一人で乗り込んできたと聞いて、皆浮足立っていた。

 なにしろ玩具が向こうから歩いてきたのだ。

 エントランスホールで各々が目を輝かせて待ち伏せする中、ドアが開く。

 自分は体が重たいから、皆より少しだけ動くのが遅れた。

 そのおかげで初撃に巻き込まれずに済んだのだろう。

 まず被害にあったのが、せっかちで有名な解体屋君だった。

 自慢の人切り包丁が男に素手で受け止められて、そのまま砕かれた。


「え?」


 何が起きたかわからないといった顔の解体屋君は、そのまま天井に突き刺さって動かなくなった。

 襲い掛かろうとした皆の動きが一斉に止まる。


「ひぃっ、た、助けっ……」


 男の一番近くにいたお調子者の殺人鬼君が、命乞いの途中で壁まで吹き飛ばされて気を失った。

 その余波で、何人もの呪いの死霊たちが浄化されていく。

 呪詛を吐きつけるきれいな声は汚い悲鳴に早変わりした。

 何本もの触手を生やした怪物はその全部を固く結ばれて、天井から吊るされた。

 皆、人間を数十人ぽっち殺しながら笑いあっていた友達だった。


「おい!ぼうっとしてるんじゃない!」


 隣から声をかけられて、ようやく我に返る。

 ネクロマンサー君が心配そうな顔でこちらを見ていた。


「あいつ、皆にこんなひどいことしやがって……許せねぇ!」


 いつになく怒った顔をしたネクロマンサー君は、その辺に落ちてた聖騎士だかなんだかの死体を操って男にけしかける。

 男の後ろからは五匹の大きな蛇が一斉に毒液を吐き出した。

 その様子を見て、自分の心に希望の光が差し込む。

 大きな蛇の毒は、この前近くの村を何個か潰した時に大活躍だった代物だ。

 あんな男など一瞬で殺してしまえるのではないか。

 それに、ネクロマンサー君はその辺のごみみたいな死体ですら有効活用できるすごい奴だ。

 次の瞬間にはあいつもネクロマンサー君の餌食になるに違いない。


「いけ!やっちゃえ!」


 やりすぎではないかと感じる理性を押さえつけて、年甲斐もなく応援する。

 だから、あの男の行動が信じられなかった。

 あの男はまず、後ろの毒液を回し蹴りの余波だけで吹き飛ばした。

 その速さといえば、この場で自分だけにしか見えなかったと思えるほどだ。

 毒液はあいつの足先にすらかからなかった。

 次いで蛇たちの口を、あろうことかアッパーで上顎までめり込ませている。

 しかも五匹をほぼ同時に。

 おかしい、ただの人間があんなに早く動けるはずがない。


「……は?」


 ネクロマンサー君の口から素っ頓狂な声が漏れ出る。

 無理もない、自分だって叫びだしたかった。

 ネクロマンサー君の操るなんかの死体は、着けていた鎧兜や変な剣ごと丸められて球になっていた。

 そして今、男はその球を振りかぶっている。


「ひぐ」


 短い悲鳴すら言い切れずに、ネクロマンサー君は球をぶつけられて気を失った。

 助けようとその球を見たが、すぐに無理だと判断できた。

 球はネクロマンサー君の体にめり込んでも尚、回転を止めていない。

 触れれば自分もろとも巻き込んでしまうだろう。

 苦しむネクロマンサー君を置いて、悲鳴の溢れるエントランスホールから逃げ出すしかなかった。

 階段を全速力で駆け上がる。

 後ろを振り返りたいけれど、あの男がすぐ近くにいるような気がして振り向けない。

 何も考えずに近くの扉に飛び込んだ。


「うぉっ、どうした?そんなに慌てて」


 転がり込んだ部屋で、殺人人形がのんきな調子でそう言った。

 どうやらここは人形たちの部屋だったようだ。


「ずいぶん顔色が悪いな、いやまぁ普段と変わってないけど」


 けたけたと笑う人形たちに状況を説明する。

 はじめはにやけた顔だった人形も、徐々に真剣な顔に変わっていく。

 説明を終える頃には、重苦しい空気が部屋の中を漂っていた。

 そんな中で一人の人形が立ち上がる。

 部屋の天井に頭をぶつけてしまいそうなほど大きい人形、ゴリアテさん。

 布でできた表面と、所々から飛び出ている人間の手足がかっこいいすごい人形だ。

 噂では、一国分の人間の魂と肉体を無理やり繋ぎ合わせた決戦兵器として作られたのだとか。


「たとえどんな強者だろうと、この俺が捻り潰して体の一部にしてやる」


 そう言って、扉に体をねじ込むようにして部屋の外へと出ていくゴリアテさん。

 自分たちはその大きく逞しい背中を見送ることしかできなかった。

 破壊音が響く部屋の外からゴリアテさんの咆哮が聞こえてくる。


「そんな心配そうな顔するなよガーゴイル、ゴリアテさんがやられる訳ないって」


 殺人人形の話を聞いて少しだけ落ち着く。

 確かにその通りだ、あの男がどれほどの化け物だとしてもここまでの連戦で消耗しているはず。

 それに加えてゴリアテさんはあの巨体からは想像もできないスピードがある。

 よく考えればたかが人間に負けるはずがないじゃないか。

 その時、扉がぎぃと音を立てて開いた。


「あ、あ……」


 絶望的な光景を見た。

 血や塵に塗れたあの男が、ゴリアテさんの生首を持って立っていた。

 息一つ乱れていない。

 体についた血は全部返り血で、あの男には傷一つだって付いていない。

 ゴリアテさんの生首が部屋の中に放り込まれる。

 鈍い音を立てて何度か跳ね、自分の足元に転がってきた。


「逃げ、ろ……あいつの狙いは……」


 何かを言いかけて、ゴリアテさんの首が踏み砕かれる。

 中身の魂が吐き気を催す幸せそうな顔を浮かべながら消えていった。

 踏み砕いた足に沿って上を見上げる。

 目の前にあの男がいる。

 生き物なのに何の感情も無い瞳が、自分を見ている。

 瞬きもせずに、じっと見られている。

 まるで石像だ。


「よくもゴリアテさんをぉ!」


 殺人人形の声が聞こえてくる。

 目の前の男が動いた。

 殺人人形の振り回す大斧が自分の頬を掠めた。


「おぐべ」


 大斧は男に受け止められ、殺人人形ごと床に叩きつけられる。

 人形たちが蟻のように吹き飛ばされていく様を、自分は見ていることしかできなかった。

 しばらくして部屋の中が静かになった。

 あの男の呼吸音だけがかすかに聞こえてくる。

 

「おい」


 声をかけられた。

 男がこちらを向いている。

 

「お前がガーゴイルか」


 あれほどの暴力をふるっていたとは思えないほど優しい声に、身の毛がよだつ。

 出るはずがないのに涙が出そうになる。

 この場所から逃げ出したいのに、体が石像に戻ったように動かない。


「お前は惨たらしくぼろぼろにしてやる、楽に殺してなんかやらないぞ」


 自分を指し示す指先すら恐ろしい。

 男がゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 怖い、怖い、怖い。

 何か抵抗しなきゃ、何ができる、怖い。

 男の手が眼前まで来ている。

 思わず目を閉じて身をかがめた。


「……?」


 数秒経って、何も起きない。

 身構えていたのに拍子抜けしてしまって、目を開ける。

 男は石になっていた。

 頭の棘が運良く男に刺さったのだろう。


「……は、はは」


 思わず笑いがこぼれる。

 あれほど恐ろしかった男が無様に固まっている。

 笑いは止まらずに、どんどんと大きくなる。


「ははははは!ざまぁみろバーカ!そのままずっと固まってやがれ糞野郎!」


 犠牲になった友達が頭をよぎって、こいつに対する恨みがふつふつと湧いてくる。

 復讐をしてやろう。

 四肢を捥ぎ取って砕いてやろうか。

 石材に加工して犬小屋にでもしてやろうか。

 考える時間はたくさんある。

 自分はあの逆境から生き残ったのだから。

 笑い声の中で、みしり、と音が鳴った。


「え」


 信じたくなかった。

 石化した男が震えている。

 地面が揺れているわけではない、あれが自発的に動き出している。

 おかしい。

 頭の中を一気に恐怖が埋め尽くす。


「お、おかしいだろ、石像が動いちゃ……だめじゃないか……」


 焦っていたせいで自分自身の存在すら疑ってしまう。

 震えはどんどん大きくなっていく。

 そして、石像が弾けた。


「そうだな、俺も同じ意見だ」


 殻を破る雛のように、中から男が現れた。

 気のせいだろうか、石像よりも一回り大きくなっている気がする。

 

「逃げられるなら逃げてもいいぞ、絶対に逃がさないから」

 

 自分の腕を捕まえて、男がそう囁く。

 千切れそうなほど腕を引っ張っても、ピクリとも動かない。


「まずは村の皆の墓を作ってやろう、お前を少しづつ削って材料にするんだ」


 軽い荷物のように脇に抱えられて、運ばれる。

 床を掴んでも、足を掴んでも、男の動きは止まらない。

 周りの風景はまるで地獄のようだ。


「首だけは残してやる、俺の家の雨樋に付けてみるのもいいかもな」


 もう逃げられない、助かる望みがどこにもない。

 自分の口から飛び出した悲鳴が、城の壁で跳ね返ってうるさく響く。

 忌々しい太陽の光が自分を照らしていた。

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