HATE RUZER -ヘイト ラザー-

make(メイク)

銀の金糸雀

 "惑星マージリ"。

 そこは三つの大陸が存在している小さな惑星。


 三つの大陸は離れており、違う大陸同士はお互いに干渉することはあまりないらしい。

 しかし大陸内部ではいくつかの権力争いが行われており、過去には大規模な戦争が行われた歴史もあるが、今でも至る所で小規模な争いは行われている。


 三つの大陸の内の一つに科学技術が発達した"バビーナリー"という大陸が存在した。

 他の大陸は日々争いの毎日らしいのだが、ここでは滅多なことで争いは起こらない。

 科学者達が技術を見せつけ合ってはお互いにライバルとして高め合い、効率良く技術力を進歩させているからだ。

 その科学力たるや、他大陸の追随ついずいを許さない程に成長しきっていた。



 その中でも、一番の天才科学者と呼び声高い人物がいた。

 アイデッドロークォーツ社という複合団体の研究施設の所長『カルナビス』であった。

 その出立ちは短髪で髭も生やさず真面目な好青年のようで、五十歳という年齢の割に若く見えた。


 カルナビスは過去"バビーナリーの科学"と"他大陸エルンカの魔法"を駆使して、この大陸で初めて魔法科学を作り出したのだ。

 その功績は大変素晴らしく、惑星全体に知れ渡り評価された。


 しかし蓋を開けてみると、そこには闇も存在していた。

 同研究施設に『ベー』という男がいた。

 髪はボサボサに乱れ清潔感がなくだらしなく太っていて、研究施設内の変わり者として扱われていた。

 しかしその技術力には目を見張るものがあり、三十九歳という若さで副所長を務める程だった。


 実はこの魔法科学の発見にはベーが一役買っていたようだ。

 それにも関わらずカルナビスは都合のいいように、あたかも自分でその技術を発見したかのように発表したのだ。


 カルナビスは一躍、天才科学者と持てはやされ有頂天になっていた。


 ベーのことなど気にも留めずに。


 それに腹を立てたベーはカルナビスの元を離れ、ひっそりと個人で研究を続けた。

 ベーは虎視眈々こしたんたんとカルナビスに復讐する機会を伺っていたようだった。





 苦節十二年。

 五十一歳になったベーは小規模な研究所の中で、ついに一つの研究を成功させた。


「出来た…!ついに…ついにやったぞ…」


 そう喜ぶベーの面前には、一人の少女が

 しかし、ただの少女と呼ぶにはあまりにも機械的であった。

 至る所に様々なケーブルや部品が取り付けられ、それはおおよそ人間に行なうようなものではなかった。


 彼女は、サイボーグだ。


 『ユユ・銀糸雀しろがなりあ』。

 十代半ばくらいの少女に見える彼女は、名前通りのしろがねの髪は美しく、見るものを魅了する。 

 機械の身体である為か、関節部分には接合された箇所が見え隠れする。


 すると一緒にそれを眺めていた技師のような若い男も感嘆する。

 『ラルフ』というこの男は、ベーと同じくアイデッドロークォーツ社に籍を置いていたが、ベーに尊敬と憧れを抱いていた。その為、ベーが離れると知った際には同じように離れ、その後を追った。

 所長カルナビスの思惑も知り、ベーに協力する為に同じ研究所で共に研究を進めていたのだ。


「出来ましたね…ユユ・銀糸雀。なんて綺麗で、可愛いんだろう!」

「本当は女なんかいらねえと思ってたがな」

「えーなんでですか?女の子の方が絶対いいですよ!」


 サイボーグである彼女は元々人間だった。


 このバビーナリー大陸は平和だが、他の大陸は争いが絶えない。

 そこでベーは魔法大国エルンカに向かい、行き場を失った人間を買い取った。

 元々ベーは人間を改造して兵器として扱うことを考えていたようで、アイデッドロークォーツ社を抜け出してから四年でエルンカに向かったのだという。





 八年前 エルンカ航空


「ベー副所長!ベー副所長!エルンカってすごいですね!僕初めて来ました!」


 飛行船を使いエルンカで一番大規模な空港に到着した二人。

 故郷のバビーナリーとは違い、魔法技術が発展しているだけあってその色の違いにラルフははしゃぐ。


 車のような乗り物は空を飛び、道ゆく人々は見慣れない機械のペットを連れてたり、空港内の移動にはワープホールを駆使したりと、とても不思議な空間だった。


「ラルフ、俺達は旅行に来てんじゃないんだ。目的わかってんのか?」

「わかってますよぉ。でもいいじゃないですか、他の大陸に来るなんて滅多にないですよ!」

「暮らしが違い過ぎるしな。まあ、珍しがるのも無理はない」

「ベー副所長は昔来たことあるんですよね?」

「あぁ。あの忌々いまいましいカルナビスとな」

「魔法技術を取り入れて魔法科学を生み出すなんて…やっぱり思いつかないな。ベー副所長は本当にすごいです」

「そうだろ?俺の最高傑作を盗みやがって…今に見てろよ」

「まあまあこれから復讐するならいいじゃないですか!僕もはらわた煮え繰り返ってたんですよ」

「同情してくれるな。俺は今だってアイツに遅れを取るつもりはねえ。今回の研究はちと厄介だが確実にカルナビスの野郎をぎゃふんと言わせられる」

「楽しみですね〜!」


 そうして観光もすることなく、すぐにエルンカの端に位置する廃れた戦地へと足を運ぶ。




「こりゃあひでえや」


 原型を留めていない集落が辺りに広がっている。

 食糧もまともに仕入れられない、まさに貧困の地。


 ラルフは事前に調べ上げた情報を並べる。


「ここはサーバトーレって村ですね。隣町カルルマとその敵対関係にあるバリアという町の争いに巻き込まれた可哀想な村です。人口は二百人もいないみたいですけど、ここなら行き場をなくした人間の一人や二人捕まえられそうですね。

 …しかしベー副所長もお優しいですね!こんなとこで餓死するくらいなら兵器として扱ってやった方がマシって腹積りなワケですね?よっ!腹黒!」

「馬鹿にしてんのか。いいかラルフ、人間の恨みは本当に恐ろしいんだ。負の念を持ったここの住人なら俺の気持ちがわかってくれるはずだ。奪われる悔しさを、悲しみを、力に変えてくれる奴に出会えるといいんだが」


 ベーのカルナビスに対する恨みは底知れない。

 あれから四年経ち、今や世界的に技術開拓されるようになった魔法科学の技術。その発案者となれば最早、偉業だ。

 そんな人生最大の転機とも言える事象を、カルナビスは奪ったのだ。


「ああ気に入らねえ。いつ思い出してもムシャクシャしやがる。さっさと見つけるぞ」

「あいさ!」



 そうして二人は一人の身寄りのない人間を見つける。

 ラルフは目を光らせてベーに提案する。


「あっ、ベー副所長!あの子どうですか?」

「…ああ?女じゃねえか、しかも幼い」

「それがいいんじゃないですか!どうせ兵器にするんなら性別も歳も関係ないですよ。あと、戦う女の子、カッコいいじゃないですか!」


 そう言うとラルフは一目散に少女の元へ向かった。


 「おーい!そこの君〜!」


「おいっ!ラルフ…はあ、聞いちゃいねえ」


 ベーは仕方なくラルフの後に続く。

 ラルフが少女に問いかける。


「ねえ君、名前はなんでいうの?」


 しろがねの髪の痩せ細った少女。

 彼女は髪の隙間から生気のないうつろな目を覗かせた。


「…おじさんたち、だれ?」


 掠れた声はすぐにでも消えてしまいそうだった。

 ベーが自己紹介をする。


「俺はベー。科学者だ。お前の名前を教えてくれ」

「………『ルル』」

「ルル。家族はいるか?」

「………もういない」

「ルル。お前これからどうすんだ?」

「……」


 ルルは何も答えない。

 ラルフはベーを見てしつこいくらい頷いてくる。


「ルル。恨んでる人間はいるか?」

「え…?」

「親を殺した奴らを、恨んでいるか?」

「……」


 ルルは震えながら、こう言った。


「うらんでる。ゆるせない」


 ベーはニヤッと汚い笑みを溢す。

 ラルフはそんなベーを見ておちょくる。


「うわー、ベー副所長、悪い顔」

「そいつらを殺すんだ。お前の手でな」

「…むりだよ。わたしには」

「お前に力を授ける。バビーナリーに来い。暮らしは保証する」

「え…?バビーナリー…?」

「このまま死ぬのは嫌だろう」

「……」

「お前の復讐の手伝いをさせてくれ」


 ルルは思った以上に簡単に首を縦に振った。


「うん」


 二人は目を丸くして、すぐに喜んだ。

 あっさりとルルを連れて行くことに成功したのだった。




 サーバトーレを抜け出して、一度大都会エルンカでルルの世話をした。

 食事を与え、身体を綺麗にし、服を買い与えてやった。

 ルルは経験したことのない暮らしにはしゃぎ、すぐに心を開いた。


「ベーおじさん、ラルフお兄さん、ありがとう!私、こんなに楽しいの初めて!」

「お安い御用さ。だがなルル、お前は目的を忘れちゃいけねえ」

「…!………うん」

「後で話すが、ルルにはやってほしいことがあるんだ」

「やってほしいこと?」





 それからまた八年の月日が経ち、部品やデータは完璧に揃った。

 あとはルルの身体に手術を施し、彼女を生まれ変わらせるだけだ。


 もう彼女も大きくなり年齢で言えば十代半ばといったところだ。

 八年間を三人で共に過ごし、算段を立ててきた。


 手術の直前、ベーはルルに問いかけた。


「怖くないか?」

「大丈夫です」

「必ず成功させる」

「ベーおじさん。大丈夫ですよ。私は元々なくなっていた命。今日まで生きれて、楽しかったです」


 ベーは頷くと、ラルフに確認する。


「ラルフも準備はいいな」

「いつでも」

「ではルル、待ってろよ。

 また、

「はい…っ」




 ベーがユユ・銀糸雀を起動させる為、ユユの口元に腕を添える。

 ベーは自身の腕にユユの歯を刺した。

 ラルフはそれを見て感心する。


「人間の血を吸って動くなんて、ヴァンパイアみたいでカッコいいですね」

「これなら半永久的に戦える。人を殺して、人を吸うんだ」

「血を魔法エネルギーに換えるんでしたっけ?」

「そうだ。血中にはRuzラズと呼ばれる生命エネルギーが宿っている。Ruzはまだ解明されていないことが多いが、今の俺の技術ならそれを抽出し動力源にすることが可能だ」

「Ruzを利用するんですか。すごいですねぇ」


 『Ruz』

 この惑星の人間が生まれながらに宿す特異の生命エネルギー。主に血中に含まれていることが科学的に表明されているが、そのメカニズムはよくわかっていない。


 するとユユの身体が、電流が走ったように反応する。

 ついに起動する感動に二人の科学者は感動を隠しえなかった。


「おぉ…!動く…!動くぞ…!」

「はい!やっぱりベー副所長…すごいです…!」


『ーーーア』


 ユユはまぶたを上げ、口を動かした。

 その視界には見覚えのある男が二人。


『ベーおじさん。ラルフお兄さん』

「ルル!聞こえるか?わかるか?俺だ!ベーだ!」

『はい、聞こえます』

「すごい…!身体の構造がガラッと変わっているのに、ちゃんと…生きてる…」

「実験は成功だ」


 ユユはゆっくりと手を握ったり離したり動かした。

 足を前に出し、歩き出す。

 ラルフが補足で説明をする。


「まだあったまってないと思うからすぐにはたくさん動けないと思うし、何より身体に神経が通ってないから変な感じだと思うけど、すぐ慣れるよ」

『これが…私…』


 ベーは嬉しそうに笑顔を絶やさないままユユに話しかける。


「ああそうだ。お前は生まれ変わったんだ。目的の為に」

『目的…』

「お前の親を殺した奴らを、根絶やしにするんだ」

『………そうだ。私は…』


 ユユの表情が険しくなる。

 ラルフが少し気まずそうに声をかける。


「あの…ベー副所長」

「なんだ」

「ルルちゃん、裸ですけどいいんですか?」

『えっ⁉︎キャア‼︎』


 ユユが身体を隠し座り込む。

 ベーは無神経に言った。


「いいだろ別に機械の身体なんだ」

「良くないですよ!ルルちゃんだって女の子なんですから!」

『早く服持ってきてくださ〜い!』




以前着ていた洋服に着替え、なんだか楽しそうにするユユ。


『服の感触がないの少し変な感じですけど、見た目はそんなに変わってませんね』

「ああ、お前の元の身体を参考に作ってるからな。細部までこだわって…」


 ユユがベーの頬を叩く。


「がばっ⁉︎」

『ベーおじさんのエッチ…』

「機械の身体なんだから手加減しろ!痛えだろ!」

『ひどいです!ど、どこまで見たんですか…?」

「全部だ全部!見ねえと測れねえし作れねえだろ!」

「サイテーですサイテーです!ラルフさんも言ってやってください!」

「サイテーオヤジー」

「おいラルフてめぇ!そもそもガキの身体に興味なんかねえよ!」


 ラルフはそういえばと言った感じでベーに疑問をぶつけた。


「ベー副所長。彼女、どこまで機械化されてるんですか?記憶があるということは脳はそのままのようですが」

「ご名答だ。脳だけ残しそれ以外は全て機械だ」

「心臓なくして脳が機能するんですか?」

「正確には機械の心臓だ。さっき俺の血液を取り込ませただろう、その血中のRuzを内部で活性化させ脳に信号を送るんだ。それによって脳が機能する。その代わり、Ruzを補給しないと止まってしまうけどな」

「Ruzを摂取しないと脳が止まってしまう…寝る時、つまりシャットダウン時にはどうなるんですか?」

「Ruzを補給しないと止まったままだ。完成したユユが勝手に起動しなかったのはそれだ。Ruzがあれば半永久的に動ける。Ruzがなければ動けない」


 ユユはベーの発言に疑問を抱く。

 しかしベーとラルフは会話を続ける。


「半永久的に動けると言っても、眠くなったりはしないんですかね?」

「脳が疲れてしまったら普通の人間と同じく寝てしまうだろう。ただ身体的疲労がないからな。普通の人間よりは長く活動できるだろう。エネルギー効率もかなりいいしな。食事は摂らなくていいしRuzを補給すればその分動ける。機械の身体が壊れても修理すれば直る」

「うーん…わからないことだらけですね。食物を摂取しないと脳に栄養も回らないでしょうし…使い続けないと脳も腐ってしまいそう…どういう仕組みなのか」

「魔法科学ってのはすげえのさ」

「うわ、大雑把にまとめた」


 ユユが申し訳なさそうに口を挟む。


『あの…』

「どうしたの?ルルちゃん」

『さっき、って…』


 ベーが申し訳なさそうに説明した。


「ああそうだ、説明してなかったな。ルル。お前には新しい人生を歩んでもらう為に新しい名前を用意したんだ」

『新しい名前…?』

「お前は間違いなく『ルル』だが、俺はお前のことをこう呼びたい。『ユユ・銀糸雀』。それがお前の新しい名前だ」

『ユユ…しろがなりあ…?』

「ルルである過去を抱えながらも新しい自分として過ごしてもらいたくて、似た語感の名前を付けたんだ」


 続けてラルフも問いかける。


「シロガナリア?っていうのはなんですか?」

「他の惑星に金糸雀カナリアという鳥がいるんだ。鮮やかな羽色をしていて、俺は一目見た時に美しいと思った。銀の金糸雀は存在しないらしいが、お前のようなサイボーグもまだこの世に存在していない。サイボーグと銀の金糸雀を同時に存在させてみてもいいじゃないかと思ってな」

「なんか、意外とロマンチストですよね。科学者なのに」

「うるせえ」

『ユユ…。ユユ…!ベーおじさん、ありがとうございます!私、ユユとしてこれからやっていきます。素敵な名前を、ありがとうございます』




 ベーは、ユユにやってほしいことがあると、本題を持ち出した。


「ユユ、覚えているな?これが成功した暁には俺の願いを聞いてくれると」

『はい』

「今から作戦を説明する」


 それからベーは憎きカルナビスを討ち取る為の作戦を説明した。

 十二年経った今でもカルナビスは躍進を続けている。


 アイデッドロークォーツ社に一人で潜入し、奴の息の根を止めろ、と命を下した。


「作戦は明日夜十時に決行だ。いいな?」

『…はい。わかりました』

「でもベー副所長。ユユちゃんはまだ身体を上手く使えないのではないでしょうか?早くりたい気持ちはわかりますが訓練する時間があってもいいのでは?」

「…それもそうだな。よし、じゃあ一週間、一週間だけその時間を取ろう」

『はい』




 それからというものユユは戦闘技術を素人ながらに学び、機械の身体にも慣れてきた。

 人間以上の身体能力と力を得た彼女は、自分とベーの夢の為に今一度覚悟を決め直す。


『ベーおじさん。私、やります』





 時は経ち、作戦決行の日。

 ユユは早くもアイデッドロークォーツ社へと向かい、無線で指示を待つ。


「準備はいいなユユ。おそらく奴がいるのは三十五階の所長室だ。奴の顔は覚えたな?」

『はい』

「そいつを取り逃すと確実に俺が疑われる。それと、前話した通り無線では俺のことを"K"と呼べ。いいな?」

『はい』

「もうすぐ予定の時刻だ。何か言うことは?」

『大丈夫です』

「健闘を祈る」


 アイデッドロークォーツ社に辿り着くとユユは高い身体能力で壁を伝って高所へ踊り立つ。


 ユユは武装され、数々の武器を装備している。

 活動が停止しないようRuzを補給しながら戦わなくてはならない。生憎、人から採れる新鮮なRuzを補給する以外に方法はなく、確実に人を殺し、摂取しなくてはならない。

 しかしこれは、カルナビスにすぐに出会えなかった最悪の場合である。出来ることなら、人は殺したくない。


 時間となり、ユユは突入した。




 所長室でカルナビスは事務作業をこなしていた。

 今や世界的に注目される科学者の一人であり、多忙な日々は終わらない。

 ふと時計に目をやると時刻は夜十時を指している。


「…ふぅ。そろそろ飯でも食うか」


 席を立ち上がり鞄の中を弄ると、栄養補給食品を取り出した。


 その時、背後から窓の割れる大きな音が室内に鳴り響く。


「…⁉︎ なんだ⁉︎」


 窓を突き破り現れたのは、銀色の髪をした少女だった。


「…だ、誰だお前は!一体何を…ここは三十五階だぞ⁉︎」


 動揺が隠せないカルナビスだったが、ユユは静かに近づく。

 銃を取り出し、カルナビスに向ける。


『あなたを排除します』

「は…⁉︎ま、待て!意味がわからない…お前は一体何者なんだ!」

『名乗る必要はありません』


 そう言って一発の銃弾がカルナビスに発射される。

 銃弾はカルナビスの横を通過し、壁に突き刺さる。

 間一髪だ。


「うわっ⁉︎なっ…や、やめろ!なんなんだよお前は!」

『……』


 気が動転していたがこのままやられるわけにはいかず、カルナビスは護身用の銃で抵抗する。


「死ね!」


 カルナビスの放った銃弾は確実にユユの心臓部分に命中した。

 しかし彼女は仰け反っただけで倒れる様子がない。


「は⁉︎なんでなんでなんで⁉︎なんでだ⁉︎」


 取り乱したカルナビスは銃を乱射するが銃弾は虚しく空を裂く。

 全て撃ち尽くし、絶望する。


「…あ…あ…クソっ…なんだよ…なんなんだよ…ッ!私が何をしたって言うんだよ⁉︎」

『カルナビス・オッカさん、ですよね』

「は…っ⁉︎」

『貴方がした事はとても偉大かもしれません。誰かにとっては。

 ですが、貴方のせいで苦しむ人がいました。でも貴方はそれを気にも留めずに悠々と過ごしている。それは許されないことなんです』

「お…おい…ガキが私に説教かよ…は、ははっ…私のせいで苦しむ人がいる、だって?そりゃあ当然さ!社会ってのはそういうもんさ!誰かが何かを生み出せばそれで不利益が出ることもある!だがそれは仕方のないことなんだ!私は私の利益の為にやる!現にこうして俺は世界トップクラスの科学者になっている!私の何が違う⁉︎私の何が間違ってる⁉︎」


 ユユがもう一発銃弾を発砲すると今度はカルナビスの腹部に直撃する。


「オふっ…⁉︎」

『死んでください』

「くっ………」


 カルナビスは隠し持っていたスタングレネードとスモークグレネードを使い、姿をくらませた。


『ッ…!』


 視界が晴れると彼の姿はもうなくなっていた。


『!…しまった⁉︎』




 カルナビスは非常階段から抜け出し、慌てて外に出ようとする。

 傷口からは血が溢れ、激しい痛みを感じるが、必死に走り降りる。


「ッはぁ…っはァ…っ!あいつっ…何者なんだっ…」




 ユユは急いで無線を繋ぎ、ベーに連絡を取る。


『K!すみません!カルナビスを逃してしまいました!』

「何⁉︎それはマズい!確実に殺せ!」

『ですがどこに行ったのか…!』

「建物を全て破壊しろ!」

『っ…!ですがそれだと、関係のない人まで…』

「いいからやるんだ!奴を逃す方が問題だ!」

『………わかり、ました』


 ユユは兵器を使い、建物全域を瓦礫の山にした。




 ユユがベーの研究所に帰還すると、ベーは一目散に情報を聞き出した。


「ユユ!どうだったんだ⁉︎奴は…奴は殺せたのか⁉︎」

『…確認は取れてませんが、建物は全て壊しました』

「………そうか。ありがとうユユ」


 しかしユユはどこか悲しそうな顔をしていた。

 それをラルフが気にかけ、話しかける。


「ユユちゃん?一体、どうしたんだい?」

『…私、関係のない人達を…多くの命を、奪ってしまいました…』

「何を言ってるんだ、ベーさんの指示だろう?ユユちゃんは悪くな…」

『これじゃあ!私がサーバトーレでされたことと、何も変わりません!』

「っ…ユユ、ちゃん」


 ユユは普通の人間ほど身体に水分がなく、涙を流すことも出来なかったが、その顔は確実に泣いていた。

 ベーはユユにとんでもないことをさせてしまったと思ったが、それも覚悟の内だった。


「ユユ。だがお前はその力で復讐を果たすことが出来る。それに、カルナビスを排除してくれた。お前は俺の救世主だ」

『べーおじさん…』

「お前がやってくれたから、俺は嬉しいんだ」


 それを聞いてもユユの表情は変わらなかった。

 低い声で語りかける。


『ベーおじさんは、許せますか?』

「…何をだ?」

『私達を襲ってくる人がいて、その人達が"誰かの為"にやってるとわかったら、許せますか?』

「それは…人間誰しも理由があるだろう。俺がお前にカルナビスを襲わせたのも…」


『私のお母さんやお父さんを殺した人達にも、理由があるって言えるんですか⁉︎』


「…!」

『私は、許せません…理由があって許されるなら、誰も争いなんてしません…。それと同じように、私はベーおじさんの為っていう理由があって、建物を壊しました。でもそれは、許されません…。私のしたことは、許されないことなんです…』

「そ、それは違うぞユユ…!お前は俺の…」

『人を不幸にする力なら要らなかった!』

「…ユユ」


 ユユは泣き崩れ、まともに喋れなくなった。

 ベーとラルフは見合って、黙りこくるしかなかった。


『もうわた…私を、つっ…使わないでください。もうに、二度と…起動しな、でください』

「……」

『わたしッ、いても、人をふ、不幸にしか、出来ない、から…』


 それがユユの最後の言葉となり、眠りについた。





 それから約五十年が経ち、バビーナリー大陸は大きく変わっていた。


 ユユの起こしたアイデッドロークォーツ社襲撃事件から発展し、科学者同士の戦争が絶えなくなっていったのだ。

 戦争の火種になったのは人間の恨み、悲しみ、怒り。

それを暴力に変えた時、全ては崩れてしまう。

 だから人は人をおもんばかり、尊重し、愛していかねばならない。




『………ア』

「起きたかい、ユユちゃん」


 五十年経った今、再びユユを起動させた者がいた。


『貴方は…ラルフお兄さん⁉︎』


 ベーの下で働いていた研究員ラルフだった。

 面影はあるものの、最早歳を重ね過ぎて別人と話している気分だった。

 ラルフはゆっくりと喋り出す。


「ユユちゃん、久しぶりだね」

『あの日からずっと寝ていたんだ…ラルフお兄さん、あれから何年が経ったんですか?』

「五十年。この国は変わったよ。争いは増えて、大切な人はどんどんいなくなっていった」

『…そんな』


 ユユは一つ気になったことをラルフに問う。


『カルナビスは、死にましたか?』


 ラルフは悲しそうな表情で告げる。


「…いや、生きていたよ」

『ッ…』

「そのカルナビスがベー副所長の真似事で人間兵器を作り、戦争を大きくさせたんだ」

『やっぱり…私が…私がカルナビスをやれなかったから…』

「でもね、これでいいんだ、きっとね」

『どうしてですか⁉︎今まで戦争が起こらなかったバビーナリーでこんなことになってしまったのは、私のせ…』

「違うよユユちゃん。もう、始まっていたんだよ」

『え…』

「人の気持ちは巡り巡ってどこかで必ず衝突する。ユユちゃんが両親を亡くして辛いと感じたあの日から、そしてベー副所長がカルナビスを恨んだ時からもう、始まっていたんだよ」

『そんな………争いは、なくならないんですか?』

「難しいかもしれないね」


 ユユは今の自分の力を持ってしても、争いは止められない、むしろこれがまた火種になってしまうとすら感じた。


『私、夢を見れて楽しかったです』

「ユユちゃん?」

『ベーおじさんと、ラルフお兄さんと、夢を見れて、楽しかったんです』


 ユユはまた泣きそうな顔で思い出に浸る。

 まるで昨日のことのような思い出に。


『ありがとうございました。もう考えるのに疲れちゃいました』

「ユユちゃん…何を…」


 そう言ってユユはまだ抱えていた銃を手元でいじくり回す。

 動作確認を終え、銃を眺めていた。


『今度生まれ変わったら、自由な鳥にでもなりたいな』

「…!ユユちゃん!」


 ニコッと笑い、その銃をこめかみに突き立てた。


しろがねの、金糸雀カナリアに』

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